4.寄り合い所帯
「じゃあ、単純な荷物運びでもいいのね」
「はい」
「組織の人と一緒に仕事をすることになるけど、問題ない?」
「はい、ありません」
飛び領地邸、執務室の応接机で。ドミートリが手配した「飛び領地邸の敷地内での作業員募集」に応募してきた子と面談をする。まだ二十にもなっていない、素直で大人しそうな雰囲気の若い男の子。資料によると、読み書きができない、家族構成は母親と少し歳が離れた年下の兄妹が二人、彼自身は幼い頃から働きに出て家計を助けてて、最近はほとんど彼一人で家族を養っているらしい。生きていくだけなら今までの職場でも良かったのだけど、できれば弟や妹を職人ギルドの幼年訓練所に行かせたいらしく、給料のいい職場を探していたとのこと。……なんていうか、資料の行間から苦労がにじみ出るような経歴ね。
一見頼りなさげに見えるけど、「見た目よりも強かなところがある」とドミートリの評。きっと、アイツがそう補足を入れたくなるくらいには逞しいのだろう。
今回応募してきた中で、ドミートリの眼鏡にかなった候補者は六人。男性四人に女性が二人。とりあえず全員建築の方に回ってもらう予定だけど、いずれは私たちの仕事も手伝ってもらう予定。「組織から来る人間ってのは、とにかく書類仕事ができねぇんで。一から育てるつもりで外から雇うしかないですわ」と、本当にしみじみとドミートリが愚痴っていたのを思い出す。
で、こうして面談しているのだけど。実はもう、ドミートリによって六人全員の情報が事細かに調べ上げられていると。家族構成、能力、性格と雇い入れるのに必要なこと、あと帝国に反感を持っていないことが「本人にも気付かれないように」調べられていて、雇っても問題ないことは確認済み。念のため面接をして、性格とかを確認しておこうと、そんな程度。よく調べるものねと感心しつつも、やや呆れてるというのが正直なところ。
……調査が済んでいることは悟られないように注意しないと。知らない間に個人的な情報を調べ上げられてるなんて、いい気はしないはずだから。
と、そんな感じで、あたりさわりのない質問をいくつか行って……と、そうね、ちょうどいい機会ねと、ふと思ったことを聞いてみる。
「ここに来るのは初めてよね。実際に見た感想はどうかしら?」
今まで、飛び領地邸の「塀の内側」に入ってきた街の人は、親睦会で呼ばれたデュチリ・ダチャの女だけ。いわば「純粋な街の人間」である彼らがここを見てどう思ったのか、少し気になっていたところだった。
「……思ったより普通の場所だな、というのが正直なところです」
そんな私の質問に、彼が答える。中に住んでるのは帝国の貴族で、たまにすごい立派な馬車とかが出入りしてるらしい、だけど高い壁で覆われてて中の様子はさっぱりわからない。そんな話を聞けばどんなところなのか気にはなるけど、わざわざこんな街の外れまで見に来るほどじゃない。だから今日は、ここはどんなところだろうと思いながら来て、色々と見て、なるほどと思ったと、そんな感じらしい。
「もしかしたら、壁の中は雪が無いのかもなんて思いましたけど、ありましたね」
彼の「飛び領地邸の塀の内側は帝国領」という、巷でよく言われている言葉にかけた、多分冗談であろう言葉に、少し笑って答える。――「そうね、そこまで帝国じゃないわね」と。
こうして、この日からまた、私たちの仲間が増えた。
◇
「おい、そんくらいも持てネェのか。ここのヒョロ連中以下か! ……しゃぁねぇなあ」
「すいません!」
採用面接から数日が過ぎて。めでたく全員採用となって、現場に入り始めた新人たち。兵士たちも交えて、さらに騒がしくなった建築現場を、時間が空いたタイミングで軽く視察。……例の彼、なんていうか怒鳴られっぱなしだけど、大丈夫かしら。
「ああ見えて『まだ幼い子供を職工ギルドに』と本気で言う人間ですからね。飲み込みは早いし勘所はしっかり押さえる。あれはあれで重宝されてますよ」
最近、採用の関係でスヴェトラーナたちと頻繁に話をしていたからだろうか、自然と丁寧な言葉が出るようになってきたドミートリが言う。
「『荷物持ちもできないのか』って言われてるのに?」
「別に、彼が持てる荷物を持てばいいだけですからね。相手の言いたいことを的確に掴むのも大切ですよ。……現に、あそこで怒鳴られてますしね」
そう言って、やや遠くで「そっちじゃねぇ! むこうっつってんだろう!」とまとめて怒鳴られている集団の方に視線を向けるアイツ。
「……『そっち』『むこう』って、言い方が悪いんじゃないかしら」
「そういうことに頭が回る人間は、あそこまで筋肉隆々にはなりません」
と、丁寧な口調で酷いことを言うドミートリ。「そうかしら」「もちろんです。筋肉は一日にして成りません。あれだけの筋肉、どれだけ時間を費やしたのか、想像もできません」丁寧な口調のまま、スラスラと酷い言葉がアイツの口から流れてくる。……何か、口調と共に人格も変わってないかしら?
「……前よりも口が悪くなってない?」
「ですが、あの教育好きな方々は何も言いませんから。きっと帝国貴族の流儀には沿っているのだと思います」
私の指摘に、そう即答するアイツ。本当にそれで良いのかしらと思いつつ、もう一度労働風景に視線を戻す。例の彼、怒鳴られながらも、雰囲気自体は悪くないように見える。そうね、案外うまくやってるのかもしれないわねと、そんなことを思う。
◇
それから数日間、色々な、ささやかな出来事が起こる。今回採用した新人の半分が、組織の衆に「イイ店行くか」と誘われてどこかのお店に行ったとか、家族をこの飛び領地邸に住まわせたいという要望を受けたりとか。組織の衆たちと兵士たちとが昼の休憩時間に模擬戦を始めたりなんてこともあった。
「まあ、お誘いと喧嘩は、組織の挨拶みたいなものです。……ここでは、いつも通りという訳にはいかなかったみたいですが」
まずは「イイ店」へのお誘い。ドミートリが言うには、組織の衆たち、最初はここの兵士を誘ったんだけど、誰も乗ってこなかったみたい。……多分、兵士たちはこの前の『親睦会』騒ぎで警戒してるのね。
あの時は、彼らが何にお金を使ったのか、事細かに調査した。「イイコト」とは無縁だったけど、うっかりその「イイ店」とやらにいって私やスヴェトラーナに同じように聞き込みされたらと思うと、二の足を踏むのはわかる気がする。
で、兵士たちが行かなかった結果、私たちの新人に話が行ったと。で、キレイなお姉さんを交えて酔っ払って、「帝国人ってのはわかんねぇ」みたいな話をしていい思いをしたとかどうとか。
この飛び領地邸に家族を住まわせたいと言い出したのは、例の年下兄妹を幼年訓練所に行かせたいと行っていた彼。ただ、私たちが住んでる本邸ではなく、建前では「兵士たちの宿舎」ということになっている、敷地の中にある集合住宅に住まわせたいと、そんな話。あそこ、単身者向けの、家族で住むには小さな部屋なんだけど、それで十分だって。
「それは考えて無かったな。うっかりしてたなぁ」
その要望をエフィムに伝えたときの、彼の第一声。兵士たちは本邸の大部屋で寝泊まりしている人の方が多くて、半分以上は空き部屋になっている。だからここで働く人が入居するのは構わないけど、家族ごと入居したいと思う人が出てくるとは思っていなかったらしい。「この屋敷の警備は、敷地の中に不審者を入れないことを前提としているからね。労働者の家族も住ませるとなると、警備にも影響するなぁ」と。彼の家族がどうとかではなく、労働者の家族を受け入れるかどうか、今後のことも考えての懸念らしい。
「……そもそも、なんでその方は家族を呼びたいなどと言いだしたのでしょうか。ここは街の外れで、周りに店もありません。正直、街の人には不便だと思うのですが」
この話を聞いて、不思議そうにそう尋ねてくるスヴェトラーナ。そのあたりはエフィムも同じらしい。そんな彼らに説明する。
「安全で設備も十分に整っている。食べ物や水、燃料といった『生きていくために必要な物』も運んできてくれる。こんないい場所はそうそうないという話ね。そこは私も同感よ」
私の言葉に、エフィムたちが顔を見合わせる。……前々から感じていたけど、街の人たちと彼らとでは「最低限」の基準が違う。エフィムたちは安全な場所で豊かな生活があたり前。でも彼にとって、安全でしっかりした住居というのはそれだけで価値がある。組織の庇護下にある人間は安全も確保されているが、そうでない人間の方が遥かに多いのが現実だ。
「まあ、身元は大丈夫なはずよ。それに、守ってほしいことを伝えれば、しっかりと守ってくれると思うわ。彼らも、ここから追い出されるのは嫌だろうから」
彼らはそういうことに気をまわすであろう人たちであることは既に調査済みだし、今後も人を雇うときはしっかりと調査するであろうことを彼らに伝える。ドミートリも、そういうところは決しておろそかにしないと。
で、最後。昼の休憩時間、兵士と組織の衆との模擬戦。これはもう、ドミートリ曰く、「組織の腕自慢はどっちが強いか確かめないと気がすまない生き物ですので」ということらしい。……ドミートリ、やっぱり口が悪くなっているわね。
というわけで、まずは軽く手合わせをしたんだけど。結果は兵士たちの圧勝。組織の衆は手も足も出ないという感じだったみたい。
「なんじゃい、その、タワーシールド? ぶんまわしてどつき回しおって。ふざけとんのかい」
負けて切れ散らかす組織の衆に、苦笑する兵士たち。彼らが持ってるのは「タワーシールド」なんていう時代がかった物ではなく、暴徒鎮圧用に作られたという専用の盾で、格子状の金属の枠にプラスチックという新素材を張り合わせて作った、硝子のように透明で、軽い盾。
新素材でできた盾といっても、鉄製の盾と比べると弱く、銃弾も防げない。あくまでも簡易的な、戦争には使えない暴徒鎮圧用の盾。でも、ちょっとした刃物や棒を相手にするには、とても便利らしい。で、兵士たちは皆、この盾を使って暴徒を鎮圧する技術を身に付けていると。
「じゃあ、もし本気で組織と戦争なんてことになったら、こうはならないわけね」
「そうだね。彼らも結構な数の銃火器を持ってたしね」
隣で模擬戦の一部始終を一緒に見ていたエフィムと軽く話す。ここの兵士たち、戦争の訓練はほとんどしていないけど、代わりに護身や警護、暴動鎮圧といった「より身近な暴力」に対する訓練はきっちりやっていて、なかなかに実力があると。
それはきっと、帝国の外で生きていく前提で、必要だから身につけたのだろう、そんなことを思う。組織の衆も、最近はほぼ無くなったとはいえ、抗争の中で実力を鍛えてきた人間なのだから。
……あと、組織の保有する銃火器、実は組織直下の交易屋がそれぞれの伝手を使って手に入れた帝国謹製のもので、そのほとんどが軍からの横流し品のはずだけど。そんなことはエフィムも多分知っているし、口に出すのはちょっとアレだから黙っておく。
と、そんなことを話している間にも、組織の腕自慢たちが、盾を持った兵士たちにいいようにやられていく。後から聞いた話だと、組織の若い衆の動きは兵士たちが想定していた暴徒の動きそのものらしく、訓練通りの動きで簡単に対処できるものらしい。実力よりも相性の問題らしい。
……そう言われたところで、組織の衆にとって、慰めにはならなかったみたいだけど。
◇
と、そんな感じで、一週間、二週間と日がすぎる。倉庫の建築は順調に進み、今は仮組みした木造構造にそって煉瓦を積み始めたところ。昼の模擬戦も、始めはいいようにやられていた組織の衆が、最近では相手の戦い方を覚えてきたのだろう、徐々にいい勝負に持ち込むようになってきた。
◇
と、そんなある日のこと。いつものように、エフィムとスヴェトラーナたちを交えて仕事の話をして。その話が一区切りついたところで。その話題をエフィムが切り出す。
それは、自分の中ではとっくに終わったはずの話で……
「そうそう。次の便で、フェディリーノ神父がこっちに来るから。何でも、ミラナがマムさんのところに置いていった家財道具だとか商品?とかを値付けというか鑑定というか、とにかく見にくるらしい。良いのがあったら買い取るともいってたかな。なので、案内をすることになると思う。予定しておいてくれるかな」
……なんでそんな話になったのか想像できない、そんな話で。そうと決めて終わらせたと思っていた話がぶり返された、そんな気がした。




