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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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神父辺境訪問記(五・終幕)

 グロウ・ゴラッドの街に神父様が滞在して、さらに一日。昨日の路地裏部屋の見学や曰く付きのレストランでの食事、市場や職工ギルドの幼年訓練所の見学に引き続き、今日は昼のデュチリ・ダチャと組織の酒造所を見学しようということに決まる。


 そうして、まず訪れたのはデュチリ・ダチャ。マム自らの出迎えに握手をして中に入った神父様は、まず、一階のホールにぶら下げられたシャンデリアにひとりきり感心の声を上げる。


「コレは、またコフウな照明デスネ」

「こんなの、どこにでもあるもんじゃないのかい?」

「今デハ、大半ガ電気ノ灯デス。ロウソクのシャンデリアはかなりのゼイタクヒンデス」


 どうやら、帝国や他の国――神父様が言う列強国と呼ばれている国々――では、今は電気の灯りに押されて、ここにあるような「電気を使わないシャンデリア」はかなり珍しいものになっているらしい。一部の大貴族や、迎賓館のような贅沢に意味がある施設でしか見ることのできない、裕福の象徴になっているという話。


 で、神父様はマムに案内されながら、興味を覚えたもの――マムが趣味で作らせた外国風の使用服とか建築様式とか――を聞いては頷く。書庫の蔵書には特に興味を覚えたみたいで、いろんなことをマムに質問していた。


……この書庫には数百冊の蔵書があるのだけれど、最近は印刷や製紙も技術が進んだ関係で書籍もかなり安価になって、個人で大量の本を所有する人も増えたらしい。そういう意味で、蔵書の数としてはそこまで珍しい訳じゃないらしいけど、ここはそういう「新しい印刷本」以外の本もかなり多い。なんというか、書庫というよりは博物館のような価値があるらしい。

 元々は「冬の王国」時代の本で、薪代わりに燃やされそうなところを回収したとか、そんなマムの説明に、神父様は大げさに反応しながら聞き入っていた。


  ◇


 そうして、デュチリ・ダチャを一通り見てまわった後、談話室で一休み、昼食をとる。マムはこの街に広がりつつある「新しいデザート」の黒幕みたいな存在、小麦や甘い香辛料をふんだんに使った、だけど飛び領地邸とはまた違った料理に、神父様だけではなく私たちも感心する。


 そうして食後に、これも最近、一気に普及してきたホットココアと、あとエフィムには特別に淹れたというホットコーヒーで一息。その間に、神父様に二匹の猫――スーニャとリーニャ――が駆け寄ったり歩み寄ったり。マムに拾われたというミーニャだけは我関せず、棚の一番上の高いところでのんびりあくびをしていた。


 そうして、デュチリ・ダチャの見学の時間は、まったりと過ぎていった。


――久方ぶりに見たデュチリ・ダチャに、懐かしさと新しさを感じながら。


  ◇


 と、そんな感じでを見学した後は、組織を介して酒造所の見学を申し込む。再び呼び出される形になったピリヴァヴォーレが、前日の曰くありげな態度を気にもとめない神父様の図太さに、「そういうことは最初に言いやがれ」とぼやいてたのが印象的。……それでもきっちり手配をするのは彼の性格か。


 そうして案内された昔からあるゴルディクライヌの酒造所と、新たに作られたスタンシア・ゴルディクライヌ――帝国の酒を元にした新しいゴルディクライヌ――の「工場」を見て回る。どちらも、神父様が思ったよりも近代的な施設だと思うけど、デュチリ・ダチャを見た後だとそこまで衝撃的でもなかったと思う。


「アト、この酒にツカワレテイル香草、ゴルディニスの栽培もミタイ、デスガ」

「……悪ぃがそいつは機密だ」


 そいつを教えちまったらオレ等の商売が台無しだろう、そういうピリヴァヴォーレにソウデスネー、デモ残念デスと神父様。


「アノ『人を喰う』河ノ水ヲツカッテ育テルナンテ、フツウはマネできないとオモイマス、ガ」

「……見たのかよ」

「ソノクライ、見ナクても、フツウにワカリマス」


 神父様の言葉に、いや、普通はわかんねぇだろうとピリヴァヴォーレ。彼の言葉に、うんうんと頷くエフィム。つられて私も頷く。他からも頷く気配。


……どうやら、私やエフィムのような「精霊と対話する」才能と、神父様のような「精霊を使役する」才能は、全く別みたい。私たちのような「話者」にしかわからないこともあれば、神父様のような「使役者」にしかわからないことがあると、そんなことらしい。もっとも、「神父様だから」と言っても通じてしまいそうなところはあるのだけれど。


 そうして、その日も神父様の物見湯山で一日を終える。


  ◇


 そうして、明けて翌日。神父様がこの街に来てから三日目。とうとう神父様が帝国へと帰る日。私たちは少し早めに駅に来て、帰りの列車が到着するのを待つ。


 手土産にと渡した「スタンシア・ゴルディクライヌ」を大事そうに抱えた神父様は、駅を細かいところまで見て回り、列車が到着する様子や貨物車両を連結する様子を興味深そうに眺める。……このあたりは「この街の風景」ではないし、帝国内でも見れると思うのだけど、違うのかしら?


 と、ぎりぎりまで見物した神父様も、とうとう列車に乗り込む時間になって。「お世話になりました」という言葉を残して、客車の中に消える。やがて動きだす列車。……と、小さくなる列車を見ながら、エフィムがつぶやく。


「今回の便から、スタンシア・ゴルディクライヌも定数出荷。あの貨物車両の七、八割は埋まっているはず。本格的な商売はようやく、これからだね」


 まあ、まだ貨物車両も一番小さなサイズだけどねと笑うエフィム。実際、さっき見た貨物車両は、客車の四分の一程度の長さしかない。


……ちなみに。その残りの二割に、私の店で使っていた家財道具や酒とかが詰め込まれているはず。一回では運びきれないので、数回に分けて輸送するという取り決めになっている。その一時保管場所として飛び領地邸の倉庫を利用し、費用はマムと神父様が折半するという、よくわからない状況になっている。


 やがて列車も見えなくなって。神父様という名の一連の騒動が終わる。


  ◇


 そうして、神父様が帝国へと帰って、飛び領地邸の面々が一息ついた頃。「ヴィヌイとパトロアの手料理屋」では、ピリヴァヴォーレが、ガツガツと料理を口に放り込みながら、対面に座ったヴィヌイと話していた。


「っつう感じで、あの神父サマとやらはひたすらいろんな物を見て帰ってった訳だ。結局、何が楽しくてこの街を調べてまわったのかはわからねぇままだな。貴族の坊っちゃんは『布教の準備じゃないか』とか言ってたけどな。――まあ、クスリをばらまいたりしねぇのなら、どうでもいいこった」


 デュチリ・ダチャの元専属娼婦、ヴィヌイとパトロアが経営する「ヴィヌイとパトロアの手料理屋」。昼と夜の間の、本来なら店を閉めている時間、時折ふらっと訪れるピリヴァヴォーレに、注文を聞かずに手早く料理を出すヴィヌイ。出された料理を食べながら、時に愚痴り、時に相談する。それは、面倒な仕事を終えた後の、ピリヴァヴォーレのいつもの気まぐれだった。


――もっとも、今日に限って言えば、きまぐれではなく予約済みだったのだが。


 と、愚痴りながらも目の前で実にうまそうに料理を食べるピリヴァヴォーレを見ながら、ヴィヌイはその愚痴に反応する。


「宗教ねぇ。私には、何がいいのかわかんないわぁ」

「オレもわかんねぇがな、クッソ便利なのも間違いねぇ」


 と、ピリヴァヴォーレから返ってきたその言葉を、少し意外に感じるヴィヌイ。……今のピリヴァヴォーレは、組織の中では商売だの生産だの、およそ暴力以外の分野で頭角を現しているが、彼が抱えてる価値観は「古臭くて義理堅い」ファミリーそのもの。その価値観と「信仰」は相容れないし、そういう集まりを「便利」と評するのは彼らしくない、そう感じる。


 が、そう言うヴィヌイに、ピリヴァヴォーレが笑う。


「理屈抜きでドンパチする奴は厄介だけどな、理屈抜きで不平不満を抑え込んでくれる奴は便利、単純な話じゃねぇか。しかもあいつは、二言目には金とわかりやすい。まあ、あの拝金がどこまで本気なのかは知らねぇがな」


 それでも、信念だ思想だなんて理由で「やらかす」奴と比べれば、金金言う奴の方がよっぽどわかりやすいってもんだというピリヴァヴォーレの言葉に、少しだけヴィヌイも納得する。……言われてみれば、この目の前の唐変木も、気がつけば金勘定ばかりしているのだから、何か通じるところがあるのかも?、と。


「帝国と自由に行き来できるようになる、かぁ。本当にそうなるのかなぁ」

「さあな。ただまあ、どっかで何かは起こるだろうよ」


 帝国には帝国の事情があって、オレ等にはオレ等の事情がある。今はほんのささやかな商売だけどな。上がりがデカくなればなるほど、うやむやにできねぇことも出てくる。最悪ドンパチする羽目にだってなるかもしれねぇとピリヴァヴォーレはうそぶく。


「……で、わざわざ私たちの店で密談?。ここ、料理屋よぉ」

「いいじゃねぇか。しっかり口止め料も払うってんだから」

「そうそう。金になるんならあたしゃ大歓迎だよ」


 二人の会話に、横から口を挟むパトロア。舌足らずながら人心の機微に敏感なヴィヌイに対し、金勘定や経営に手腕があるパトロア。二人のちょっとした見解の違いにピリヴァヴォーレが軽く笑ったところで、店の扉につけられた鈴がチリンと鳴る。


「と、そんなことを言ってる間に、その密談相手が来たみたいだね」


 そんなパトロアの声と共に、その密談相手――以前マムを壁超えさせたトレーダという名の交易屋――が、店の中に入ってくる。


  ◇


 そうして、ヴィヌイと入れ替わるように座ったトレーダは、机の上に「例の物」を置く。その「例の物」を手にとって確認するピリヴァヴォーレ。小型の拳銃が二丁と弾が数発、あと、それよりは大きな、それこそ帝国軍の兵士が持つような突撃銃を。


「荷物は既に壁超えさせて、壁の近くにある小屋に保管している。全部運ぶのには何度か往復する必要がある。あと一月程度は見てもらう必要があるな」

「なるほど。腕は良いようだな。……取りに行かせるか?」

「悪いが、小屋は企業秘密だ。待ってもらおう」

「待つのは構わねぇが、大丈夫なんだろうな?」

「誰か近づいても犬がいる。下手な場所よりも安全だ」


 拳銃をいろんな角度から眺めつつ、話を進めるピリヴァヴォーレ。やがて、その品質に満足したのか、銃を机の上に戻す。


「腕のいい奴は大歓迎だ。次も頼むとするか」

「今回はただの運び屋だ。交易屋を名乗る奴なら誰だってできる。……頼むのは勝手だが受けるかどうかは話次第だな」


 無愛想なその言葉にピリヴァヴォーレは笑う。交易屋として利益を上げるのと大量の物を運びだすのとでは、本来なら才能が違う。素人を一人抱えて壁超えなんて芸当が出来るのならと試しに頼んでみたが、いい掘り出し物だったようだなと考える。


……帝国軍の末端を手懐け、装備を横流しさせ、壁のこっち側に運び込む。こればかりは、あの帝国貴族の坊っちゃんにはできねぇことだからな。


 と、そんなことを考えながら、細かいところを詰めて。そうして話もまとまり、トレーダは席を立つ。……と同時に、疑問に思っていたのだろうことを口にする。


「……しかし、帝国軍の武器の横流しで『帝国になめられないための備え』になんて、本当になるのか?」


 そんな彼の言葉に、ピリヴァヴォーレはさらりと言う。


「これだけじゃねぇから安心しろ。……つうか、こいつはどっちかってぇとおまけだな。まあ、武器はあって困るもんじゃねぇからな、無駄にはならねぇよ」


 それは、いかにも暴力組織の幹部らしい、そんな言葉だった。

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