5.神父辺境訪問記(一)
帝国から、私たちの商品を載せた貨物車両が、隣国行きの旅客列車に引かれて駅に来る日。その旅客車両に乗ってこの街にやってくる神父様を迎えに、エフィムと二人、商品を運ぶ兵士たちを引き連れて、馬車で駅へと向かう。
「……なんだかんだで、普通に列車として使ってるわね」
貨物車両で商品を運搬するようになってから既に一月。貨物車両から荷を出し入れするのも慣れたもので、今では、エフィムか私のどちらかが監督役となって、兵士たちや私たちが雇用した街の人を使って荷を運搬する体制も整いつつある。
あの駅は帝国軍の管理下にあって、本来なら、たとえ帝国人でも一般の人は利用できないことになっている。……エフィムは貴族特権をフルに活用して結構自由に使っているけど、それも彼が軍人で、通商任務に就いているから。軍属でもない一般人が、グロウ・ゴラッドに来るために列車を利用することは、本来はできないはず。なんだけど……
「商売とは関係ないはずの神父様が、あの駅を利用してこの街に来るのよね。……ちょっと横暴がすぎるんじゃないかしら?」
通商任務(という名の商売)とは関係ないはずの神父様が、民間人には使えないはずの駅を利用して、この街にやってくる。実際、神父様にそんな権限も権力もなくて、エフィムが半ば強引に手配したらしい。……「私と地精スヤァとの契約に問題が無いかを確認するため」という口実で。
……確かに私は、神父様に帝国での身元を保証してもらってる形になってるけど、それをこんな形で利用するとは思わなかった。
と、そんな私の内心の呆れを読み取ったのか、なだめるようなエフィムの言葉。
「まあまあ。……放っておくと、神父様、壁越えしかねないから」
冗談めかしながら、多分結構本気が入ったエフィムの言葉に、軽く笑う。
事の発端となったマムの話によると、私の店の置き土産の中に「帝国と極端に価格が違う物」が入っていないかを確認するつもりで神父様に手紙を送ったんだけど、マムとしては手紙のやりとりだけで済むと思っていたらしい。「なんでこの街に来て直接見たいだなんて言ってきたのか、そりゃあこっちが知りたいくらいだね」と、マムも半ば呆れていた。
で、エフィムが通信機を使って神父様と話をして初めて知ったんだけど、どうやら、私は帝国の一部で「ちょっとした世間話の話の種」になってて、そんな人が使っていた物なら高く売れるかもしれないとか、そんな話みたい。……正直、納得できないんだけど。
「まあ、正確には話の種になっているのはミラナじゃなくて『僕が辺境で仕事のパートナー?として選んだ女性』らしいんだけどね」
帝国には新聞という、様々な出来事を毎日綴って発行するビラのような物があるのだけれど、結構くだらないことも色々書かれているみたい。で、今まで何度か、「ストルイミン家の三男坊、異国の地で見つけたやり手美人を連れて帰国」とか「レヴィタナ家の一人娘、件のやり手美人と帝都へ。その関係性や如何に」みたいな見出しで何度か、面白おかしく書かれてたみたい。三面記事っていうみたいだけど。
「……で、私の持っていた物が高値で売れると。そんなバカな話、本当にあるのかしら?
「売れる『かも』、だよ。それに、これは将来の話で、今の話じゃない」
神父様いわく、今は普通の値段で買えるし、私が有名にならなくても、普通に中古品として売れば良い。で、運良く値段が上がれば莫大な利益になる。こういうのを「キカ、オクベシ」と、外国の教えにあるとかどうとか。
……「イコクのブンカをツタエるのも、セカイジュウのシンジャをつなぐ、ワタシタチ、カミにツカエル者のヤクメデス」なんて言ってたみたいだけど、これ、神の教えじゃなくて商人心得よね。
「で、時間があるのならグロウ・ゴラッドの街も見て回りたいと」
「まあ、時間はどうしてもできるからね。帰りの列車を待つまでの間、街を見て回るのもいいと思うよ」
駅に列車が止まるのは週に二回、帝国から商品を運び込む時と、帝国へ商品を運ぶとき。今日止まったら、次に列車が止まるのは三日後。それまでの間、飛び領地邸の中で過ごすのはもったいないという神父様の気持ちもわかる。
「とはいえ、この街の人たちから見たら、神父様も帝国人だからね。無理して反感を買われたら僕たちの商売にも影響する。今の時点でどうこうという話しではないはずだし、下手なことはしないよう、注意するつもりだよ」
エフィムの言葉に「そうね」と頷きながら、思う。どうせなら街を見て回りたいという神父様の気持ちもわかるけど、どうしたって誰かがついていかないといけないし、きっとその「誰か」は振り回されることになるのでしょうね、と。
「そうね。まあ、私の方で一人つけるつもりだから、多分大丈夫だと思うわ」
まあ、こういう仕事は適任がいると安心よねと、エフィムと話しながら思う。……適任者なアイツ、ドミートリの顔を思い浮かべながら。
◇
そうして、駅について。いつものように兵士たちが、停車した列車の最後部の車両にとりついて、商品の載った貨物車両を切り離す。と、その間に、客車から降りてくる神父様。服装は以前と同じ、どこか荘厳さを感じる白いローブに、手には大きめのキャリーバッグをぶら下げて。
……そんな格好なのに、あの時よりもますます商人っぽく見えてしまうのは、ここがあの「いかにもな雰囲気の教会」でないからか。
と、その神父様が、駅のホームにいた私たちを見つけて、声をかける。
「ハイ! ミスタエィフィムにミスミラナ! コニチワデース!」
久しぶりに聞く神父様の、独特なイントネーションの声に思う。やっぱり神父様は神父様よね、と。
◇
そうして、初めてこの街に来た神父様。見るもの全てが珍しいのか、ホームの片隅に積み上げられた雪に声をあげ、外の風景に声を上げ、馬車の窓から見える外の風景に声を上げてと、忙しいことこの上ない。
「シカシ、ホント、人、誰もイないデスね」
「ここは街の外。人が居なくてもおかしくないと思うけど」
「でも、建物のアト、ノコッテます。ダレもイないの、フシギです」
神父様と話していて思う。どうも神父様、建物があれば、雪で埋もれてても人が住めると思っているみたいね、と。……ふと帝国の、あのほのぼのとしたミシチェンコフ家を思い出す。あんな気候なら空き家でも住めたりするのかしらと、そんなことを考える。
「まあ、わかりますよ。僕も来たばかりの頃は同じことを思いましたから。……でも、ここは本当に、街の外に人は居ないんですよ」
神父様の声に、やや懐かしむようなエフィムの言葉。
「風雨をしのぐなんて言葉はあるけど、ここの寒さは、少しくらい屋根があったくらいでは防げないんですよ。毎日のように降り積もる雪というのは厄介で、放っておくと雪に埋もれて、掘り起こすだけで日が暮れる。この道だって、毎日組織の人が雪かきをしているから使えてる。生活をして手入れして。それが無くなるとすぐに人が住めなくなってしまう。――僕たちの住む飛び領地邸も、設計から建築まで、かなり組織の手を借りていますからね。帝国の誇る科学技術も、ここでは家一軒建てることもできない。辺境というのはそんな場所なんですよ」
エフィムの言葉に、街の外から来た人だからこその実感を感じて。神父様も思うところがあったのだろう、ウンウンと頷いたあと、ふと思いついたような感じで、エフィムに話しかける。
「この街のヒト、帝国への反感、根強い、ハナシでシタ。よく、手、カリレマシタね」
「そりゃあ、必死に説得しましたから。帝国と堂々と商売できるようになることがいかに利益になるのかを、何度もね」
「ソデスネ。クリカエシ話ス、ダイジデス」
と、そんな感じで。エフィムと神父様の「外の人から見たこの地」に少し新鮮さを感じながら、馬車の中、飛び領地邸への帰路の時間を過ごした。
◇
やがて、飛び領地邸へと到着して。門の前で馬車からおりて、敷地の中に入る。右手の空き地には、急ピッチで建築中の倉庫。ちょうど昼中の鐘の頃合いだからだろう、八割方完成した倉庫のまわりには、組織の人たちや私たちが雇った人たちが思い思いに座って、身体を休めている。と、その間を、最近追加された、まだまだ十才前後であろうかわいい少年少女のお手伝いさんが走りまわる。
と、こちらに気付いたのだろう、その少年少女なお手伝いさんが駆け足でこちらにきて、挨拶をする。
「こんにちわ!。……帝国の人ですか?」
「うーん、ソウとも言えるし、ソウデナイともイエマスネ」
神父様の独特な言葉に、少しとまどう少年少女。と、その駆けてきた方から呼ばれて、慌てて「はーい!」と返事をする二人。「ごめんなさい! またこんど!」と言い残して、再び駆け足で去っていく。
「……あのコたちは?」
「ここで雇った人の子供ですよ。学校……になるのかな? 勉強するための施設に行くためのお金を貯めてるんだけど、それまではここで仕事を手伝いながらすごしてるみたいだね」
まあ、ああやって手伝いながら、いろんなことを見てるみたいだねと神父様に説明をするエフィム。――私たちが雇った、弟をギルドの幼年訓練所に入れるために働きたいと言っていた、まだ年若い男の子。その彼が幼年訓練所に入れたいと思っているのが、あの二人。まだ十歳前で、女の子の方が姉で、男の子の方が弟。だからなのか、女の子の方がちょっとしっかりした感じ。
「学校、アルノデスカ」
「学校とはちょっと違うみたいですけどね。簡単な読み書きや計算も教えているそうですよ」
職工ギルドの幼年訓練所。基本的には職人を育てる場所なんだけど、工房の職人や従業員たちが自分たちの子供を通わせている関係で、簡単な勉強も教えているらしい。……このあたりはドミートリの方が詳しいのだけれど、そう思いながら、二人に軽く説明をする。
「職人の側としては、自分たちが雇うために必要なことを教えてお金が取れる。通わせる側としては、読み書きや技術がないとできない仕事に就くことができる。どっちもそれなりに得があるみたいね」
「ナルホド、オモロイでんな」
私の言葉に、ちょっと癖のある言葉遣いで感心して頷く神父様。
……実はそうなるように組織が誘導しているみたいなことを、この前、ドミートリから聞いたんだけど。なんでも、真っ当な働き方で生きていく人間を増やさないと、ならず者になって組織が抱え込むことになる。で、いつかそいつらのためにドンパチしないといけなくなっちまう、そうならないためにしてるとか、そんな話。
で、こういう考え方ができる人は組織には少ないから重宝される。「その内、幹部は頭を使うのが仕事になるんじゃねぇかなぁ」とのことらしい。
……まあ、頭が良い奴は組織に入りたがらないし幹部にもなりたがらねぇからこの先大変だろうなと言うドミートリに、自分のことは棚に上げてるわねなんて思いつつも妙な説得力も感じたことを思い出して少し笑う。
こういう話、きっとこの神父様は「オモロイでんな」と思うわね、と。
◇
そうして、飛び領地邸で神父様の荷物を置いて、スヴェトラーナたちも交えて、軽く食事を取る。ありきたりな帝国風の、白いパンを使ったサンドイッチ。それを食べながら、この先のことを軽く話し合う。
食事を終えたら、まずはマムと合流して、目的の「私の店の置き土産の鑑定」を終わらせる。……本当は、私は遠慮したかったんだけど、できれば来てほしいと神父様。保存の仕方で価格がかなり変わるので、色々聞きたいとのこと。それはよく分かる話だったので、しぶしぶ了承する。
「僕も同行していいかな?」
と、なぜか私に聞いてくるエフィム。
「構わないけど。……もしかして、暇?」
「そのくらいの時間はどうとでもなるよ。……その『ミラナの店』、この機会を逃したら見れなくなりそうだからね。今のうちに見ておこうかなと」
エフィムの返事に「なるほど、暇なのね」と、心の中でつぶやく。……もう必要のない「私の店」なんて見なくてもいいだろうに、わざわざ時間を割いて見たいだなんて、と。
あと、それとは関係のない神父様の色々な希望をいくつか。晩餐はできればこの街の普通の食事がいいとか、デュチリ・ダチャにも泊まってみたいとか。「イカガワシイ、モクテキ、ナイ。マムのミセ、トテモキョウミアリマス、ソレダケデス」と。――さすがにそれはよろしくないと、エフィム、スヴェトラーナ、私、リジィにプリィと満場一致でお断りさせていただくことになった。
こんな目立つ帝国人をそんな場所に放り込むことはできない。「昼なら人も少ないし、少しくらいなら立ち寄ってもいいと思います」というプリィの言葉に、またもや全員が頷て、方針が決まる。
そうして、話しもまとまって、私の店の鑑定のために席を立つ。メンバーは神父様、エフィムに私、あと更にプリィも追加で計四人。……私の店、そんなに見納めておきたいかしら?
まあ、プリィは短い間だけど一緒に住んでたからわかるけど。そんな風に思いながら、なお思う。……あの店、私のことは気にせず、好きに処分してくれてよかったのに、どうしてこういう話になってしまったのか、と。




