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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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6.神父辺境訪問記(二)

 ミラナたちがフェディリーノ神父と共に、馬車に乗って飛び領地邸を出たその頃。デュチリ・ダチャでは、マムとソスターニャが、ロビーの一角に置かれたソファで、ミラナたちが来るのを、のんびりと待っていた。


「……おまえさん、ホントに同行するつもりなのかい」

「まあねー、ここまできたら結果も気になるしね」


 頃合いとしては、昼中の鐘と昼下の鐘のまんなかあたり、娼館としては、もっとも人が少ない時間帯。その人の少ない昼の娼館の、娼館ではあまり使われることのないロビーの待合用のスペースに陣取って話す二人。


「もう雑用も無いだろうし、気軽に見物させてもらうつもり」

「そうかい。もう雑用も無いんだから、わざわざ来なくてもいいと思うんだけどね」


 そんな風に軽口を叩きあう二人。……と、デュチリ・ダチャの入口からプリラヴォーニャが入ってくるのを、ソスターニャがめざとく見つける。


「おーい、プリラヴォーニャちゃん! こっちこっち」


 プリラヴォーニャに向けて大きく手を振るソスターニャ。二人に気付いて、プリラヴォーニャは、小走りでパタパタと駆け寄る。


「ソスターニャさん。お久しぶりです」

「おっと、覚えてたかい」

「あたり前です! ここでお世話になった方々はみんな覚えています!」


 むしろ私のことを覚えてたことの方が驚きですとでも思っていそうなプリラヴォーニャの態度に、何か思うところが、マムが笑う。


「まあ、そいつは人の顔を覚えるのが仕事だからね。会ったことのある顔はそうそう忘れないのさ」

「そうそう。っていうかキミ、結構目立ってたよー」


 マムの言葉に頷きながらも気軽な口調で話しかけてくるソスターニャ。そんな二人に「ありがとうございます」と感謝を伝えてから、改めて「外で馬車が待ってます」とプリラヴォーニャはマムに伝える。


「こいつもついてきたいってさ。一人増えるけど良いかい?」

「はい。大丈夫だと思います」


 乗ってきた馬車の広さを思い浮かべていたのだろう、少しだけ考える素振りを見せてから、問題ないことを伝えるプリラヴォーニャ。そうして二人は立ち上がって、プリラヴォーニャに案内されて、デュチリ・ダチャの外で待つ馬車へと移動を始める。


――中でミラナにエフィム、フェディリーノ神父が待つ馬車へと。


  ◇


「お待たせしました。呼んできました」


 デュチリ・ダチャに到着して、プリィがマムを呼びに行って程なくして。プリィが二人を連れて、馬車の扉を開ける。「一人多くなりましたけど大丈夫ですか?」と聞くプリィに頷くエフィム。直後に、「悪いね、邪魔するよ」というマムの懐かしい声。


「あの時とは違うみたいだけど、これも立派な馬車だねー」


 ……えっと、ソスターニャ? マムの後ろから乗り込んできた若い女性の声に、少し意外に思う。


 ソスターニャ。専属娼婦(せんぞく)の一人で、良くも悪くも自由で感性優先の娘。自分らしく着飾って人に見せるのが好きで、そうと分かっていながらつい目で追ってしまうみたいなところがある。個性的な(はな)と気安さが同居している、そんな娘だったと思う。


 正直、今まであまり話す機会がない娘だったんだけど、なんで一緒に来ようなんて思ったのかしら? 正直、私の店に興味があるとも思えないんだけど。


「まあ、なりゆき? なんかマムに良いように使われちゃってさ。こうなったら最後まで見届けようと、そんな感じ」


 私の疑問に答えるようなソスターニャの言葉に、思わずマムへと視線を向ける。「いや、あたしにゃ関係ないだろう」と軽口をたたくマム。と、そんなことを言い合ううちに、馬車も動き出す。


 馬車の中、始めて聞く神父様の言葉にやや驚いた風のソスターニャ。「本当にこのオッサンに物の価値がわかるのか」なんてことを思っていそうな感じが態度ににじみ出ていて、少しだけ笑いをこらえることになった。


  ◇


 そうして、なつかしの「私の店」に到着に到着して。神父様が、さっそく鑑定始める。


 まずは酒。半ば棚に並べたままの蒸留酒、次いで床下に保管してあった果実酒を、一つ一つ手にとっては真剣な目つきで眺める。


「保管はオナジトコロに?」

「ええ。一応温度には気をつけてたつもりよ」


 神父様のさまざまな質問に、少しずつ、当時を思い出しつつ答える。仕入れた交易屋やマムの助言にしたがい、不在の時でも極端に寒くはならないような場所に保管していたことや、たまに使う時も主に寝室のある部屋を使っていたこと、部屋を温めても、この店の方はそこまで温かくならないこと、そういったことを説明する。


――実際、たまに「引退後の私」や「私の店」に興味を覚えるような酔狂な客もいて、そういう時にこの店を見せることもあったけど、それよりも「デュチリ・ダチャを使いたくない客」を相手に寝室だけを使うことも多かった。


「なら、ソウバか、スコシ高い、位でウレル、思います」


 酒そのものは良いものだし保存状況も悪くない。もっとも、ゴッツタカイサケも無いデスネなんて言いながら、神父様は懐から出した酒のリストに、さらさらと数字を書きこんでいく。数字の大きさから見て帝国通貨(ツァーリプード)ね、そう思いながら頭の中でざっくりとルナストゥに変換して。……その数字に、軽く眉をひそめる。


「……安いわね」

「これ以上はボッタクリ、イイマスネ」

「将来高くなるかも?みたいな話は?」

「少しイロはつけてます。けど、それはミライの話。今はコノクライデス」


 今はまだ、値上がりするかはギャンブルですからと神父様。買う方も値上がりを期待して買う段階らしい。


「ソレヨリ。コッチの方が、よほどイイネダンツク、オモイマス」


 そう言って、棚に並んで置かれたグラスやソファの方を指差す神父様。


「このソファの革、メズラシイです。ヨクアル牛革、チガイマス。手ザワリもワルクナイ、タカネ付くオモイマス」


 神父様の言葉に「まあ、この街に牛はいないからねぇ」と苦笑いするようにマム。あと、グラスを始めとした硝子細工も細工は帝国の高級品に負けていない。少し色がついているのも味があっていいとのこと。エフィム曰く、帝国では硝子製品がここよりも少し高く、特に装飾の少ない無色透明なものが大量に出回っているため、この街のはそのままでも商品として通用するらしい。


 そうして、いくつか値の張る物を追加した結果、合計で約一千万ツァーリプードという額をはじき出す神父様。……えっと、三千ルナストゥ超、私の借金の四分の一に相当する額なんだけど。正気かしら?


「こいつも、もしミラナが有名になったら値が上がるなんてこともあるのかい」

「モチのロンデス。数倍とかなるカモ、デスネ」


 マムと神父様の会話に、さらに呆れる。もし本当にそこまで値上がったら、ここの物だけで私が抱えているデュチリ・ダチャへの借金が返せそうね。


「(……もしかして、この売上の分、ミラナへの支払いが減ったりする?)」

「(無理ね。確かに形式的には、この店にある物は全部借金の担保にはなってるけど……)」


 店の物は大半がマムの伝手で手に入れた物ばかりだし、費用もマムが負担している。そもそも娼婦の借金なんて物は娼婦の自由を縛るための形式でしかない。担保を現金化したからといって、真面目に私の借金を減らしたりはしないだろう。そうエフィムに小声で伝えると、本人も期待していなかったのだろう、それは残念といいつつ、あっさりと引き下がる。


……そうね、今にして思うとちょっと残念なことをした気がするわねと、ふとそんなことを思う。


  ◇


 その後、マムと神父様がエフィムを交えて話しをして、神父様の伝手で買い取り先を探して売却することで話が決まる。


 ちなみに、買い取り手が見つからない場合は神父様が買い取るという話。なら最初から神父様が買えば良いのにと思ったのだけど、神父様曰く「ワタシ、ショウニン、チャイマスデ」とのこと。……正直、何が違うのかよくわからないのだけど。


 あと、支払いは帝国通貨で行う。その金でまた帝国から商品を仕入れて売れば、この街の通貨よりもむしろありがたいとはマムの談。


「……もしかして、私たちよりも、マムの方が順調なんじゃないかしら」


 ついうっかり、思ったことをつぶやく。その言葉が聞こえたのだろう、エフィムが笑う。


「大丈夫。どんな形でも帝国とこの街で物品をやり取りすれば、僕たちもしっかり儲かるから」


 むしろ、僕たちが何もしなくてもいい分、歓迎したいくらいだよというエフィム。その言葉になるほどと思いつつ、それじゃあ運び屋ね、などと思う。


  ◇


 そうして、マムたちは商談を終えて。エフィムたちに送られて、ソスターニャと共にデュチリ・ダチャへと戻ってくる。


「あのまま持ってた方が、大儲けできたんじゃない」

「あの神父の言うことを信用するならね」


 ソスターニャの軽口に、肩をすくめながらマムが返す。


「それに、ウチは骨董商じゃないからね。金と時間をかけて高値で売るよりも、確実に金にした方がいい場合もあるさ。……今は帝国通貨(ツァーリプード)が欲しいのも確かだしね」


 そんなマムの言葉になるほどと思いつつ、ふと思いついたようにソスターニャ。


「……別に、あの人を通して取引すれば、両替くらいしてくれたと思うけどね」


 あの飛び領地邸の人たちは、この街と帝国との仲介をして儲けようとしている。なのに帝国通貨でしか受け付けないなんてことはないはずだろうと。


「それじゃあ、何をやるにもあの貴族の坊やを通さなくちゃいけなくなるじゃないか。それじゃあ色々と不自由じゃないか」


 マムの言葉になるほどとソスターニャは頷いて。ふと、先ほどまでのことを思い出しつつ、ポツリと語る。


「……ミラナ、元気そうだったね。正直、あの店よりも楽しそうな気がするよ」


 全体的にあまり話はしなかったし、以前デュチリ・ダチャに居た時も物静かな娘だったけど、何というか、あの貴族や神父との関係も悪くないようだったし、充実している感じはした。


「そうだね。帝都摩天楼に地方貴族に教会、貴族専用列車なんて物にも乗ったらしいし」

「……それは楽しそうだねぇ」

「なんならアンタも今度、帝国に行ってみるかい? いい経験にはなると思うけどね」

「……交易屋みたいに壁を超えて? さすがにそこまで酔狂じゃない」


 マムの語るミラナの帝国見聞に、そういえばマムも帝国にいってたんだっけなんてことを思い出すソスターニャ。正直、自分にはチンプンカンプンだけど、きっとマムにはもう少し実感があるのだろう、そう思ったところでの「いっそ帝国に」というマムの無茶振りに、興味を抱きつつも断って。


 そんなソスターニャにマムはニヤリと笑う。


「――まあ、行き方は色々あるさ」と。


  ◇


 マムたちをデュチリ・ダチャに送って、飛び領地邸へと戻ってきた頃にはそれなりな時間になっていて。執務室に少し顔を見せて程なくして、プリィと一緒に晩餐の席へと向かう。


 神父様の「この土地(グロウ・ゴラッド)らしい食事をしたい」という要望を受けて、今日の晩餐は普段とは違うメニュー。……とはいえ、形式は帝国風の前菜、主菜、デザートと順に出す形。品数が多いこともあって、あまり「この土地らしい食事」という感じはしない。


 前菜はブリヌイの野菜包み。酢漬け野菜やポテトサラダをサワークリームやベリージャムと一緒にブリヌイ(大麦粉で作った薄皮)で包んだ料理で、帝国の料理と比べると、ジャムの甘さや酢やサワークリームの酸味が特徴的。


 主菜はホワイトボルシチ。羊肉や野菜を、ライ麦をといて発酵させた水で煮込んだ料理で、食べ応えがあるスープみたいな感じの料理。帝国で一般的になったポトフという料理に似てて、比較すると発酵したライ麦の酸味が特徴的。

 久しぶりに食べる「小麦を使っていない黒パン」も、ずっしりとした食感と酸味がなつかしい。


 そんな、雰囲気は違えど確かにこの街らしい味のする料理を、神父様は美味しそうに、エフィムとスヴェトラーナはやや難しい顔をしながら口にする。


……正直、最近は小麦を好む二人の気持ちがわかる。二人とも小麦を混ぜた黒パンならそこそこ好んでいてたまに食事でも出てくるのだけど、小麦を一切つかわない料理は、けっこう久しぶり。この酸味からしばらく離れていると、確かに少し思うところもある。むしろ、なんでこの神父様は普通に食べてるのだろう、なんて思う。


「酸味もそうデスが、このジャム、サトウ、使ってマスネ。コレもこの街の料理デスか?」

「はい。この街では砂糖が生命線ですので」


 神父様の質問に、丁寧な言葉で受け答えするドミートリ――料理の説明は普段はドヴォルフの仕事だけど、今日はメニューの関係で彼が駆り出されている――。

 ドミートリが言うには、街では砂糖の原料となる甜菜(てんさい)が大麦やライ麦と同じくらい重要視されていて、過剰に生産されている。砂糖は保存が効く上に疲労回復にも効く。雪で埋もれた街を毎日掘り起こし、休憩ですら体力を奪うこの街では必需品と、そんな風に説明する。


「各家庭でも切らさないよう備蓄しますし、組織も大量に備蓄しています。それでも余る分は酒にします。そうして生まれたのがゴルディクライヌです」


 生産が安定しても増産を続け、今では酒の材料になる分まで十分に確保している。同じく多めに作っている大麦とかの穀物と一緒に酒にして、毎回味が違うと売れないからと蒸留して酒精を強くして味を弱める。さらに香草で強い風味を付けてできたのが、この街の象徴的な酒となったゴルディクライヌですというドミートリの説明を興味深そうに聞く神父様。


「砂糖で甘くしたミルクに卵を混ぜて、その中に黒パンを数時間漬け込んで最後に焼くなんて料理もありますね。明日の朝食はそれにしましょうか?」

「ソレ、オモシロソウですね。……あるクニでは、パンを甘くするとカクメイが起きるなんてハナシ、アリマスが」


 神父様の冗談に少し笑って、最後の大麦の焼き菓子とベリージャムの準備にとりかかるドミートリ。その様子をチラリとみて、ふと思う。


……実際、帝国の人たちは毎食のようにあの白いパンを食べてるし、革命はともかく人気は下がる気がするわね、組織だって民衆を味方にするために砂糖、穀物、酒を安定供給しているのだから、と。

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