表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第一章 娼館[デュチリ・ダチャ]
6/85

5.専属娼婦(1)

2021/09/24 サブタイトルを「5.専属娼婦の仕事(1)」から「5.専属娼婦(1)」に変更。

 仕事の依頼から三日後の、「若い野心家の彼」の仕事の日。昼下の鐘と共にデュチリ・ダチャを出る。向かう先は歩いて十数分の場所にある、娼館の外の「自分の部屋」。彼との待ち合わせと仕事の準備のため、少し早めに移動する。


 色街から少し離れた通りにある、娼婦としての仕事部屋。手頃な個人用の住居が立ち並ぶ風景に溶け込みそうな、ささやかな大きさの物件。「店」と「生活のための部屋」が区切られた、独り身で商売をするのに適した作りになっている。……まあ、娼婦としての仕事部屋はその「生活のための部屋」の方だけど。


 娼婦としての仕事の部屋なんて、どこも同じ。でも、いつかこの「店」の方を私の仕事場所にしてみせる。――そんな私の希望に満ちた場所。

 今日、「野心家の若い彼」を相手に「娼婦の仕事」をするのも、全てはその日のため。そう心の中でつぶやいて、「店」の扉をあける。


 たった数人で手狭になりそうな、ささやかな広さの「店」。入口の右側には、座り心地のいいソファに囲まれた二組のテーブル。左側には会計のためのほんの小さなカウンターと、ガラス戸のついた棚が二つ。

 片方の棚にはグラスと、あとは見栄えのいいお皿が、半ば飾られるように並べられている。もう片方の棚には酒の瓶がいくつか。普通に飲まれている手頃な酒と、組織謹製の蒸留酒(スピリッツ)ゴルディクライヌ、あと交易屋からの伝手で手に入れた帝国製や外国製の珍しい酒も、少しだけだけど並べてある。


……色々とそろえているのにゴルディクライヌを好んで飲む人が多いのは、少し不満。本当、30ルナストゥもするお酒よりも5ソルストゥのお酒の方がよく飲まれているのは本当に不思議。


 大金で私を買う人たちが、軽食よりも手頃な値段の、薬のような香りがする安酒を好むのは、ホント、どういうことなんだろう。


  ◇


 専属娼婦が外に作る「自分の部屋」は、一人一人違う。でも、一つ共通点がある。皆、「娼婦のあと」を見据えた「店」を、部屋の中に作る。――娼婦として稼げるのはせいぜい20代まで。それを過ぎれば食いつなぐのに精一杯になって、やがてそれもできなくなる。だから皆、それを見据えて、店を作る。


「客なんかあてにするな」


 マムが口癖のように言う言葉。人の一生を金で買うようなお人好しなんていない。女を高値で、見栄で買うようなロクデナシを当てにするなんて間違ってるって。


 誰もが、その言い分が正しいことを、嫌というほど知っている。もう二度と、自分を誰にも買わせたりしない。稼げるうちに稼いで、投資して、自分の力で生きていけるようにする。専属娼婦はみな、そう思いながら生きている。


 私たち専属娼婦は皆、マムに金で買われた人間。その対価は負債となって、私たちを縛る。マムに対価を支払わない限り、私たちはマムの所有物。娼婦として生きるしかない。――そして、娼婦として稼げなくなったら切り捨てられる。マムもそう公言している。あの人は決して甘くはない。


……だけど、実のところ、私たちが抱える負債はそこまで高くない。組織は私たちを、驚くような安値でマムに売る。そしてマムも、容赦なく値切る。その結果、私に付いた値札はたったの600ルナストゥ。普通の人の半年分の給金程度で、私たちは自分を買い戻すことができる。


 その気になれば、1、2年程度で娼婦をやめることもできる。でも、生きるのには金がいる。金を稼ぐには仕事がいる。デュチリ・ダチャの元専属娼婦なんて面倒な女を雇うところなんて無い。野垂れ死にしたくなければ、自分で稼ぐしかない。


 だから、私たちは外に「自分の部屋」を建てる。娼婦でなくなっても生きていけるように。ここを、自分の城にして、自分が主となって歩くために。


  ◇


 窓を開けて、店と部屋の空気を入れ替える。壁に埋め込まれた薪ストーブに火を入れる。部屋の埃をはらって水拭きする。……やがて、「夕の鐘」が鳴り始めた頃には、一夜の客を迎え入れるための準備も終える。


 パーティの始まりは「夕日の鐘」。まだ少し早いかしらと思いながら、パーティ用の、少し抑え目のドレスに着替える。

 あとは、若い野心家の彼が来るのを待つだけ。それまで本でも読もうと考えて、何となく気が乗らず、店の中を散歩するようにゆっくりと歩く。コツコツコツ、自分の靴音を聞きながら、彼が来るのを待つ。


 そうして、何十分かして。ごうんごうんと、店の扉の叩き金の音が響く。


「はーい」


 扉の外で待つであろう彼に届くよう、少し大きめに声を出す。すぐに出れるよう準備してあった余所行きの小さなショルダーバッグを肩にかけて、外套を手にする。そして、少しだけ速足で、店の扉へと向かった。


  ◇


 店の扉を開ける。扉の向こう、目の前には、なんとなく組織の若い衆の好みそうな、少し崩した派手目な装いをばっちりと決めた彼。あら、思ったよりも似合ってると思ったその直後、彼の後ろに馬車が停まっているのを見て、軽く笑いをかみしめる。


 昔は馬車もよく使われていたらしい。だけど、国境の河グラニーツァリカが氷の河になって、元あった国が消えてから、馬車は街の中だけを歩く乗り物に変わる。……正直、見栄をはる以外に使い道がない。馬車というのはそういう乗り物だ。


……さてこの見栄は、私に対してか、組織に対してか。そんなことを思ったところで、私の表情から何かを読みとったのか、馬車へと向かいながら、彼が聞いてくる。


「おかしいか?」

「少し大げさに感じるわ」


 彼の問いに正直に答えながら、彼の半歩後ろを、彼とともに歩く。そんな私のために、彼は馬車の扉を開く。


……そこでようやく、御者がいないことに気付く。少し不思議に思いながら、彼に勧められるがままに馬車に乗る。彼が扉を閉める。二人乗りの小さな馬車の中に、ひとりぽつんと残される。


 やがて、目の前の連絡窓に、御者台に座ったであろう、彼の後ろ姿。


「御者の方は?」


 少し想像と違う展開に、御者台に座る彼に声をかける。そんな彼からの、驚くべき返事。


「自分で動かせるのに、金を払って雇うのは馬鹿馬鹿しいだろう」


 見栄で馬車を手配したなら、普通そこはケチらないわよね。なんて言うか、ちょっと不思議。一体どうしたらこんな風になるのとそんなことを思っている間に、静かに馬車は走りだした。


  ◇


 馬車をゆっくりと走らせる彼。その慣れた様子を見ながら、世間話に、この馬車の顛末を聞いてみる。それはある意味、とても興味深い話だった。


「……だから、帝国だと宴に女性を招く場合は、馬車は必須だな」


 彼が言うには、壁の内側、帝国のドレスはもっと華やかで、そのまま会場に来ると、変に注目を浴びてしまう。だから、女性は馬車に乗ってくるのが一般的みたい。

 で、交易屋、帝国との密貿易を生業とする彼は、そんな帝国の社交界の知識はあったけど、組織流のパーティーがどんなものかは詳しくなかった。で、彼を招待した組織の人に聞いてみたら、こちらでも女性をエスコートするのに馬車を使うことがあると聞いて、彼もそうしたと。


 つまり、彼は組織の人に「女性を招く上でのルールとして」馬車のことを聞いたけど、多分組織の人は「見栄を張るのにそういう方法もある」という感じで返事をした。


 その結果、私のために馬車を呼んで、見栄を張る気もなかったから御者は雇わなかったと、そんな話。……違うかな。誰かに馬車を動かさせるのが「見栄になる」と、そういう発想が無かった感じに聞こえる。


 何ていうのかしら。思ってたのと違う彼の一面を見た気がする。それに、「帝国の社交界」なんてことを話す交易屋も初めて。もしかして彼、思ってたよりも興味深い人かもと、そんなことを思い始める。


――それにしても、「外を歩くと目立ちすぎる、外套でも隠せないほど豪奢なドレス」って、どんな服かしら。私のドレスとボリュームが根本的に違うなんて言われても想像つかないんだけど。そんなことを思いながら、馬車の中でひとり座りながら、しばらくの間、御者台に座る彼との世間話を楽しんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ