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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第一章 娼館[デュチリ・ダチャ]
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7.専属娼婦(3)

 パーティー開始から小一時間。ようやく、彼を囲っていた人の輪がまばらになる。今の内に食事をとろう。私と彼は、テーブルの上に並べられた料理を取り分けて、壁ぎわの、何も置かれていないテーブルへと移動する。


 私は肉と野菜を煮込んだ赤いスープ(ボルシチ)とじゃがいもをバターで焼き上げたシンプルなベイクドポテト。彼は、肉を中心としたさまざまな串焼きを10本近く。お互いに、お腹を満足させることを優先させたことが見て取れる選び方。


「そんなので大丈夫なのか?」

「これでも結構、腹もちはいいのよ」


 互いの料理を見て、そんなことを話し合う。本当は食を楽しみたいけど、今日は無理。また彼が誰かにつかまる前に食べてしまおうと、まずはスープを口にする。……トマトは控えめ、肉多め、味も強め。だけど野菜の味もしっかり。野菜の甘さに、つんとした、程よい酸味が心地いい。うち(デュチリ・ダチャ)とはまた違った組織流の味付けに、これはこれでなかなかと舌鼓を打つ。

 そんなよくできた料理を、少しもったいないけど、手早く飲みこんでいく。隣では彼も、同じように串焼きの肉を、次々に口の中に入れていく。


……そんな私たちに、いつのまにか小広間に入ってきた「大物」が、声をかけてくる。


「やあ。キミがフリーダ君か」


 今日初めて聞く、年上の、威厳のある声。その声に、手にしたスープを素早く机に置いて、口もとを整える。そして、声の主に向きなおって、丁寧に一礼をする。


「おひさしぶりです。ビリヴァヴォーレさま」


 私の言葉を聞いて、彼の表情が変わる。驚きと、野心的なぎらついた目。そんな、初対面にはふさわしくない表情をうかべながら、慌てて食事を中断して、声の主と握手を交わす。……どうして彼は、ここで野心家の顔をするのだろう。初めて会った時のような、相手を品定めするように見る彼を見て思う。いくらなんでもこの相手にそれはない、と。


 ビリヴァヴォーレ・アティーツ。主に通商を取りまとめる、アティーツの名を許された組織の重鎮。その豪気な性格からか、相手の品定めするような態度を気にした風もないままに。握手を終えた二人は、そのまま世間話を始める。


  ◇


「一番難しいのは『帝国に何を売るか』ですね。さっきもさんざん聞かれたんですが、こればっかりは教えることはできません」


 世間話に興じる彼とビリヴァヴォーレ。友好的、だけど下手に出ない話し方は彼の個性か。手振り身振りを交え、相手を退屈させず、だけど必要以上に譲らない。きっと交易屋として交渉するときもこんな感じなんだろう。


「そいつぁごもっともだが、おかげで交易屋って奴が一向に増えてくれなくてなあ。頭の痛えとこでもあるわけだ」


 話題は当たり前のように、帝国との交易について。ビリヴァヴォーレも元は交易屋で経験も豊富。そんな古参と新進気鋭の交易屋二人の話は、世間話の体裁をとりながら、互いに懐をさぐりあうような、緊張を感じるような話だった。


「組織だって、お抱えの交易屋がいるでしょう。それに……」


――そんな世間話の中。彼が、ちょっとした爆弾を放り込む。


「……それに、帝国の軍人貴族が壁の外に、ちょっとした屋敷を建てようとしている、なんて噂も聞きますしね」


 その言葉を聞いて、その耳の早さに驚く。「郊外の屋敷」に帝国人が関与している()()()という話は、組織幹部とのつながりがある私たち(デュチリ・ダチャ)ですらまだ確証が得られていない話。その話を、彼のような外部の人間がどうして知ることができたのか。


 だけど、彼のそんな爆弾発言を、ビリヴァヴォーレは豪快に笑う。


「おう、『飛び領地邸』か。耳が早えな。――帝国か?」


 彼の話をあっさりと肯定したビリヴァヴォーレを見て、彼は意外そうな表現を浮かべながら頷く。……多分、私も同じ気分。だから、うっかり表情に出ないよう気を引き締める。


 辺境の民と帝国人は相容れない。交易屋のような存在は、必要だから見て見ぬふりをされているだけ。私の仕事も、帝国から入ってくるさまざまな器具に支えられている。それらが無くなるのは困る。……でも、あくまでそれは例外。本来、帝国人は異物、壁の外に終わらない冬をもたらした張本人。


――壁の内と外は相入れない。それが、私たちの常識だった。


  ◇


「今、ウチにちいとばかり特殊な客人が来ててな。まあ、帝国人っても色々だな」


 ビリヴァヴォーレの少しぼかした物言い。言外に深くは聞くなという言葉を感じ取る。――同時に、ビリヴァヴォーレという男が、組織で通商の取りまとめる幹部が帝国人のことを「客人」と言う重さを感じ取る。


「その客人が何者かは、正直知らねえ。……でもな、客である以上、客として遇する。ソイツが『飛び領地邸』を望んだ。だから俺はドンに話を通した。それだけだ」


 その帝国人の求めた、その帝国人のための邸宅――飛び領地邸――。その敷地の中では、組織は掟を破っても目をつぶる。


――それはまるで、壁の外側、こちら側にある、帝国の飛び地。街の中の、ほんのささやかな帝国領。


 本当、そんなことを組織に認めさせただけで、その帝国人というのがいかに特別なのかは伝わってくる。


「……交易屋の在り方も変わりますね」

「警戒しなくてもな、その内会わせてやらあ。ウチだって交易屋を抱えてる。仁義を忘れるつもりはねぇよ。――掟を守れば、な」


 彼の探るような、少し踏み込んだ言葉。その言葉を笑って受け止めるビリヴァヴォーレ。共に笑ったあと、一転して声をひそめて、彼の耳元でささやくように話す。


「って訳でだ。俺らもあの客人の情報は喉から手が出るほど欲しくてな。――高値で買ってやるから、売れるよう準備しとけ」


 本気で隠すつもりは無いのだろう。茶目っ気のある表情で、私にも聞こえるくらいには小さくない声で、彼に耳打ちするビリヴァヴォーレ。でもその言葉は、彼にとっては大きな商機。一瞬だけ目をぎらつかせる。


 そうして、ビリヴァヴォーレは再び私たちに握手を求める。話は終わったとばかりのその態度に、私たちを遠目で眺めていた周辺の若者たちも、そわそわし始める。


「おう、(わり)いがほんの少しだけ、女を借りてくぞ」


 そういって踵を返し、彼の返事を待たずに出口の方へと歩くビリヴァヴォーレ。私も彼に軽く一礼して、再び組織の若者たちに囲まれる彼を横目に、速足で小広間の出口へと向かう。


  ◇


 小広間を出た廊下に出たところで、壁にもたれかかりながら私を待っていたビリヴァヴォーレに話しかけられる。


「ああいう品定めするような視線をする『若いの』ってのもまあ、悪くはねえ。そう思うだろ?」


 ビリヴァヴォーレの言葉に肩をすくめる。彼のあの態度、ビリヴァヴォーレには好評だったみたい。……と、そんな感想を抱いたところで、ビリヴァヴォーレに、本題となる質問をぶつけられる。


「で、あの野郎、大丈夫そうか?」

「ええ。そっちの線は多分問題ないわ。……勘だけど」


 ビリヴァヴォーレの質問に即答する。彼は掟を守っている。――私利私欲に負けて「クスリ」に手を出してはいない、と。


 今でも組織を悩ませている「クスリ」。帝国は今も、壁の外に「クスリ」をばらまき、「クスリ漬けになった人間」を買っている。この街では組織によって禁止されたその行為。それでも、掟を破って「クスリ」に手を出す交易屋は後を絶たない。


 私は「クスリ」が元で売られたからか、相手が「クスリ」に手を出したかどうかが、なんとなくわかる。……いつまでも勘のままではいけないけど、それは、もう少し彼と親しくなってからのこと。


 もっとも。彼は「クスリ」に手を出すほど愚かでないと、それは現時点でも確信してるけど。


  ◇


 ビリヴァヴォーレとの話も終わって、小広間へと戻る。彼は組織の若者たちに取り囲まれて「ビリヴァヴォーレの叔父貴と堂々と話をするなんて、ヤッパ凄え」なんてはやし立てられている。――そんな彼に、そろそろ食事の続きをしましょうと話しかける。


 私の言葉を聞いて、再び散り散りになる組織の若者たち。ようやく人心地ついて、冷めてしまったスープに口をつける。


 そうして食事も終わり。ふたたび若者たちに取り囲まれて。彼を中心に、パーティーの時間は過ぎていく。――そして、そんなパーティーの時間も終わりを告げる。


「おう! 手前ら、今日はここまでだ!」

「今日はお招きいただきありがとうございました」

「「「ありがとござやした!」」」


 再び小広間の正面に立って、締めの挨拶をする彼と、掛け声を上げる主催者の人。それに応える若者たちの掛け声が小広間に響く。戻ってきた彼の腕を取って、並んで小広間を出る。


――こうして、この日のささやかなパーティーは、予想外な大物との交流を交えながらも、無事に終えることができた。

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