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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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閑話 神父辺境訪問記(序幕)

――ミラナが店を手放す決意をしたためた手紙がマムに届くところまで、時を遡る。


 デュチリ・ダチャの一階の奥に位置する談話室。マムや専属娼婦(せんぞく)のような、デュチリ・ダチャに住む人間だけが使える、生活のための部屋。その部屋で、ミラナから届いた手紙を読んでいたマムは、最後に書かれた「店を片付けておいてほしい」という言葉に、軽く苦笑する。……と、そんなマムの傍らゆっくりと歩みより、「ナー」とひと鳴きする白猫スーニャ。そんなスーニャを、マムは抱き上げて、膝に乗せる。


……と、そんなマムに話しかける声が届く。


「その白いコも、ちゃんと人になつくんだねぇ」

「なんだい、アンタがここにくるなんて珍しい」


 その声の主――談話室の入口に立つ女――を見もせずに返事をして、膝の上の白猫をなでるマム。そんなマムの様子は意に介さず、マムの隣に座る女。その女の視線が気に食わなかったのか、スーニャはマムの膝の上から女をちらりと一瞥、膝の上から飛び降りる。


――ソスターニャ。ゆったりとした優美なネグリジュにナイトガウンを羽織った、薄い化粧をした女。デュチリ・ダチャに住む専属娼婦の一人で、部外者がいない場所では平然と寝間着で歩いたりもするところがある。が、実は服飾には一家言を持ってたりする。


 そんな彼女の姿にマムは、そういえばあの娘(ミラナ)この娘(ソスターニャ)とはあまりウマが合わなかったっけなんてことを思い出す。……あの娘の流儀は「常日頃から隙を見せない洗練さ」だったからね。こういう、隙があるように見せかけながらも様になっている格好は、彼女の対極だろう。


 と、そのソスターニャから、少し意外な言葉がこぼれる。


「珍しいかなぁ? ほら、あの予想外に足を洗ったあのコ(ミラナ)からマムに手紙が来たって聞いたからさ。ここかなって立ち寄ったんだけど」

「それこそ珍しいじゃないか。ミラナとお前、そんなに仲はよくなかっただろ?」

「悪くも無かったと思うけど。でもまあ、アタシってこんなんだからさ。あのコみたいな真面目な優等生とは合わなかったかもね」


 その言葉にマムは笑う。ソスターニャも柄が悪いわけじゃないし、ミラナだって言うほど真面目な優等生じゃない。が、まあ、色々とタイプが違うのはそうだねとは思う。


「まあ、確かにあの娘から手紙がきたし、ちょっといつもと違う願いごとも書かれてたけどね。――『店を片付けておいてほしい』ってさ」


 そう言って笑うマム。嫌がる様子もないその態度に、「それはまた面倒見がいいわねぇ」とソスターニャ。


「そういえばあのコの店、どんな店なんだっけ?」

「どこにでもある、酒を出す店だよ。なんなら明日、一緒に行くかい?」


 と、そんなことを話しているところで、足元から「みゃー」という声。見ると、ソスターニャに黒猫ミーニャが近づいていく。


「おっと珍しい。アタシにはどのコも寄り付かなかったんだけどね」


 そんなことを言いながら、ミーニャを迎えるように身をかがめるソスターニャ。と、それを見て「みゅ?」と立ち止まってから身を翻すミーニャ。それを見て「あらら」とつぶやく


「……それはホントに珍しいね。そいつが寄っていくのは食い物かリーニャ(ちびすけ)関係だけだと思ってたよ」


 そんなマムの言葉を聞きながら、立ち去っていくミーニャを名残り惜しそうに見ること数秒。「そうかー、お前は食い意地が張ってるのかー、じゃあ今度はメシでも持ってくるかー」そうつぶやいて、諦めて談話室を出ていく。


 その言葉が聞こえていたのか、ソスターニャが談話室から出ていくのを立ち止まって静かに見ていた黒猫ミーニャ。そんなミーニャを抱き上げながら「じゃあメシでも食いにいくかね」と話しかけるマム。


 そんなマムに何を思ったのか、大人しく抱き上げられながらも「ふみゅー」とやや不快そうな声をあげるミーニャ。


 その、まるで「ごはんにつられたわけじゃない」とでも言いたげな鳴き声に「はいはい、わかったわかった」と答えながら、マムも食事を取りにラウンジに向かう。……「み〜」と鳴きながらぱたぱたと駆け寄るリーニャを引き連れて。


  ◇


 なお、スーニャのごはんは、後に、マムの手によって無事に談話室まで運ばれている。そのごはんをスーニャは、いちいちごはんのために鳴いたりするのは沽券に関わると言わんばかりに、すまして食べていた。


  ◇


 翌日。マムとソスターニャは、今は無人となったミラナの店へと足を運ぶ。


「ふぅん。ここがあのコの店ね。……いまいちパっとしないなあ。なにするつもりだったんだろう」

「そりゃあ、見ての通り、酒を嗜む店だろう?」

「それはわかるけどね。そうじゃなくて、『売りは何か』って話。洒落た内装に良い酒を置いたって、それだけじゃあ弱い。どうやって客を満足させるつもりだったのかなって。あのコ、酒に詳しいワケでも話術が巧みなワケでもないでしょう?」


 ソスターニャの言葉に、マムは肩をすくめる。ミラナも必要なことは勉強するだろうし、元専属という経歴だって、こういう店には悪くない看板だ。人並み以上にはやるだろうとは思ってはいる。……まあ、それがミラナに向いているかは別の話だけど。


「あの娘も専属だよ。あの娘でなきゃ駄目だって客もちゃんといたさ」

「だから、その『あの娘でなきゃ駄目』ってのは何って話。――アタシはさ、思うんだけどさ。あのコは、デュチリ・ダチャが一番似合ってると思うんだけど、どうかな?」


 その言葉に、マムは思う。彼女の言う「デュチリ・ダチャが一番似合う」という言葉は、もちろん娼婦としてではないし、一般的なスタッフとしてでも無いだろう。


――確かにあの娘は、自分の立ち位置を理解し、こっちの思惑まで意識して動ける娘だった。誰よりもデュチリ・ダチャ(ウチ)のやり方に詳しい娘だった。


 ソスターニャの言う「デュチリ・ダチャが一番似合う」という言葉が何を指しているのか。そのことをマムは感じ取りながら、その言葉を「ハン!」と笑い飛ばす。


「もうあの娘は足を洗ったんだ。戻ってきたら尻を蹴飛ばすさ」

「……それは痛そうだねぇ」


 威勢のいいマムの言葉に、ほんの少しだけ間を置いてから答えるソスターニャ。そんな彼女に、マムが話しかける。


「そんなことより、コイツの始末さ。まあ、内装はどうとでもなるとして、問題は酒だねぇ」

「そう? 交易屋を通して買った、めずらしい酒なんでしょ? 高く売れるんじゃないの?」

「高くは売れるさ、今は。……でも、ここにあるのは『今はまだ』めずらしい酒ばかりだ。下手に高く売ると、後々問題になりかねないのさ」

「……なるほどねぇ」


 マムの言いたいことを理解して、ソスターニャが笑う。今までは珍しかった、交易屋を通して手に入れた「帝国でしか手に入らない」酒。だけど、これからは、あの街外れの立派なお屋敷に住む人たちによって価格が暴落する。


……なんてことはない。あのコが上手くやればやるほど、ここにあるモノは値が下がる。それを、自他共に認める情報通であるマムが下手に売りに出すと信用を失いかねないと、そんな話。


「で、どうすんの?」

「どうするも何も、まずはここにある物の『帝国での』相場を調べるしかないだろうさ」

「ふうん。で、どうやって相場を調べるの? あのお屋敷の人にでも聞くの? なんか本末転倒だけど」


 そうして生まれた、ソスターニャの素朴な疑問に、マムはニヤリと笑いながら返事をする。


「そうだねぇ。そいつも考えたけどね。……もう一人、面白いツテがあることを思い出してね。まずはソイツに聞いてみることにするさ。というわけで、ここにある物、全部記録するよ。手伝いな」


 そうしてソスターニャは、ミラナの店に残された様々な商品の記録を手伝わされることになった。


  ◇


 そうして、ソスターニャとマムの二人で作った商品の記録(メモ)は、デュチリ・ダチャでリスト化される。当然のようにその作業も手伝わされるソスターニャ。あとはこのリストに手紙を添えて、帝国のツテ――帝国に住む、まるで商人のような風体をした神父様――に送るという話に、ソスターニャはマムに話しかける。


「いつも疑問なんだけど、どうやって手紙を帝国にまで送ってるの?」

「……世の中には伝書鳩っていう、実に便利な生き物がいてね」


 普段はこういう仕組み(こと)はあまり人には明かさないマム。でも、今回は無理やり手伝わせたからだろう、さらりと種明かしをする。――まずは伝書鳩で帝国内の協力者に送る、そこからは帝国の郵便網を使って神父の住む協会へと郵送するという流れ。

 わかってみれば極めてシンプルなその方法に、「だからあと二通、こいつを複写しておくれ」というマムの声。どうやら、伝書鳩が行方不明になってもいいように、同じものを複数送るらしい。その突然のお願いに、思わず「えぇ〜」と声をあげるソスターニャ。


 その様子を、少し離れた場所で見ていた黒猫ミーニャ。ソスターニャが手を動かし始めたところでさらに近づいて、彼女の手の届く場所で「みゃあ」とひと鳴きしてから身体を丸める。


 それを見たソスターニャは、早く書き写して手を伸ばそうと、そんなことを考えていた。


  ◇


 なお、ソスターニャが書き写し終えたタイミングを見計らうように、立ち上がってスタスタと立ち去るミーニャ。その様子に、ソスターニャは思う。……もしかして私、あの黒いコにからかわれてるのかしら、と。


  ◇


 そうして、手紙はフェディリーノ神父の元へと届き、マムの想像以上に興味を示す。「デキルなら直接ミタイデス」と不思議に訛った返信に、またも巻き込まれてしまったソスターニャは首をかしげる。


「えっと、このフェディリーノ神父? わざわざ実物を見に来て、どうするつもりなんだろ?」

「さてね。案外、自分で買い取るつもりなんじゃないか? ほら、ここに『ミラナサンが使ってたモノとか、興味アリマス』って書いてあるし」

「……わっかんないなぁ。誰が使ってたっておんなじ物だよね」


 神父の意図が読めなくて疑問に思うソスターニャに、マムが推測する。……もしかしたら、『ミラナが使ってた物』ということで価値がつくとふんでるんじゃないかと。


「えー? こっちならまだ、あのコの馴染みが高く買うとかあるかもだけど。その神父様が欲しがる理由にはならないんじゃない?」

「さあてね。あの神父も結構な変人だったし、妙に商人くさいからね。ウチらにはわかんない何かがあるんじゃないかね」


 そう言って、マムは少しだけ考えてから一つ頷いて、そっとつぶやく。


――「まあ、あの神父がここに来れば、嫌でもわかるさ」と。

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