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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第五章 帝国小旅行
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10.寝台列車旅

 時間がすぎて、そろそろ陽が落ち始めようかという頃。帝都でミラナの入国手続きを終えたエフィムは、帝都から隣国方面へと向かう列車の中、窓の外の流れる景色を眺めながらぼんやりとした時間をすごす。そんな彼に、その彼と契約した風の精霊オットトが話しかける。


(そろそろだね)


 オットトの言葉にエフィムは「そうだね」と短く応えて、この先のことを考える。次の駅でミラナたちと合流して、夕食をとって列車の中で一泊、明日の朝、グロウ・ゴラッドの駅で降りればこの旅も終わり。……結局、そのほとんどが移動時間だったなあと苦笑する。


……と、そんなことを考えていたところで。列車の中に、その目的の駅に到着することを告げる案内放送が流れる。


「まもなくー、デヴィニ・キリシュラッドー、デヴィニ・キリシュラッドー、に停車ー、しまーす」


 その放送を聞いて、とりあえず寝台から降りようと移動を始めるエフィム。行きとは違う、狭い二等客室の二人部屋。扉を開けるとすぐに二段になった幅の狭い寝台が部屋の中を占領する、それ以外は靴を置く場所くらいしかないという、効率を最優先した正真正銘の「寝台列車」。そんな狭い寝台の上をエフィムは、出入り口のある足側へと移動する。


(彼女たち、驚かないかなぁ)


 そんなオットトの言葉にエフィムは少しだけ笑いながら、寝台の端に腰掛けて靴を履いて、念のため扉を開けて、さてその彼女たちが来るまでどうしようかと考える。


(……結局、帝都ではずっと、誰かが見てたね)


 返事をしなかったからだろうか、話題を変えてエフィムに話しかけるオットト。そんな彼の多弁さに再び笑いを含ませながら、エフィムは言葉を返す。


(むしろ、列車の中で見張られていないのが意外なくらいだけどね)

(そりゃあ、列車の中はね。こっちもいきなり列車から飛び降りたりはしないからね)


 オットトの言葉にエフィムは、最近流行り始めたという冒険活劇を思い出す。追い詰められた主人公が河に向かって飛び降りる。追い詰めるのは敵国のスパイだったり、はたまた帝国のスパイだったり。


……政治将校たちが、自分たちを悪役にした物語に対しても程よく寛大なのは、ガス抜きを兼ねてなのか。そういう実利主義なところは現政権を担う政治将校たちの長所だと、そんなことをエフィムは思う。旧来の貴族たちでは、帝国貴族を悪役にした冒険活劇に資金援助をするなんて夢のまた夢かなと。


(――いた。うんうん、みんなそろってるね)


 と、列車の速度が程よく落ちたところで、駅の様子を感知したのだろう、オットトがエフィムに話しかける。その声にエフィムは、さて、この部屋を見た彼女たちはどんな反応を見せてくれるだろうかと考えながら、列車が止まって彼女たちが来るのを静かに待ち始めた。


  ◇


――ずいぶんと狭いわね。帰りの列車に乗って、ミラナが最初に思ったことはそれだった。


 畑までの道すがら、イソルダさんやリジィたちとスヴェトラーナについて色々と話した後。いくつか畑を見繕って見学させてもらって。歩きながら小麦畑を見てから、色々な野菜が育てられている畑に入って、キャベツに玉ねぎといった私たちにも馴染みのある野菜や、ナスやトマト、かぼちゃといった、私たちにはあまり馴染みのない野菜が育てたれた畑を見学する。


 そうして、牛を預けてきたリジィと合流して。空いた場所にシートを敷いてちょっとした昼食会に。で、コーシャちゃんが大事そうに抱えていたバスケットを開けると、そこにはやっぱりというかパンと具が。……正直、帝国に来てからここまで、パンばかり食べている気がしたので、少し聞いてみる。


「帝国って、毎食、必ずパンを食べるのかしら?」


……私としては普通の質問のつもりだったのだけれど。その質問に、今度は子供たちが首を傾げる。


「……普通、何食うにしてもパンは付くだろ」


 そんなニカトルくんの言葉に、私たちの食生活をプリィが説明する。私たちが食べているのはこっちとは違う黒いパンで、ここのパンよりも少し食べにくい。だから卵やミルクに浸してから砂糖をまぶして焼いたりスープに入れたりといろいろと工夫をして食べることが多い。あとは寒いからスープとかガルショーク――えっと、こっちではシチューと言うんでしたっけ?――を作ることも多いと、そんな感じのことを伝える。


「スープやシチューならむしろパンは合いそうだけどねぇ」

「そうですね〜。ここのパンなら、きっと合うと思います」


 イソルダさんの感想に、プリィの返事。「うしさんいないのにミルクはあるの?」と聞かれて「主に羊か山羊ですねぇ」なんて答えて、その答えに頷かれたり首を傾げられたり。あとは馬とニワトリですねという言葉に、ニワトリはどこの国でも飼われてると神父様も言ってたねぇという言葉。その言葉になるほどと笑いあって。


 そんな感じで和やかに見学は終わって。余った時間で少し早めに駅に行って、少しだけ散策して、街の風景を楽しんでから夕食を買って、列車を待って。そうして、到着した列車に乗り込んで、今に至る。


 目の前の、列車の中の風景を見て思う。確かに、行きの列車も広くはなかった。だけど、それでもテーブルがあって椅子もある、ちゃんとした部屋だったと、そう思いながら目の前の廊下を見る。


 両側に簡素なドアが並んだ廊下。一つ一つのドアは、まるでクローゼットのような中央で折りたたむタイプの、一メートルにも満たない折戸。空いた扉の向こうには、上下に区切られた細長い空間が見える。


……あれ、多分ベッドよね。びっくりするほど幅が狭くて、寝返りを打つことすらできなさそうだけど。


 そんな窮屈そうな寝室というか、本当に寝ることしかできそうもない部屋が並ぶ廊下を、リジィの後ろについて歩く。


……と、しばらく歩いたところで、聞き覚えのある声に呼び止められる。


「やあ」


 朝から別行動だった、少し久しぶりな感じのするエフィム。そんな彼に「お疲れさまです」と答えて、その窮屈な部屋へと入るリジィ。


「反対側のそっちの部屋がミラナたちの部屋だね」


 そんなエフィムの言葉に、彼の指す部屋を見る。視線の先には、他と同じような、上下二段で区切られた寝台だけの部屋。


「とりあえず、部屋の中に荷物を置きなよ。奥の方に自由に使えるスペースがあるから、落ち着いたらそこで話そう」


 その言葉に頷いて、とりあえずその反対側の部屋に、プリィと一緒に入る。


……たった二人並んだだけでいっぱいになるその狭さに、これを部屋と呼ぶのはどうなのかしらと、そんなことをふと思った。


  ◇


 そうして、自分たちの部屋で、後ろから入ってくる他の乗客たちをやりすごす。次々と入ってきては、私たちの目の前を素通りして部屋に入っていく乗客たち。続々とはいってくる人で狭い廊下はごったがえして、しばらくの間騒然となる。


「お待たせしましたー、まもなくー、発車ー、しますー」


 車内にそんな放送が流れる頃合いになっても、なおざわめきは続いて。さらにしばらくして、列車が動き始めたところで、ようやく騒ぎも収まり始めた。


  ◇


「詰め込まれてる気分ね」

「そうだね。でも、慣れると結構快適だったりするよ」


 荷物をそれぞれの部屋において、鍵をかけてから。エフィムたちと一緒に、その奥にあるという共用のスペースに足を運ぶ。


――立ち話をすることを想定しているのだろう、壁ぎわに背の高いスタンディングテーブルが置かれた、やや手狭な空間。それでも、詰めればなんとか十人くらいは立ち話ができるだろうかというその場所に入って、会話を始める。


「ああ見えて、壁と壁との間に空間があって、その空間を使って一部屋一部屋、しっかりと換気や暖房をしているんだ。だから、これだけ人がいても息苦しくはないし、意外と音も漏れない。……そうだね、ただ詰め込んでるわけじゃなくて、最新の技術を駆使して詰め込んでる、そんな感じかな」


 そんなエフィムの説明に、少しジト目になる。


「……詰め込んではいるのね」

「それはまあ、ね。この列車は帝国の誇る巨大列車で、その目的は大量高速高効率の輸送。そうすることで、低コストで多くの人を運ぶ。この車両だけで100人分の寝台があって、その分、一人一人のコストは安くなる。これだけ詰め込んでるから、普通の人でも利用できるような料金になってるのさ。

 もちろん、お金を出せばもっと快適な部屋もある。行きに利用した客室もそうだし、特上だと列車を丸々一両使ったスイートルーム、寝室にリビングに控えの間まであるような部屋だってあるんだけどね」


 その言葉に、駅で見た大量の人がどこから来たのか、その謎が少し解ける。……この車両一つだけで二人部屋が五十もある。それがいくつも連なっていてその人たちが一斉に降りるのなら、確かに朝のデュチリ・ダチャを超えるような騒々しさにもなるだろう。


「で、この列車はこれから一晩中走り続けて、グロウ・ゴラッドの駅へは明日の朝に着く。今度は食堂車は使えないから、基本的に食事はここで。まあ、サンドイッチみたいなものや蓋のついた水筒なら寝台に持ち込んでもいいんだけどね。でも、匂いの強いものは駄目だし、音を立てて食べるのも駄目。だからまあ、ここで食べるのが無難だと思う。あと、車内販売はあるから、そこで何かを買う分には構わない。言ってくれれば買うよ」


 そう、一気に説明をするエフィム。その話を聞いて思う。確かに行きの列車よりも低価格そうで庶民的で、でもなんとなく、エフィムはこっちの方を好みそうだと。


 その性質は生まれついてのものだろうか、それとも育ちからくるものだろうか、そんなことをふと、思った。


  ◇


 そうして、夕食の時間まで、一旦それぞれの部屋に戻ってくつろぐことになって。


「私、上でいいですか?」

「いいけど。そっちの方が天井低くないかしら」

「その代わり、遠くまで見れそうじゃないですか〜」


 そんなことをプリィと話して。あっさりと、プリィが上の寝台、私が下の寝台を使うことに決まる。

 靴を脱いで、身をかがめて寝台の上を窓際まで移動する。少し斜めになるように壁にもたれかかると、窓の手前側にはちょっとした物が置けそうなスペースがあって、そうね、思ったよりも居心地は悪くない。


「聞こえますか〜」

「ええ、聞こえるわよ」


 きっと同じような感じで収まったのだろう、上の寝台から呼びかけてくるプリィに返事をして。そうして、窓の外を見ながら、夕食までの時間をぼんやりと過ごす。


 夕食は駅であらかじめ買っておいたもので、やっぱり白いパンに具を挟んだサンドイッチの一種。ただ、ホットドック?、細長いパンに切れ込みを入れて腸詰め肉を挟んだものやチーズをふんだんに使ったもの、揚げた肉を挟んだものと、ちょっと趣向を変えたものを選んでみた。


「まあ、別に帝国人はパンばかり食べてる訳じゃないけどね。まあ、今回は偏ったんだろうね」


 食事をしながら、エフィムとそんな話をする。帝国にもミートパイやブリヌイのような薄い皮で具を包んで食べるような食べ方はあるんだけどね。ただ、言われて見れば、こういう外で手軽に食べるのはパンが多くなるかなぁと、そんなことを話して。


 見張られてるなんて話をしたからだろうか。エフィムの首都での手続きとかをここで話す気にはなれなくて。そんな当たりさわりのない話をして、夕食を終えた。


  ◇


 そうして部屋に戻ってきて。再び寝台の上で、今度は横になってくつろぐ。……少しだけプリィと、色々あって楽しかったなんてことを話しあって。きっと疲れていたのだろう、すぐに声が聞こえなくなる。


――と、そんなことを考えていたミラナだったが。彼女自身もすやすやと寝息を立てるのに、さほどの時間はかからなかった。

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