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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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8.今後に向けて(1)

 マムが帝国から帰ってきてから二週間ほど経過して。エフィムとミラナは、最近、新しくアイスクリームを取り扱うようになったとある飲食店を訪れていた。店の前には、一時的に置かれているであろう簡素な屋台。その屋台に大きく掲げられたメニューを見ながら、二人は、屋台の中でにこにこと営業的な笑顔を浮かべる店員に注文をする。


「バニラアイスを二つ」

「ありがとうございます〜。トッピングはいかがされますか〜?」

「そうだね。僕はチョコソースにアーモンドで」

「私はそうね……その『葡萄の蒸留酒(ブランデー)』でお願い」

「かしこまりました〜。少々お待ちください〜」


 にこやかに受け答えをする店員。屋台の内側、客から見えないところに置かれたアイスクリームが入った器から、大きなスプーン(ディッシャー)を使って一人分を器用に丸めて、器の中に盛り付ける。そのまま台の上に置いて、手早くトッピングをふりかける。


「おまたせしました〜」


 ほとんど待たずに出てきたアイスクリームを感心しながら受け取るエフィムとミラナ。そのまま、屋台のすぐ近くに置かれた簡素なテーブルに目を走らせて、どの席にしようかと、軽く言葉を交わしあった。


  ◇


「……すごい物を頼むね」


 注文したアイスクリームを持って、エフィムと二人、空いた席へと移動して。さっそく食べようとアイスクリームをスプーンですくおうとしたところで、エフィムのそんな言葉が耳に入る。横を見ると、こちらのアイスクリームに興味津々な彼。トッピングのブランデーがとても気になるらしい彼に、軽く肩をすくめる。……エフィムも、「晩餐会」の時は食事と酒の取り合わせに相当なこだわりを持っている。なのに、デザートにアルコールをあわせると驚くのは、そうね、きっとこれも帝国人と街の人間の違いなのだろうとは思うのだけど、少し面白い。


「それにしても、まさかアイスクリームを屋外で売るとは思わなかったよ」

「……そうね、確かにそれは珍しいかも」


 再びこぼすようにつぶやくエフィムに、今度は同意をする。確かにアイスクリームを野外で売るのは珍しい。きっと今は人目につくことを優先しているのだろう。物珍しさもあってそこまで売れ行きも悪くなさそうと、周りを見て思う。


「出し方も上手いよね。これなら、何度来ても飽きそうにない」

「そうね。よく考えられてると思うわ」


 アイスクリームの売り方を褒めるエフィムに頷きながら、思う。メニュー自体はそこまで多くはない。私たちが伝えたバニラアイスに、この街に元々ある果汁(ベリー)味のシャーベットを数種類。だけど、その上から「トッピング」として、果汁を煮詰めたシロップや、チョコレートやアーモンドといった外国産の甘い菓子、大麦や小麦の粉から作ったクッキーのようなものまで用意されていて、それらを組み合わせることで、何十種類もの味を味わえるようになっている。


――そう思いながら、エフィムが注文したアイスクリームを見る。「チョコソース」に「アーモンド」。当然、マムが帝国で買い付けてきた物なのだろう。それらが、まるでバニラアイスに合わせるために買ってきたかのように錯覚しそうになる。


「僕たちがバニラアイスを出したのと、マムさんがこっちに戻ってきたのは、ほぼ同じタイミングだからね。バニラアイスのために準備したんじゃないはずだよね。……それにしては、よく合うけど」


 エフィムも同じようなことを考えたのだろう、そんなはずは無いんだけどと笑いながら言う。


 そんな彼の様子に少しだけクスリとしてから、バニラアイスをすくって一口。バニラアイスとブランデーと混じり合った、どちらとも違う香りが口の中を通り抜ける。

 そんな、今まで食べてきたバニラアイスとはまた違う風味を楽しんでから、違う話題を切り出す。


「……で、マムはこの『バニラアイスを含めた様々な物』に関する情報を、組織には秘密にしていたのよね」

「まあ、組織から詳しい話が出なかっただけで、本当にマムさんが伏せていたのかはわからないけどね」

「組織は取引の拡大に踏み切った。試験的な商品も注文を入れた。でも、ここにあるような物には一切触れてこなかった。なら、マムが情報を伏せてたと考えるのが自然じゃないかしら?」


 私の言葉に、エフィムが笑う。彼もきっとそのことはわかっているのだろう。それを確たる証拠が無いからと言って保留するのは、意外と慎重なところがある彼の性格か。


 そんな彼の様子を見ながら、思い出す。マムが帰ってきてから数日後、レヴィタナ伯を交えて、組織と次の商売についての相談をした日のことを。


  ◇


「元気そうだね、スヴィ」

「……ご無沙汰ですわ、お父様」


 組織との打ち合わせのために街に来たレヴィタナ伯を迎えるために駅へと訪れた私たち。列車から降りて早々、私たちを見つけたレヴィタナ伯は、まずは自身の娘であるスヴェトラーナに、気さくに声をかけてくる。上官のエフィムよりも先に自分に挨拶したのが少しひっかかったのだろう、ほんの少し、ため息まじりの間を置いてから言葉を返すスヴェトラーナ。


 そんな彼女の様子を気にした様子もなく、レヴィタナ伯は、続けてエフィムに挨拶をする。


「久しぶりだね、エフィム君」

「お久しぶりです、レヴィタナ伯」


 元々交流もあるのだろう、エフィムにも親しげな挨拶をするレヴィタナ伯。そんな彼を見て、ふと思う。……スヴェトラーナは基本的に公私の区別をつける人で、今は公務の時間。親子だからと言ってエフィムよりも先に挨拶をするような行動は好まない。

 それとわかって、多分、からかい混じりであえてそういう行動を取るレヴィタナ伯に、しょうがないといった風に受け入れるスヴェトラーナ。何事もなく受け答えをするエフィム。こういうことが「おふざけ」でできるくらいには仲がいいのだろうと、そんなことを思う。


「……で、こちらが噂の『ミラナ嬢』で良かったかな?」


 エフィムに問いかけるレヴィタナ伯。その言葉に頷くエフィム。レヴィタナ伯がこちらに向き直る。


「はじめまして、ミス・ミラナ。お噂はかねがね聞き及んでおります」

「はじめまして、レヴィタナ伯。私もスヴェトラーナにはお世話になっています」


 レヴィタナ伯と挨拶を交わして、握手をする。ちょっと「スヴェトラーナにお世話になってます」は余計な一言だったかしら、でも向こうもちょっと余計よね、なにかしら、噂ってと、そんなことを思いつつ……


  ◇


 そうして、レヴィタナ伯と駅での対面を終えて。馬車に乗って、飛び領地邸へと移動する。移動中も含めて、飛び領地邸で慌ただしく情報交換をするエフィムとレヴィタナ伯。そうして意識合わせをした後、十名弱の兵士を警備として引き連れて、組織の屋敷で行われる打ち合わせへと出発する。


 飛び領地邸では、レヴィタナ伯を迎えての晩餐に向けて、執事のドヴォルフの指揮の元、準備が着々と勧められる。……とはいえ、その仕事は、侍女のホーミスやハウスメイドのカクシーミアさんが取り仕切る仕事。リジィや数人の兵士たちが手伝いに駆り出されているが、私にはあまり関係がない。


……そして、もてなす相手がレヴィタナ伯だからか、スヴェトラーナもどこか手持ち無沙汰に時を過ごしている。――どうも、ここの使用人たちは、レヴィタナ伯をもてなすのにスヴェトラーナが口を出すと調子が狂うらしい。「困ったものですわ」と苦笑いしながらこぼすスヴェトラーナが印象的だった。


「……プリラヴォーニャも駆り出されたのですか?」

「ええ。なんでも『街の料理に詳しい人の意見がほしい』そうで」


 エフィムの執務室でのんびり優雅に、どこか所在なさげに茶を嗜むスヴェトラーナに相伴して。主人の居ない執務室でくつろぐのも変な話だけど、スヴェトラーナの執務室は今や晩餐準備の司令室。そして、プリィが駆り出された以上、私の私室には誰もいない。結果、ここが避難場所として機能している状態。


 そうして、エフィムたちが帰ってくるまで、彼の執務室で、のんびりとした時間を過ごしていた。


  ◇


「どうでした?」

「ふむ。正直、予想以上でしたよ。待った甲斐がありましたな」


 スヴェトラーナの質問に、満面の笑みをうかべるレヴィタナ伯。その彼の言葉にエフィムも頷く。


「とりあえず、組織はゴルディクライヌの取引量を引き上げることに同意したよ。今までの三倍くらいを目指すって。……と同時に、帝国産の酒を使った『ゴルディクライヌ同等品』を扱う気はないかという話を向こうからもちかけられてね。帝国産の酒を組織が輸入してゴルディクライヌと同じ香り付けをしてから輸出する、そんな話だね」


 エフィムの説明。その話の最初のところで頷いて、後半の言葉に考える。いくらゴルディクライヌが金になるからと言っても、唐突に生産量を増やすなんてことはできないはず。今まで様子見だったとはいえ、元々帝国に売るなんて考えていなかったのだから、三倍程度が限度なのだろう。


――が、ネックになっているのは(アルコール)の生産で、そこをどうにかすればもっと作ることができると、これはきっとそんな話。


「ゴルディクライヌという酒を増産するのは難しい、ですが他の酒をゴルディクライヌにするのはそこまで難しくないと、そんな話でしたな。細かいところはもう少し詰めないといけませんが、なかなかに興味深い話です」


 この提案に、レヴィタナ伯も興味を覚えた様子。……確か、以前聞いた時は「様子見しながら少しずつ取引量を増やしたい」という感じだったと思うのだけど。一度に何倍も増えて問題ないのかしら。


……と、そんなことを思ったところで。一旦話を締めくくるように、気軽そうな口調でエフィムが言う。


「その『ゴルディクライヌ同等品』を、サンプルとして何本かもらってきたからね。皆で晩餐の時に味見してみようか」


 その言葉を聞いて思う。――今日の晩餐のデザート、バニラアイスだったはずだけど。そのお酒がゴルディクライヌと同じように「薬のような味」のするお酒だったら、ちょっと合いそうにはないわね、と。

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