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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第四章 帝国[ツァーリ・ナーツァ]
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6.精霊信仰・精霊搾取(1)

 飛び領地邸に来て二日目の昼。飛び領地邸から駅へと続く道。プリィが操る馬の上、バランスを取るために、鐙を踏む足に力を入れる。


「まさか、乗馬もこなせるとは思っていなかったよ。色々できるね」

「ホントにそうですよね。なんで馬に乗れるんですか?」

「こう見えても、元、組織の幹部の娘ですから」


 私たちの前で、馬上でのんびりと手綱を引いて馬を歩かせるエフィムと、私たちの後ろで、同じように馬を歩かせているであろうリジィ。多分こちらも慣れているのだろう、私の後ろで、リラックスした返事を返すプリィ。それぞれの声を聞きながら、私は一人無言で、慣れない馬上でバランスをとる事に集中する。


 以前も通った、駅へと続く道。その道を、それぞれエフィム、私とプリィ、リジィを乗せた三頭の馬が、一列になって歩く。


 どうしてこうなったのか。それを説明するためには、今日の朝にまで、時計の針を巻き戻して……


  ◇


 朝、ベッドの上で目が覚める。上体を起こして、辺りを見渡す。見慣れない、少し広めの部屋。カーテンの奥からにじむ、部屋よりもほんの少しだけ明るい窓の外の光。すこしだけぼんやりとしてから、そうね、引っ越してきたんだったわなんて思い出してから、起き上がる。


 ふと思い立って、ほんの少しだけ窓を開けて、外を見る。少し夜を残す庭。ひんやりとした朝の空気が心地いい。

 異国風の庭に見慣れた雪が振り積もった風景に、そうね、ここも街の中だから当然よねと、どうしてか少しだけ可笑しさを感じて。ふと、遠くからかすかに届く朝日の鐘に気付く。


 まだここは、ぎりぎり街の中ということね。そんなことを思いながら、これからどうしようか、少し考える。着替えて食事をして、エフィムたちとは朝の九時に玄関ロビーで、だったかしら。それまではお茶?、プリィはまだ寝てる?、そんなことをつらつらと考える。


……そうね、確かこの部屋には専用のシャワー室があったはず。まずはお湯が出るか確認して、それから決めようと、そっと窓を閉じる。


 そうして、着替えとタオルを用意して、灯りを持って、バスルームに足を運ぶ。幸いにして、十分に熱いお湯が出ることを確認する。


 十分に温まった部屋に、スイッチ一つで灯る灯り。なんの準備もなく出てくる熱いお湯。凄いところにきたわねと、すっきりと覚めていく頭が、そんなことを思い浮かべた。


  ◇


 シャワーを浴びて。部屋着に着替えて、寝室から隣の応接間に入ったところで、ワゴンと共に、廊下の扉を開けて入ってくるプリィと鉢合わせになる。


「っと、おはようございます!」

「おはよう」


 慌てて挨拶をするプリィ。既に使用人服に着替えて動き回っていたらしいプリィに感心しながら、挨拶を返す。


「朝食を頂いてきました!」


 朝一番で、昨日プリィが食事をとった兵士詰所に行って、朝食をもらってきてくれたみたい。楕円形の、黄色く(こむぎいろに)焼きあがった、程よい大きさのパン。ハム、野菜、焼いた卵と、薄く切ったチーズにバターといった、さまざまな食材。パンに切れ込みが入っているところを見ると、はさんで食べるということだろう。


「兵隊さんたちと同じものをもらってきました!」

「そう。結構いいものを食べているのね」


 彼女の言葉にうなずきながら、テーブルに座る。パンや具を乗せた皿を机の上に並べるプリィ。彼女が並べ終えて、席に着くのを待って、一緒に食べ始める。

 朝食をもらってくるときに聞いてきたのだろう、兵隊さんたちから聞いたんですけどと前置きしてから話し始めるプリィ。その言葉に耳を傾ける。――その詰所という大広間に兵士たちが待機しているのだけど、どうもそこで、薪ストーブの火やお湯を絶やさないようにしてくれているらしいと、そんな話を。


 この屋敷の設計には組織も絡んでいるみたいで、暖房の仕組みはこの街の方法と同じ。ただ、一ヵ所で火をくべるだけで屋敷中が程よく温まるよう、色々と工夫がされているらしい。

 多分、帝国の人間はここの薪ストーブに慣れていないのだろう。「一度燃やせば何時間も安定して燃え続けるのはすごい」「火の番をするのがバカバカしくなる」そんな風に兵隊さんたちが感心していたと、そんな話を聞く。


……その話を聞きながら、ふと思う。最近、自分で挟んだりしながら食べる、そんな食事が増えた気がする。思えば、デュチリ・ダチャで出会った時に出された「まかない」もそうだった。これ、プリィの好みかしら?


「今日は、何をするんですかね?」

「……とりあえず、この子との契約の話かしら?」


 サンドイッチの具と格闘して言葉が少なくなったところで、プリィの質問。パンにバターを塗り終えたところで一時中断して、彼女に見せるように、首にかけたネックレスをかざす。それを見て、昨日の話を思い出したのか、納得したように頷くプリィ。


 元々、私がここにいるのは、私が精霊と契約できる人間だから。精霊と契約した人間は、帝国人と対等に話ができる。そして、その私が紹介したという形にすればこの街の人も帝国人と対等に話せるようになる。だから精霊と契約して、その体裁を整えるのが、私の最初の仕事。


 と、そんなことを考えていたところで、プリィが首を傾げる。


――でも、ここの兵隊さんたち、精霊さんと契約していないからと言って冷たい態度を取るようには見えない、と。


  ◇


「もちろん、俺たちは『例の御方(ミラナ)』のことを事前に伺っています。でなければ、統制官殿(エフィム)副官殿(スヴェトラーナ)に近づけません」


 食事を終えた後、詰所まで皿やワゴンを返しに行ったプリラヴォーニャ。そこにいた兵士たちに、「精霊との契約」について聞く。その質問に、真面目に答える兵士。なるほど、そういう仕事なのかと納得したところで、少し離れたところから茶々をいれてくる声が届く。


「まあ、声をかけるかどうかは別問題だけどな~」


その少し聞き覚えのある声と口調に少し笑いながら、目の前の兵士に礼を言うプリラヴォーニャ。


「だからお前、そんなキャラじゃないだろ?」

「うっせぇよ、この真面目」


 そのまま、ミラナの待つ私室に戻ろうと、踵を返すプリラヴォーニャ。詰所から出る間際に聞こえる声に、クスリと笑う。


  ◇


「と、そんな感じでした~」


 詰所で聞いてきたであろう話を聞いて、なるほどと頷く。まあ、あまり細かいことは気にしないであろう人が多そうなのはいかにもエフィムの部下らしい、そんな感想を抱く。その上で、任務と折り合いをつけているところなんかは、本当に「らしい」気がする、と。


――もっとも、プリラヴォーニャが話さなかった、立ち去り際の軽薄そうなやり取りを知ったら、ミラナが抱く感想も、また違う感想になったかもしれないが。


  ◇


 そうして、思ったよりもあっという間に時間が経って。

 朝の九時、玄関ホールで待ち合わせの時間がやってくる。


  ◇


 部屋着から少しフォーマル寄りな、落ち着いた服に着替えて。プリィと二人、待ち合わせの玄関ホールへ行く。


「やあ、おはよう」


 玄関ホールの片隅の小さなテーブル。その席から、軍服をまとって気軽に声をかけてくるエフィム。その隣には、同じく軍服を着たスヴェトラーナ。

 二人が座るテーブルから少し離れたところに、数人の兵士が立ち並ぶ。……なんというか、多分彼らは普通に立っているだけなのだろうが、恐ろしいほどに姿勢の良い直立不動に、迫力を感じる。


 この辺りは組織の荒っぽさとはまた違う凄みがあるわね、そんな風に感じながら、多分私の席であろう、空いた椅子に座る。


「おはよう。ここでいいのかしら?」


 座りながらの質問に頷く二人。プリィに軽く目配せして、私の後ろに控えてもらう。その様子を見て頷くエフィム。多分、それで構わないという意思表示だろう。……昨日スヴェトラーナの後ろに控えていたホーミスやドヴォルフといった人たちがいないのは、彼らは兵士ではなく使用人ということなのだろう。昨日もエフィムの後ろに控えていたリジィという若い兵士が、兵士たちの中に混じって一緒に立ち並ぶのを見て、そんなことを思う。


……何というか、プリィも、あまり私に付きっきりだと、使用人としての仕事ができなくなりそう。でも、とりあえずそれは後で考えよう。今は、気心の知れた、気軽に相談できる人がほしい。


 そうして、多分全員が揃ったところで。エフィムが話し始める。


「早速だけど。昨日も少し話したけど、まずはミラナ、君が精霊と契約しないと始まらない。君が良ければ、すぐにでも契約してほしい。……と、いう訳で。まずは神父様と話をしに、駅に行こうと思う」


 最初は、予想した通りの話。で、そのために、駅に行って、その教会に住む神父と話をする。あの駅には、帝国から通信線というのがひかれていて、それを使うと、帝国内の主な場所と話ができるみたい。


 話す内容は自己紹介と、あとは本当に契約ができるかどうかの確認。大丈夫、かなり気さくな人だから、そう言うエフィムに、どこか苦笑いを浮かべるスヴェトラーナやリジィを含む一部の兵士たち。なにかしら、好意的なんだけどその言いかたはどうなのかと、そんな空気を感じる。


……もしかしてその人、個性的な人なのかしら、そう思ったところで、エフィムの、予想を超えた一言が投げ込まれる。


「で、問題なければ……というか、問題は起こらないと思うから、そこで日を決めて、神父様の住む教会にまで、足を運ぼうと思う。――片田舎だけどね、ミラナには、帝国領、壁の内側に足を運んでもらうことになると思う」


 耳に入ってきたその言葉を読み解いて理解するのに、少しだけ、頭に空白が入り込んだ。

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