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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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5.マムの思惑(1)

本日、二話同時に更新していますので、ご注意願います。(一話目)

 兵士(ここのひと)たちが私の古巣――というほど時間も経っていないけど――のデュチリ・ダチャに六百万ツァーリプード、約二千ルナストゥという大金をつぎ込んでいたという事実が発覚して。エフィムとスヴェトラーナが相談をして、とにかく現状を把握しようと決まる。


 で、まずは兵士たちから話を聞こうということになったんだけど……


「……と、いうことで。悪いけど、少しの間、広間あたりで待っててくれるかな」

「そうですわね。『夜、どれだけお金を使ったか』なんて、私たちがいたら話しにくいでしょうしね」


 ややバツの悪そうなエフィムの申し出に、当然のように頷くスヴェトラーナ。……そうね、私も、ここの人たちがデュチリ・ダチャの女と何をしていたのかなんてことを、本人たちの口から聞きたいとも思わない。プリィと二人で頷く。


 そうして、自身の執務室へと移動するエフィムを見送る。この後、彼は部下を一人ずつ呼び出しては話をするらしい。それもなかなかに大変そうねと思ったところで、スヴェトラーナが話しかけてくる。


「どう思いますか?」

「……正直、ピンとこないわね。どれだけ儲けても、変な反感を買えば後々やりにくくなる。マムならそう考えそうだけど……」


 スヴェトラーナの質問に、感じたことを正直に伝える。……なんと言うか、マムは聖人君子とはかけ離れてるし、むしろ色んなことを強引にねじ込んでくる人ではある。――でも、だからこそだろうか、無駄に反感が残るようなことは避ける人だと思うのだけれど……


 そんな感想を抱いた私に、スヴェトラーナが、さらりと聞いてくる。


「別に、ここの兵士たちが勝手に、デュチリ・ダチャの(ひと)たちに入れ込んでいるだけではないかしら?」


 スヴェトラーナのやや冷淡な、質問の形をした感想。その言葉になんというか、少し「お硬い」空気を感じて、心の中で少し微笑ましく思いながら。さて、どう言えば彼女に伝わるだろうと少し考えて、例え話をしてみる。


「……例えば、自分の親しい人が商売女に大金をつぎ込んでたら、どう思うかしら?」

「『何を馬鹿なことをしてるのですか』と蹴飛ばしますわね」


……ここで、相手の女ではなく男の方を蹴飛ばすと答えるのは、スヴェトラーナらしさなのだろう。この数週間でわかってきた彼女の性格に少し笑いをこぼす。


 と、私の言いたいことは伝わったのだろう、納得をしたスヴェトラーナの表情を見て、ふと思う。


――さっきの質問、きっとリジィを思い出しながら答えた気がするわね、と。


  ◇


 スヴェトラーナたちがそんな話に興じていた頃。エフィムの指示で彼女たちを呼びに行ったリジィは、唐突なくしゃみに、素早く取り出したハンカチを口元に当てる。


「くしゅっ」


 音を立てないよう、静かにくしゃみをするリジィ。特に幼少の頃、リジィはスヴェトラーナに、挨拶やマナーについてよく注意を受けていたせいだろう、自然な動きでハンカチを折りたたんで、ポケットに戻す。


……初めは子供同士のかわいらしい背伸びだったスヴェトラーナの注意。それが、気がつけば逆らえなくなってしまったのはいつの頃か。とはいえ、まさか、例え話で商売女につぎ込んだ上に「馬鹿なことを」と蹴飛ばされる役になってるなんて夢にも思わないまま、リジィは彼女たちのいる玄関ホールへと出る。


「いたいた。エフィム様が来てくれって」


 広間の片隅で談笑する三人を見つけて、気軽に声をかけるリジィ。その声に、スヴェトラーナとミラナは、何事もなかったかのように席を立つ。


……遅れて、少し慌てて席を立つプリラヴォーニャ。彼女が一瞬だけ視線をそらすのを見て、ほんの少しだけ「おや?」と思いつつ。すぐに、彼女たちを先導するかたちで、エフィムの部屋に移動を始めた。


  ◇


 そうして、エフィムの執務室へと入って。案内された応接用の椅子に座って、あらかじめ座っていた兵士から話を聞く。


「どう思う?」


 エフィムの問いかけに、「そうね、ちょっと興味深いわね」と答えてから、少し考える。


 デュチリ・ダチャとここの兵士たちがそれぞれ五人前後で、程よく気安い「親睦会」を開く。一回あたり一万五千ツァーリプード、五ルナストゥくらいというから、「気安い親睦会」にしては高いと感じるけど、どうやら男が女性の分を負担するという名目らしい。


 で、相手はデュチリ・ダチャの女なんだし、仲良くなったら指名して娼館(デュチリ・ダチャ)へというのが普通の流れだけど。なんというか、この「親睦会」は、そういう流れは皆無で、その代わりに……


「一、二時間連れ回して、一回あたり数千ツァーリプードの『プレゼント』ねぇ」


 そう独白して、考える。プレゼントと言っても一ルナストゥか、せいぜい二ルナストゥ程度というから、正直、安い。プレゼントの内容は人によってまちまちで、この人の場合は昼食と、あとテイクアウトの夕食と、一緒に飲むであろう数杯分の酒という、かなり生活感にあふれた「プレゼント」だったらしい。


 で、お金は男が帝国のお金(ツァーリプード)を預けて、女がこの街のお金に立て替えて、後でマムが両替をする。そうやってマムはここのお金を手に入れて、女はちょっとしたプレゼント、ここの兵士たちは帝国のお金で買い物ができると、そんなシステム。


「俺はまあ、月に二、三万くらいだと思います。全部でも十万はいってないはずです」

「使った内容は?」

「会の参加が数回と、さっきも話した飲み食いと、……あとは実家への土産かな」

「実家への土産?」

「手紙と一緒に、ちょっとした小物を同封して送ったんです」


 聞くと、どうやら彼は月に一度くらい、帝国にいる家族に手紙を送っているみたい。で、封筒に入る程度の小物程度なら、一緒に入れて送ることができるらしい。それを利用して、彼は妹さんにと、小さな髪留めを買って送ったと、そんな話。


「知り合いで、『プレゼント』を奮発した奴がいたんですよ。で、俺もたまにはそういうのも良いかななんて思って、それとなく聞いてみたんだけど。そしたら、『私よりも、家族になんか送ってあげなよ。大事なんだろ?』なんて言われてさ。……まあ、結局翌月には彼女にも贈ったんだけど」


 その言葉に、きっとその髪留めも「お相手」の意見が反映されてそうねと思う。健全そうに見えて、実は少しずつ、蹴飛ばされる未来に向かって着実に歩を進めてると、そんな感じかしら?


……と、そうね。何となくだけど、マムが何をしているのか、わかった気がする。


「念のためですが。彼がどのくらいお金をおろしたか、確認してもらうことはできますか?」


 そうスヴェトラーナに依頼をする。「そのくらいはできますけど」そう彼女は返事をして、兵士に承諾を求める。「構わないけど。……俺、なんか悪いことした?」そう戸惑いながら尋ねる兵士。


「別に、問題がある訳じゃないわ。ただ、詳しく知っておいた方がいいかも知れないと、そう思っただけ」


 そう、ここにいる人たち全員に伝えるつもりで返事をして。そうして、一通り話を聞いて、聞き取り調査は一旦終了。兵士に退出してもらう。


 そうして、私たちだけになった部屋で、ふうと一息。


「正直、若々しくてクラクラしたわ」


 小声でそうつぶやくと、その言葉が聞こえたのだろう、肯定も否定もしにくそうに、プリィがあははと笑った。


  ◇


「うまいこと考えるよね。これなら僕たちも反感を持ちにくいし、デュチリ・ダチャの人たちが『本来の商売』をするよりも効率よくツァーリプード(ていこくのおかね)を手に入れることができそうだ」

「そうですわね。こういう内容なら、私も、蹴飛ばそうとは思いませんわ」


 リジィの目の前でしれっとそんな事を言うスヴェトラーナ。一瞬で誰のことを指しているのか気付いたのだろう、リジィはやや大げさに呆れた身振りをする。それを見たプリィが吹き出しそうになるのをちらりと見てから、そっと呟く。


「……あの人、間違いなく自分が思っているよりも使い込んでると思うわ」


 その私の言葉に、頷くエフィムとスヴェトラーナ。


「帳簿をつけてる訳でもないだろうし、そんなもんだよね」

「お金が無くなってから気づきそうですわね」


 私の言葉を世間話と思ったのだろう、気軽そうに軽口を言う二人。その二人に向けて、もう少し言葉を継ぐ。


「そうね。でも、マムはきっと、彼が何にお金を使ったのか、正確に把握していると思うわ」


 私の言葉に、少し首をかしげる二人。そんな二人に、先ほど思いついた「マムの思惑」を話す。


「……これは推測だけど。多分マムは、ここの人たちから帝国のお金を手に入れるだけじゃなくて、どういう風にお金を使うか、その情報も集めてたんだと思うわ。――だから、わざわざ帝国まで足を運んだ。手に入れた『帝国人の金銭感覚』という情報が正しいか、確認するために」


 私の言葉を聞いて、すぐに私が何を言いたかったのか気付いたのだろう、ぽんと手をたたくエフィム。


「――つまり、これも市場調査か。帝国人(ぼくたち)が、この街でどんな物を欲しがるのかを知るための」


 いち早く気付いたエフィムの、感心したような言葉。その言葉を聞いて少し考えるスヴェトラーナ。そんな二人に頷いて、話を続ける。


「そうね。そうやって手に入れた情報を商売に活かすつもりだろうけど。でも、マムはきっと、もっと手っ取り早く元を取ると思う。――帝国人がこの街で何を買いたいと思うか、今一番知りたがってるのは組織のはずよね。だからマムは、この街に戻ってきたら、真っ先に、この情報を組織に売ると思うわ。――きっと、今回の旅費を回収するくらいには()()()()()んじゃないかしら」


 これまで不自然に、私たちと「商売の次のステップ」について話をすることを避けてきた組織。その組織が話に出てきたことで、再びエフィムが、少し考える様子を見せ始めた。

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