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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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3.マム騒動(2)

2/11 可読性向上のため全体的に修正。――話の内容はそのままですが、そこそこ修正しました。ごめんなさいです。m(_._)m

「失礼な。ウチはいつだって真面目だよ」


 帝国内地、帝都と辺境の中間点にある穀倉地域、デヴィニ・キリシュラッド。その片隅にあるデュ・センティエスィプリ教会の通信室。旧式の、スピーカーとマイクがついた通信機の前で、その通信機に向かって、そんな言葉を投げるマム。その言葉に、同じように通信機に向かって話しかけていたフェディリーノ神父が肩をすくめる。

 そんな彼の様子を視界の端に入れたマムは、まったく、こいつも食えないおっさんだねと、心の中でつぶやく。


――神の教会。異なる土地と土地とをつなぐ、旅人の信仰。それは同時に、様々な土地を渡り歩く旅商人の守護者という側面も持ち合わせている。が……


(それにしたってね。これじゃあ、守護者というより商人そのものじゃないか)


 見た目からしてどこか商人を思わせる、愛嬌のある太り方をした、揉み手が妙に似合う中年の男。聖職者の正装も似合っているのになぜか聖職者には見えないその男に、マムは思う。――グロウ・ゴラッドを出て一週間。ようやく旅の目的地に到着したと思ったら、最後にとんでもないのが待ってたねと。


 そうして、マムは思い返す。見知った交易屋を雇ってここまで来た、その道中のことを。


  ◇


「……超えられるもんだねぇ」


 たった今超えたばかりの壁に手を置きながら、マムはつぶやく。その隣では、言葉少なに、たった今使ったばかりの「壁を超えるための道具」を手際よく片付ける交易屋のトレーダ――以前ミラナに地精石を贈った交易屋――。……と、マムのそのつぶやきが聞こえたのだろう、トレーダはそのつぶやきに反応する。


「今回は荷物も無いからな。そこまで難しいことでも無い」


 普段は一人で、大量の荷物を抱えての壁超えになる。その荷物がない分、今回は楽な方だと言う男の言い分に、マムは肩をすくめる。


――グロウ・ゴラッドからここまで、犬ぞりで降り積もる雪の上を走ること三日。その最後を締めくくる、高さ約十メートルの、地平線の向こうまで続く「壁」。これらを、自分という「余計な荷物」を抱えながら、何の苦労も感じさせずにここまできた。それは、決して「簡単なこと」ではないはずだ。


 犬ぞりで走るルート上、人目を忍ぶように建てられた小屋には、十分な量の食料や薪、寝具があらかじめ準備されていたし、そんな事前準備は見えない所にもきっとあったのだろう。そのおかげで、何一つ不自由することなくここまで来ることができた。それは、壁超えに必要なものは何かを知り尽くしているからできることだろう。


(なんだけどね。が、どうにも本人は「そこまで難しいことでも無い」と、謙遜でもなく本気で思ってるみたいだからね)


 その超然としすぎた態度にそんなことを思うマム。と、そのよくわからない奴が話しかけてくる。


「夜が明ける前に(ここ)を離れる。今日は野宿になるが、大丈夫か」

「あいよ。こっちは素人だ。細かいことは任せるさ」


 トレーダの問いに、こういうのは専門家に任せるのが一番さと言わんばかりのマムの答え。その答えに一つ頷いてから、トレーダは自身の体にロープをくくりつけて、その端をマムに渡す。どうやらはぐれないようにするための措置らしいと、離さないようにそのロープを腕に巻きつけるマム。

 このまま、降りしきる雪にまぎれて壁から離れるというトレーダの説明を聞きながら、なんだか子供の遊びみたいだねとマムは感想を抱く。


 そうして、暗闇の中、二人は壁から離れるように移動を始めて、無言で歩き続けて。どれだけ歩いたのかもよくわからなくなった頃合いに、トレーダが立ち止まり、灯りをつける。


「もう灯りをつけていいのかい?」

「ああ。監視の目は壁の方に向いているからな。これだけ離れれば問題ない」


 その言葉に、足元を見るマム。さっきまで降っていた雪は止み、久しぶりに見る、むき出しになった草の地面。その光景に、なるほど、もうここは冬じゃないんだねと納得するマム。


「――こっちだ。今日はこの先にある林で野宿をする」


 そう言いながら、先導するように歩くトレーダ。彼の手にした灯りが「電気の灯り」であることに感心しながら、見逃さないように後ろを歩くマム。そうして二人は、無事に国境の壁を越えて、帝国の中へと入る。


――その日の夜、今回の壁越えでは最初で最後の「野宿」は、木々の間にハンモックを吊るして寝るという、マムの想像する野宿よりも遥かに快適なものだった。


  ◇


 翌日、二人は、帝国外縁部にある巨大都市へと入る。


――旧国境の前線要塞都市グラニーツァ・アストローク。帝国を訪れる者と去る者に溢れた、帝国内地の端に位置する国際交易都市。


 その巨大な街の、どこまでも人があふれる大通りを物珍しそうに見渡しながら、マムは隣のトレーダに話しかける。


「ミラナたちは、ここから一気にデヴィニ・キリシュラッドって街まで行ったそうだけどね」

「中央幹線列車に乗るには身分証がいる。仮に上手く紛れこんだとしても、列車内で確認される。俺たちは乗ることはできない。……普通の特急列車なら、よほど運が悪くない限りは、身分証が無くても問題ないが」

「でも、運が悪いと捕まっちまうんだろう? いいさ、ゆっくり行けば。金なら十分にあるんだからね」


 ミラナたちが乗った中央幹線特急列車は、密入出国や許可なく帝都に入るのを防ぐために、色々とチェックが厳しい。だから、中央幹線特急列車は使わずに鈍行列車で移動をしようというのが当初からの計画。


 その意味を確認しあうような会話を交わした二人は、ミラナたちが立ち寄ったデヴィニ・キリシュラッドという駅までゆっくりと、時間をかけた旅に出る。

 始発から鈍行列車に乗り、途中立ち寄った街で昼食を取り、通りかかった店を眺める。職業病だろう、掘り出し物が無いか素早く目を走らせるトレーダに、一般的に流通している品物の種類や値段を注意深く観察するマム。それぞれが、気になったところを手帳に書き残しながら、鈍行列車を乗り継いで先へと進み、行き着いた先の駅周辺で宿を取る。


 そうしてマムは、旅の先々で、帝国のありのままの日常を、自分自身の目で見て回る。それは、これまで集めてきた知識通りの帝国であり、自身の目で見聞きした初めて知る、実感の伴った帝国でもあり。そうして知識と実感が混じり合って、マムの中に、新たな帝国の印象が形作られる。


 そんな風に情報を集め、知見を深めながら、ゆっくりと旅を続ける二人。四日ほどかけて、デヴィニ・キリシュラッド駅へとたどり着く。


 有名なのかたまたまなのか、駅前で拾った馬車に「デュ・センティエスィプリ教会ってわかるかい」と伝えると、「あいよ」という二つ返事。そうして馬車に一時間ほど揺られて、フェディリーノ神父の管理する教会、デュ・センティエスィプリ教会に到着する。


 その教会は、立派な門構えに小ぶりな建物で。さまざまな土地の文化を少しずつ取り入れた様式が醸し出す独特な雰囲気に軽く口笛を吹いてから、マムとトレーダは教会の門をくぐる。


――そうして出会った、太った商人のような風体をした神父は、それまで見聞きした帝国の生の知識に負けないくらいに印象的だった。


  ◇


……と、マムがこの数日間のことを思い返していたところで。マムとフェディリーノ神父が静かになったからだろう、ようやく通信機から、エフィムの声が流れてくる。


「……で、本当のところ、どうしてそんなところにまで足を運んだんですか?」


 通信機から流れてくる声にマムは、なるほど、こういう風に聞こえるんだねぇと軽く感心しながら、通信機の向こうのエフィムに返事をする。


「別に、帝国ってのがどんな所か見れれば、どこでも良かったんだけどね。まあ、アンタらがこの教会で世話になったと聞いてわざわざここまで足を運んだのも事実だけどね」


 エフィムに話しながら、マムは思う。まあ、エフィムやミラナたちとつながりのあるこの教会なら少しぐらい長逗留しても帝国に売られることはないだろうと、そんな思惑があってここまで足を運んだのは確かだけどね。まさか、こんな愉快な愉快な人間が待っているなんて思ってもみなかったさ、と。


 と、その「愉快な人間」が、再び話しかけてくる。


「ワタシ、アナタのコト、知りまセン。突然コラレテモ、判断、デキマセン。ダカラ、手紙、書きました」

「何だい。ちゃんと手土産も渡しただろう?」

「ソデスネ! 貰えるモノはモロウトクネ。――デモ、見知らぬヒト、手土産もらっても、見知らぬヒトノママ、思いマスが、ドウでしょう?」


 その、ところどころに過剰に冗談を散りばめながら話す神父のキャラクターに、ほらね、万事こんな調子だ、まったく、こんな風に話しかけられたら、うっかり余計なことをこぼしちまいそうだよと、マムは肩をすくめた。


  ◇


「まあまあ、二人とも、笑いを取るのはその位にして。……そうですね、聞いた感じだと、その人は、マム本人で間違いないと思うよ」

「ヤッパ、ソウですかー」


 通信機に向かって軽口を叩きながら、フェディリーノ神父は思う。


 このマムという人物が辺境(かべのそと)から来たのは明白だった。何せ、その「手土産」の中には、辺境の地でしか作れないであろう冬精(ふゆ)精霊酒(さけ)、ゴルディクライヌを初めとした、帝国ではあまり見かけないような品々が取り揃えられていたのだから。


 その手土産を見たフェディリーノ神父は、即座にエフィムたちに連絡した方が良いと判断をして手紙をしたため、翌日には届くように手配をした。


 マムがフェディリーノ神父に渡した「手土産」は、換金性は低いが帝国人が好みそうな雑貨品やちょっとした嗜好品という、エフィムたちが取り扱いたいと思うであろう品物が取り揃えられているし、何より……


「まあ、持ってた金も、あと四十万ツァーリプードくらい残ってるからね。こいつが無くなるまではここに泊まって、色々と見て回ろうと思ってるよ」


 そんな手土産を準備できる人間が、一月くらいは過ごせそうな額の帝国通貨を持参して、こんな壁から離れた場所を訪ねてきたのだ。その事実は、エフィムたちにも知らせておいた方がいい。それが、マムとその手土産を見て、フェディリーノ神父の下した判断だった。

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