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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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11.今後に向けて(4)

 マムとの交渉も無事終わって、デュチリ・ダチャから飛び領地邸へと向かう帰り道。少し歩いて最初の角を曲がったところで、ふぅと大きく息をはきだす。


「お疲れさま」


 そんな私に、ねぎらいの言葉をかけるエフィム。その言葉に「ありがとう」と素直に答えて、今回の一連のことを振り返る。


 発端となった例の「親睦会」、マムは以前の私のような専属娼婦として身体を売ることで生きている女を使わず、娼婦としては浅いところにいる女や既に引退した女のような、「普通の人間」に近い人間を使って仕掛けてきた。それはもちろん、そういう人間の方が今回の話には都合がいいからだと思う。


……だけど、きっとそれだけではない。あの親睦会で私たちが何を考え、その中で私がどんな立ち振る舞いをしてどんな役割をこなすか、そういったことまで考えた上で一連のことを仕掛けてきた、そんな気がする。


 私たちにはこの街の人たちとの交流が決定的に欠けていた。そんな私たちに、あの親睦会の参加者の先にあるであろう人脈は、とても貴重なものだった。夜の世界にどっぷりつかった人間ではない、昼の世界と夜の世界を行ったり来たりする人たちの持つ人脈。その先にはきっと、昼の世界で真っ当にはたらく家族や友人もいる。


――私にだって知り合いはいる。だけど、私の知人は「市井の人」とはかけ離れた人ばかり。そういう人脈だって貴重だと思うけど、「あたりまえの人たち」が欠けていたのも事実。その、「今の私たちにとって魅力的なもの」を使って、私に活躍できる機会を与えてくれたんじゃないかしらと、そんなことをふと思う。


 まあ、マムは情()()で動く人間じゃないのは身にしみているのだけれど……


「まあ、マムさんの考えはどうあれ、これで僕たちも、ようやくこの街で影響力を持つことができる。今までは組織に頼るしかない状態だったからね。――まあ、これもマム頼みに近い気もするけどね」


 そんなことを考えてるところで、気楽そうなエフィムの声。……なんだかんだで彼も、マムと堂々と渡り合ってたなと思う。


 と、そんな私の考えを見計らったようなことを、エフィムが口にする。


「マムさんも、組織の人……そうだなぁ、ピリヴァヴォーレさんとかも、ずいぶんと話はしやすいよ。――やりにくいのは、手強い人じゃない。筋も理屈も誇りも持ち合わせてない人だから。まあ、そんな人でも、時には話はしないといけないんだけどね」


 軽い響きの中に、なんというか、実感を感じる。……そうね、悪い意味で疲れるような相手とも話をしないといけないのは、確かに厳しい気もするわね。


「何はともあれ、今回はお疲れ様。次からもよろしく頼むよ」


 最後にエフィムの、改めての労をねぎらう一言。その言葉を聞いて、様々な人たちの思惑はどうあれ、一つ、仕事を上手くやりとげたという実感を感じる。


――彼に気づかれないよう、そっと、ぐっと拳を握りしめた。


  ◇


「……それにしても、動物には好かれやすいはずなんだけどなぁ」


 帰り道、ふとそんなことをぼやくエフィム。彼が言うには、精霊に好まれる人は動物にも好かれやすいという傾向があるらしい。精霊というのは自然の持つ人格で、動物は人間よりも自然に近いから云々と。


 そんな彼に「残念でした」なんて軽口をやりとりしながら飛び領地邸へと戻ってきたところで。玄関ホールで、ホーミスに来客を告げられる。


「お二人が外出している間に、ピリヴァヴォーレ様とドミートリ様がこられまして。今、スヴェトラーナ様が自身の執務室で応対しています」

「わかった。すぐ行くよ。……ミラナは?」


 その口調から、同席するのは既定で、いつ来れるか、今すぐなのか間を置くのかと、そんなニュアンスを感じ取る。


「私も今すぐで構わないわ」


 そう短く答えて。エフィムと私は、そのままピリヴァヴォーレたちの待つスヴェトラーナの執務室へと足を運ぶ。


  ◇


 そうして足を運んだスヴェトラーナの執務室。執務机の前に置かれた応接机、その長椅子に座って無言で茶を飲むスヴェトラーナと、向かいの席で同じように茶に口をつけるピリヴァヴォーレとドミートリの二人に、視線で迎えられる。


「いよう。あのクソマムばあさんと話してきたんだろう? 上手くいったかよ」

「ええ、こちらの首尾は上々でしたよ。……酷い言い方ですね」

「こっちはいい感じで舐められまくってるからなぁ。機嫌の一つも悪くなるってもんだ。違うか?」

「マムさんにはそのつもりはないと思いますけど」

「こっちが腹を立てるってわかっててやるってのは、つまりこっちを舐めてるってことだろうがよ」

「そうかもしれませんね」


 部屋に入って早々、横柄な口調で話しかけてくるピリヴァヴォーレ。その口調を軽くいなすエフィムと共に、彼と向かいあうように、長椅子へと座る。


「だいたい、テメェらもテメェらだ。舐められてるのは同じだろうに、俺らに黙って、ヘコヘコと儲け話をまとめてきやがって」

「どんな話をしてきたか、まだ誰にも話してませんが」

「首尾は上々だったんだろ? ならアイツの手のひらの上で踊ることに決めたってことだ。違うか?」


 先ほどよりもやや芝居がかった口調で、文句を続けるピリヴァヴォーレ。まあ、そうとも言えるかもしれませんねと返すエフィムに、ピリヴァヴォーレはニヤリと笑って、本題を口にする。


「――つう訳でだ。ほっといたらテメェら、あのババアと何を企むかわかったもんじゃねぇってことで、俺たちもこの屋敷に人を出すってことになった。まあ、前々からあった話だが、ようやく通ったって感じだな。て、ここにいるドミートリとあと若いのを二人ほど、そっちの準備ができ次第、ここに送り込むことになるからよろしくなと、わざわざ言いに来たって訳だ。まあ、知ってるだろうが、こう見えてコイツはなかなかに便利な奴だ。好きに使ってくれ」

「まあ、いまさら頭を下げるのもおかしい気分ですがね。よろしくってことで」


 最初にピリヴァヴォーレ、次いでドミートリ。二人して、こちらに向けて話しかけてから、軽く頭を下げる。その様子を、何か違和感を感じながらも眺めて、何でこっちに向かって頭を下げているのかなんてことを考えて……


「――私!?」


 ようやく、どこか他人事だった頭の中が、切り替わる。


  ◇


 突拍子もない話に空白になった頭を働かせようと、話を整理する。まずはマムと組織の関係。デュチリ・ダチャは組織の下部組織だけど、組織とは別の組織でもある。もちろん、互いの存在をかけて対立するなんて関係ではないけど、細かいところは結構対立もするし警戒もする、そんな関係。


 ドミートリは組織に属する、組織とデュチリ・ダチャとの連絡役。私がマムに買われた頃からデュチリ・ダチャに出入りしていた奴で、まだ娼婦になる前から付き合いのある数少ない外部の人間。……実際、デュチリ・ダチャとの連絡役というのは入れ替えの激しい役目で、その役目を十年以上続けてるのはコイツだけ。


 ピリヴァヴォーレのいう「舐められた」というのは、この最近のマムの動きのことだろう。確かに、買った情報から自分たちの利益になりそうなところを抜かれて自分たちで商売を始められたりしたら、組織から見て「舐められた」ということになるのはわかる。

 とはいえ、マムと組織の間柄、そのくらいのことは日常茶飯事と言ってもいい。ピリヴァヴォーレも、今更そのくらいのことで本気で腹を立てたりはしない。ピリヴァヴォーレという人間はこう見えて我慢強い性格だし、怒っていたのは演技だろう。芝居かかった立ち振る舞いを好む人間でもあるし。

 ただ、それを口実にして、ドミートリをここに送り込むよう話を通したのだろう。そうして組織の中で了解を得て、今ここにいると、そんな感じなのだと思う。


――と、頭の中で状況を整理して。そうして浮かび上がった一番の疑問を、ピリヴァヴォーレにぶつけてみる。


「……で、なんでコイツなの?」


 その私の質問に、どうしてって言われてもなぁなんて頭をかくピリヴァヴォーレ。


「その嬢ちゃんの口調も理由の一つだな。――仲いいじゃねぇか、テメェら」

「はぐらかさないでほしいわね。――コイツの仕事、簡単に誰かに引き継げるような仕事じゃないはずよ。どうしてこんな話になるのかしら?」

「そいつはまあ、嬢ちゃんの言う通りなんだけどな。でもなぁ、コッチだって疎かにはできねぇだろ。現にテメェら、あのばばぁと仲良くやってるじゃねぇか」


 そんなピリヴァヴォーレの答えに、少し疑問に思ったのだろう、エフィムが口を挟む。


「……確か彼の仕事って、デュチリ・ダチャとの連絡役と、あと情報分析ですよね。それが、そんなに難しいんですか?」


 まあ、重要な役目なのはわかる。だけど、替えがいないほどの仕事だとは思えないけどと、そう言うエフィムに、ピリヴァヴォーレが苦笑する。そんな彼に変わって、エフィムに説明する。


「正確には、コイツの仕事は『デュチリ・ダチャとの連絡役』だけよ。でも、この十年間、『役得』に乗らずにのらりくらりと躱し続けてその役目を続けてこれたのはコイツだけ。それが答えね」


 ちなみに、私もコイツに躱された一人。まあ、マムも私も本気じゃなかったし、半ば戯れの、それこそお芝居のようなことをして、「らしくねえ、てかおっかねぇ!」と、あっさり一刀両断されたと、それだけの話なんだけど。


 と、その「役得を躱し続けた」という話に、エフィムとスヴェトラーナが、なんとも言えない表情を浮かべながらドミートリを見る。……というか、今、スヤァがわざとらしく「スヤァ」と寝言を口にしたんだけど。なんでこんな話に反応するのかしら、こいつ。


 と、そんな空気の中、ピリヴァヴォーレが言葉を継ぐ。


「――他にいねぇんだよ。『帝国人や元娼婦の言うまま、手足になって働いてもいい』なんて条件を飲む奴は。どいつもこいつも、ちっせぇことを気にする奴らばかりでなぁ」


 やはり芝居がかった、ピリヴァヴォーレのため息まじりの言葉。その言葉に、軽く彼に同情する。――実際、組織の人間で、この屋敷で使われたいなんていう人間はそうそういないだろう。こんなところに来たら出世の道が絶たれる、そう思うのがオチだ。


「まあ、なんで『嬢ちゃんの下』なのかは、そこの帝国貴族たちでも聞いてくれ。コイツは、なんだかんだで便利な奴だ。嬢ちゃんにとっても悪い話じゃねぇだろう?」


 そう言って、話は終わったとばかりに席を立つピリヴァヴォーレ。そんな彼に続いて、ドミートリも席を立つ。


「まあ、そういう訳になりやしたんで、これからもよろしくですわ、ご両人」


 エフィムとスヴェトラーナに対して軽薄そうな口調で挨拶を残して、ドミートリは、ピリヴァヴォーレと共に、部屋を後にした。




―――――――――――――――――――――――


   飛び領地邸の仮面夫婦

   第六章 商取引 了


―――――――――――――――――――――――






「しごきがいのある新人が入ってくることになりそうですね」


 二人を玄関まで送った後、再びスヴェトラーナの執務室へと戻ってきた侍女のホーミス。エフィムやミラナを部屋の中に迎えたまま、主人のスヴェトラーナに話しかける。――いつものようにやや冷たい感じの口調ながら、やや楽しげな声で。


「思えば、ミラナ様もプリラヴォーニャも、最初からふさわしい立ち振る舞いを身につけておいででした。もちろん、それは素晴らしいことだと思います。ですが、少しばかり寂しく思ってもいたのです」


 そっと笑みを浮かべる侍女の言葉に、表情に、ミラナとプリラヴォーニャが、何か違和感を感じたのか、少し戸惑いの表情を浮かべる。そんな二人に、スヴェトラーナの言葉が耳に入る。


「彼はミラナの部下ですからね。勝手に『教育』はしないように」


 その言葉に、ミラナは反射的に、ホーミスに向けて話しかける。――「いえ、ぜひともお願いします」と。まるで、即答しないと自分たちにとばっちりが来ると感じ取ったかのように。


 その日の夕方、晩餐の席で、執事のドヴォルフとも同じようなやり取りをすることになるとは夢にも思わないままに。

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