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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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10.今後に向けて(3)

「ミラナ様が抱きかかえてる子猫がリーニャ、後ろからついてくる黒猫がミーニャです。どちらもマムが名前をつけたんですよ」


 受付のカウンターで、一度は私の肩に飛び乗って、でもすぐに落ちそうになったまだら模様の子猫――リーニャ――を抱きかかえながら、マムの元にまで案内をしてくれるという受付の子の後ろを、エフィムと二人、並んで歩く。


……実はもう一匹、カウンターの上にいた黒猫――ミーニャ――も私たちの後ろをついてきてるんだけど。


「確か、ミーニャは元野良猫で、マムさんに拾われたんですよね」

「へぇ〜、そうなんですか」


 そのミーニャのことが気になるのだろう、チラチラと気にしながらのエフィム言葉。そのあたりはマムから聞かされていなかったのだろう、感心した声を上げる受付の子。


 この猫たちについては、神父様からの手紙に事細かく書かれていた分、私たちの方にもそれなりに知識がある。元野良猫のミーニャは三匹の中で一番警戒心が強くて子猫のリーニャは好奇心旺盛でおっちょこちょいなんですよねとその知識を披露すると、受付の子はコロコロ笑いながら、そうです〜、だからミーニャはリーニャから目が離せないんです〜と、楽しそうに笑う。


「実は今、デュチリ・ダチャでも、『猫はいい』と熱を上げる()が出始めてまして」


 どうやら、デュチリ・ダチャの中にも猫が気に入ってる()がそこそこ出始めてて、それが高じて言い争いになったり、マムに「どうにかして猫を飼えないか」と相談したり、はたまた引退したはずなのにどこからか話を聞きつけて猫に会うためだけにここにくる()もいたりと、いろんなことが起きているみたい。


「まあ、帝国では犬に次いで飼われているペットだからね。少しずつ、猫を飼う人も増えてきてるみたいだし」

「そうなんですか〜。と、到着しました。――ミラナ様たちをお連れしました」


……と、そんな話をしている間に、目的の部屋に到着したのだろう、話を中断する受付の子。姿勢を改めて、ドアを軽くノックする。


「開いてるよ。いいから入ってきな」


 部屋の中から聞こえるマムの声。失礼しますと扉を開ける受付の子。そのまま部屋の中へと入る彼女に続いて、私たちも部屋へと入った。


  ◇


 案内された先は、デュチリ・ダチャの応接室。私はあまり使うことがなかった部屋で、客をもてなすための部屋というよりは人に聞かれたくない話をするための部屋という意味合いが強い部屋のはず。――この部屋に客として入るのは、少し感慨深い。


 と、今まで大人しくしていたリーニャが腕から飛び降りる。うそっと思ったときにはしっかり着地、何事もなく歩き出すのを見て、少し安心。そのままテーブルの下へと移動するのを見送る。と、今度は部屋の奥から、今まで何度も聞いてきた鳴き声。


「みゃあ〜」


 視線を移すと、声の主はいつの間にか棚の上へと移動した黒猫ミーニャ。音も気配も無いままの移動に思わずそちらに気を取られていると、心底楽しそうなマムの笑い声。その声に、ようやくここがどこかを思い出す。


「いやぁ、賑やかですねぇ」


 こちらは落ち着いたまま、でも特に座るでも挨拶するでもなくきょろきょろと猫を目で追っていたエフィムの言葉。そんな私たちが座るのを待たずに、手早く三人分の飲み物をテーブルの上へと置いて退出する受付の子。見覚えのない茶色い飲み物から、甘い香りが漂う。


「来てもらってこんなことを言うのもなんだけどね。いつまでそんなとこで立ってるんだい。とっとと座って、話を始めさせてくれないかね」


 そんなマムの一言に、どこかのんびりと「失礼しました」と言って席につくエフィム。その彼の横に、私も並んで座る。


 そうして、マムとの対話が始まった。


  ◇


「といってもまあ、大した話じゃないんだけどね」


 そう前置きしてから話を切り出すマム。話の内容は予め予想していた通り、バニラエッセンスを始めとした様々な品物――ついさっきアイスクリーム屋で見てきたトッピングに使われていた品物――を仕入れたいという内容。あらかじめ準備してあったであろう、その品物と量が書かれた書類を渡される。


「チョコレートとコーヒーは他よりかなり多いですね」

「その二つはアイスクリームとは別に、普通に売るつもりだからね。手頃な価格で手に入る『疲れに効く嗜好品』なんて代物はね、この街には結構な需要があるのさ」


 その紙を軽く見て、まずは疑問に思ったところをエフィムが問いかける。その問いにさらりと答えるマム。美味しい上に薬効まである、そいつは安定して手に入れられるのなら売らない手はないさ、と。


「て、いうかさ。バニラってのはどっちかといえば脇役の、高価で使い勝手の悪い香料って聞いてたんだけどね」

「それは天然バニラですね。天然バニラは量産化が難しいので、今でも高価ですよ」

「そうみたいだね。……ったく、わざわざ帝国まで足を運んでおきながら古い情報に足を引っ張られるなんて、いい笑い話だよ」


 エフィムと軽い口調で話をするマム。その会話を聞いて、ふと、実はマムにとってはこのチョコレートやコーヒーの方が本命だったんじゃないかしらと、そんなことを思いながら、資料に目を落とす。


 品物は先程のアイスクリーム屋で見てきたものが多い。このあたりはだいたい予想通り。――ただ、量がかなり多い。いくらくらいになるのかしらと、頭の中でざっくりと計算する。……これ、総額で約五百万ツァーリプード、これまでマムが稼いできたであろう帝国通貨のほとんどを使う計算になるんじゃないかしら。


「ツァーリプードでまとめて購入してもらえるなら、僕たちに断る理由はありません。……ですが、組織は大丈夫なんですか?」

「ふん。別に組織を通さなきゃ商売しちゃいけないなんて、そんな(おきて)があるわけじゃないからね」


 量のことには特に触れず、一応の懸念点を上げるエフィムに、マムの強気な発言。その言葉に、エフィムと共に苦笑する。確かにそんな掟はないけど、だからといって組織を出し抜く形で商売をしようなんてことを考える人はそうそういない。そんな人はマムくらいのはず。


「そうですね。――わかりました。細かい内容は改めてまとめるとして、戻ったらすぐにでも商品の手配を始めさせてもらいます」

「随分と物わかりがいいねぇ。いいのかい、そんないい加減で」

「契約をご破産にされる心配もなさそうですので」


 と、そんな感じで、二人の間で、あっさりと商談はまとまる。……と、この次の話に向けて、少しだけ心の中で気合を入れる。


「――と、商談がまとまったところで。次に、私たちから提案させてもらってもいいでしょうか?」

「……おや? なんかあるのかい?」

「件の『親睦会』について、少し提案をさせてもらおうかと思いまして」


 次の話題へと話をつなげるエフィム。面白そうにとぼけるマム。そんな二人の会話に参加すべく、一つ大きく息をする。――ここからは私の仕事、そう気合を入れる。


「貴方たちが私たちを誘って定期的に行っている『親睦会』。これをそうね、月に一回くらいの割合で、私たちの屋敷で大々的に行うのはどうかしらと、そんな提案。面白いと思わないかしら」


 そうして、私の飛び領地邸に来てからの初仕事、「親睦会」について、マムとの交渉が始まった。


  ◇


「……アレについて、文句を言いに来たってわけじゃないんだね」


 その言葉とは裏腹に、面白そうな表情をうかべるマム。その言葉に頷く。――あの「親睦会」、確かに私たちを出し抜く形で行われてはいた。けど、私たちにこれといって被害があったわけじゃない。あれがマムとの取引につながって商売が加速するなら、むしろ利益の方が大きいくらい。

 そのあたりはマムも理解してて、こちらの反応を楽しんでいるのだろうと、そんなことを思う。


「ええ。あの親睦会は私たちにも有意義だし、できれば続けていきたいと思ってるわ」


 そう前置きして、こちらの考えていることを説明する。月に一回程度、兵士たちと付き合いのある人を飛び領地邸に招いて行う、ちょっとした食事会。メニューは飛び領地邸で研究している、帝国とこの街の食材を使ったもの。この前のバニラアイスもその一つねという言葉が興味をひいたのだろう、マムが身を乗り出す。


「あんなのが他にもあるのかい?」

「あれはとっておきの一つです。そんなには持ち合わせてませんよ」


 マムの質問に、さらりと返すエフィム。……あれと同レベルの隠し玉なんてありはしないのに、さも「他にもある」と自然と匂わせてみせるあたりは、経験なんだろうと思う。


「ウチらは別に、アンタらに情報を提供するつもりなんて無いんだけどね」


 続くマムの言葉。その言葉に、今度は私が答える。


「マムから情報をもらわなくても、私たちが情報を提供して誰かが気に入れば、それはそのまま私たちの商売に結びつく。それに、どこかで私たちの商品が面白い使われ方をしたら、自然と話に上がるんじゃないかしら? 私たちとしては、そういうのが小耳に挟むことができれば、それで十分よ」


 私の言葉に、まあそうだねと頷くマム。なんというか、交渉というよりも採点されている感じがする。そう思いながら、予定通り、一歩踏み込んだ発言をする。


「『飛び領地邸での親睦会』で、私たちは商売の拡大が望める。そちらも、帝国の様々な品物の情報が手に入る。あとはそうね、もしかしたら帝国との人脈も築けるかもしれない。()()()()()()()()参加する価値はあると思うのだけど、どうかしら?」


 その言葉に、再びマムが笑う。


「なんだい、金を取る気かい。なかなかに図々しいね」

「でも、払うでしょ? なら取るのがあたり前じゃないかしら?」


 こちらとの会話を楽しむように受け答えをするマムに、心の中で落ち着かなきゃと自分に言い聞かせながら返事をする。――一転、これまでの話を吟味するように考えこむマム。やがて考えがまとまったのだろう、にやりと笑う。


「つまり、ウチの()たちを使って商品の宣伝やら売り込みをすると同時に、あらかじめ話を通しておくことでウチらに出し抜かれるのを防いで、ついでに利益を上げようって腹かい。ずいぶんな口をきくようになったじゃないか」


 意地の悪い顔をしながら、マム。その言葉に、こちらもせいぜい図太く見えるように意識しながら、言葉を返す。


「そうね。それも否定はしないわ。でも、そちらにも悪くない話だと思うのだけど、どうかしら?」


 私の言葉にマムは、まあそうだねとひとしきり笑う。そして、少しの間笑い続けたあと、真顔でエフィムへと向き直る。


「――こいつは、そっちの貴族のお坊っちゃんの考えかい?」

「この話は、そちらが僕たちの兵士たちと交流を深めてることを知ったときに出てきた案で、誰が発案というわけではありません。まあ、彼女がいなければこの案が出てこなかったとは思います。なので、彼女が一番の功労者だと、僕自身は思っています」


 真剣な目つきで質問をするマム。その、一挙一動を見逃すまいとする視線の前で、それに動じることなく答えるエフィム。――と、今度はエフィムが、それまでの少し軽い態度を正して、真剣な目でマムに問う。


「ただ、発案者が僕だろうがミラナだろうが関係ないと思います。これは『僕たち』の発案です。それでいいと思いませんか?」

「……そりゃあごもっともだ。変なことを聞いちまって悪かったね」


 エフィムの、多分問いかけの形をした意思表示の言葉。その言葉を聞いて、マムが軽く謝罪をする。そうして、互いに知りたいことを知り、伝えたいことを伝えたのだろう。ふたたび態度を元に戻す。――マムはふてぶてしい、エフィムは少し軽薄さを感じる空気へと。


「まあ実際、お金を取ることに一番こだわってたのはミラナですよ」

「そうかい。――まあそうだろうね。そういう風に育てた覚えはあるさ」


 軽口をたたきあう二人を見て、ようやく思い至る。――両者はきっと、私が飛び領地邸でどんな立ち位置なのかを確認し合ったのだと。


「――良いだろう。確かにこっちにも悪くない話だ。乗ってやることにするよ」


 そうして、話すべきことは全て話したと判断したのだろう、マムがマムらしい言い草でそう宣言をして。


――私が飛び領地邸に行ってからの初仕事は、こうして無事に終えることができた。


  ◇


「と、今日は以上だね。――どうだい、そっちは上手くやれてるかい?」

「ええ、正直、悪くないわ。――結構暇だけど」


 口調を変えて話しかけてくるマムに、軽口まじりの返事をする。その言葉に、笑いながら「まあ、僕たちも今までは結構暇でしたしね」とエフィム。そんな彼にマムは、少し表情を作ってから話しかける。


「こいつはアタシが手塩にかけて育てた大切な()だ。ろくでもない扱いをしたらただじゃおかないよ」

「もちろん。僕も、彼女にはしっかりと仕事をしてもらうつもりですよ」


 そんな話でそれぞれが笑い合って。とっくに覚めてしまった飲み物を口に含む。ミルクと砂糖をふんだんに使ったであろう、甘い飲み物。その口当たりと甘さで誤魔化してるけど、この茶色の何か、実は相当に苦いんじゃないかしらと、そんなことを思ったところで、部屋の奥の棚から届く物音。そちらに視線を向けると、黒猫ミーニャが棚から降りたところ。


――確かミーニャ、さっきまで棚の一番上にいたわよね。あんな高いところから飛び降りたのかしらと思って見ていると、音もなくいつのまにかテーブルの脇で丸まっていた子猫のリーニャの元へと歩いて、頭をペシっと叩く。


「みゃあ」


 そのまま、まるでリーニャに話しかけるようにひと鳴き。それを聞いて、一度こっちを見た後にテーブルの上に飛び乗って、再び突撃してくるリーニャ。


「話が終わったんなら受付まで連れてけってさ」


 えっ、何?と戸惑う私に、マムの言葉。その言葉に、思わずリーニャとミーニャを交互に見る。この子たち、人間の言葉がわかるのかしら? 視線の先で手を伸ばしたエフィムを避けるように距離をおくミーニャに、そんなことをふと思った。

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