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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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10.ストルイミン家の小祝宴(2)

「みなさん。今日はお忙しい中、集まっていただきありがとうございます」


 招待客が集まった頃を見計らったのか、エダルトさんが小ホールの中央奥に立って、参列者に挨拶をする。ストルイミン伯が主催だと、格式とか席次とかいろいろ面倒なことが出てくるから、今回のような小さな交流会は当主でななく跡継ぎが取り仕切るのが通例らしい。


 エフィムは相変わらずレヴィタナ伯やスヴェトラーナと一緒に、他の招待客と入れ替わり立ち替わりで談笑中。エフィムはこういう集まりにはほとんど参加してこなかったから、たまに出席するとあんな感じで大勢の人につかまるらしい。


……もっとも、今日は「私たちの商売が軌道に乗り始めた」のを祝う祝宴なのだから、彼も主役ではあるのだけれど。


「(……『おつきあい』って感じが強そうですね〜)」


 そんな彼の様子を見て、小声で話しかけてくるプリィ。その言葉に、少しだけ苦笑をしつつ、小さく頷く。ことさらに笑顔を浮かべて礼儀正しく、無難にこなすエフィムに、口数少なく一歩控えるような感じのスヴェトラーナ。その「形式通りにこなす」感じに大変ねと軽く思いつつ、いなくてよかったのかしらと軽く頭をよぎる。


 と、そんなことを考えている間に、エダルトさんがやや長い挨拶を終えて。少し時間も空いたことだし今の内になにか口にしようと動きかけて……


「ごめんなさい。お互い手持ち無沙汰のようですし、少しつきあっていただけないかしら?」


 見知らぬ他の招待客に声をかけられたのは、そんな時だった。


  ◇


 声をかけてきたのは、プリィと同じくらいの年かしら? かなり若い娘さん。商家の出で、レヴィタナ家と付き合いがあるらしい。スヴェトラーナとも親しくしているみたいで、いくつか披露してもらったエピソードがとてもスヴェトラーナらしく、少し楽しくなる。


「で、久しぶりにスヴィと話そうと思ったのですが、どうにもつかまっているみたいですので。他にいい方はと思っていたところで、教会で精霊契約した方を見かけて、さては噂の方かしらとお見受けして、こうして声をかけさせてもらいました」


 そう言ってコロコロと笑う彼女。どうもスヤァの精霊石、何か仕掛けがあって、見る人が見るとわかるみたい。で、興味を覚えて声をかけてきたと。


「スヴェトラーナは飛び領地邸で留守を預かることが多いし、列車の関係もあって、気軽に帝国(こちら)には来れないわね。レヴィタナ伯あたりはやきもきしてそうね」

「……飛び領地邸?」

「私たちの街に建てた、エフィムやスヴェトラーナの屋敷の名前よ。元々は街の人(わたしたち)がつけた名前だけど、今ではスヴェトラーナたちもそう呼んでるわ」

「興味深いですね。もう少し詳しくお聞きしても?」


 そんな感じで、互いに気になるところを聞き合う。彼女は主に街のことについて、私は主に帝国での商売について。彼女の家は帝国だけでなく諸外国ともつきあいがあって、帝国での商売はほんの一部、外国にいることの方が多いらしい。商家という立ち位置の違いもあって、エフィムやスヴェトラーナとはまた違う話が聞けて、なかなかに興味深い。


 彼女は彼女で、私から聞く街の話は興味深かったのだろう、私の話を楽しそうに聞いて、結論を口にする。


「つまり、グロウ・ゴラッドという街は『近代化はされていないけど十分に発展して豊かな街』なのですね。それは少し、イメージを改める必要がありそうです」


 そんな彼女の言葉に、軽くひっかかりを覚える。


「……豊か、なのかしら?」

「ええ、間違いなく。正確には『豊かになり始めている』かもしれませんが」


 そう自信満々に頷く彼女。文化的、経済的に差があると、そもそも商売――対等な取引――なんて成り立たない。だから、帝国と商売をしようとしている、商売として成り立っている時点で、ある程度豊かなのは確信していたらしい。


「……なら、わざわざ私から話を聞かなくてもいいんじゃないかしら」

「そうですけどね。でも、話をしないとわからないことも多いので。今日はとても有意義な話ができたと思っていますよ」


 そう言って、ではそろそろ他の方にお譲りしないとと言って、握手を求めてくる彼女。別れ際、「できれば次は、私の家にも招待したいですわ」と言い残して立ち去って、一息つく間もなく、次の人に挨拶をされて……


 気がつけば、私たちも、軽くエフィムたちのように、立ち替わり挨拶と談笑を繰り返す状態になっていた。


  ◇


 私に声をかけてきた人は皆、彼女と同じような、いろんな国を行き来する商人で、グロウ・ゴラッドという街について興味を覚えている人たち。私たちの商売については知っている――このパーティーに参加している以上、当然のこと――だけど、生の「現地人の声」を聞きたくて私に声をかけてきたらしい。……皆、真剣に情報を求めているのはわかるけど、同じようなことを三回も四回も説明するのは、正直、少し疲れる。


 グロウ・ゴラッドが豊かな街というのは、私に声をかけてきた人たちでは共通認識。ただこれは、帝国の商人の認識というよりは、私たちに興味を持つ商人がそういう考え方を持ちやすいという話だと思う。――直接街の様子をみることはできないかと聞かれて、列車は帝国軍の管轄だから自由には動かせない、レヴィタナ家やストルイミン家に依頼してみてはと返事をしたのだけど、「それは残念、教会の神父様はうらやましいですな」と笑ってその話は終わり。きっとどちらも、無条件に列車を手配するつもりはないし、そのことは知れ渡っているのだろう。


 時間と共に、どこからともなく音楽が流れ、ホール中央で幾人かが舞い始める。……どうも、パーティーの参加者どうしが好きに相手をみつくろって、即興で舞うのを楽しむらしい。すごい風習ねと思いながら、このパーティーの参列者が全員即興で舞えるのかしらとふと疑問に思う。


「(プリィはどう?)」

「(……さっぱりです。ミラナ様はどうですか?)」

「(そうね、もう少し見ればなんとかなるとは思うけど……)」


 小声でプリィと話す。めずらしく……というか、初めてじゃないかしら? プリィがこなせないことって。まあ、組織の幹部に舞いは必要ないから当然か。


「ああ、今回のような身近な集いでは、踊るのは必須じゃないからね。安心していいよ」


 と、少し久しぶりな感じのする声にふりかえると、そこにはようやく招待客から開放されたエフィムとスヴェトラーナ。レヴィタナ伯はと見渡すと、エダルトさんと談笑中。先ほどまで、いくつかまとまっているように感じた招待客の人たちも、今は散り散りに、思いのままに動いているように見える。


「グロウ・ゴラッドのパーティーには、踊る風習は無いのですか?」

「組織の荒くれに期待することじゃないわね」


 スヴェトラーナの質問に、きっぱり即答してから説明する。グロウ・ゴラッドにあるのは、自分たちが楽しむための舞いではなく、参加者が見て楽しむための舞。そういう舞いなら、扇情的なものから情熱的なものまで、デュチリ・ダチャの専属娼婦(せんぞく)はなにがしかの舞を身につけていると、そうスヴェトラーナに説明をする。


「……つまり、ミラナも何か踊れる?」

「そうね。私はあまり色気のある舞いは……」


 エフィムの言葉に頷いて。……と、少し思いついて、ホール中央のスペースを見る。最初はエダルトさんの挨拶、ついで踊る場所として使われている、ホール中央のやや開けた空間。あの場所ならちょうどいいかしらと。


「舞えるかどうかは、見た方が早いわね。……少し目立つかもしれないけど、いいかしら」


 ()()興味のある人がいるようだし、内輪の小さな集まりならこういうのもありだろうと、そんなことを思いながら。


  ◇


 小ホールの片隅、ミラナたちから少し離れた場所。最初にミラナと話をしていた娘が、グロウ・ゴラッドの料理を、一つ一つ味わいながら、ついばみ、思うままに評論する。


「なんというか、上品さに欠けたスイーツですね? 甘すぎる、バニラの強い香りが上質のミルクの風味を塗りつぶして台無し、これじゃせっかくのバニラも泣いていますわ。それに、これ、向こうのパン? 微妙な酸味に口あたりの悪さ、飲み物にも合わない、これを毎日食べるって正気? でも、このスイーツが露天で売られてる? なにそのびっくり異邦?」


 と、彼女の批評は実に自由で、少し食べてはセンスがない、美味しくないと言いながら、楽しそうに、グロウ・ゴラッドの料理を口にする彼女。そんな彼女が、ふと周辺のざわめきに変化を感じて、ホールの中央を見る。


 そして、そこで一人舞っているミラナを見て。

 貴族のパーティーには少し異質な舞に、思わず口笛をふく。


「おひさしぶりです。――すごいと思いませんか、彼女?」

「そうですね。……あれは何処の舞踊なのでしょうか」


 そんな彼女に話しかけるスヴェトラーナ。そんなスヴェトラーナに答えながら、彼女の視線は中央で舞うミラナから離れない。


 静かに、柔らかく、軽やかに、時に跳ね、疾く、廻り、流れるように舞う彼女を、時を忘れ見続ける。


「舞踊……に限りませんが。舞踊というのは、綺麗に動けばいいというものではありません。表現したい何かがあり、表現するための技術がある。そして、それは踊り手だけでなく、踊りにも積み重なるものです」


 ミラナの舞に目を奪われながら、彼女は思う。どこか見たような、初めて見るような、不思議な感覚。あれはきっと、色々な舞いをとりこんだ舞いで、同時にきっと、ミラナの舞いなのだと。


「……あの動きの一つ一つに、歴史があると?」

「私は一介の商人でしかありませんので、そこまで目は確かではありませんが。――あの踊りには、つぎはぎでない何かを感じます」


 そんな彼女の言葉を聞きながら、スヴェトラーナは考える。幼い頃から諸外国を旅して、様々な文化を目にしてきた彼女は、その見た目の若さよりも遥かに多くの物に触れている。そんな彼女の目を奪わせている。この場にふさわしい「社交的な舞踊」でないはずなのに、誰もがそれを忘れている。今、この場所の中心には彼女の舞がある。


「一つの場所で継がれ、発展した舞踊。そこには積み重ねられた物語があります。いくつかの舞から、その動きだけを抜き出して組み立てても、新しいものにはなりません。新しいものになるには、時間と物語が必要です。――でも、その物語を理解した上で、その物語を組み合わせて一つの舞を組み立てたのなら。それは、抜き取っていいとこ取りしただけの舞とは違うと思います。……それがいいことか、一介の商人でしかない私にはわかりません。ですが、それは難しく、洗練されたことだと思います。

――グロウ・ゴラッドとは、壁の外の街とはどんな場所なのでしょう。外界から遮断された、暴力組織が支配する場所では無いのですか? 本当、びっくり異邦すぎて感心します」


 彼女の評論に、スヴェトラーナは笑う。閉ざされた、暴力組織が支配する不毛の地。自分も始めはそう思ったのだ。エフィムが帝国の任務を拡大解釈してその街に訪れ、そこに住み始めるまでは。


「唐突に終わらない冬が来て、それを乗り越えてしたたかに生きる人たちの街ですわ。苦難に乗り越える強さがあるのです。それに見合った文化があってもおかしくないのかもしれないですわ。――そうそう、あの舞い、一人ひとり得意とするものは違うそうですよ」

「つまり、他にもあると。それは凄いですね」

「さて、それはどうでしょう。彼女の舞いがこの場に合ってただけかもしれません」


 それに、いくら身内だけの小さな集まりとはいえ、その場になじんでいたとしても、まるで踊り子のような舞いだけで終わるのはふさわしくない。


  ◇


 そうして、ミラナが舞い終わるタイミングを見計らったように、エフィムがミラナへと歩み寄り、その手を取る。続く二人の踊りは、先ほどまでの洗練された舞いとは違い、無難で、少しぎこちないものだった。それでも、二人が踊り終わると、小ホールは二人に向けた拍手で包まれた。


――そうして、ストルイミン家の小パーティーは無事に終わる。招待客に、辺境の街と、ミラナの印象を強く残して。

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