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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第五章 帝国小旅行
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5.昔馴染みのお屋敷で(1)

「で、今日はリジィの家で泊まって、明日は夕方まで別行動になるわけね」

「うん。ちょっと申し訳ないなとは思うけどね」


 教会から出て、待たせていた馬車に乗って、リジィの家へと向かうその途中。エフィムが、この先の予定を軽く話す。


 元々は、私が神父様の教会で精霊契約するのが目的の、ささやかな旅。だけど、帰りの列車のことを考えると、明日の夜まではここにいた方が都合がいいらしい。……主に費用面で。

 で、どうせ滞在するなら帝都でないとできない手続きを済ませてしまおうと、そんな話。


――つい先ほどの精霊契約で、今の私には「神教所属の伝精者」という肩書ができたみたい。で、その肩書を使って、ついでに自由に帝都に入れるよう手続きを済ませてしまおうと、そんな目論見なんだけど……


「帝都でしか『神教所属の伝精者』の登録はできないのに、私自身は登録されていないから帝都に入れない。不便な話ね」


 私の言葉に皮肉を感じたのだろう、私をなだめるように、やんわりとエフィムが笑う。


 私たちのような「辺境(かべのそと)に住む人間」は、そもそも帝国人として扱われていない。帝国人として戸籍に登録されていない、いわば存在しない人間のように扱われている。それは、法的には「誰にも保護してもらえない密入国者」のような扱いになるらしい。

 それを、エフィムが貴族の特権を利用して一時的に軍属――軍の協力者――という扱いにすることで、ここまで来ることはできた。だけど、それだけでは帝都に入ることはできないらしい。……昔は違ったらしいんだけどね、最近はもう、貴族にそこまでの力がないからねとはエフィムの談。


 でも、今の私には「神教所属の伝精者」という肩書がある。なので、あとは手続きをすれば「神教の庇護を得た外国人」という扱いで帝都に入れるようになるらしい。……正当な理由と、帝都民の知己があれば、の話だけど。


「まあ、今回は帝都に入る用も無いんだけどね。でも、せっかくここまで来たんだから、手続きだけは済ませておこうかなと。いつかは必要になるからね」


 今回手続きをするのは「在留資格」という、数年おきに更新が必要な、住むことと働くことができるようになる資格。帝都の中に居を構える貴族と商談をするためにはどうしても必要な資格らしい。


 初めからそのつもりで必要な書類も整えて、最後に神父様に「伝精者証」というのも書いてもらって。……そうね、教会から出る時に、何かしょうもないことを神父様は言っていたのだけど。それを聞こえなかったことにしてそのまま馬車に乗り込んだのはちょっと冷たかったかしら、なんて思わなくもないと思いつつ、それでも思う。


(でも、ああいうのはスヤァだけで十分よね)

(そうだね! ボケ役が二人もいたらツッコむ方は29倍は疲れるからね!)

(……スヤァ)


 心の中でうっかりつぶやいて。約二名から、声にならない反応が返ってくる。ええ、そうね。こんなの相手にしていたら疲れるわ、無視するのが一番と、しっかり伝わるように心の中でつぶやく。けらけらという笑い声と、あいもかわらぬスヤァという寝息。そこに混じった(おっととと、もしかして僕もかな?)なんていう言葉にふと、そういえばオットトもあの神父様が契約したのかしらなんてことを、ふと思う。


  ◇


 そんな私たちを乗せて、街灯に照らされた道をゆっくりと馬車は進み続けて。一時間ほど馬車に揺られたところで、リジィの「お屋敷」に到着する。


 順番に馬車から降りて。全員が降りたところで、エフィムが御者に代金を支払う。「遅くまで悪かったね」「いんやぁ、ちゃんとお代はもらっとるし、ありがてぇですよ」という会話と御者のホクホク顔に、とりあえず迷惑ではなかったらしいと少しだけ安心して。


 振り返って、改めて、視線をリジィの「お屋敷」へと向ける。


  ◇


「……庶民は、こんな家には住まないと思うわ」


 目の前の「お屋敷」の大きさに、そっとつぶやく。隣から、プリィの頷く気配を感じて。そんな私たちの様子を見たのだろう、エフィムがリジィに話しかける。


「ほら、ミラナたちもそう言ってるだろ。いいかげん認めてもいいんじゃないかなぁ」

「だから、俺は貴族なんて柄じゃないですって」


 からかうようなエフィムの口調に、貴族扱いされるのがよほど嫌なのだろう、力いっぱい否定するリジィ。


 確かリジィは、一応は小領とはいえ領主様の跡取り息子で、エフィムの家――ストルイミン家――との付き合いも長いらしい。そんなプリィの話を思い出す。


……確かに建物は大きい。けど、なんと言うんだろう、身分の高さにつきまとう荘厳さというか雰囲気というか、特有の「足の踏み入れにくさ」のようなものは感じられない。そうね、むしろ、どこか庶民的な空気すら感じるわねと、そんなことを思う。


「じゃあ、ここで待ってて」


 そう言って、一人、屋敷の裏手の方へと歩くリジィ。しばらくして戻ってきて、今度は玄関の扉が開く。


「まあまあ、夜遅くまでごくろうさま。いつも息子がお世話になってます」

「いつもすみません。今回もお世話になります」


 玄関から出てきたのは、多分リジィの両親であろう人たち。ちょっとふっくらとした気の良さそうな女の人に、寡黙な男の人。そんな二人に、まずはエフィムが挨拶をする。


「長話はいいよ。今日はもう遅いし、泊まってもらおう。そう言っておいただろ?」

「はいはい。ごめんなさいねぇ、お構いもできずに」

「こちらこそ。いつもこんな時間に、申し訳ないと思います」


 多分、気の知れた関係なのだろう、そんなことを話しあうエフィムたち。その話が途切れたところで、私たちも挨拶をして。積もる話はまた明日なんていいながら、静かに二階の寝室へと案内してもらう。


「それじゃあ、お休みなさいね」


 そんな挨拶を残して扉を閉めて。その足音が遠ざかるのを、プリィと二人、静かに聞いていた。


  ◇


「……で、教会で言いかけた『そういえばこの前、大部屋で……』の続き、聞いてもいいかしら?」


 そうして、部屋にプリィと二人きり、手早く寝支度を整えて。寝台に腰掛けて、プリィに話しかける。


 教会で精霊契約を終えて、話題が精霊石の交換だとか夫婦だとかになったとき。その時、確かにリジィは「私が娼婦であることを意識して」慌てていたと感じた。……別に、それが気になる訳じゃない。だけど、神父様も同じような認識をしていて、でも気にはしていなかったように感じた。


 この齟齬というか、私という人間がどう認識されているのかは、さすがに気にはなるわね。そう思いながら、プリィに質問をして。そうして、私たちが飛び領地邸へと引っ越したその日の夜、プリィがリジィたちとどんな話をしていたのか、改めて聞き出す。

 といっても、プリィもこれと言って詳しいわけじゃなくて……


「……と、そんな感じで、ミラナ様のことを『高貴な愛人』と言ってたのを思い出したのです」


……彼らが私のことを「高貴な愛人」と言っていたこと、その言葉にリジィも納得していたと、わかったのはその位のことだった。


「『高貴な愛人』ねぇ。……貴族の愛人っていう意味かしら?」

「私は『貴族の愛人にふさわしい人』って意味だと思います〜。リジィさんもそんな悪い感じには取ってませんでしたから〜」


 私の言葉を、ほんの少しだけプリィが言い直す。そうね、そういうとり方もあるわねと、そう考える。愛人には違いない、でも誰にでもなれる訳じゃない、貴族にふさわしい愛人。……なるほど、デュチリ・ダチャの「通い娼婦」と「専属娼婦」も似ている気がするわね。言い得て妙だと思う。


 きっと神父様も、私がその「高貴な愛人」と思ってたということよね。普通に考えれば、貴族の愛人という意味だろうけど。リジィと違って慌てなかったのは、年齢の違いか。そんなことを考えていたところで、妙にはずんだ声でプリィが話しかけてくる。


「そういえば〜、ミラナ様はエフィム様のこと、どう思ってるんですか?」


 そう聞いてくるプリィの、何というか好奇心こぼれる満面の笑顔に、そうね、年齢の違いは大きいかもと、そんなことを思ってしまった。


  ◇


「形としては『私の十年間をローンで買った人』ね。一種の出世払いかしら?」

「そうじゃなくて〜。ほら、こう、あるじゃないですか〜」


 素直に答える私に、身を乗り出して聞いてくるプリィ。満面の笑顔がさらに満ちる。


「それは、好きとか恋とか、そういう話かしら?」

「はい! そういう話です!」


 少しとぼけてみる私。ジャストにミートで打ち返すプリィ。ああ、若い、なんて若い、そう思いつつ、満面を通り超えて迫力が出てきた好奇心みなぎる顔に、少したじろぐ。


「……デュチリ・ダチャに、そんな理由で相手(きゃく)を選ぶ(しょうふ)はいないと思うけど」

「え〜、そんなことないですよ〜。みんな結構、相手を見定めてますよ〜」

「その『見定める』が、恋愛とはかけ離れてる、んじゃないか、しら……」


 これはもう職業柄しょうがないとずっと思っていたことを話す。でも、その言葉にも一切ゆるがないプリィ。その様子に、ほんの少しだけ揺らぐのを感じながら、それでも最後まで言い切って……


「絶対に違います! 私、最近、確信したんです! ミラナ様は、どんな大金を積まれたって、嫌な相手には買われません!」


 プリィのそんな強い言葉に、真正面から押し切られる。……そうね、そりゃあ誰でもいいなんて言うつもり、私にだってないけれど。


「……エフィム、とてもそんな気があるようには見えないのだけど?」


 少し話をそらすように、でも常々思っていたことを言う。……何がわからないって、正直、一番わからないのは彼なのよね。私が言うことじゃないかもしれないけれど。


「そんな気がない人は、専属娼婦を十年ローンで買ったりしません!」


 でも、そんな私の言葉にも、プリィは力強く返事をして。……でもそうかしら? 確かに理屈ではそうだと思うけど、本当に彼からは「そういう気」を感じないのよね。


 なにせ、精霊を通してもそういった「脈」を感じないのだから筋金入りね。それとも、精霊と契約した人はみんなそうなのかしらと、そんなことを思う。


……思っていたところで、とうとうプリィが止まる。


「……でも、確かにそう見えません。仕事一筋で仕事のために娼婦を身請けするのんてこと、ホントにあるんでしょうか? どうなんでしょう?」


 その言葉に、思わず笑う。そうね、もう笑って誰かに聞きたくもなるわね、そう思いつつ、用意された寝台の上に寝転がる。


「このまま話してると、エフィムとの恋愛話を作られてしまいかねないわね。この辺にしましょうか」

「はいはい〜。この辺にしておいてあげます〜」


 そんな言葉と共に、プリィが灯りを消して。少し頼りないブランケットをかぶって、そっと目を閉じた。


  ◇


「おはようごしゃいましゅ!」


 バタンという大きな音とともに、元気な声が飛んでくる。その声が、寝具の上で静かに座っていた私たちの、少しだけ残った眠気を吹き飛ばす。


「おはよう」

「おはようです〜」


 入り口の向こう側に立つその子たちに手を振って、挨拶を返す。そんな私たちを見て、すこしキョトンとした、小さいけれど元気いっぱいな女の子。で、今度はその隣の、もう少し大きな男の子から声が飛んでくる。


「ちぇ! なんだ、おきてるじゃん! つまんねーの」


 その生意気ざかりな言動にクスリとしながら、驚いてあげなくてごめんなさいねと、そんなことを思っていると、最初の女の子が、ほんの少しだけ男の子の後ろに隠れながら、やっぱり元気な声を飛ばしてくる。


「ごはん! じゅんびできた! よびにきた!」

「うん、ありがとうね〜」

「……となり、ねてる?」

「リジィあんちゃんな、ぜってぇねてるな。かけてもいいぜ」

「……いく!」


 今度は男の子の手を引きながら、隣の部屋へと歩いていく女の子。「あんちゃん、ぜってぇすぐにおきねぇから、さきにおりてっておい、あんまひっぱんなって……」


 最後にそんな声を置いて立ち去る二人。そんな、慌ただしくも微笑ましい二人の子たちの様子に、プリィと二人で笑いあいながら、手早く身支度を整えはじめた。

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