黄と赤の双色宮殿・最上層部にて
本日二話更新、第二話目です。
帝国の中央に位置する帝国の首都、「帝都」。近年の技術革新によって人口が膨れ上がった、今や世界に三十を数える百万都市の内の一つ。そのさらに中央、「中央管区」と呼ばれる場所には、百メートルを超える高さの高層建築物が、所狭しと立ち並ぶ。そんな高層建築物群の中央に、ひときわ目を引く、威容を誇る建築物がある。
中世の豪奢な大聖堂を思わせる、格式ある建築様式。だが、その中央からそびえるであろう天を衝く尖塔が近代的な高層建築に置きかえられたような、まるで近代的な高層建築の周りを歴史ある巨大建築が取り囲んでいるような、そんな印象を与える、異様な外見。
それこそが、帝都の中心にして帝都で最も高くそびえたつ、帝国の権力を象徴する建造物、「黄と赤の双色宮殿[ジョルタ・クライスニ・ヴァリエツ]」。最上階に皇帝を擁す、名実共に帝国の中心建造物。
内燃機関を動力源とした昇降機に水道設備、帝都内に張り巡らされた電力網を利用した照明と、帝都最古の高層建築物でありながら常に設備が更新され、常に帝国最先端の技術で稼働する、帝都の全てを注ぎ込まれた建造物。
その最上階にある皇帝の居室の一つ下、皇帝の居室に唯一つながる部屋、特務総軍参謀官政務室。さらに、その部屋に隣接するように配置された、特務総軍参謀長付武官政務室。そこには、特務総軍参謀官の補佐をする百人を超える特務武官たちが集められ、日々政務を執り行っている。
皇帝への居室へは、その二つの部屋を通って初めて出入り可能となっていて。皇帝への報告は全て、彼と、彼の率いる官僚団の目にさらされ、選別される。
――それはさながら、世界一豪華な、天空の牢獄。そこは、帝都を一望する眺めを独占する権力と、帝都で最も空に近い空間を独占する権力を有し、……そして、あらゆることを臣下たる特務総軍参謀官に取り仕切られた、無力な最高権力者の住まう場所だった。
そんな、帝国で最も高貴な高層建築物の最上層部。自身の政務室である特務総軍参謀官政務室の椅子に座る、壮年の軍人官僚――特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフ――は、回ってきた書類の束に次々に目を通していく。ある書類はサインをして皇帝への裁可を求め、ある書類は短い一文と共に差し戻す。そうして彼は、次々に書類を処理していき、やがて、とある一枚の報告書に目を落とす。
そこには、つい先ほど行われたばかりのエフィム、ミラナ、フェディリーノ神父の通信機越しの会話が、余すことなく記されていた。
◇
貴族によって統治されていた過去の帝国で、自分の才覚を頼みに頂点にまで上り詰めた、平民出身の一人の官僚。彼の手によって導入された火山地精は、帝国の国力を確実に底上げする。転換炉一号機が生む熱は蒸気機関の研究を早め、そこから生み出される地精は、農作物の収穫量を上げる。次いで建造された転換炉二号機は鉱物資源を生産する。そして、二つ転換炉が生み出す春は、帝国を雪の降らない常春の国へと作り替え、安定した気候は交通インフラの整備や維持を容易にする。
そうやって、転換炉の恩恵を受けて、近代化が進むほど。それまで国政を担っていた三大貴族の名声は地に落ち、彼の政治官僚を讃える声は上がっていく。やがて彼は、皇帝の側近となり、皇帝の声を代弁する官僚として、帝国の権力を掌握していく。
その流れに抵抗する、旧来の帝国貴族。だが、そんな権力抗争も、やがて決着がつく。完全に実権を握った政治官僚は、帝国を、自らを支える軍を中心とした体制へと移行させ、高層建造物「黄と赤の双色宮殿」の最上階に皇帝を閉じ込める。――そして、その座を後継者へと明け渡す。
そうして、皇帝の権威を握った特務総軍参謀官が頂点に立ち、その部下たる特務総軍参謀官付武官によって全てが決定され、政治将校たちによって実行へと移されるという歪な形で、帝国は近代国家の道を歩み続ける。
◇
今の帝国の、事実上の最高権力者である特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフは、手にした資料を素早く一読する。程なくして、全て読み終えたのだろう、手早く「監視継続」とだけ記し、処理済みの箱へと放りこむ。
そうして、次の書類を手に取ろうとして、ふと手を止める。そうして、先ほど自分が処理済みの箱へと放りこんだ資料を、再び軽く一瞥する。
本来なら、彼が逐一報告を受けるまでもないような、中流貴族の末席に連なるささやかな人間の動向。だが、その「精霊との対話能力を持つストルイミン家の男」の監視を命じ、自分の元まで報告書を回すよう手配をしたのは、彼自身に他ならない。
特務総軍参謀官ヴィスラフ・パレーエフは考える。――帝国の近代化の際、早い段階でその軸足を官僚から軍へと移すことで影響力を増したストルイミン家の、継承権は低いとはいえ直系の、精霊との対話能力を持つ男。そして、自分たちや貴族社会、そして帝国教会と距離を置き、独自の行動を取る男。
……それまでは目立った動きはみせなかったその男が、どうやら、何か動き始めようとしているのではないか。再び報告書に目を通したヴィスラフは、そう感じ取る。
そうして、ほんの一瞬だけ考えて。処理済みの箱へと放り込んだ書類を取り出し、「要報告」と書き加え、再び処理済みの箱へと放り込む。そして、書類に書かれた担当者の名前を一瞥し、記憶に留める。
特務武官ロマーノヴィチという、いかにも帝国人らしい名前を。




