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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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7.意趣返し

 マムの件が発覚してから、一週間と少しが経過して。兵士たちの使い込みの調査をようやく終えた私たちは、エフィムの執務室に集まって、その結果をまとめた資料に目を通す。


 まず、兵士たちが使い込んだと思われる六百万ツァーリプードの内、使い道が特定できたのは約五百万ツァーリプード。その出費の中で一番多かったのは食事や軽食の類で、次いで服やアクセサリ、小物雑貨の類へと続く。ちなみに、ごく真っ当にデュチリ・ダチャを利用していた人も若干名と、そんな感じ。


 食事に関しては、細かいところは不明なまま。但し、各兵士たちの好むメニューは別途アンケートを取って、それなりに掴むことはできている。服や小物に関しては現物が残っていることも多く、比較的正確に把握できている。完全に特定するまでには至らなかったけど、悪くない結果だと思う。


 なお、真っ当なデュチリ・ダチャのご利用に関しては、金額としてはささやかだけど放置はできないということで、デュチリ・ダチャの女たちが使う色々な手口――主に私の知識――を周知、兵士たち全員に注意喚起を済ませたらしい。


 そうしてまとめられた資料に一通り目を通して、改めて感心するような声をエフィムが上げる。


「防寒具はこちらの方が性能がいい。アクセサリや小物の類はこの街独特の良さがある。ハンドメイドなのに高品質で価格も控え目なのがいいという意見が多いのかな。――意外といろんな情報が出てくるなぁ」

「そうね。結構な宝の山に見えるわ。……先を越されたけど」

「それはもう、仕方がないと思うことにしたよ。結局、僕たちはここのお金を自由に使うことができなかったんだから」


 帝国との取引が開まったのはついこの間。しかも、その利益はツァーリプードで積み上がっている。今の私たちがこの街の通貨を手に入れる手段は、本当に限られている。……この先、帝国製の品物が当たり前のように売れるようになればもっと簡単に手に入るようになるだろうけど、今は組織を通すしか、ここのお金を手に入れるしか方法が無い状態。


 マムはきっと、私たちのこの状況も見定めてたのだと思う。組織にも広げた情報網ととここの人たちとの他愛のない接触から、少しずつ情報をかき集めて。


……本当、外から見ると、あの人の厄介さがよくわかると、そんなことを思いつつ、この先のことをエフィムに尋ねる。


「で、これからどうするの?」

「そうだねえ。まあ、デュチリ・ダチャとの『交流会』は、別にこのまま続けてもらってもいいと思ってるよ。――お金の問題がなくなっても、僕たちが帝国人であることは変わらない。僕たちと並んで歩いてくれる現地人というのは、それはそれで貴重だからね」

「……そうね。閉じこもるよりはいいですわね」


 私の質問に、エフィムやスヴェトラーノフの、寛大とも言える返事。彼らは彼らで、貴族や政治将校たちとの「情報戦」の中に身を投じてきている。そんな彼らから見ると、今回のマムの行動は、いっそ清々しく見えるらしい。むしろ感心しているようだった。


 とはいえ、当然、それで黙って見てるわけでもなく……


「ただ、このデータはレヴィタナ伯にも送ろうとは思うけど」

「当然ですわね。精度は落ちますけど、これも十分に貴重な情報ですわ」


 こちらはこちらで、打てる手は打つ。その結果、マムが握ることになる情報の価値が相対的に下がることになっても、それは私たちの知るところでない。そう三人で頷きあう。もっとも……


「当然、マムさんもその位は想定してだろうしね」


 エフィムの言葉に再び、あたり前のように頷く。それは、言葉に出して確認するまでもない、全員が共通して抱く認識だった。


  ◇


 そうして、話が一段落ついたところで。エフィムが悪戯っぽい表情を浮かべながら、話し始める。


「で、マムさんへの『意趣返し』だけど……」


 エフィム発案の意趣返し。ここの兵士たちをまんまと市場調査に使われた件の仕返しに、マムの作り上げた「交流会」の仕組みを使って、こっちもマムに無断で市場調査をしてしまおうと、そんな悪戯めいた話。


――正直、それで何かが変わる訳じゃない。ただ、こっちも利用されっぱなしじゃないということを示しておこうと、その程度の話。ただ、その「手土産(しょうひん)」の条件が結構面倒で……


「帝国を通さないと手に入らない物で、庶民にも手が届く物。なおかつ『帝国の市場には無い物』ね。そんな都合の良い物、本当にあるの?」

「もちろん。僕たちも、ここで無意味に時間を過ごしていた訳じゃないよ」


 マムへの意趣返しである以上、マムが帝国で見つけてくるようなものでは意味がない。といって、誰も欲しがらないようなものでもダメ。普通の人が欲しがるような物でないといけない。そんな都合の良い物があるのかという私の疑問に、自信満々に答えるエフィム。


 彼らはここで、帝国とこの街にある物をかけ合わせた「新しいなにか」を作ろうと模索していた。そうしてできた物の中には、今回の「手土産(しょうひん)」に使えそうな物もいくつかあると、そんな話らしい。


「で、そうだね。僕はこれが一番いいかなと思うんだけど。……これなら、こちらから提供するのは香辛料だけでいいし、帝国でもそう簡単にはお目にかかれない。マムさんもたどり着けないと思う」


 そう言って、邪気のない笑顔を浮かべるエフィム。「香辛料は交易の王道だしね」と言いながら彼が示したレシピ。今まで何度か晩餐の席で食べたそのデザートは、確かにこの街にはありふれた冷菓(デザート)をでありながら、私たちの知らない味だった。


「香料と卵で作るアイスクリームねぇ」


 エフィムの選んだ「レシピ(しょうひん)」を見て、その不思議な味を思い出す。バニラエッセンスという名の香料を使った、ミルクそのままの真っ白な、なのにむせかえるような甘い匂いのアイスクリーム。


「昔はバニラも南方から輸入するしかない上に栽培が難しくて、かなり高価だったんだけどね。最近、帝国でもバニラを化学的に抽出できるようになってね」


 だから、帝国でもバニラという香料は庶民にはあまり馴染みがないけど、結構安く手に入れることもできて好都合なんだとエフィム。そうね、確かにそれなら今回の話にうってつけよね、そう思いつつ、思いつく限りの疑問点をぶつけてみる。


――エフィムたちのような帝国人と、私たちのようなグロウ・ゴラッドの人。その両者に隔たる常識の壁を壊して、変なところで足元をすくわれないように。


  ◇


 エフィムとミラナが熱心に意見を交わすのを横目に、「飲み物を用意させますわ」と席を立つスヴェトラーナ。そうして、少し離れた場所で立つプリラヴォーニャの方へと歩みよる。そんな彼女に、手際よく茶の準備をしながら、プリラヴォーニャが話しかける。


「楽しそうですね、あの二人」

「ミラナ様もエフィム様も、ああいうのが好きみたいですわね」


 小声で返事をするスヴェトラーナ。そんな彼女の言葉から「一応商売相手ですのに」とでも言いたげな空気を感るプリラヴォーニャは、やや明るい口調で言葉を返す。


「大丈夫ですよ。ああいうの、マムも結構面白がると思いますから」

「……それだと、意趣返しにはなりませんね」


 そんな風に言葉を交わして、笑い合う二人。そうしてしばらく笑いあったあと、スヴェトラーナが、ずっと思っていたであろう疑問を口にする。


「……ですが、本当にこの街で冷菓なんて売れるのですか?」


 その言葉を聞いて、プリラヴォーニャは思う。エフィムが選んだバニラアイスという「手土産」は、元々は帝国から来た客に出すために準備しておいたデザートらしい。それが本当にグロウ・ゴラッドで売れるのか、スヴェトラーナには疑問なのだろう。そのことを少しおかしく感じながら、プリラヴォーニャは言葉を返す。


「別に、冷たい飲み物だってありますし、冷菓だって普通にありますよ」


 どうも帝国人には「冷菓は暑い時期に食べるもの」という常識があるらしいと。なんでそんなことを思うのだろうとプリラヴォーニャは不思議に思う。


……もっとも、そのプリラヴォーニャも、暑いのにどうやって冷菓を作るのか、そっちの方が不思議ですと、あまり帝国人が考えないようなことを思ってたりもするのだが。その考えをスヴェトラーナが知れば、きっとこう言うだろう。――暑いからこそ、冷菓は驚くような高値で売れるのですわ、と。


  ◇


 そうして、一通り話を終えたところで。話はまたもや、神父様から届いた手紙の内容へと移る。そこには当然、マムのことが書かれていて……


「えっと、マムさん、猫を連れ帰るみたいだね。……三匹も」


 デヴィニ・キリシュラッドで見かけた野良猫に興味を持ったマムは、グロウ・ゴラッドに連れ帰っても問題ないか、神父様に相談をする。そこで、持ち帰るのは構わないが放し飼いされているだけの可能性もある猫よりは、誰かから正式に猫を貰い受けた方がいいと提案されて、その言葉にマムも納得して頷いたらしい。


「……マム、まさかとは思うけど、猫を商品にするつもりじゃないわよね?」

「それ、神父様は真っ先に聞いたみたいだけど、どうやら違うみたいだね」


 元々、マムは猫という動物のことを知っていて、興味はあったみたい。……さすがに今回の旅行ではそんなことは忘れていたらしいけど、偶然見かけて、餌で釣って触れてみて、気に入って神父さまに相談したと、そんな流れらしい。で、神父様も、ちゃんと飼えるのなら異論はないみたいで、教会で飼い方を学ぶのを条件に連れて帰ることが決まったらしい。


「……で、二匹ほど手配をしたんだけど。その直後に、最初に見つけた野良猫が神父様の教会までこっそりついてきたみたいでね。で、結局その野良猫も併せて三匹、連れて帰ってくることになりそうだって」


 どうやら、僕たちよりもその野良猫の方がマムさんを困惑させそうだねと、軽い口調のエフィム。その言葉に少し笑う。どうもその野良猫は結構食い意地が張ってるみたいで、マムを見つけるたびに、餌をくれとまとわりついてたらしい。で、マムも面白がって餌をやってたんだけど、とうとうマムたちに気付かれないようこっそりと教会行きの馬車に乗って、神父様の教会までついてきたらしい。馬車から降りたときにあたり前のようにマムの足元にまとわりつく野良猫に、さすがのマムも少し呆れた表情を浮かべてたらしい。アレはきっと、ジメンとソラがイレカワルほどにメズラシイですと、神父様がとても彼らしい表現で、マムの驚きと呆れを手紙に書き記していた。


  ◇


 そうして、エフィムたちは交流会に向けて、「手土産(しょうひん)」の準備を進める。……とはいえ、準備をするのはアイスクリームの中に入れる香料、バニラエッセンスとレシピ程度。後は次の交流会が決まったら、事前に店に行ってそれらを渡して、作り方を伝受するだけのこと。すんなりと準備を終えて、次の交流会の日を待つだけとなる。


 神父から届けられる手紙は相変わらずで、マムの動静と猫のことが半々程度。マムは結構な勢いで様々なものを買い進めているらしく、思ったよりも早く帰ることになりそうだと、神父様の表現で綴られていた。……あとはそうね、三匹の猫に、それぞれ名前が付けられたみたい。黒猫のミーニャ、白猫のスーニャ、まだら模様の子猫リーニャ。全てマムが命名したらしい。なんだかんだでマムも猫のことを気に入ってる様子なのが伝わってきて、少し興味を覚える。


……と、そんな感じで日にちは過ぎて。そうして、マムが帰途につく数日前。次の交流会の日を迎える。

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