閑話 もう一つの晩餐会
ミラナ様たちが夕食をとられているのを後ろで眺めているだけの晩餐が終わって。ミラナ様と二人で部屋に戻ってきて。灯りをつけて、扉を閉めて、ほっと一息。……この部屋もまだ、一日も経っていないし、正確にはミラナ様の部屋なんだけど。でも、なんというか、わたしたちの場所に帰ってきたみたいな、そんな安心感がある。
「……七時。夕食に一時間、長いのか短いのか、難しいところね」
「長いです。後ろに控えてる人のことを考えた時間だとは思えません」
壁にかかった時計を見ていたミラナ様の一言に、少しむくれたフリをして。その言葉に、ミラナ様がほんの一瞬だけキョトンとして。その後、二人で笑いあう。
「でも、思ってたよりも軽い雰囲気でした~。……もしかして、気を使ってくれた?」
あの時の雰囲気を思い出して、そんなことを言ってみる。
……使用人は後ろに控えて、目の前で主人が食事をするのをじっと待っているだけ。そんな話を聞いて、少しだけ不安だったから。正直、晩餐の席のあの雰囲気に、気が楽になったのも事実かなと。
「さあ、どうかしら? あの人たち、そういう所はきっちりと線を引きそうだけど。だからきっと、あれで良かったと思うわ」
そんなわたしに、そっと励ますミラナ様の返事。その言葉に頷いて……
「それにしても。わたしの夕食はいつになるのでしょう?」
そんなわたしの素朴な一言に、そこまで遅くはならないんじゃないかしらとミラナ様。そんな他愛のない話をしながら、わたしの夕食の準備ができるまで、二人でのんびりとした時間をすごした。
◇
程なくして。扉の外から、チリンとドアベルの音が鳴って。「それじゃあ、行ってきます」とミラナ様に言い残して、扉を開ける。
そうして、わたしを呼びに来たホーミスさんに、夕食をとる場所であろう、建物中央、玄関ホールの奥の方にある、大きな扉の前へと案内される。
◇
「……うわぁ」
その、いかにも広間の扉ですといった感じの大きな扉を開けて。中の風景に、思わず声が漏れる。
想像以上に広いスペースに、多分、二、三十人くらいの人。並べて置かれた長いテーブルで食事をとる人もいれば、床に座りこんで話をしている人もいる。ほとんどが男の人。十分に多いはずなんだけど、部屋が広いせいか、あまり狭さは感じない。
私たちに気付いたのだろう、近くの席に座っていた人が、こちらを見る。同じように気付いたのだろう、さっき晩餐の席でエフィム様の後ろに控えていたリジィさんが、少し離れた場所で手を振っているのが見える。
そんな、ここに来て初めて見た「普通の人たちがくつろぐ風景」に動きを止めたわたしに、ホーミスさんが説明をする。
「ここは兵士詰所です。今は、エフィム様の配下の兵士たちが、この屋敷の警備も兼ねて、ここに詰めています。ここには常に誰かがいて、大抵のものはあると思って頂いて構わないと思います」
そういって、広間の奥の方へと歩いていくホーミスさん。そんな彼女の後ろを、慌ててついて歩いた。
◇
「お、噂の嬢ちゃんたちか?」
広間の一番奥、多分食事を準備してくれているであろう人のところへ行こうとしたところで、ホーミスさんが男の人に声をかけられる。
「ええ、今日からここに住むことになったミラナ様の侍女のプリラヴォーニャ様です」
中年の、身体を鍛えてそうな男の人の言葉にそっけなく返事を返して、そのまま先に進むホーミスさん。そんなホーミスさんの態度に苦笑した男の人が、今度はわたしに声をかけてくる。
「……ったく、相変わらず気取ってるよなぁ。こんな場所ですましてもしょうがねぇだろうに。あんたもそう思わねぇか、なあ?」
……えっと、ホーミスさん、先にいっちゃったけどどうしよう? 頷くわけにもいかず、とっさに答えることもできずにいると、その隣にいた人が、笑いながら話しかけてくる。
「ああ、こいつらはいつものことだ。こう見えてこいつら、仲いいからな?」
「あん? 誰と誰が仲がいいって?」
「そうですね。一体、誰と誰が仲がいいのか、是非とも伺いたいものですね」
その言葉に、見るからに「怒ったふりをしています」という風に話す男性と、いつの間にか戻ってきて、見るからに「呆れています」といった体で話すホーミスさん。……なるほど、確かにこの人たち、仲はよさそう。そんな感想を抱く。
そのまま、再び無言で立ち去るホーミスさん。話しかけてきた男の人二人に「ごめんなさい」と軽く礼をしてから、少し速足で彼女を追う。
「また、今度は二人きりで話をしようぜ~」
立ち去るわたしを追うように、そんな言葉が届いて。その言葉に返事をする間もなく「お前、そんなキャラだっけか?」「うっせぇ、こんな誰もこねぇ屋敷で働いてたら出会いってもんがなぁ……」という会話が耳に届く。そんな言葉に、思わず笑みがこぼれるのを自覚した。
◇
そうして、奥のテーブルに到着して。多分、この部屋の中にいる唯一の、やや年配の少しだけふくよかな女性から、いくつかの料理の載ったトレイを受け取る。
「はいよ! 今日はちょっと豪勢だよ! ……って、ホーミスちゃんかい。じゃあ言わなくてもわかってるね」
「いえ、今日は新しい人もいるので。――こちらはカクシーミア。主にここで、兵士たちの世話をしているわ」
「『おばちゃん』でいいよ、かたっくるしい。あと、あたしゃ単なる雑用だよ」
そんなカクシーミアさんに、簡単に自己紹介をする。
「じゃあ、一応献立の説明をしとくよ。それぞれ『トマトと生ハムとチーズを使ったブルスケッタ』に『砕いたパイ入りショートパスタのクリームシチュー』、さらに『トナカイと豚の合い挽き肉のカツレツ』に『茹で野菜のビネグレットサラダ』、デザートにマスカットまで付いてる。まあ、上の方々のおこぼれって奴さ」
彼女の説明に、改めてトレイの上に載せられた料理を見る。ミラナ様たちが食べていたのとよく似た料理。ただ、こちらの料理は、クリームシチューがメインなのだろう、かなりの量がある一方、他の料理は半分以下。マスカットに至っては三粒しかない。
それでも、思ってもみなかった料理に驚いているところに、声をかけられる。
「せっかくの豪勢な料理なんだ。とっとと席について、食べちまいな!」
「そうですね。もう遅いですし、冷める前に頂いてしまいましょう」
その言葉に、コクコクと頷いてから、ハイと返事をした。
◇
「予算の関係ですね」
カクシーミアのおばさんから受け取った料理を持って、リジィさんの席に行って。彼の対面に座って一番に、ホーミスさんが口を開く。
「……っていうか、あんな料理、そのままだと食べるだけで疲れそうなんだけど」
リジィさんの言葉に、なんというか、リジィさんらしいなんて感想を抱く。なんというか、この人、あまりホーミスさんみたいな感じはしない。そんなリジィさんの言葉に、ホーミスさんが説明をする。
「エフィム様は兵士たちと同じものを食べたいだけで、兵士たちに作法を身に着けろとはいわないと思いますが。……大体、あなたも平民とは違うはずですが」
「片田舎の貧乏な小領主の小せがれなんて、平民と一緒のようなもんだと思うけどなぁ」
ホーミスさんの言葉にすこし驚いて、リジィさんを見る。そんなわたしの態度に、「ほら、平民にしかみえないってよ」なんて言いながら、リジィさんが話し始める。
なんでもリジィさんは帝国の片田舎の農家の出身で、何人かの人を雇っているみたい。今は兵役でここにいるけど、それが終わったら家を継ぐことになると、そんな話。
「彼は農家と言ってますが、小領とはいえ領主様ですよ」
「いや、ウチで雇っているのはせいぜい十人程度だし、大体、今はもうそんな時代じゃないって」
昔は何でも人手がかかったけど、今は少ない人手でもやっていける。ちょっと農作物を作っているだけで領主だなんて、そんな顔ができるような時代は終わったんだ、エフィム様はストルイミン家の人間をつれてきていないから俺が従者の真似事をしているけど、本当ならストルイミン家の人間がするはずなんだと、そんな風に力説される。
「だいたい、俺とホーミスさん、どっちが立派に見えるのかって話でさ。そりゃあ、ずっと貴族の家に仕えていたホーミスさんの方が、立ち振る舞いは何倍も立派だろ?」
リジィさんの言葉に少し笑う。確かにリジィさんの言う通りだし、何よりリジィさんが貴族のような扱いはされたくないというのが良く伝わってくる。……多分、ホーミスさんはそれが少し不満なんだろうけど。
そんなことを話ながら、食事を進めて。最後に、わたしたちがデュチリ・ダチャという娼館から来たと話すと、リジィさんが驚いて。わたしはただのお手伝いさんだと言うと、リジィさんが少し納得して。今着ている服は娼館の頃の制服だと話をすると、首を傾げて。
最後に、ミラナ様は元娼婦だったと話をすると、リジィさんは驚きのあまりフォークを床に落とす。
「要するに、『高貴な愛人』ですよ」
続くホーミスさんの一言で、リジィさんは少し納得したような顔をして。「いや、でも、そんな人がなんで娼館に」と小声でつぶやく。そんなリジィさんを横目に、食事を進めるホーミスさん。
……ちょっとだけ、ホーミスさんの「高貴な愛人」という言葉が気になったけど。あまりここで話さない方がいいような気がして、とりあえず自分も食事を進める。
やがて、リジィさんも悩むのをやめて、フォークを取り換えに行って。帰ってきたころには別の話題で盛り上がって。
そうして、ミラナ様とよく似た夕食を、ミラナ様とはまったく違う雰囲気の中、楽しく味わった。
◇
「とてもおいしかったです!」
程なくして夕食から帰ってきたプリィの、最初の一言。どうも、私が食べたものと同じものを食べてきたみたい。
……どうやら彼女は、あそこで出された料理は、どれも作るのはそこまで難しくないと聞いてきたみたい。今度機会があったらぜひ作りたいと、そんな風に力説していた。
「特にあのクリームシチュー、なんて言うか、普通のスープよりも濃厚で、まったりしてるんだけどしつこくないんですよ。あれは覚えたいです!」
彼女の表現に少し笑って。しばらくの間、話をして。そろそろ寝ようと、部屋の灯りを消してから、それぞれ寝室へ移動する。
広い寝室にポツンと一人。少し寂しい、そんなことを思って、少し笑う。すぐ隣の部屋にはプリィがいる。ならきっと、何もかわらない。
「おやすみなさい」
寝衣に着替えて。地精石のネックレスだけ枕元に置いて。今も眠っているらしい地精と、隣の部屋の、まだ若い、私の大切な使用人に挨拶をして。そっと布団に身を包んだ。




