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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第一章 娼館[デュチリ・ダチャ]
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4.ミラナの日常(4)

 談話室。本を読む私に軽く仕事の話をしたマムが正面の席に座るのを横目に、読みかけの本に栞をはさんで、机の端に置く。そのマムは少しだけ書類に目を落としてから、考えをまとめるように視線を軽く上の方に向けて。少しして、考えがまとまったのだろう、仕事の話を始める。


「その若い交易屋の子だけどね。『今回は結構な大商いだった』って方々に吹聴してるみたいでね。組織がそのお祝いを名目に、内輪でパーティーを開くってさ。で、その子の相手に()()いないかって、そんな依頼」


 マムの説明に、軽く苦笑する。前回私が相手をした以上、よほどのことがない限り、私が担当する。そのことは組織も承知しているはず。なのに今更「誰か」なんてねと。……本当、「よほどのこと」なんてそうそうある訳ないのにと思いつつ、少しとぼけた返事をする。


「ああ、あの、いかにも若い、『夢と希望』にあふれてた子よね。……使い切れないほどの金を手にして酒と女におぼれたいって、何が良いのかしらね」


 本当、組織やら交易屋やらの若い子が抱く「夢と希望」なんてろくなもんじゃない。私の言葉を聞いて、今度はマムが苦笑いをする。


「年齢で言えば、アンタの方が若いんだけどねえ」


 そのマムの言葉に私は、苦笑したまま、さらに肩をすくめる。「夢と希望にあふれた若い子」に金や権力をちらつかせていいように操るのが組織流だとすれば、男たちがお気に召すような「いい女」で操るのがマム流。そんな人の近くで舞台裏を見続けていれば、歳なんて取るに決まってる。

 私を年寄りにした元凶が何を今更と、そんなことが頭をよぎる。


「まあ、一応最後の確認だけどね。今後はアンタがあの子の相手をするってことで、問題ないね?」


 マムの確認に頷きながら、その「夢と希望にあふれた若い子」のことを思いだす。若い、野心にあふれる子特有の、相手を品定めするような視線。命がけで密貿易をして一攫千金を狙うという職業がそうさせるのか、それともそういう人間を引き寄せるような何かがあるのか、交易屋という人種には、特にそういう子が多い。……ヒトをモノとして見定めるような、時にいらだちを覚え、時に憐れみを誘うあの視線。


「貴方の欲しがっている『地位』も『女』も、みんな他の誰かが作った虚構だって、言ってやりたくなるわね」

「アンタが言ったところで何も変わらないよ。コイツはそういう風にできてるからね。……なんだったら、他の娘に代わるかい?」


 ふと思いついて、少し八つ当たりのようにマムにこぼす。そんな私の言葉にマムは、にべもない返事をしてから、少しだけ心配そうな表情をして聞いてくる。そんなマムに「大丈夫」と返事をして、少しだけ気を引き締める。


 マムの心配が偽物って訳じゃない。だけど、ここで担当を代わったら、私はあの若い子を取り逃がす。


――あんな扱いやすくて金もある上客を、こんなことで逃すなんて、ありえない。


  ◇


 仕事についてもう少し細かいことを聞く。パーティは三日後、夕食時。組織の若い子を中心に、二十人位の規模で執り行う予定。どうも交易屋の子(あのこ)、こういうパーティに呼べるような知り合いがいないみたい。……そういえば、あの子のプライベート、まだ聞いてないわね。今度聞いてみるか。


「で、依頼はパーティの出席と時間内の接待まで。それ以降は()()()()と、一応組織から」

「はいはい、いつもの決まり文句ね。対価は?」

「50ルナストゥ、太っ腹だね」


 ご自由にも何も、私が「デュチリ・ダチャの女」で、それなりの対価を受け取る以上、その後にやることなんて決まってる。50ルナストゥ、一般人の半月分の収入に匹敵する額を受け取っておいて、「ご自由に」とはできない。……まあ、「デュチリ・ダチャの()()()女は気が乗らないと、どれだけ親しい相手でも袖にする」なんて巷では言われてるみたいだけど。

 そんなことを考えていたところで、まるでその考えを読んだようかのように、マムが話しかけてくる。


「別に、たまにはすげなくあしらってもいいんだけどね」

「そうね。その方が金になる時はそうするわ」


 言外に、あの子とはまだそこまで親しいわけじゃないと含ませて。そういうことは、この先、あの子ともっと馴れ合いになってから考えればいい。そう思ったところで、ふと、組織から漏れ聞こえてきた「噂」のことを思いだす。


 今、この街の郊外に、珍しい屋敷が建てられようとしている。……いや、正確には珍しいのは屋敷じゃなくて、その中に住む人の方。


――帝国人が、交易屋を介さずに、この街と直接交易をするために乗り込んでくる。その帝国人の住む屋敷が郊外に建てられようとしている。


 そんな噂が、組織の、この上なく信憑性の高いいくつかの筋から漏れ聞こえていた。


  ◇


 それから、仕事の細かいところを確認して、書類を受け取って。マムとの話も終えて、一度部屋に戻ろうかと、すっかり冷めたお茶を飲み干して、カップを返しにラウンジに行く。


……そこで、あのカウンターメイドの子とドミートリが話をしているところに、ばったりと出くわす。


 ああ、せっかくの幸運も余計な奴がいると台無しねなんて思ったところで、少し気になって、その余計な奴に話しかける。


「……もしかして、知り合い?」

「いや。コイツの親とな、ちょっと面識があっただけだ」


 何となく言いにくそうに言いよどむドミートリ。その様子に、ああ、これは多分、親だけじゃなく本人とも面識がありそうなんてことを察して、すぐにその考えを打ち消す。ここに来る前のことなんて、聞いても意味がない。聞かない方が良い。


……とっさに言葉が出なくなって、ほんの少しの沈黙。


 その沈黙に何か感じたのだろう、「私は失礼します」と、カウンターメイドの子が奥へと立ち去る。


「気を使わせて。らしくねぇなあ」

「……うるさいわね」


 すこし呆れたような、それでいて本当に珍しいと思っていそうな感じのドミートリの言葉。その言葉に反射的に、埒の無い言葉を返す。……そうね、隙があったのは事実。次は気を付けようと思う。

 ここは、誰かの過去を詮索していい場所じゃない。ここの誰もが、明かしたくない何かを抱えてる。


「じゃあな。仕事の資料はまた明日にでも持ってくらぁ」


 何事も無かったかのように立ち去るドミートリ。きっとあいつは、仕事のことも、私がそれを了承したことも、さっきの逡巡も、全て察している。……全て察して、いつも通りに軽薄な雰囲気は崩さない。


――少しだけ、ほんの少しだけ思う。アイツも動揺することがあるのかな、と。


 少しの間だけ、アイツが出ていくのを見守ってから、私も部屋に戻ろうと、踵を返した。


―――――――――――――――――――――――


 帝国にとっての辺境の地は、帝都を守るためにある。それは、帝国に住む人間が等しく抱く、一つの事実だろう。

 帝国の中心に位置した、華やかかりし帝王の都。極寒の地に位置する帝国の中にありながら、地中深くから吸い上げた大地の力で転換炉を稼働させ、大気(かぜ)から冬精(ふゆ)を抜き取って国境の河グラニーツァリカに捨てることで冬を消し去った、人口的な常春の地。


 そこは、高層ビルが立ち並び、どこまでも広い基幹道路が隅々まで張り巡らされた、世界でも有数の近代的な都市であると同時に、武装を規制されながらそこに不安を感じさせない程の、世界でも有数の治安の良さを誇る都市でもあり。――そして、「帝国臣民」として認められた者の中のさらにごく一部、ほんの一握りの成功者しか住むことができない、選ばれた者のための理想郷でもある。


 そこに住むことの叶わない大半の臣民は、帝都周辺の程よく雑然とした大都市で、追われるような日常を送りながら、たまに入る「帝都」の様子を自慢げに話し合い……


 そんな帝国の当たり前の風景も、高くそびえ立つ「壁」の外に出ると、一変する。


 過去の戦争によって帝国に組み入れられた、かつては他国だった場所。今も、帝国の中にありながら帝国の一部とみなされていない、捨て置かれたままの土地。そこに住む民は「帝国臣民」として扱われず、帝国の法も、魔法の保護も及ぶことはない。


 鉄道すら止まらない、国境線近くの街。そこは、他国の侵略を受けた時に、足止めのように蹂躙されることだけを期待された、誰からも見放された無法地帯。帝都を守るための、破壊されることを前提とした人の楯。


 それは、帝都に住む人間にとっては傲慢で、辺境の地に住む者にとってはこの上なく過酷な、ただの事実だった。


 そんな過酷な辺境の街の一つ、グロウ・ゴラッド。組織の暴力による支配によって平穏が保たれているこの街で、辺境に住む高級娼婦と帝国から来た軍人官僚の物語は紡がれる。


―――――――――――――――――――――――


   飛び領地邸の仮面夫婦

   第一章 娼館[デュチリ・ダチャ]


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