権力者たち
今回の幕間劇は二話を予定しています。
二話目は来週(12月23日)に投稿する予定です。
帝都の中央管区にそびえ立つ、格式ある中世の建築様式と近代的な高層建築とが混じり合う、帝国の政治と権威の源、黄と赤の双色宮殿。最上階に皇帝を擁すこの建物の最上層部にある特務総軍参謀官政務室の椅子に座りながら、特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフ――帝国の事実上の頂点に立つ男――は、今手渡されたばかりの報告書に目を落としながら、その男の報告を、眉ひとつ動かさないままに聞き続ける。
「……以上が、この三日間のエフィム・ストルイミンの動向となります」
そんな言葉で、目の前のヴィスラフへの報告を終える特務武官ロマーノヴィチ。若くして今の帝国を動かしている政治将校たちの、さらにひと握りの支配者層だけが出入りできる特務総軍参謀長付武官政務室への立ち入りが許されたエリートであると同時に、その頂点に立つヴィスラフへ直接報告する機会などは与えられる筈もない程度には駆け出しの身である彼は、やや緊張した面持ちで、目の前に座るヴィスラフの返事を待ち続ける。
「わかった。今後も今までと同じよう、監視を続けるように」
そんな彼に、こともなげに返事をするヴィスラフ。そのまま手にした報告書を処理済みの箱に放り込んで、次の書類へと手をのばしかけて。
……未だ、報告を終えたはずの特務武官ロマーノヴィチが、目の前に立ったまま立ち去っていないことに気付く。
「よろしいのですか?」
何か、そう声をかけようとしたヴィスラフよりも僅かに早く、ヴィスラフに質問を投げかけるロマーノヴィチ。そんな彼にヴィスラフは、その質問を聞こうともせず言葉を投げる。
「何か問題か?」
言外に「自分の指示に反論するのか」という圧をかけたヴィスラフの言葉。その圧に押されながら、ロマーノヴィチは言葉を発する。
「いえ。ですが、かの者はまがりなりにも帝国貴族に連なる立場。彼の者が役職にかこつけて滞在している地は、辺境とはいえ帝国領の一部、すなわち皇帝陛下の治める地。であるにも関わらず、そこに住む者たちはその地にグロウ・ゴラッドなる名を付け、まるで自分たちの領地だと言わんばかりに好き勝手に振る舞っているという。そんな陛下を敬うことを知らぬ土人共を正すことをせず、それどころかそれに混じって過ごすなど、自分の置かれた立場というのを理解していないとしか言いようがありませぬ。……さらに、此度はその土人を連れ、よりによって異教の教会に入信させ、帝都への立ち入り許可を求める始末。何を画策するつもりか知りませぬが、たかが中堅貴族の三男坊が、我が帝国政府を軽んじ……」
ヴィスラフの圧に耐えながら、自らの見解を話すロマーノヴィチ。その彼の、辺境やそこに住む人間に対する侮蔑の念を隠そうともしないその発言の毒に思うところがあるのか、ヴィスラフは眉をひそめる。
……が、その内容は一切触れずに、ヴィスラフは再び、彼に圧のこもった言葉を投げる。
「同志ロマーノヴィチ」
その言葉の迫力に、思わず息を飲むロマーノヴィチ。そんな彼に、ヴィスラフはもう一度、同じ言葉を発する。
「――何か問題か」
その言葉に、抗弁は無意味と悟ったのだろう、言おうとした言葉を全て飲み込むロマーノヴィチ。
「……いえ、問題はありません。今まで通りの監視を続けます」
辺境の地の監視は駅に止め、帝国領内に入った時は尾行を付けるが、中産層と接触している時は変に刺激して自分たちへの反感を買うのを防ぐために離れるまで監視は外す。そんな消極的なやり方に思うところがありながらも、目の前の最高権力者に異を唱えてまで押し通すことではないと同意をする特務総軍参謀官ロマーノヴィチ。そんな彼の内心を見透かしてか、一瞥して短く言い捨てるヴィスラフ。
「よろしい」
「は」
視線で出口の方を一瞥するヴィスラフ。その意味を悟って、敬礼をして、踵を返すロマーノヴィチ。
特務武官ロマーノヴィチが総軍参謀官政務室から退出した時には、特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフの意識は、完全に次の書類へと切り替わっていた。
◇
特務総軍参謀官政務室でそんなやり取りが行われていた時。そのすぐ上、黄と赤の双色宮殿の最上階にある皇帝の居室では、壮年の男が一人、硝子窓の外に広がる帝都の風景を、無感動に見下ろしていた。
帝国皇帝クステルチカ・イムフイールァ。即位してまだ数年の、即位した時からすでに権力を奪われていた、若き皇帝。
多くの富が与えられながら、何かを求める欲を失い。
幽閉されるがまま、その事実を受け入れて。
景色を眺め、空を眺め、わずかな空間を無意味に歩く。
そして、時間がくれば、贅を尽くした食事を与えられ、夜を過ごす、ただそれだけの日々を過ごす。
地上の庭園を模した、視界を遮るものは何もない、硝子張りの天空の牢獄で。帝国の名目上の最高権力者たる帝国皇帝クステルチカ・イムフイールァは、変わらぬ灰色の時を過ごし続けていた。
◇
グロウ・ゴラッドの中心にある組織の本部、通称「屋敷」のさらに中心にある、ドン・アティーツの居室の中で。街の支配者である老人、ドン・アティーツが、揺り椅子に座りながら彼のために作られた中庭を眺めくつろぐ。
そんな彼に、まだ十にも届いていないであろう少女が話しかける。
「風使いのオッサン、戻ってきたね」
「おお、そうかそうか。……あの帝国の若いのをオッサンというのは、ちぃと無礼じゃのぉ」
えー、オッサンはオッサンだよぉ、そう頬をふくらます少女。その年相応な姿にカッカと笑いながら、ドン・アティーツが話しかける。
「他になんか変わったことはあるかのぉ」
「えっとねぇ、一緒に付いていった女の人も、精霊使いになってるかなぁ。……まあどっちも弱っちいけどね!」
少し自信なげにそう答える少女。その少女に、再びカッカと笑う老人。
「そりゃあ、のぉ。『一人で精霊を使役する』なんて法外、ヌシ以外にはそうそうできんじゃろうて」
そう少女に話しかける老人。その言葉に嬉しそうに笑みをこぼしながら、エッヘンと胸を張る少女。そんな微笑ましい様子を見ながら、老人、ドン・アティーツは思う。
コイツの死んだ母親、もうずいぶんと昔に滅んだ「冬の王国」の王家の遺児とやらを拾ったのはいつのことだったか。あん時はまあ、半ば気まぐれで手元に置いておいたのだが、まさかそのガキに「冬の精霊をけしかける力」なんてモンが宿るなんて思ってもみんかったわいと、そんなことを思う。
「まあ、そやつらは儂らと喧嘩なんてせんよ。なんでまあヌシに出番は無いな。強いかどうかなんて気にせんでええ」
ドン・アティーツの言葉に、少女は首を傾げる。目の前の口の悪い老人がどんな立場なのか、そしてこのグロウ・ゴラッドという街がどんな状態にあるのか、だいたい理解できているのだろう、疑わしげな声を出す。
「……ジジィと喧嘩する奴なんて、いるん?」
そんな少女の言葉に、ドン・アティーツは再びカッカと笑いながら、思う。――人は集団になると、集団の意思という奴を持ち始める。帝国に属する個人個人はどう思っていたとしても、あの帝国とかいう集団は間違いなく儂らを見下しとる。俺らを人と思っとるかどうかも怪しいくらいに。
ドン・アティーツは、一つの確信を心に秘める。あの若いのが何と言おうが、帝国がこの街に利用価値があると判断したら、奴らは取引ではなく屈服を選ぶと。
「帝国が儂らに喧嘩を売ってきたその時じゃな、ヌシの出番は。まだまだ先の話じゃて」
そう言って、ドン・アティーツはカッカと笑い続ける。――この先、仮に帝国とぶつかり合うことになっても勝てると、そう確信するかのように。




