7.専属娼婦(3)
パーティー開始から小一時間。ようやく、彼を囲っていた人の輪がまばらになる。今の内に食事をとろう。私と彼は、テーブルの上に並べられた料理を取り分けて、壁ぎわの、何も置かれていないテーブルへと移動する。
私は肉と野菜を煮込んだ赤いスープとじゃがいもをバターで焼き上げたシンプルなベイクドポテト。彼は、肉を中心としたさまざまな串焼きを10本近く。お互いに、お腹を満足させることを優先させたことが見て取れる選び方。
「そんなので大丈夫なのか?」
「これでも結構、腹もちはいいのよ」
互いの料理を見て、そんなことを話し合う。本当は食を楽しみたいけど、今日は無理。また彼が誰かにつかまる前に食べてしまおうと、まずはスープを口にする。……トマトは控えめ、肉多め、味も強め。だけど野菜の味もしっかり。野菜の甘さに、つんとした、程よい酸味が心地いい。うちとはまた違った組織流の味付けに、これはこれでなかなかと舌鼓を打つ。
そんなよくできた料理を、少しもったいないけど、手早く飲みこんでいく。隣では彼も、同じように串焼きの肉を、次々に口の中に入れていく。
……そんな私たちに、いつのまにか小広間に入ってきた「大物」が、声をかけてくる。
「やあ。キミがフリーダ君か」
今日初めて聞く、年上の、威厳のある声。その声に、手にしたスープを素早く机に置いて、口もとを整える。そして、声の主に向きなおって、丁寧に一礼をする。
「おひさしぶりです。ビリヴァヴォーレさま」
私の言葉を聞いて、彼の表情が変わる。驚きと、野心的なぎらついた目。そんな、初対面にはふさわしくない表情をうかべながら、慌てて食事を中断して、声の主と握手を交わす。……どうして彼は、ここで野心家の顔をするのだろう。初めて会った時のような、相手を品定めするように見る彼を見て思う。いくらなんでもこの相手にそれはない、と。
ビリヴァヴォーレ・アティーツ。主に通商を取りまとめる、アティーツの名を許された組織の重鎮。その豪気な性格からか、相手の品定めするような態度を気にした風もないままに。握手を終えた二人は、そのまま世間話を始める。
◇
「一番難しいのは『帝国に何を売るか』ですね。さっきもさんざん聞かれたんですが、こればっかりは教えることはできません」
世間話に興じる彼とビリヴァヴォーレ。友好的、だけど下手に出ない話し方は彼の個性か。手振り身振りを交え、相手を退屈させず、だけど必要以上に譲らない。きっと交易屋として交渉するときもこんな感じなんだろう。
「そいつぁごもっともだが、おかげで交易屋って奴が一向に増えてくれなくてなあ。頭の痛えとこでもあるわけだ」
話題は当たり前のように、帝国との交易について。ビリヴァヴォーレも元は交易屋で経験も豊富。そんな古参と新進気鋭の交易屋二人の話は、世間話の体裁をとりながら、互いに懐をさぐりあうような、緊張を感じるような話だった。
「組織だって、お抱えの交易屋がいるでしょう。それに……」
――そんな世間話の中。彼が、ちょっとした爆弾を放り込む。
「……それに、帝国の軍人貴族が壁の外に、ちょっとした屋敷を建てようとしている、なんて噂も聞きますしね」
その言葉を聞いて、その耳の早さに驚く。「郊外の屋敷」に帝国人が関与しているらしいという話は、組織幹部とのつながりがある私たちですらまだ確証が得られていない話。その話を、彼のような外部の人間がどうして知ることができたのか。
だけど、彼のそんな爆弾発言を、ビリヴァヴォーレは豪快に笑う。
「おう、『飛び領地邸』か。耳が早えな。――帝国か?」
彼の話をあっさりと肯定したビリヴァヴォーレを見て、彼は意外そうな表現を浮かべながら頷く。……多分、私も同じ気分。だから、うっかり表情に出ないよう気を引き締める。
辺境の民と帝国人は相容れない。交易屋のような存在は、必要だから見て見ぬふりをされているだけ。私の仕事も、帝国から入ってくるさまざまな器具に支えられている。それらが無くなるのは困る。……でも、あくまでそれは例外。本来、帝国人は異物、壁の外に終わらない冬をもたらした張本人。
――壁の内と外は相入れない。それが、私たちの常識だった。
◇
「今、ウチにちいとばかり特殊な客人が来ててな。まあ、帝国人っても色々だな」
ビリヴァヴォーレの少しぼかした物言い。言外に深くは聞くなという言葉を感じ取る。――同時に、ビリヴァヴォーレという男が、組織で通商の取りまとめる幹部が帝国人のことを「客人」と言う重さを感じ取る。
「その客人が何者かは、正直知らねえ。……でもな、客である以上、客として遇する。ソイツが『飛び領地邸』を望んだ。だから俺はドンに話を通した。それだけだ」
その帝国人の求めた、その帝国人のための邸宅――飛び領地邸――。その敷地の中では、組織は掟を破っても目をつぶる。
――それはまるで、壁の外側、こちら側にある、帝国の飛び地。街の中の、ほんのささやかな帝国領。
本当、そんなことを組織に認めさせただけで、その帝国人というのがいかに特別なのかは伝わってくる。
「……交易屋の在り方も変わりますね」
「警戒しなくてもな、その内会わせてやらあ。ウチだって交易屋を抱えてる。仁義を忘れるつもりはねぇよ。――掟を守れば、な」
彼の探るような、少し踏み込んだ言葉。その言葉を笑って受け止めるビリヴァヴォーレ。共に笑ったあと、一転して声をひそめて、彼の耳元でささやくように話す。
「って訳でだ。俺らもあの客人の情報は喉から手が出るほど欲しくてな。――高値で買ってやるから、売れるよう準備しとけ」
本気で隠すつもりは無いのだろう。茶目っ気のある表情で、私にも聞こえるくらいには小さくない声で、彼に耳打ちするビリヴァヴォーレ。でもその言葉は、彼にとっては大きな商機。一瞬だけ目をぎらつかせる。
そうして、ビリヴァヴォーレは再び私たちに握手を求める。話は終わったとばかりのその態度に、私たちを遠目で眺めていた周辺の若者たちも、そわそわし始める。
「おう、悪いがほんの少しだけ、女を借りてくぞ」
そういって踵を返し、彼の返事を待たずに出口の方へと歩くビリヴァヴォーレ。私も彼に軽く一礼して、再び組織の若者たちに囲まれる彼を横目に、速足で小広間の出口へと向かう。
◇
小広間を出た廊下に出たところで、壁にもたれかかりながら私を待っていたビリヴァヴォーレに話しかけられる。
「ああいう品定めするような視線をする『若いの』ってのもまあ、悪くはねえ。そう思うだろ?」
ビリヴァヴォーレの言葉に肩をすくめる。彼のあの態度、ビリヴァヴォーレには好評だったみたい。……と、そんな感想を抱いたところで、ビリヴァヴォーレに、本題となる質問をぶつけられる。
「で、あの野郎、大丈夫そうか?」
「ええ。そっちの線は多分問題ないわ。……勘だけど」
ビリヴァヴォーレの質問に即答する。彼は掟を守っている。――私利私欲に負けて「クスリ」に手を出してはいない、と。
今でも組織を悩ませている「クスリ」。帝国は今も、壁の外に「クスリ」をばらまき、「クスリ漬けになった人間」を買っている。この街では組織によって禁止されたその行為。それでも、掟を破って「クスリ」に手を出す交易屋は後を絶たない。
私は「クスリ」が元で売られたからか、相手が「クスリ」に手を出したかどうかが、なんとなくわかる。……いつまでも勘のままではいけないけど、それは、もう少し彼と親しくなってからのこと。
もっとも。彼は「クスリ」に手を出すほど愚かでないと、それは現時点でも確信してるけど。
◇
ビリヴァヴォーレとの話も終わって、小広間へと戻る。彼は組織の若者たちに取り囲まれて「ビリヴァヴォーレの叔父貴と堂々と話をするなんて、ヤッパ凄え」なんてはやし立てられている。――そんな彼に、そろそろ食事の続きをしましょうと話しかける。
私の言葉を聞いて、再び散り散りになる組織の若者たち。ようやく人心地ついて、冷めてしまったスープに口をつける。
そうして食事も終わり。ふたたび若者たちに取り囲まれて。彼を中心に、パーティーの時間は過ぎていく。――そして、そんなパーティーの時間も終わりを告げる。
「おう! 手前ら、今日はここまでだ!」
「今日はお招きいただきありがとうございました」
「「「ありがとござやした!」」」
再び小広間の正面に立って、締めの挨拶をする彼と、掛け声を上げる主催者の人。それに応える若者たちの掛け声が小広間に響く。戻ってきた彼の腕を取って、並んで小広間を出る。
――こうして、この日のささやかなパーティーは、予想外な大物との交流を交えながらも、無事に終えることができた。