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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第七章 新しい日常、過ぎゆく日常
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2.帝国小旅行ふたたび

「いつもこんな列車に乗っているのですか」


 グラニーツァ・アストロークの駅で、貴族専用車両に乗り換えて、その「客室」を見たプリィが思わずあげた声。その言葉に、何事もないようにスヴェトラーナが「ええ」と頷く。


 今まで私たちが乗ってきた列車の客室は、せいぜいが四人がけのテーブルに収納式の寝台がある程度の、あくまで「乗り物の中にある、最低限の空間」だった。けど、今、私たちの目の前にあるのは……


 ゆったりと、くつろげるように配置されたソファとテーブル。

 天井や壁には、広い部屋を隅々まで照らす電気式の明かり。

 壁際には、機能的なデザインのドレッサー。

 入り口近くにある扉はクローゼットだろうか。


 そこは、やや手狭で不自然に細長いながらも、列車の中にあとは思えないような、立派な「部屋」だった。


  ◇


 時間を、その日の朝にさかのぼる。


 貨物車両の手配のためにスヴェトラーナと共に帝都まで行くことが決まって、その朝。前回と同様、朝の鐘と共に飛び領地邸を出発する。メンバーはスヴェトラーナとホーミス、プリィと私、そして帝都まで同行する護衛の兵士二人の計六人。やや大きめの、レヴィタナ家の紋章が掲げられた軍用馬車に乗る。


――そして、その馬車の周りには、護衛の兵士たちが六人。馬車の御者も含めると、計十三人という大人数。


 エフィムの場合はほとんどつかない護衛も、スヴェトラーナが外出すると「最低で」これだけの護衛。行き先によってはさらに多く、時に屋敷の警備の人手を割いて護衛につかせることもあるくらい。


「……いつも思うんだけど、ちょっと多くないかしら」

「お嬢様の安全は常に確保するようにと厳命されております。当然の判断です」


 とは、彼女の護衛任務の責任者で、同時に彼女の副官的立場にもある兵士――今も彼女の隣に座る兵士――の言葉。以前は「それもどうか」と思ったけど、レヴィタナ伯の「朝礼」を見た今では、なるほどと納得もする。


 と、そんな訳で。駅までは大人数、その先は半数、馬車に乗った六人で、二度目の帝国への旅をする。前回は一日以上、すっと同じ列車に乗り続けてたけど、今回は次のグラニーツァ・アストロークで一旦降りて、貴族専用車両なるものに乗り換えるらしい。


……そうして、程なくして到着したグラニーツァ・アストロークの駅で、その連結作業を終えた「貴族専用車両」を見る。


 車両の側面には、見慣れたレヴィタナ家の紋章が掲げられ。中に入ると、ひとつの車両の中にたった数部屋という贅沢な作り。驚きを隠しきれないプリィの声にも納得する。


……これ、下手すると、デュチリ・ダチャに住んでた頃の私の部屋より広いんじゃないかしら、と。


  ◇


 そんな、驚きを隠しきれなかった私たちを乗せて、列車は走り出す。少し時間が経って揺れも収まれば、列車の中とは思えないほどに快適な部屋の中。客室の中、スヴェトラーナとホーミス、私とプリィの四人は、ソファに座ってひと息つく。


「本当はこの車両、爵位を持つ人が使うのですけどね」


 と、手頃な話題だったのだあろう、スヴェトラーナがこの「貴族専用車両」について話し始める。


 貴族専用車両なんていうけど、本当に車両を所有しているのは大貴族だけ。レヴィタナ家のような中堅貴族は国営の鉄道会社から車両を借りているだけで、当然、動かすたびにそれに見合った費用が請求される。それもあって、通常は爵位を持つ貴族の当主しか乗らないらしい。


 ただ、何事も例外はあって、たとえば次期当主であることを内外に示したりする時には、こういう「慣習として当主が取る行動」を利用したりするらしい。


 レヴィタナ伯は子宝に恵まれず、子供はスヴェトラーナただ一人。爵位は本来は男性が継ぐものだけど、女性が継いだ前例も無いわけじゃない。だからこうして、普段からスヴェトラーナがレヴィタナ家を継ぐと周りに示していると、そういう話らしい。過剰な警備とかも全て、そういう事情から来ていると。


「単に子離れできてないだけだと思ってたわ」

「それも否定はしないですわ」


 率直な私の言葉に、しれっと答えるスヴェトラーナ。


「ただ、思っているよりは見られているものですよ。――貴方がたもね」


 まあ、エフィム様のように政治将校たちに四六時中監視されるなんてことは無いですけどね、そうスヴェトラーナは言葉を続ける。どんな小さな貴族でも、その時々で大きな影響力を持つことがある。だから、その時のために、常に誰かがその動向を追う。直接監視をしなくても、この駅でこの列車に乗ったという「記録」は残る。それを追うだけでもいろんなことがわかるものだと。


「まあ、スヴェトラーナ様は家格よりも人気がありますので、そのようなことをしなくても目立つとは思いますが」


 そんなホーミスの言葉に少し納得しそうになって、ふと疑問に思う。


「……それ、こういう行動をとり続けた結果じゃないかしら?」


 私の言葉にホーミスもスヴェトラーナも返事をせず、静かに茶を口にした。


  ◇


 その後、しばらく談笑をする。とはいえ、帝都に着くのは翌朝、それまでこの部屋で顔を突き合わせていては互いに気が詰まるだろうということで、私たちに小さな部屋を割り当ててもらう。先程まですごしていた応接室のような作りの部屋に隣接した、やや手狭な部屋。

 きっと飛び領地邸にあった「従者部屋」のような役割の部屋なのだろう、「わたしの部屋みたいです」とはプリィの言。この部屋を自由に使っていいと言ったとき、スヴェトラーナがやや申し訳なさそうにしていたのが印象的。……確かに先ほどの部屋よりは手狭。だけど、それでも普通の客室よりは広いし、自分たちの部屋があるのは素直にありがたい。


 私たちと一緒に来た二人の兵士は、この駅で合流したレヴィタナ家の護衛と一緒に、室外に立って警備にあたる。彼らは彼らで、自分たちの分のスペースがあるみたい。もっとも、客室というには狭い、寝台よりは少しマシな程度の部屋らしいけど。


 このまま、この列車で一泊、帝都に到着。そこで貨物車両の利用手続きをした後、帝都にあるレヴィタナ家の別邸に立ち寄ってレヴィタナ伯に軽く挨拶したら、今回の小旅行は終わり。その手続きも、貨物車両は既にレヴィタナ伯が押さえているから、事務的な手続き以上のものはないとのこと。


――正直効率が悪いと思うけど、特に帝都でしか行えないような手続きはとにかく融通がきかないものらしい。困ったものですわねとスヴェトラーナも肩をすくめる。


 そうして、たまにスヴェトラーナたちのいる応接室にお邪魔をしながら、列車の時間を過ごす。途中、いつのまに列車に積み込んでいたのか、冷えたアイスクリームをいただいたりと、エフィムたちとはまた違った旅路を楽しむ。

 そのアイスクリーム、普通の氷よりも冷たい氷と一緒に専用の保冷箱に入れて運んでいるらしく、数日間は持つとのこと。帝都で待つレヴィタナ伯への土産にするつもりらしい。


 夜半、デヴィニ・キリシュラッドを過ぎたところで、帝国の軍服を来た人が私たちの車両を訪れる。私たちの帝都への入都資格の確認と手続きをここで済ませるらしい。あらかじめ準備してあった入都許可証と、神の教会で精霊契約をした証となる伝精者証を見せ、スヤァに話しかけて光を舞わせる。そうして、私が本当に精霊と契約していることを確認してから、書類にサインをする。


……そこでようやく、精霊契約が本当に身分を保証してくれるものだと納得をする。


(……特に変わったことはない?)

(うむ。これといって……、スヤァ……)


 その手続きの最中に起こしてしまったスヤァに話しかけてみる。返ってきたのは、どこまで真面目なのかわからないような返事。ある意味スヤァらしい反応に苦笑をする。


 そんなささやかな出来事を交えつつ、基本的には悠々自適に、列車の旅の時間を過ごした。


  ◇


 そうして、列車の中で一泊して。翌朝、帝都の駅に到着する。


「……もしかしたら貴族専用のホームとかもあると思いましたが、無いんですね」

「残念ですけどね。ここにいること自体が特権階級の証です。だから、貴族専用というのはここにはありませんわ」


 ホームの人混みを見たプリィの言葉に、スヴェトラーナの説明。もちろん、今ここにいる人たちが全員貴族という訳ではない。政治家に官僚、技術者、もちろんスヴェトラーナのような貴族やその従者もいるだろう。だけど、ここにいる人たちは皆、帝都に入ることが許された人たちで、貴族とはまた違う形での特権が与えられた人たちだという彼女の説明に、なるほどとプリィが頷く。


 帝都に住む人たちは帝国民でもさらに一握りの選ばれた人たち。そういう話は、グロウ・ゴラッドに住む人でも知っている。その事実を、今更のように確認した。


  ◇


 初めて見る帝都は、なんとも言えないような光景だった。道という道は全て、石畳とも煉瓦(レンガ)とも違う何か――アスファルトと言うらしい――で固められ、土や草は、時折見える街路樹の足元にわずかに見えるだけ。その道を行く馬車も、馬ではない、列車の先頭車両に似た何か――蒸気自動車と言うらしい――に引かれているという、まるで異世界に迷いこんだと錯覚してしまいそうな風景。


「どちらも、火山地精――帝国教会と生贄たち――が生み出したものですわ」


 石油という名の、地面から湧き出る油。そのまま燃やすと人体に悪影響があるから今まで使われなかったんだけど、近代化によってその品質を高める方法が発見。石炭よりも使い勝手がいいと、特にこの帝都では、さまざまな動力に利用されているという。


 視線を上げると、遠くに見える、異常なまでに高い建物。100m超、30階もの高さを誇るという、塔のような建造物。階段で上り下りするのは不可能で、「昇降機」という機械を使って上り下りしているらしい。


――この「途方もない高さの建築物が建ち並ぶ街」というのは帝国以外にも数か所あって、天を摩す尖楼――摩天楼(スカイスクレイパー)――なんて呼ばれているという説明を聞く。……直接この目で見て思う、とても正気の沙汰とは思えない。


 で、私たちが手続きをするための場所は、その「正気の沙汰とは思えない」摩天楼の中。そこまで、蒸気自動車引きの馬車に乗って移動する。


 外から見ると威容を誇る建物も、中に入ったら、ちょっと贅沢だけど、なんてことはない普通の建物。その建物の中、何箇所かの窓口をわたり歩いて、予定していた手続きをあっさりと終わらせる。


 そのまま建物を出て、今度はレヴィタナ伯への邸宅へ。摩天楼の中心からやや外れた場所の、やはり異様な高さの建物へと入る。驚くことに、この建物の十八階にある部屋の一室が「帝都におけるレヴィタナ伯の邸宅」らしい。


「もちろん、領地にはちゃんとした邸宅がありますわ。ここはあくまで『帝都での滞在場所』ですので」


 そういいながら、「昇降機」という機械に乗り込むスヴェトラーナとホーミス。その二人に続くように、プリィと私も、恐る恐る乗り込む。


「それでは、十八階までお願いします」


 扉を閉めて、昇降機の壁に取り付けられた通信機を使って誰かに話しかけるホーミス。少し時間を置いてから、ガタンと動き出す昇降機。その乗り心地は、今まで乗ったどんな乗り物とも違う、異様な乗り心地だった。


 そうして、部屋で待っていたレヴィタナ伯と握手を交わして、共に時間を過ごす。といっても、持参したアイスクリームと茶で一服するくらいの、ごくわずかな時間だけ。世間話に花を咲かせるレヴィタナ伯とスヴェトラーナを横目に、「正直私たちはお邪魔では?」なんて思いつつ、ご相伴にあずかる。


 最後に窓ぎわに案内してもらい、窓の外に広がる景色を見せてもらう。分厚い硝子の向こう側、帝都を一望してあまりある、まるで天から見下ろすような風景に息をのむ。


 そうして、駅まで戻って、見るもの全てが目まぐるしくも非常識で興味深い「帝都訪問」を終える。


――それは確かに、帝国の中でも特別な、どれだけ帝国のことを嫌っていたとしても一見の価値はあると思わせるような、特別な都市だった。


  ◇


 帰りの列車。行きと同じく、グラニーツァ・アストロークまでは貴族専用車両で一泊、そこから先は普通の旅客車両で。朝、昼、晩と三食、列車の中で済ませる。一般車両で食べた夕食が一番質素だったのは愛嬌か。


 そうして、日が沈んで、夜もふけ始めて。グロウ・ゴラッドの駅に着いたのは、そんな頃合いだった。


  ◇


「ほい、おつかれさん。――どうでしたか? 話に聞く『花の帝都』は。物珍しさにキョロキョロとかしてきましたか?」

「あれは『花』という感じじゃなかったわね。はい、これ、お土産」


 ようやく飛び領地邸に帰ってきて。からかうように、中途半端に「教育された」丁寧口調をおりまぜたドミートリの軽口を無視して、土産が入った袋を渡す。……帰りの列車の中で買ったものなので、正直土産といえるものなのかは疑問だけど。


 と、その土産袋を受け取って中を見たドミートリは、やや呆れた声を上げる。


「って、麦酒(ビール)かよ。またマニアックな酒を」


 何か微妙な表情を浮かべるアイツ。「知ってるの?」「そりゃあな」と短いやりとり。組織が「備蓄穀物の有効活用」とやらで試作したことがあって、その時に飲んだことがあるみたい。「何がうまいんだかわからねぇって意見が大半だったぜ」とのこと。


「帝国では人気が出始めてるみたいよ、夏にはぴったりの酒だって」

「なんだ。結局商売の話かよ。へいへい、組織には当たっておきますよーっと。――というわけで、一本は組織に回しますが、よろしいでしょうか?」

「よろしく」


 あいかわらず、教育組――ホーミスやドヴォルフ――が聞いたら眉を潜めそうな口調で承るアイツに、短く返事をする。……と、そんなことを言ってる間に、彼の部下が勝手にラッパ飲みを始めて。「悪くねぇっすよ、これ」「おま、勝手に飲むな」と、実に騒々しい。


 と、そんな騒々しい光景を、懐かしいような新鮮なような、少しややこしい気持ちで眺める。


「……夏の酒かぁ」

「はい、これからのお酒ですね」


 なんとなく口に出た言葉に、気がつけば隣にいたプリィが反応をして。


――これが、色々とあった春の終わりの出来事で。そろそろ春から夏へと移り変わる、そんな季節のはざまの出来事だった。

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