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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第五章 帝国小旅行
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2.列車旅

 列車が動きだしてからしばらくして。客室の中にささやかに、短い音楽(メロディ)が流れる。


「お待たせしましたー、この列車はー、次のー、グラニーツァ・アストロークまでー、停車せずにー、運行しますー」


 続いて、この列車に乗る乗客全員に話しかけているのであろう、妙に間延びした男性の声。その声に興味を覚えたのだろう、プリィは窓の外を見るのをやめて、音のした方……客室の入口の方を見る。


「ああ、車内放送だね。音はあのスピーカーから出している。基本的にはこの前の通信機と同じような仕組みで、列車全体に声を届けているんだ」


 そんなプリィにざっくりと説明をするエフィム。その彼の説明に、少しだけ首を傾げながらもなるほど?と頷くプリィ。


 正直、最近色々なものを見すぎたせいだろうか、もうこの位では驚けないのだけど、プリィは違うみたい。性格?、それとも年齢?、そんなことを考え始めたところで、次の放送が流れる。


「これよりー、車内販売をー、開始しますー。軽食ー、飲み物ー、菓子ー、おつまみー、新聞ー、週刊誌ー、書籍ー、記念品等、様々なものを取り揃えておりますー。ご用命の方はー、客室の扉に札をかけてー、お待ち願いますー」


……なんというか、商魂たくましいわね。その放送を聞いて、少し笑ってしまう。そんな私の様子に気付いたのだろう、エフィムも軽く苦笑を浮かべる。


「戸惑うくらいに商魂たくましいよね。でも、大量の人が何時間も同じ場所に閉じ込められているんだから、この上ない商機なのは事実なんだ。――この逞しさは見習いたいと思ってるよ」


 そう語るエフィムに、リジィが「エフィム様もまだまだ『貴族商売』ですからね」とまぜっかえす。その言葉に苦笑いするエフィム。どうも、細かいことを気にしない、客が来るのを待ってるだけ、客に対して領民のように振舞う、そんな商売のことを「貴族商売」なんて言うらしい。――それ、商売する気あるのかしらと言うと、エフィムとリジィ、あとなぜかプリィまでもが苦笑を浮かべる。……おかしいと感じるの、私だけ?


 どうも、そういう商売の話は貴族たちは苦手で、逆に政治将校という人たちは結構得意みたい。辺境の駅で氷を作って、車内販売で飲み物と一緒に別料金で売ってはどうかとか、そんなことも検討しているみたい。そういった姿勢は見習うべきだと思うと、そうエフィムは話す。――そうね、確かに別料金で売ろうと考えるのは逞しいと感じるわ。エフィムにはない逞しさね。


 ふと、エフィムの「見習いたい」という言葉が気になって、聞いてみる。


「……政治将校、嫌いだと思っていたわ」

「好きにはなれない。けど、見習うことも多いとは思ってるよ」


 エフィムの答えになるほどと思ったところで、リジィが補足する。


「貴族たちはこういうことに疎くて手を出しませんからね。こういう細かいことの積み重ねで、政治将校たちは民衆の支持を得ています。結局、貴族の人たちは、時代の変化についていけていないのは事実だと思います」


 リジィの言葉に軽く苦笑するエフィム。その様子に気付いて少し慌てるリジィ。そんな二人の様子に、プリィと私は思わず笑いをこぼす。


  ◇


 そんな話題で最初は盛り上がって。けど、しばらくしたら話題もなくなって。列車が動き出してから一時間と少しの時間が経過した頃には、静かな時間が流れる。


 窓際に座るプリィは窓の外をぼんやりと眺め続ける。初めはすれ違う列車に驚いていたけど、何度か繰り返すうちになれたのだろう、特に反応しなくなって。でも、何か興味深いことがあるのか、ずっと窓の外を眺め続けてる。そんなプリィにつられるように窓の外を見るリジィ。エフィムは一人、座ったまま目をつぶっている。本でも持ってこればよかったと、ふとそんなことを考えたところで、再び車内放送が流れる。


「これよりー、帝国領ー、内地ー、内地にー、入りまーす」


 相変わらずの、少し特徴的なイントネーションの声。放送を終えた直後、ふっと空気が変わるのを感じる。なんというか、肌にまとわりつく空気のような「何か」が変わる感じ。……そうね、初めて蒸気風呂(ミストサウナ)に入った時のような、そんな違和感を感じる。


(それが、「冬精(ふゆ)から地精(はる・あき)に移動した」感覚だよ)


 エフィムの精霊オットトから伝わってくる意思。そっと他の人の様子を伺う。プリィは特に気付いた様子はない。多分リジィも同じ。そっとエフィムに視線を送る。軽く頷く彼。彼だけは、私と同じような感覚を味わったのだろうと確信する。


(そうね、ちょっと「むわっと暑い」感じがしたわ)

(……へぇ。まるで日精(なつ)みたいな感想だね)

(いや、でもわかるなぁ。僕も同じような感じだから)


 こっそりと、そんなことを話しあっていると、今度は隣のプリィが少し興奮した声を上げる。


「うわぁ」


 その声に思わずプリィを見て。そのまま彼女と同じように、窓の向こう側を見て。その風景に言葉を失う。


 窓の外には、青々とした緑が、どこまでも続いていた。


  ◇


 微かに揺れながら走る列車。その窓の向こう側に、今まで見たことのない、見渡す限りの緑の風景が広がる。あそこで風に揺れているのは麦穂だろうか。所々にみかける畑の(うね)に、果樹園か何かであろう、人の手の入った樹木林。とにかく、目に見える範囲全てが「人の手が加えられた緑」で。その広大な、人工的な風景に、言葉を失う。


 どこにも雪のないその風景は、確かにグロウ・ゴラッドという街にはない壮大さにあふれていた。


  ◇


 そうして、さらに少し走って。やや建物が多くなってきたところで、再び車内放送が流れる。


「まもなくー、グラニーツァ・アストロークー、グラニーツァ・アストロークー、に停車ー、しまーす」


 放送と共に速度を落としていく列車。窓の外の景色は一気に、街中のものへと変化をする。……なんとなく、雪のない街の風景というのは新鮮ねと、そんなことを思いながらぼんやりと眺める。


「……街の風景には驚かないんですね」


 多分驚くと思っていたのだろう、ちょっと意外そうなリジィの声。その声に、少し不思議そうな表情を浮かべながら、プリィが答える。


「え〜、でもここ、そんなにも大きな街じゃないですよね」

「いや、これでも帝国の中ではかなり大きな街なんだけど……」


 旧国境の前線要塞都市グラニーツァ・アストローク。今は帝国の辺境と内地を隔てる「壁」のすぐ内側にある最前線の都市で、エフィムのような物資統制官の赴任先。辺境から壁を超えてやってくる交易屋の目標でもある。そんな都市だから、私たちが見たら興味を示すんじゃないかと、そうリジィは思っていたみたい。


「雪がないのは目新しいけど、それ以外は普通の街の風景よね?」

「そうですね〜。少なくとも『組織の屋敷』や『デュチリ・ダチャ』みたいな大きな建物は見当たらないようですし〜」


 私たちの言葉に、少し残念そうな表情を浮かべるリジィ。そんなリジィを慰めるように、エフィムが話しかける。


「……まあ、グロウ・ゴラッドも小さい街じゃないからね。田園風景の方が珍しいというのもわかる気がするよ」


 そんな会話をしている間にも、列車は速度を落としていって。やがてグラニーツァ・アストロークの駅のホームへと入っていく。今まで見てきたグロウ・ゴラッドの街外れにある駅のホームとはまた違う、何人もの人が座ったり歩いたりと思い思いに行動をする、少し雑然とした風景。


「混雑がー、予想ー、されますのでー、お降りの方はー、速やかにお降り頂くようー、お願いーしますー」


 そんな放送が流れて、ほどなくして列車が停まる。やがて、窓の向こうのホームには、数え切れないほどの人、人、人の風景。その人の多さに少し驚く。この列車に乗る乗客の一部が降りただけでこの人の数。もし全員が降りたらどれだけの人数になるのだろう、と。


  ◇


 やがて、列車は再び動き出して。その後、目的の駅に到着するまでの間、小さな驚きが続く。


 昼食は車内販売で買った、飛び領地邸でも食べてたサンドイッチ。……最近、よくサンドイッチを食べてる気がするわね。何かしら、帝国人ってサンドイッチが好きなのかしら。

 で、販売員が使っていた金属製のティーポット、エフィムが言うには、いつまでも冷めないらしい。……なにそれ、ホントかしら。少し信じられないんだけど。


 窓の外の風景がよほど気に入ったのだろう、プリィは窓際の席で、窓の向こうの風景を飽きずにずっと見ている。少しずつ変わる風景。そのほとんどは田園風景で、たまに見る街の風景は、十分もしない内に通りすぎる。たまに通り過ぎるのに何十分もかかる街があると、車内放送で案内と、あと特産品とかの紹介が入る。どうもその特産品も車内販売で買えるみたい。本当、たくましいわねと感心する。


 そうして、日も傾いて。列車内に、飛び領地邸で使われているような電気の灯りが灯る。


 夕食は食堂車で。主菜に肉料理、副菜にシチュー、あとはパンと軽いお酒という、少し簡易的なメニュー。列車の中という限られた空間の中、しっかりと雰囲気を出しながらテーブルが配されているのを見て、少し感心する。どうやらこの食堂車は予約制で、利用するだけでもそれなりの料金がかかるという話。だから、乗客の多くは車内販売のお弁当で済ますみたい。


「こういうのは経験だからね。何事も体験しておくに越したことは無いと思うよ」


 そんなエフィムの言葉に感謝しつつ、四人で食事。あたり前だけど、飛び領地邸のときのように従者を後ろに控えさせて私たちだけ食事をとるようなことはしない。……この四人でちゃんとした食事を取るのって初めてよね、そんなことを思いながら、席について食べ始める。


……そうね、リジィはもう少し場馴れした方が良さそうね。そんな感想を抱く。


 そうして、日も完全に沈み、窓の外の景色も闇に閉ざされる。ときおり通り過ぎる、暗闇のなかにぽつぽつと灯りが浮かぶ街の風景に、不思議な魅力を感じる。


 そうして、最初は長いと思っていた時間も、過ぎてしまえば短いもので。やがて、その締めくくりとなる車内放送が、客室の中を流れる。


「まもなくー、デヴィニ・キリシュラッドー、デヴィニ・キリシュラッドー、に停車ー、しまーす」


 それは、この長い列車の旅の、最初の目的地への到着を告げる放送だった。

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