11.精霊の狂う地(1)
ストルイミン家の祝賀会から、二月ほどが経過して。それをきっかけに、ストルイミン家やレヴィタナ家とつながりのある幾人かの商人とも取引をはじめる。飛び領地邸に建設中だった倉庫も完成して、商売は順調。
……とはいえ、これといって大きな取引もないままに時間が過ぎ去っていく。
そんな、そろそろ夏も終わろうかというある日。組織から、次の取引について相談を持ちかけられてる。その要望に答えるべく、まずはサンプル品を購入するために、スヴェトラーナと共に、帝国へと向かう。
「にしても、鉱石ねぇ。意外なものを欲しがるわね」
「そうですわね。でも、組織の人たちも為政者なのでしょう? 単純な利益よりも、街に必要かどうかで考えるのではないかしら」
レヴィタナ家の紋章を掲げた貴族車両の中で、静かに茶を飲みながら、スヴェトラーナと言葉を交わす。組織をならず者と見る私と、組織を為政者として見る彼女。抱く感想の違いは立ち位置の違いかなと、ふと思う。
今回帝国に行くメンバーは、スヴェトラーナに私、侍女としてホーミスとプリィ、あと護衛の兵士が数人。スヴェトラーナと帝国に行く時のいつものメンバー。
……まったく、スヴェトラーナと帝国に行くと大掛かりね。そう思いながら、思い出す。ほんの数日前、組織の屋敷に招かれて持ちかけられた商談を。
◇
「単刀直入に聞くが、てめぇ等から鉄や石炭の類を買うことはできるのか?」
ピリヴァヴォーレに呼ばれて、次の商談のために組織の屋敷へと招かれる。そうして案内されたのは屋敷の中央部。組織の支配者、ドン・アティーツとその家族、そして、その彼と盃を交わした幹部たち、そして彼らに招かれた客人だけが入れる特別な場所。
赴いたのは、エフィムとスヴェトラーナと私に、あとドミートリの四人だけ。他は呼ぶなと言われ、実はスヴェトラーナや私が行くのも難色を示されていたのを、エフィムが「彼らに話せないことなら僕も聞けない」と言って無理やり同行を納得させて、私たちはここにいる。
そうして、招かれた客室で。用意された席に座った途端に放たれる、ピリヴァヴォーレの言葉。その言葉に、エフィムが少し困った顔をする。
「……もちろん。鉱物資源は今の帝国の主力商品だよ。でも、あまりおすすめはできないかな」
そう前置きして、エフィムは語る。
「火山地精を元に、帝国教会の祈りで稼働する転換炉。それによって人口的に作られる鉱物資源。そのどれも、今の帝国を治める政治将校の管轄だからね。僕たちの口添えは期待できない」
「じゃあ、買うのは面倒なのか?」
「いや。彼らはある意味、とても平等で、ルールを守るからね。だから、書類一枚提出すれば、普通に買えるよ」
まあ、提出する先は帝国じゃなくて公社になるんだけどね。そうピリヴァヴォーレに伝える。
「でも、それは『この地を常冬にしてる元凶』だよ。それでも買うつもりかな?」
エフィムの、やや言いにくそうに言った言葉。その言葉を、ピリヴァヴォーレは笑いとばす。
「そいつは食料や酒だって一緒だろうよ。帝国は、冬を捨てて春にして、例の小麦だの酒だのを作ってる。で、俺等はそれを買って、その酒を元に違う酒を造って、帝国に売ってる。――今更だろ」
ピリヴァヴォーレの返事。その言葉に、ほんの少しだけ、息を飲む。……今さらだけど、組織がこの商売に至るまでの覚悟と道のりを思う。
帝国との商売なんて、絶対にそんなことを考えるはずのない組織が、今前向きに商売を捉えている。でもそれは一枚岩ではなくて、だから情報が漏れないよう、他者を排して話をしている。……それが、この組織の屋敷の中というのは矛盾だけど、そこは血と盃が絶対の、組織らしいところなんだろうとも思う。
と、そんな、少し張り詰めた空気を、ピリヴァヴォーレが軽口めいた口調で吹き飛ばす。
「まあ、俺たちも資源に困ってるって訳じゃねぇがな。こういう物はいろんなところから買っといた方がいいっていうのが、あのクソババアの持論でな」
今回はそいつに従っておこうって、まあそんな話だなと、ピリヴァヴォーレが話をまとめる。
「……鉱石の類は、先も言ったように武官の管轄。僕たちの持ってる貴族の人脈とは相性が悪い。――そして、資源の取引は政治の一つとして利用される。あまり依存するとつけこまれることになるけど、いいのかな」
最後に、そう警告するエフィム。それも、ピリヴァヴォーレは承知の上だったのだろう。軽く頷く。
「そいつはてめぇ等だって一緒だろう。慈善事業でここにいる訳じゃねぇ。ついでに、純粋な金儲けって訳でもねぇだろ。そういう意味では一緒だろうよ、どいつもこいつもな」
◇
そんな経緯で、鉄鉱石や石炭を求めて帝国へと出発する。目的地は北部の山岳部にある、信仰鉱山都市ミアゴーラ・グラジーニャ。その北方にはもう人の住む土地はないという、正真正銘、帝国の最北端の地。帝国の最重要都市の一つにして、同時に僻地でもある、そんな土地。
いつものように帝都方面へと列車で向かい、途中で乗り換える。そこから北上してさらに一日。乗り換えるのは帝都と国境の中間点、デヴィニ・キリシュラッド。そこから先は、貴族専用車両ではなく、一般の車両に乗り換えての旅。
スヴェトラーナが帝国に行くと、大掛かりになる。だから彼女は、帝国行きはエフィムに任せて、自分は飛び領地邸で留守を守ることが多い。そんな彼女が帝国に行くのは、理由がある時だけ。
最初は、私を帝都にあるストルイミン家の別邸に案内するため。ついこの間は、ストルイミン家の祝賀会に参加するため。――そして今回は、エフィムが行けない土地に行くため。
ミアゴーラ・グラジーニャは、火山地精から祈りと薬で力を搾り取る、転換炉が稼働する街。だから、精霊と契約した者は近づけない。近づけるのは火山地精と契約して狂った精霊を受け入れた、帝国教会の契約者だけ。
そんな土地に、私は、スヴェトラーナと共に行こうとしている。
◇
かつては冬を産む山と呼ばれ、今は冬を退ける火山地精の眠る山、ゴラ・グラジーニャ。その麓にあるミアゴーラ・グラジーニャには、様々な物がある。
一つ、火山から、眠る地精の宿った石を掘り出す鉱山。
一つ、眠る地精に祈りと生贄を捧げる帝国教会の大聖堂。
一つ、火山地精と信仰から季節と資源を生み出す転換炉。
一つ、国境の河グラニーツァリカの、冬精の水源地。
帝都が帝国の近代化の中心なら、ミアゴーラ・グラジーニャは帝国の近代化の根源とも言える土地。その地に向かって、ミラナたちは旅をする。
◇
「……スヤァならミアゴーラ・グラジーニャにも入れるって、本当かしら?」
「その可能性が高い、という話ですわね。そこは、貴方がたの方が詳しいのでは」
「……残念だけど。私にもよくわからないわ。エフィムの言葉を信じるしかないわね」
私と契約しているスヤァは、ゴラ・グラジーニャで生まれ、眠り、目覚め、力を使い果たし、遠く辺境の地で再び目覚めた火山地精。だから、ミアゴーラ・グラジーニャでも正気を保てるはずと言うのがエフィムの見解。……正確には、その精霊のオットトの見解なんだけど。その言葉は、かなり自信に満ちていて、間違いないと確信していることをうかがわせる。とはいえ、私もスヤァも実感がない。だから、そこは注意しておいて、何かあるようならすぐに街を出る、そんな予定。
――少し危険はあるのだけれど。でも、できることなら一度、精霊の故郷は見ておいた方がいいとはエフィムの言葉。知ることで深まる縁もあるし、精霊と縁を深めることは悪いことじゃない。そう勧められて、私は今、ここにいる。
「精霊由来の街に、精霊由来の資源。色々と面倒ね」
ミアゴーラ・グラジーニャで生産される鉱石は、普通の鉱石と違う、火山地精の力を使って生産されたもの。……で、普段からあたり前のように生活している私たちにはピンとこないのだけれど、私たちの住むグロウ・ゴラッドも、精霊に由来する土地として、相当に珍しい街らしい。だから、普通ではない「何か」が起きるかもしれない。
だから、念には念を入れて、まずはその鉱石を直接見て大丈夫そうか判断して、その次は少しだけ街の中に入れてと、少しずつ段階的に確認した方がいいと、そんな話。
「大丈夫。多分、何かあるようなら、君の精霊が気付くよ」
そんな、自分たちではわからないようなエフィムの言葉を頼りに、帝国へと行くことになった。
◇
ちなみに。精霊と縁を深めて具体的に何が良いのかエフィムに聞いてみたんだけれど。返ってきたのは、ちょっとふざけた言葉。
「とりあえず確実なのは、美容と健康だね」
何でも、精霊は契約者をできるだけ良い状態に保とうとする本能があるらしくて、精霊と通じれば通じるほど、病気になりにくくなったり太りにくくなったりするらしい。その言葉を聞いた時には、ちょっと脱力した。
――まあ、気休め程度ね。なにせ、「なら、神父様の体型は何?」と聞いても、笑うだけで何も答えなかったのだから。
◇
そうして、いつものように、日が落ちた頃にデヴィニ・キリシュラッドの駅へとついて。そこで駅の中を歩いて、夕食の弁当と飲み物をミアゴーラ・グラジーニャ方面行きの寝台特急へと乗り換える。
「……ずいぶん小さいわね」
「普通はこのサイズです。普段乗っている中央幹線特急列車が特別に大きいのですわ」
乗り換えようとした列車を見て、思わずつぶやく。今まで私たちが乗ってきた列車と比べ、客車の長さが短く、天井も低い。そんな私の感想を受け流して、客車の中へと入っていくスヴェトラーナ。中に入ると、反対側の扉までの距離も短い。部屋も、通路の片側にしかないみたい。……どうも、私たちが今まで乗っていた列車は、中央幹線特急列車という、帝都と外国とを結ぶ特別な列車で、こちらが一般的なサイズの列車らしい。
それでも、客室に入って走り出してしまえば、天井が少し低いのと音と揺れが気になるのを除いては、何度か乗ってきた普通の一等客室とかわらなくて。買ってきた食事をすませて――スヴェトラーナが妙に楽しそうに食べてたのが印象的。「駅で買うお弁当には、その土地にしかない味があるのですわ」と言っていたが、どちらかというと、貴族車両とは違う雰囲気を味わっているようにも感じた――、そのまま就寝。普段よりもはっきり感じる揺れにちゃんと眠れるかしらと思いながらも、気がつけばあっさり眠っていて。
目が覚めてからも列車の旅は続いて。少し大きめの駅に止まっては、少し眺めの停車時間(とはいえほんの五分ほどだけど)に駅で軽食や飲み物を買って、客室で食べる。
デヴィニ・キリシュラッドで食べたのはいつもの白いパンに鶏肉と茹でた野菜のつけあわせ。朝、北方の列車で取った朝食は、切れ込みの入ったパンに腸詰め肉と炒めた野菜を挟んだ、簡素なパン料理。昼食は、多分少し大麦を混ぜたパンにチーズと具とスパイスをたっぷりのせた、これまたシンプルな料理。どこか、グロウ・ゴラッドの料理に似た感じがする。
……その、どこか粗野な感じのするパン料理にかぶりつくスヴェトラーナは、これまであまり見ないもので。こっそりホーミスに聞いたところ、どうやらこれは、スヴェトラーナの、旅の密かな楽しみらしい。
そのホーミスの言葉になるほど、確かにこの、肉汁やチーズの匂いであふれる料理は細かいことを気にせず食べた方が美味しそうねとそう思いながらも、私は、あくまで静かに上品に軽食をとる。
そうして、食事と移りゆく外の風景を楽しみながら、旅を続けて。再び日が暮れ始めた頃、それまでの、ようやく慣れてきた夏の終わりの穏やかな暑さが、少しずつ、真夏の暑さへと戻っていって。スヤァを通して空気が――精霊の息遣いのような、私たちの感じる空気とは別の空気が――ほんの少し、生暖かく、どこかツンとした刺激まじりのもやが漂うのを感じて。
やがて列車は、信仰鉱山都市ミアゴーラ・グラジーニャへと到着した。




