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囲いの中の異世界交流

 飛び領地邸。最近は何かと話題になることも多くなった、帝国から来た酔狂な貴族様が住むという街外れにある(多分)立派なお屋敷。そろそろ昼中の鐘が鳴ろうかという刻限にその屋敷へと訪れた女は、敷地をぐるっと囲う高い塀と立派な門を見上げて、あたり前のようにその門の方に歩いていく男女のペアを見送りながら思う。


(しまったなー、アテも、外で待ち合わせしとけばよかったなー)


 ちょっとした小遣い稼ぎで始めたデュチリ・ダチャの「健全な」お仕事に、とっくの昔に本業からは足を洗っていた自分にも声がかかって、これならいいかと勤しんだ結果、自分の元にも届くことになった「飛び領地邸での親睦会」への招待状。


ーー今まで、デュチリ・ダチャの女が中心になって定期的に行ってきた「親睦会」。その親睦会に参加してきたここの兵士さんたちが、親睦会で親しくなった()を招待してもてなすというのが、今回の「飛び領地邸での親睦会」の趣旨らしい。……まあ、企画した側には色々な思惑もあるのだろうけど、それはまあアテには関係ないことですなと置いておくことにして。


(目下の問題は、ここからどうやって中に入るか、ですよ)


 そんなアテの悩みなんてどこ吹く風で、ごく普通に、門の脇にある小屋の中の人に挨拶をして、門をくぐる男女のペア。彼らを見送って、彼らと同じように、自分を招待してくれた「つれないお兄さん」と外で待ち合わせをしておけば良かったなと考えて、軽く苦笑する。


(言うても正直、アテとお兄さん、そこまで仲がいいわけでもないしなー)


 つい最近、ちょっと気があってサシで飲みあった、でもあっさり、連絡先を交換することもなく帰ってしまった「お兄さん」。そのお兄さんから、まさかこんな形でお呼びがくるとは正直思っていなかった。


……結果、せっかく届いた招待状を握りしめながら、建物の威容になんとなく気圧されて、でも他の娘たちのように男と外で待ち合わせてから一緒にはいるという方法も使えず、気後れして足を止めてしまう。


 とはいえ、こんなところで立ち止まっているわけにもいかないしなー、とにかくあそこの人にこの招待状を見せようと足を動かし始めたところで、その門のそばに立っていた若い男に声をかけられる。


「今日の参加者さんッスか〜」


 聞き覚えのない、どこか軽薄そうな男の声。なのに、その口調や態度に何かひっかかりを覚えて、記憶をたどり……、デュチリ・ダチャに出入りしているドミートリという名前の「()れない」ことで有名な男のことを思い出す。


(そういえばあのオッサン、最近見ないなー)


 誰からの誘いものらりくらりと躱すことで有名だった、多分オッサンよばわりするほどの年ではないであろう男。そんな彼のことを、でも心の中でオッサンよばわりしながら思い出す。


 デュチリ・ダチャによく出入りしていた、組織の男。ああ見えて意外と組織の偉い人とも仲がいいらしいと噂されていたからだろう、その偉い人と彼を通して知り合おうなんていう下心のある娼婦たちが誘惑しては玉砕したなんて話がついてまわる男だった。


(……わかるけどねー。ああいうの、ある意味ウチのボス(マム)よりもタチ悪いし。自分が上手く立ち回ってると思い込んでるような娘は、ねー)


 ああいう娘につきあってたら、身を滅ぼす元になる。だから、うまく距離をおいて躱すというあの男(ドミートリ)の判断は間違っていないと、アテも思う。……けどねー、オッサンくさいよねー、そういうトコと、そんなことを考える。


「じゃあ、ちょっとソコで受付するから、ついてきてくだせぇッス」


 門から歩いてきたドミートリを思わせる口調で話す男に招待状を見せて。手続きのために再び門の方へと歩き始める男の後ろについて歩く。そのまま男は、門のすぐ脇の小屋で、中にいる、多分帝国人なお人に招待状を手渡す。


「じゃあ、招待した人を呼んで来るッスから、しばらく待っててくだせぇッス」


 少しだけ、門の中にいるお人と話した後、そう言って、門の向こうへと駆けていくドミートリっぽい組織の若い男を見送って。


ーー程なくして、門の向こうから「つれないお兄さん」が来たのを見て、やれやれ、ようやく来ましたななんて思いつつ、少しだけホッとした。


  ◇


「……やぁ」

「……なんで招待しておいて、そんなにもよそよそしいかなぁ」


 門の外、久しぶりにあうお兄さんの、その、なんというか少し戸惑いがちな第一声。その声に、やれやれと軽く肩をすくめる。ーーお兄さん、実は予想以上に不慣れだな。


「じゃあ、行きますか。お金になるようなことを話してくれると嬉しいですな」

「……それはまた、たくましいことで」


 アテの言葉に苦笑しつつ、案内するように歩き始めるお兄さん。そのお兄さんの横に並んで、歩き始める。


「なんでアテを招待したん?」

「まあ、他に相手がいなかったしな」

「誰か呼ばなあかんとか、そんなん?」

「いや、そういうのは別に無いけどな。ただ、せっかくの祭りに参加できないのも悔しいだろう」

「あー、そういうー」


 道すがら、他愛もないことを話す。……お兄さん、もう少し言葉を選べないかなぁ。「他に相手がいない」とか、そういうのは正直言わんで。そう思いつつも、まあ、別にそういう関係でもないかと思い直したり。


 初めて入る飛び領地邸の「塀の中」は、思ってたよりも広い。噂の「貴族様のお屋敷」が思ってたよりもこじんまりとしているかわりに、よくわからない建物だとかよくわからない空き地が目につく。あーなんというか、予想以上に謎空間?


 その中の一つ、集合住宅に見える建物を指して聞く。……なんというか、見た感じは集合住宅なんだけど、大きさがね。一つの建物で五十部屋くらいはありそう。詰め込みすぎちゃう?


「アレは何ですかな?」

「アレは一応、俺たちの部屋だな。形式的には」

「ほうほう、お屋敷の方に住んでる訳ではないのですな。……形式的?」


 アテの返事を聞いて、お兄さんが苦笑しつつ、説明を始める。ここの兵士たちの任務のほとんどは屋敷の警護のような仕事で、事実上の住み込み仕事。しかも食事は屋敷で食べることになるため、自分の部屋に帰ってくることなんて、たいてい週に一、二日。結果、自室は物置と化している人も多いと。

 そうなることは最初からわかってて、いっそ住み込みにしてしまってもいいくらいなんだけど、帝国には官職に就いている者にはたとえ一兵卒でも個人用の住居を用意しないといけないという法律があって、そのためにわざわざ全員分の個室を準備する必要があって、その結果があの「個人用宿舎」という話を云々と。……何というか、帝国、融通きかん?


「じゃあアッチは?」

「……その辺りは、商売が軌道に乗ってきたらいろいろと建てるみたいな話があってな。そのための敷地だな」


 次にアテが指さした先の空き地を見て、再びお兄さんの説明。今、俺たちは倉庫すらもっていない。これまでは取引の量が少ないからなんとかなっているけど、そろそろ倉庫ぐらいは建てようなんて話が出始めてる。そんな感じで、先の見通しが立ってきたら必要な施設を建てていく、そのための敷地と、そんな感じらしい。


 と、そんなことを話しながら、正面の庭をぐるっとまわり込んで裏手に回ると、開けた場所に出る。……何というか、他の空き地とは違う、整備された「何もない広場」のような感じの空間。


「ここは俺たちが訓練とかを行うための広場だな。表の中庭がエフィム様やスヴェトラーナ様、ミラナ様のような『貴族の場所』なら、この裏庭は俺たちみたいな『平民の場所』になると思う」

「ーーミラナさんって、デュチリ・ダチャ(ウチ)の元専属娼婦(せんぞく)の人だよね。あの人、貴族枠なんだ」

「えー、……だってあの人、エフィム様とかと普通に話してるし。どう考えてもそっちじゃないかなぁ」


 元専属娼婦(せんぞく)のミラナさん。良くも悪くもアテらとは住む世界が違う人。なるほどー高く買われてるのかーうんうんと軽く頷く。アテらとあの人ら、形は違えど、ちゃんとした形で足を洗えたのなら喜ばしいことでしょうと。


 と、広場の脇の道を歩いていると、立派な使用人服に身を固めた人に一礼される。


「ようこそおいでくださいました。お楽しみいただけるとうれしく思います」


 かしこまった口調での丁寧なお辞儀に、今日はありがとうございますと返す。何というか帝国貴族の使用人の服装なんだろうけど、デュチリ・ダチャの使用人服と似ているからかどこか既視感がありますなと通り過ぎそうになったところで、本当にその顔に見覚えがあることに気付く。……彼、件のドミートリ君じゃね?


「……こんな所で何してるの? キャラ違くない?」

「……その辺りは色々ありやしてね」


 思わず声をかけると、こっちが気付いたことに気付いたのだろう、やや苦笑しつつ、一瞬だけ本来の口調に戻して話す彼。詳しくは話すつもりはないのだろう、そこで言葉を切る彼に「じゃねー」と手を振る。


「知り合いか?」

「というより有名人。もっとも、アテらの間だけだろうけど」

「……その割には、親しく話していたと思うが」

「まあ、飄々とした人だからねー」


 少し歩いたところで、お兄さんからの質問。正直、アテらの間では専属娼婦(せんぞく)の人よりもよっぽど顔は通ってたと思う。ああ見えて実はモテてた人さー、なんだそれ羨ましい、まあ下心アリアリ損得勘定バリバリみたいな感じでだけど、そうか……でも羨ましいなと、そんなことを話しあいながら、皆が集まっている「親睦会の会場」へと足を進める。


  ◇


 そうして、親睦会の会場?、色んな人が集まって好き好きに飲み食いしたり肉や野菜を焼いたりしている場所へと到着する。……で、その「屋外で肉を焼く」という、あまりに馴染みのない光景について、お兄さんにたずねる。


「……ここで焼くの? 自分らで?」

「こんな雪が積もる中でバーベキューはどうなんだと、こっちの人も思うよな、やっぱ」


 アテの質問に対して、お兄さんの少しずれた回答。……これ、帝国の人はこういうのを頻繁にやるってことかな?


「『ばーべきゅう』言うん?」

「……もしかして、こっちにはバーベキューという言葉が無いのか?」

「まあ、普通はわざわざ外で肉は焼かんわな」


 こっちにはそんな風習も言葉もないと伝えると、お兄さんが軽く説明してくれる。このバーベキュー言うんは、親しい友人とかが集まって交代して肉の塊を焼きながら軽食を食べたり会話に興じたりする、帝国ではありふれたホームパーティーの形ということらしい。


「まあ、アリといえばアリかも。そろそろ暖かくなる季節だし」


 その説明を聞いて、なんとなく言った言葉に、今度はお兄さんが驚く。と、なんとなく察して、ケラケラ笑いながら今度はアテが説明する。

 この街、確かに夜は年がら年中雪が降って朝には積もる。けど、案外、昼はそうでもない。寒い時期を過ぎれば雪の降る量も減るし、昼間に限って言えば雪が降らない時期もある。そんな時期には雪解けの量も多くなって、薄くなった雪から若芽が芽吹くし、樹に花も咲く。


「一年中雪が降っているからと言って、変化がない訳ではないのですよ」


 そんなアテの説明に、なるほどなぁと頷くお兄さん。その後もいろんな話をする。

 例の丁寧な口調になってたドミートリさん、アレは帝国貴族の一部で有名な「レヴィタナ家の教育」のたわものだとか、今回の「バーベキュー」はそのドミートリさんの発案とか。……あの人(ドミートリ)、何で「バーベキュー」なんてものを知ってたんだろうと少し首をかしげる。

 焼く肉は、向こうでは一般的な「牛肉」が中心で、あとはこちらでもおなじみの豚肉や山羊肉、羊肉。山羊や羊の肉は帝国の人には馴染みがなくて、豚肉はどちらも共通。なんでだろう、豚はなんでも食うからじゃねと、そんなことを話しながら、舌鼓を打つ。……そうそう、向こうのパン、肉汁を良く吸ってなかなかによかったですな。


 そうして、たまに他の人を交えて歓談して、お酒も入れて。時間も経って、会話が途切れたタイミングで、何気ない風を装いながら、お兄さんが切り出してくる。


「……ところで。実は画材を買いたいと思っているのだが、どこで売っているのかわからなくてな。メシ代くらいは出すから、少し教えてくれないか?」


 話を聞いて、少し考えて。……ああ、これは「小遣い稼ぎ」のお誘いだということに、少し経ってから気付く。うん、今更な感じがしますな。


「……付き合った後の報酬次第?」

「それは、お手やらわかに願いたいな」

「……もう少しこう、お礼くらいは自分で選ぼうという気にはなれないのかな?」

「こっちは店も知らないからな。そこも勉強させてもらうことにするよ」


 その言い草に少し呆れ、お兄さんらしいと大いに思いながら。では、どのくらい絞りとろうかと、頭の中で候補をいくつか浮かべ始めた。


  ◇


「盛況のようですね」

「そうね」


 少し離れた場所から裏庭の様子をそっと覗き見して、隣のプリィと話す。ーーこれまでの話の流れから、自分たちが中心になって話を進めることになった今回の親睦会。……が、気がつけば、ついこの間ここにきたばかりのドミートリが大枠を決めて手配をして、気がつけば「ばーべきゅー」というよくわからない形式での開催が決まっていた。アイツ、どこであんなやり方を知ったのかしら?


 で、さらに、それだけではなく……


「『軽い感じの集まりだからお高いオマエは顔をださない方がいい』って、ちょっと酷くない? ……私、そんなに高く止まってるかしら?」

「そういう意味ではないと思います。きっと、相手がエフィム様やスヴェトラーナ様でも同じことを言ったと思いますよ」


 愚痴っぽい私の言葉、少し笑いながら答えるプリィ。彼女の返事に頷きながら、ふと、思ったことを聞いてみる。


「ところで。最近は改まった口調が多い気がするのだけど」


 今までは、誰もいない所では口調を崩すのが常だったプリィ。それが最近では、「外行きの言葉遣い」になっていることが多くなっている気がして聞いてみる。と、そんな私の疑問に、プリィが答える。


「少し改めたいと思いまして。……その、ドミートリ様の『教育』を見て」

「……そう、そうね。その方がいいかもしれないわね」


 プリィの返事に、別に気にしなくてもいいと思うけどと、そう言いかけて訂正をする。どうやら「レヴィタナ家の教育」というのは帝国貴族たちの中でちょっとした話の種になるような代物らしい。……実際、アレはちょっと避けたいわねと、私も思う。

 まあ、立ち振る舞いを覚えてもらわないと困るというスヴェトラーナの言い分ももっともだと思うし、ドミートリにはかわいそうでも私たちにとってはありがたいというのも本当のところ。


「と言っても、ホーミスさんも夜中、スヴェトラーナ様と二人きりの時間は口調を崩したりしてるみたいです。だから、線引きをどこにするかだけだと思います」


 そう言って、今までと同じように笑うプリィ。そうねとその言葉に頷いて、ふとひっかかりを覚える。……スヴェトラーナもホーミスも、そういうことは絶対に口外しないはず。なのにどうやって「二人きりの時間」のことを聞き出したのだろう?


「……それ、誰から聞いたのかしら?」

「どこの世界も、壁には目や耳がついているものです」


 しれっと返ってきた彼女の答えに少し笑う。プリムもこういう噂話が好きだから、きっと集めるのに余念がないのだろう。


「じゃあ、そろそろ戻りましょうか。ーー親睦会の方は、ほっといてもアイツが上手くやるだろうし」

「そうですね」


 プリィと二人、そんなことを話しあって。その言葉を最後に、部屋へと戻る。


ーーそうして、その日の親睦会は、盛況のまま、無事に終わりを迎えることになった。

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