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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第一章 娼館[デュチリ・ダチャ]
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6.専属娼婦(2)

 彼が手配した馬車の中。御者台に座る彼と、連絡窓ごしに世間話をする。


「ミラナは今までに何回、今回のような宴に参加してきた?」

「……どのくらいかしら。月に一度くらい、足を運んでいる気がするわ」


 彼の何気ない質問に、別に隠すことでもないと正直に答える。その返事に、「そうか」と頷く彼。そこで、私が「何で」宴に参加しているのか思い至ったのだろう、彼は次の言葉を飲み込む。無言の時間が少し気まずい。


 馬車に乗ってからここまで、軽く話をしては無言になっての繰り返し。……若くして交易屋という賭けに出た人間と、娼館の中で生きてきた人間。どちらも、すらすらと世間話が出てくるほど、普通の生き方はしていない。そんなことを思いながら、彼が話しやすそうな話題を考える。


「馬車もいいけど、一度『犬ぞり』に乗ってみたい気もするわ」


 そうして出てきたのは、そんな言葉。どうかしてるかも、自分でもそう思う。でも、私の言葉を冗談だと受け取ったのだろう。「犬ぞりで宴には行けないだろう」と、笑いながら軽口を返す彼。その声に、少し喜色がにじむのを聞いて、ほっとする。


 雪で閉ざされた「壁の外」では、犬ぞりが街の外の輸送を担っている。雪原を走る人にとってそりを引く犬は、自分の命を預ける仲間。それは当然、壁を越えて密貿易を行う交易屋にもあてはまる。なら、自慢話のひとつふたつはあるはずと、もう少し言葉でつついてみる。素直に返ってくる愛犬の自慢と親愛の情に、少し笑みがこぼれる。


――人を舐め回すように品定めして立ち回る「若い野心家」の彼よりも、話題に困って、困ったあげくに犬ぞりの犬を振られて、褒められて誇らしげに喜ぶ彼の方が、魅力的だと思う。


 話もはずみ、交易屋の話題から気になるカウンターメイドの娘へと話題がうつる。そうやって、世間話に興じている内に時間もすぎて。やがて、組織を束ねる一家、アティーツ・ファミリーの「屋敷」に到着する。


  ◇


 街の中心部から少し外れたところにある「屋敷」。広い敷地を高い塀で囲った、外からうかがい知ることのできない敷地の中央部には、組織のボスであるドン・アティーツとその家族や義兄弟たちが住む邸宅が建ち。その周りには、詰所と呼ばれるいくつかの建物たちが、ドン・アティーツの住む邸宅を守るように建ち並ぶ。――そして、この敷地の中にある全てが、ドン・アティーツの所有物。


 街の中にあって威容を誇るその屋敷は、元々は組織員以外は立ち入りできない、ほんとうの意味で「組織の城」とも言える場所。だけど、抗争が無くなった今では、組織の権威を示すために利用したりしている。――権力志向の強い人間を招待して威容を見せつけ、同時にその人間に「組織に招待された」という箔を与えるというような、そんなやり方で。


 そして、彼も私も、そんな組織を利用して、自分たちを箔付けしている。今もそのために、ここにいる。


  ◇


 屋敷の正面、正門前の広間で馬車が止まる。御者台から彼が下りてきて馬車の扉を開ける。その彼に手を取られて馬車を下りる。


 正面には、馬車がすれ違えるほどの巨大な門。既に開け放たれているその門の右側には、中に住んでいる人たちが普段から使う、小さな勝手口。そして、屋敷をぐるりと取り囲むような塀。

 勝手口の前に二人と、塀の前にはずらりと、組織の若い衆が並ぶ。


……本当、誰がこんな「挨拶」を考えたのだろう。そんなことを思いながら、これから始まるであろう、彼と組織の間の挨拶が終わるのを待つ。


「御免!」 門に向かって彼が叫ぶ。

「応!」 両側に並んだ若い衆が声を揃えて叫び返す。


 そんな芝居がかった「挨拶」を終えて、勝手口の前に立っていた二人と握手をしあう。……ああ、二人から「毎度毎回、このこっぱずかしい礼儀、何とかならないのか」と、そんなことを言いたげな表情が見て取れる。本当はやめたい。でもここが屋敷の正門で、ドン・アティーツがこういう「挨拶」を好んでいるから仕方ないと、きっとそんなところだろう。

 そんなことを考えていると、握手した二人の内の一人、多分案内係の人が、気さくに彼に話かける。


「じゃあ、小広間まで案内するっス」


 その言葉に頷く彼。それを見て、案内役の人が「こっちっス」なんて言いながら、私たちを先導するように歩く。そんな案内役の人の後ろについて、私たちも巨大な正門をくぐる。


  ◇


 屋敷の、小広間へと続く、庭に面した廊下。ふと、よくわからない違和感を感じて立ち止まる。今まで感じたことのない違和感。だけど、なぜか確信できる。庭の向こうで、人ではない何かがくすくすと無邪気に笑っていると……


「どうした?」


 立ち止まる私。問いかける彼。


「いえ、何かあっちの方から、話し声が聞こえてきた気がして」


 本当は聞こえたのとは違う。でも、「何かが笑っていると確信している」なんて言えず、少しごまかす。私の言葉に、耳をすます二人。


「誰も聞こえないっスけど」


 案内役の人の言葉に、内心で頷く。……あれはきっと、誰にも聞こえない。だけど、今、()()()()()()()()()()()()()()()に何かがいて、確かに笑っている、そう確信する。


「ごめんなさい。きっと気のせいね」


 そう誤魔化して、再び歩き出す。あれはきっと、無害な何か。騒ぎ立てる必要はない。そう確信して、その場を通り過ぎる。――その違和感を感じなくなるまで、さほどの時間はかからなかった。


  ◇


 そうして到着した小広間。既にパーティーの参加者たちは集まっていたのだろう。拍手で迎えられ、彼はそのまま、部屋の奥へと招かれる。


 部屋の正面奥に、彼と、このパーティーの主催者であろう、少しごてっとした格好の、組織の人が並ぶ。……スーツって、人をスマートに見せる服なのに、何でこう、「組織の人間です」みたいな雰囲気が出てしまうのか。白いスーツに黒いシャツ、赤く派手なストールを首に回して下げるという個性的なコーディネートがそうさせるのかしらと、そんな考えが頭をよぎる。


 部屋の奥で注目を浴びる彼らを、グラスを手にした参加者たちが立ち止まって見守る。私もその中の一人。きっと皆、こう思ってる。「早く挨拶してくれないかしら」と。


 部屋の中央とその左右の壁には、酒と料理と取り皿とが並べられている。油気の多い、濃い味付けの肉料理が中心。組織のパーティーに立食形式を選ぶのは交流を重んじるが故か、はたまた組織の気風か。


「今日はお招きいただきありがとうございます」

「おう! 手前ら、飲んで食えや!」


 その、パーティーの開始を告げる声に合わせて、皆が一斉にグラスを掲げた。


  ◇


 彼の隣で、彼と一緒に大勢の人に囲まれながら、静かに彼の腕を取る。その彼は、羨望のまなざしを受けながら、交易屋としての武勇伝を披露する。一度に何百ルナストゥや何千ルナストゥ、時に何百ウィストゥ稼ぐこともあるという彼の話に、「スゲエ、そんだけあれば当分は遊んで暮らせる」という反応。――何というか、遊んで暮らせるという反応に、とても組織の若者らしさを感じる。……ドミートリも歳はそこまで違わないだろうに、どこでそんなにも歳をとったのだろうと、そんなことが頭をよぎる。


……少し酔いが回ったかしら。飲み過ぎないように注意しなきゃ。そう思いつつ、彼のグラスを見る。彼も結構、抑えているようで飲んでるわね。少し注意しよう。


 彼の様子を見て、彼に合わせるように話し、少し抑えながら酒に口をつける。

 そうして、ささやかなパーティーが始まった。

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