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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第六章 商取引
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1.続く取引

 帝国から戻ってきてから数日が経過した、三度目の取引の日。この前と同じように、エフィムとリジィ、私とプリィの四人で馬に乗って、列車の駅へと移動する。


「……なんだかんだで、毎回、駅に行くことになるわね」

「まあ、ピリヴァヴォーレさんがまた取引に立ち会いたいみたいだしね。しょうがないよ」


 なんとなく口にしてしまった、軽い不満の言葉。その言葉にエフィムが笑いながらフォローを入れる。


 あの駅は私たちではなく、帝国軍の管轄。荷物の積み下ろしくらいなら飛び領地邸にいる兵士たちだけで事たるけど、誰かが立ち入るとなるとそうもいかない。最低でもエフィムかスヴェトラーナ、もしくはリジィが立ち会わないといけないらしい。


……実は、私にもその権限はあるらしい。目的が商売に関係する場合においてのみ、私は准貴族、ミシチェンコフ家(リジィのじっか)の人たちと同じような権限を持っているらしい。エフィムの言葉を借りれば「帝都に入ることができるというのはそういうことだよ」らしい。正直、ピンとこないけど。


 と、そんなことを考えながら、後ろのプリィが操る馬にゆられる。……そうね、できるだけ早く馬に乗れるようになろうと、密かに思う。


  ◇


――話は、帝国から飛び領地邸へと帰ってきた直後にさかのぼる。


 各々が一度、それぞれの部屋に戻って身だしなみを整えてから、玄関ホールで待ち合わせて。全員が揃ったところで、スヴェトラーナを交えての報告会。

 まずはエフィムが手続きがつつがなく終わったことを報告。次いで私たちが、帝国で見聞きしたことを、軽い口調で報告する。


 そうして、私たちが帝国で見聞きしたことを報告して。最後にスヴェトラーナが、私たちが不在の間にこっちで起こったことを報告する。その内容を聞いて、エフィムが興味深そうに聞き返す。


「レヴィタナ伯から私信?」

「ええ。貴方たちが帝国に行くのとすれ違うように、お父様の手紙が届きましたわ。――そろそろ、こちらに来て話をしたいと」


 レヴィタナ伯。列車の先で荷物を受け取って帝国領内で売る、私たちの反対側にいる商売の責任者にしてスヴェトラーナの父親。その人からから来たという手紙の内容に興味を覚えながら、耳を傾ける。


「まずは商売についての現状報告。『デュチリ・ダチャの地酒――ゴルディクライヌ――はそこそこ好評。商売としての手応えも悪くない。……ただ、取引先がこの街に抱いている感情はやや微妙。ごく一部から、払拭しきれない負の感情を感じる。が、多くはこの街に対して無関心で、ゴルディクライヌも少し珍しい酒として受け取られている。様子を見ながら、少しずつ取引量を増やしたい』と、そんな感じのようですわね」


 その話を聞いて、「この街に対して無関心」という言葉に、少し拍子抜けする。そんな私とは違う印象を持ったのだろう、「まあ、そんなところだろうね」と納得するように頷くエフィム。


「そんなところなの?」

「まあね。……この街の人たちも、帝国のことを良くは思ってないだろうけど、そんなのはお構いなしに壁を超えて商売してるじゃないか。それと一緒だよ」


 そんな彼の言葉をしばらく考えて、なるほどと納得する。確かに、帝国に反感を覚える人でも、交易屋――帝国と辺境の間にある壁を乗り越えて商売をする、帝国にとっての密輸業者――から入ってくる品物まで否定する人はほとんどいない。


 何より、今となっては、帝国に反感を抱く人自体が少数派。昔のことを覚えている老人か、ケムリ(くすり)に手を出した人の関係者くらいだろう。


 と、そんな感じで、商売の現状報告は終わり。レヴィタナ伯がこちらに来る話は、一度組織に話を通してから決めようということになって。


――そうして最後に、スヴェトラーナが、留守中に起きたもう一つのことを、さらりと報告する。


「……あとは、そうですわね。その組織から、一つご要望。ピリヴァヴォーレ様が、もう一度、駅での商品の積み下ろしの様子を見たいとのことですわ。なんでももう一人、見せておきたい人がいるとか」


  ◇


 と、そんな訳で。私たちは三度(みたび)、駅へと足を運ぶことになった。


 一度目は実際の取引がどのように行われているのかを知るために。

 二度目はそのまま列車に乗って帝国へ行くために。

 三度目となる今回は、ピリヴァヴォーレの「もう一度取引の様子を見たい」という要望のために。


……それが悪い訳じゃない。けど、ただ同じことを繰り返しているだけのようにも感じてしまう。


 と、そんなことは微塵も考えていなさそうなエフィムが、どこかのんびりとした口調で口を開く。


「まあ、彼と話したいこともあるしね」

「話したいこと?」

「この先のこととかね」


 もちろん、レヴィタナ伯のこととかもだけど。でもそろそろ、もう少し先のことを考えてもいい頃じゃないかな。そんな彼の言葉に、そろそろ次に進みたいという意思を感じる。


 と、そんなことを話しながら、駅へと続く道を進み。やがて駅へと到着する。


「おう、嬢ちゃんら、帝国に行ってたんだってな。無事に帰ってきて重畳なこった」


 プリィの手を借りて馬から降りたところで、先に到着していたピリヴァヴォーレに声をかけられて。……そんな彼を無視しながら、その傍らに佇む「もう一人」をジト目で見る。


「……こんな所で何してるのかしら?」

「その言い方はひでぇなぁ。……ピリヴァヴォーレの旦那に声かけられてたんだよ。とりあえずオマエも見とけってさ」


 見飽きるほど見てきた昔なじみの顔を見て、声をかけて。いつものように飄々とした返事を聞いて。ふと、そういえばドミートリと会うのも久しぶりかしらと、そんなことをふと思う。


  ◇


「ま、そういう訳だ」


 そう言いながら、リジィが開けた扉から駅の中へと入っていくピリヴァヴォーレと、その彼にひょこひょこっとついていくドミートリ。その後ろ姿に声をかける。


「貴方、言うほど暇じゃないわよね? あい変わらず、代わりもいないんでしょ?」

「そいつは、ピリヴァヴォーレの旦那に言ってくれよ……」


 ドミートリの役目である、デュチリ・ダチャと組織との連絡役。その役目自体は、そこまで忙しい訳じゃない。……けど、デュチリ・ダチャというのは、()()マムの本拠地(ホーム)。そこにいるのは、全員マムの手駒。そこに組織の看板を背負って出入りするというのがどういうことなのか。ああ見えて、実は相当に器用な立ち回りが求められる仕事のはず。


……少なくとも、綺麗どころに鼻の下を伸ばすような典型的な「若いの」にはとてもじゃないが務まらない仕事だ。そのくらいには、コイツの仕事は変えがきかない。


 なのに、その当の本人は、そうは見えないような飄々とした態度で、文句ありげな顔でピリヴァヴォーレを見て。ピリヴァヴォーレも、鷹揚とした態度で「おう、そいつぁ悪かったなぁ」なんて返事をする。


「でもなぁ、今は良いにしたって、先のことを考えるとだな。見といて損はしねぇだろ。……ってもまあ、てめぇは俺の手下じゃねぇから貸し(いち)だな」

「手下でもねぇのを忙しい中呼びだして面倒まかれて、そのうえ貸しにされるのは、ちょっとたまんねぇっすわ」


 続くピリヴァヴォーレの言葉に、愚痴っぽく返すドミートリ。そんな会話に肩をすくめながら、二人の後を、エフィムと並んで歩く。


  ◇


 そうして、今までと同じように、駅で荷の積み下ろしを見学する。

 積み下ろしされた荷もその数も、今までと同じで。


 初めは色々と新鮮だったその風景も、今はもう、ただの繰り返しだった。


  ◇


 そうして、取引を終えて。階段で降りる途中で、エフィムがピリヴァヴォーレに話しかける。


「ああ、そうそう。今度この街に、この商売の、帝国側のまとめ役をしている人が来るんですよ。……一度会ってみたいと思いませんか?」


 さも、今思いついたかのような軽さで話すエフィム。だけど、その言葉を聞いて、ピリヴァヴォーレが眉をひそめる。


「……そいつぁ、『帝国貴族』って奴か?」

「ええ。僕らの、そうですね、半分くらいは身内ですけどね」


 レヴィタナ伯とエフィムたちとの関係は口にせず、それでも親しい間柄だと伝わるような言い回しで説明するエフィム。その言葉に少しだけ考えたあと、ピリヴァヴォーレが、らしくない答えを返す。


「――帝国貴族ってのはゾッとしねぇなぁ」


 そんな一言で、エフィムの申し出をピリヴァヴォーレが断って。そうして、どこか煮えきらないままに、この日のやり取りは終わる。


「じゃあな。嬢ちゃんも、一人で馬くらいは乗れるようになっておいた方がいいと思うぜ」


 そんな言葉と共に立ち去る二人に、そうね、やっぱり一人で馬に乗れるようにならないとねと、もう改めて決意をする。


  ◇


「……順調、なのかしら?」

「……まあ、順調だと言ってもいいとは思うよ」


 また四人になって、馬に揺られて、飛び領地邸への道を進みながら。ピリヴァヴォーレのどこか煮えきらないような態度を思い出して、エフィムに話しかける。

 彼もきっと、どこか納得できてないところがあるのだろう、少し疑問符のついた返事をして、言葉が途切れる。


 そうして、少しの間、無言のままの時間が過ぎたところで。ふと思いついたように、プリィがエフィムに話しかける。


「……そういえば。そろそろマムに手紙を送ろうと思うんですけど、何か書いていけないこととか、ありますか?」


 その言葉に、きっと無言の時間に居心地の悪さを感じていたのだろう、少しだけホッとしたように、エフィムが返事をする。


「別に構わないけど。――そういえば、どんなことを手紙に書いてるか、聞いてなかったっけ? 聞いてもいいかな?」

「商売に関することを広く浅くね。マムも帝国との商売に興味があるはずだから」


 今さらのようなエフィムの返事に軽く答えて。そういえば、マムのこととかあまり話していなかったわねとふと思い出す。


「……そうね、デュチリ・ダチャは交易屋を通して手に入れる物も結構多いのよ。例えば化粧品みたいなものは帝国製の方が物が良い上に、安全性も高い。そういうのが手軽に手に入れられるようになってほしいと、その位は考えると思うわ」


 あとはマムの外国好き。デュチリ・ダチャの書庫は結構な蔵書数で、その内容はマムの趣味を反映していて、外国のことが書かれた書物も結構ある。プリィの侍女服もその趣味の結果よなんて話をして、その言葉にエフィムやリジィも納得したりして。


 そんな他愛のない話をしながら、飛び領地邸への道を進んでいった。


  ◇


 そうして、その日の内に手紙をしたためて、マムへと送る。あいかわらず、中を見ようともせずに預かるエフィムたち。そうして、特にやることも無いまま、一日が過ぎる。


 次の日、マムからの返信が届く。そこには、向こうは特に何事もないこと、あと、一週間ほどマムが休暇を取るから返事が遅くなることがさらりと書かれてる。


「休むって、なんですかね〜」

「さあ。どこか他の街にでも行くんじゃないかしら」


 首をかしげるプリィに、軽く説明する。マムはたまに、ふらりと別の街に行っては何か儲け話を見つけて帰ってくる時があると。


「多分、他の街にも情報網があって、そこで得た情報を儲け話に変えてるのよ」

「……組織の人たちの苦手そうなことですよねぇ」


 そんなことをプリィと話しあって、その日も終わり。何事も無いままに、時間だけがすぎていく。


「もう少し、何かやることがあってもいいんじゃないかしら?」

「それには、もう少し商売が軌道に乗らないとね。……本当は、そろそろ街の人とも話をしたいんだけどね」


 私たちと同じように、退屈そうな時間を過ごすエフィムに、軽くこぼす。どうも組織は、私たちを通して手に入れた小麦とかの食材をすべて組織の中で消費しているようで、好評かどうかすらわからない状態らしい。


……ちなみに。その時間を利用して、プリィから馬の乗り方を教わっている。とりあえず歩かせることはできるようになったのだけど、プリィ先生曰く「まだまだ、屋敷の外はダメですよ〜」とのこと。どうやら、先は長いみたい。


 そうして、四回目の取引の日を迎えて。飛び領地邸にやってきたピリヴァヴォーレとドミートリにエフィムが先のことについて話しかけるも「そいつはちぃと相談中でな」とはぐらかされる。そうして、四度目の取引も無事に終える。


――そんな、変化のない日々が、その時までは続いていた。


  ◇


 そうして、四度目の取引も無事に終わってから数日後のある日、帝国領内からエフィム宛に手紙が届く。差出人は神父様。何だろうとその手紙を読んだエフィムは、その手紙の内容に、軽く困惑する。


「何が書いてあったか、聞いてもいいかしら?」


 手紙を読み終えたエフィムに、そう尋ねる。

 そうして、返ってきた返事に、今度は私が困惑する。


「構わないよ。――どうにも信じられないんだけど、神父様の教会に『デュチリ・ダチャのマム』と名乗る人が訪ねてきたらしい。僕たちの知り合いだとか色んなことを言ってるんだけど正直どうすればいいかわからないから、一度連絡してほしいって」


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   飛び領地邸の仮面夫婦


   第六章 商取引


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