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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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8.神父辺境訪問記(四)

 路地裏部屋(ろじうら)に、仕切りの男に案内されて神父様とドミートリが入っていって。外に残った形になったエフィムと私とプリィは、同じく外に残ったピリヴァヴォーレと、しばらく世間話をする。


 とはいえ、エフィムは路地裏部屋(ここ)のことを知らないし、私もあまり詳しくない。結果、ピリヴァヴォーレが路地裏部屋(ここ)の生い立ちや組織やここに住む人たちとの関係について、私たちに説明する形になる。


……とはいえ、意外な話でもない。今は抗争も鳴りを潜めているけど、組織は暴力組織。まともに生きられない人間が成り上がるために命を捨てる人間が腐るほどいて、次々に死んでいった。そういう組織とこの路地裏部屋とがどんな関係だったのかは、簡単に想像できる。


「……つうわけで、昔は、ここでただくたばる前に鉄砲玉だ一番槍だで手柄を、なんてヤツもごろごろいたんだけどな。まともな()()()のねぇ今じゃ(くすぶ)るしかねぇ。ちぃと頭が痛いところって訳だ」


 それでもまあ、毎週のようにドンパチやってたあの頃よりはマシだと俺は思うけどな、そう語るピリヴァヴォーレ。


「まあ、アイツ等がどう思ってるのかは知らねぇけどな。実際、俺たちの知ったこっちゃねぇ。――まあ、ひと山当てたきゃ交易屋にもなるんじゃねぇか」


 そんなピリヴァヴォーレの言葉に、少しエフィムが考える。……そう言われると、私たちの行いも、彼らに無関係じゃない。壁までたどり着いて、壁超えを成功させて、壁の向こうで帝国人と交渉を成功させる。それを何度も、ずっと続けていける交易屋がいったいどれだけいるのか、私たちは知らない。……が、私たちの商売が、彼らから「賭けの機会」を奪うことにはなるのだろうと、そんなことを考える。


……と、そんなことを話しているうちに、神父様たちが路地裏部屋(ろじうら)から出てくる。


「おっしゃん、ばぃばーぁ」


 (ろじうら)から出てきた神父様を追いかけるように届く、まだ年端もいかない子供の声。それを見て、ピリヴァヴォーレが軽く口笛を吹く。


「ここのガキ、そう簡単に誰かに懐いたりしないんだけどな。どうやったんだ、あのシンプサマとやら」

「さあ? その秘訣、私も知りたいわね」


 ピリヴァヴォーレの言葉に、頷きながら答える。あの神父様、マムが気に入るだけの情報を持ってたり精霊を使役したり商人ぽい行動をとったり、ちょっと属性多すぎじゃないかしら。教えを説く姿が想像できないとか、本当にどうかしてると思う。


「……で、テメェら、この後はどうするつもりだ?」

「そうですね。この後もいくつか、神父様の見たいところを見て回る予定ですが」


 ピリヴァヴォーレの質問にエフィムが答える。次に駅に列車が停まるのは二日後、それまでは、神父様が見たい場所を中心に、街を見て回るつもりだと。


 それを聞いたピリヴァヴォーレが、ニヤリと笑って言う。


――つまり、まだまだ時間があるってこったな。ちょい付き合え、と。


  ◇


 そうして案内されたのは、国境の河グラニーツァリカの河辺にほど近い場所に建つ、古いレストラン。その店の看板を見て、言葉を無くす。――そこは、知る人ぞ知る有名な店。今でこそ何の変哲もないレストラン兼酒場だけど、昔は相当に曰くのあった場所。傍らのドミートリを見ると、当然知っているのだろう、軽く肩をすくめる。


「ここら一帯は、ちぃと特殊な土地でな。グラニーツァリカの水が増えてもあまり水位は変わらねぇ、そんな都合のいい作りになってる。まあ、かわりに反対側では水があふれかえるんだけどな。……で、その特徴を利用して建てた店がコイツだ。まあ、見た方が早ぇな」


 そう説明して、店の中へと入っていくピリヴァヴォーレ。続いてドミートリ、さらに神父様とエフィムも続く。気後れしていることを自覚しながら私も続いて、最後にプリィも入る。


「おう、俺とこのふっといヤツは特等席で頼む。後は好きでいい」


 店員であろう、私よりも一回りか二回り年が上であろう女性の店員に、やや乱暴に伝えるピリヴァヴォーレ。そのまま神父様をひきつれて、その「特等席」へと向かう。私たちは、その無愛想な店員に、特等席のすぐ隣の席へと案内される。


「この席は見ての通り、河辺を一望する特等席なんだが、曰くつきの席でもあってな。昔はここで、掟を破った奴に最後の飯を食わせて、そのままズドンと頭を撃ち抜いて大河グラニーツァリカに放り込む、そんな()()()の舞台だった場所だ。それを見て、周りの人間は拍手喝采を浴びせるっつう、悪趣味な場所だな。――まあ、この『特等席』は使わなくなったけどな。掟を破った奴は始末した後、あの河に放り込むのは今でも変わってねぇ」


 そう言いながら、その特等席へと座るピリヴァヴォーレ。神父様が席につくのを待ってから、パチンと指を鳴らす。と、窓の向こうに現れた一人の男が、()()が入った袋を氷の河に向かって、投石紐を使って放り投げる。大きく弧を描いて、氷の河に落ちていく()()。……と、氷の河の水面が不自然に騒ぎ出し、その袋めがけて、形を変えた氷が襲いかかる。


 最初にその袋を丸呑みしたのは、人間そのものを丸呑みできそう程に巨大な、氷の(サメ)。それに少し遅れるように、その鮫そのものを丸呑みするかのように、氷の(ワニ)が、その(アゴ)を水面から出す。

 間一髪、何もない空間を挟む(ワニ)(アゴ)。空を噛むことになった(ワニ)は、まるで怒り叫ぶように空気を震わせる。すぐ目の前の、河と席とを隔てる硝子が震える。その後も、氷でできた様々な水棲動物が、跳ねては消えて、叫びを残す。


「と、あの通りだ。生きてようが死んでようが、部分だろうが構わねぇ。どんな形であれ、あの河に人間を放り込むと、ああやって我先と、怒り狂った冬精(こおり)が食い散らかすって寸法だ」


 ようやく水とメニューを持ってきた店員に「おう、あんがとな」と応えながら、一気にごくりと飲み干すピリヴァヴォーレ。そうして喉を潤すと、再び神父様に向かって話し始める。


「目の前には人を喰らう大河、反対側にはどこまでも降り続ける雪。その向こうには、高くそびえる国境の壁。ここはそんな、行き場のねぇ街だ。ここで俺たちは、生きることができる場所を奪いあい、殺しあってきた。――知ってるか? 良い土地を手に入れるとな、どこからかクスリが出回って、やたらと良い武器を持った連中が次から次へと喧嘩を売ってくるんだぜ? 面白いこともあるもんだと思わねぇか? まあ、最近はその程度で消えちまうようなヤワな連中はいねぇけどな。今、この辺境で生き残ってるのはそれなりに面倒なヤツばかりさ」


 そう言ってピリヴァヴォーレは、店員がグラスに注いだ水を、再び、一気に再び飲み下す。その様子に気がさわったのか、手にした水差しをドスンとおいて立ち去る女性の店員。それを気にすることなく、空になったグラスに水を注いで、今度は喉を湿らせる程度に口に含む。


「なんでまあ、テメェがなんでここで何かするつもりなら、それなりに覚悟しとけと、話はそれだけだ。――今日の飯は俺の奢りだ。遠慮はいらねぇ、好きなモンを頼め」


 そういって、机の上にメニューを広げるピリヴァヴォーレ。それを興味津々といった体で覗き込む神父様。「ソですね。このビーフストロガノフというリョウリ、マダ食べとりまセン。オイシイですか?」と、どこかはしゃぎながら聞く姿に、少し呆れる。


「……もしかして、あの席で普通に昼食を取るつもりかしら」

「まあ、そうみたいだね」


 そう答えるエフィムは、少し面白そう。エフィムだけじゃなくてドミートリやプリィも普段どおり、あまり気にした様子もない。……あの席で食事を取る意味をきっちり説明してから奢る方もアレだけど、平然と注文する方もどうかしてると、私は思うんだけど、気にしないのかしら?


  ◇


 そうして、私たちも注文して、皆で昼食を取る。正直、曰く付きの店で味は期待していなかったんだけど、出てきた料理はなかなかの味だった。


  ◇


 そうして、食事の時間を終えて、神父やエフィムたちと別れて、一人帰路につくピリヴァヴォーレ。……と、ふと、肩の上に重さを感じる。


「盗み聞きは趣味が悪ぃなぁ、姫様(プリンツェーサ)


 その「重み」に話しかけるピリヴァヴォーレ。肩の上には、いつのまにか、ほんの小さな、雪玉を二つ積み重ねたような小さな雪人形。その人形から、ピリヴァヴォーレに反応するように、まだまだ大人になりきれていない、年頃の女の子の声。


「えー、わざわざ『そいつらと、ちょい話してくる』なんて言いのこして出てったのに、それ言う〜」


 聞かせるつもり満々じゃんと、まるで行儀の悪い少年のような口調で話す雪人形。ぴょこんぴょこんと小さく跳ねる姿が、どこかかわいらしい。


「……で、どうだった? ありゃあ、敵か?」

「だーかーらー。大丈夫、アレはクスリとかとは無縁だって。かっかっか」


 尋ねるピリヴァヴォーレに、あたり前のように断言すると、最後にわざとらしい笑い声をあげる雪人形。その、オヤジ(ドン・アティーツ)を思い出させるような笑い声に、ピリヴァヴォーレもつられて笑う。


……こんなガキの言う事と思わないでもねぇ。が、どうやら冬精とやらを通していろんなことを読み取れるらしいこの姫様の勘の良さは正直侮れねぇしなと、ピリヴァヴォーレは心の中でつぶやく。


 かつて、ひょんなことから組織が手に入れた、いまだ幼い、旧王国の王家の血を引く遺児。


 帝国が冬精(ふゆ)を大河に捨てる前、この地に住まう冬精(ふゆ)と対話し、繁栄をもたらしたという旧王国。怒れる冬精(ふゆ)に飲み込まれるように、王国とともに姿を消した王家の血。だが、この地に満ちる怒れる冬精(ふゆ)は、かつて王国を繁栄させた冬姫――ズィームニイナ・デュナ――とは違う存在を産み落とす。


 たまたま、自分たちの懐の中に入り込んできた王家の末裔とかいう小娘。その小娘が子を宿し、その子を残して早逝する。時を同じくして一線を退いたオヤジが、何を思ったか、その子を可愛がる。その子に宿る特殊な才能に気付いたのはずいぶん後で、その時から、その子育ては酔狂から利害に変わる。


 この姫様(プリンツェーサ)も、そういった事情は重々承知している。が、それでも、コイツにとって、オヤジは、自分をかわいがってくれる気のいい爺さまなんだろうと、ピリヴァヴォーレは思う。


「……オヤジの口調を真似るのも、ほどほどにしとけ、姫様(プリンツェーサ)

「べーつーにー、ジジイのマネ違うし。ていうか、その姫様(プリンツェーサ)っての、やめてよね。わしにはビュレスニシカって名前があるんだから」


 ピリヴァヴォーレの言葉に、子供扱いされていると感じたのか、むくれるような雪人形の声。その声に、頬をふくらませた小さな子供の顔を想像して、少し笑いそうになるピリヴァヴォーレ。


 ったく、しゃあねぇなと、最近増えてきたアイスクリームの露天の場所を思い浮かべて、ピリヴァヴォーレは帰る道を変えた。


  ◇


 ピリヴァヴォーレと別れた後、神父様の言われるがままに街を見て回り、その行く先々で神父様は、思うがままに好奇心を満たしていく。市場に行っては気になるものを手に取り、職工ギルドの幼年訓練所を見てナルホドと頷いて。時折鳴り響く鐘の音に「あの音はなんですか」と聞いてきたりと、見た目に反して、まるで子供のよう。


「本当に、物見遊山に来たみたいね」

「そうですね。今は物見湯山デス。でも、そうでないかもしれません」


 なんとなく、誰にともなくつぶやいた言葉。その言葉が聞こえたのだろう、神父様が答える。その、どこか真面目な響きに、思わず耳を傾ける。


「今、この街は孤立シテイマス。でも、交易屋という人たちがイマス。アナタたちも商売を始めマシタ。キット、自由に人の行き来がデキるようになりマス。ワタシの仕事、ソレカラデス。――いつの時代も、人が旅に出る、故郷を追われてデス。そして、人は旅人に冷たいデス」


 神父様は言う。旅商人は儲けるために旅をするのではなく、故郷を追われ、それでも生きるために旅をするのだと。旅人というのはよそ者で、人はよそ者に冷たいものだと。


「どんな土地にも、旅人はやってきて、旅立つ人がイマス。ソンナ人たちを教え、導き、救い、そしてオカネを寄付してもらうノガ私たちの仕事デス。――この街、私たちが救う人、たくさんいそうです。寄付、ガッポガッポです。とてもいい街です。オカネ、キフ、ダイジなコトです」


……わざわざ強調するようにオカネダイジと言う神父様に、途中まで真面目に聞いて損をしたなんてことを思いつつ、少し気になったことを聞いてみる。


「……自由に行き来できるようにならなかったら?」

「ダイジョウブです。物見湯山、タノシイです。損、アリマセン!」


 少し意地悪かなと思いながらの質問もあっさり返されて。これまで黙っていたプリィが、そっとこぼす。


「……この人、もう少し本音を隠した方が良いと思います」


 プリィの、多分本心からの言葉に、心から頷いた。

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