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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第四章 帝国[ツァーリ・ナーツァ]
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5.異国文化(5)

 一通りの食事を終えて。ドヴォルフが、今までと同じように手際よく、食後のデザートであろう果物をのせた皿と、水の入った見慣れない帽子の形をした金属製の器を、テーブルの上に並べていく。


「食後のデザートのマスカットです。異国イリーニャに伝わる伝統ある品種で、エメラルドに近い色合いとその味わいから、マスカットの女王と呼ばれている品種となります」


 その説明に、改めて皿の上に載せられた果物を見る。小さな果実がいくつも連なった、エメラルドに例えるにはやや明るい色をした、薄黄緑色の果実。……実は、このマスカットという果物は交易屋が取り扱う定番の品の一つで、私も組織のパーティーで何度か食べたことがある。ただ、その時は果実だけが小分けした器に入れられていたので、どんな形の果物かは知らなかったのだけど。そう、こんな形をしていたのねと、まじまじと見る。


……まじまじと見て、これ、どうやって食べるのかしらと疑問に感じたところで、追加の説明が耳に入る。


「こちらは手洗い用の水とハンカチになります。よろしければご利用ください」


 その言葉を軽く咀嚼して。その言葉をあたり前のように受け止めるエフィムたちに、軽く衝撃を受ける。……そう、手で食べるのね。さっきまでの、格式ばった様子は何だったのかしらと、そんなことを思う。


……ついさっき、立ち振る舞いは商売道具と啖呵を切ったのだけど。まさかその直後に、果物を手づかみで食べることになるとは。もしかして、少しはやまったかしら。


  ◇


 エフィムとスヴェトラーナが、無造作に目の前のマスカットを一粒づつもぎ取っては、口の中にいれる。その様子を観察してから、二人と同じように、恐る恐る目の前の果実を一つつまむ。少し力を加えるだけであっさりと房から外れる果実。……これならフォークでも食べれそうだけどと、そんなことを思いながら、口の中に入れる。そうして口の中に広がる、みずみずしい甘さと香りを楽しむ。


……まあ、初めはどうかと思ったけどやってしまえばどうってことはないわねと、そう思いつつ、次の一粒に手を伸ばす。


 あの二人、どうして手で食べているのに品があるのだろう。……そうね。私は多分、あんな風には食べれていない。でも、せめて見苦しくないように気をつけよう。そんなことを考えながら、次の一粒へと手を伸ばした。


  ◇


 そうやって、少しずつ会話を挟みながら、デザートのマスカットを食べ進める。途中エフィムが、いかにも彼らしい、ちょっと長めの笑い話をはさむ。


――今から何十年も昔、ある大物貴族の晩餐会に招かれた平民出身の政治将校が、間違って手洗い用の水を飲みそうになった。その時は事なきを得たんだけど、その話が外部に漏れて、貴族たちの間で「平民出身の政治将校は手洗い用の水まで飲もうとする」なんてことが言われるようになる。それが元で、元々互いを良く思っていなかった貴族と政治将校との間に緊張が走ったんだけど、最終的にはその貴族が公職から退く形で責任を取って一件落着。まあ、後任に彼の息子が就いた上に爵位も継承してるから、実質はあまり変わりはないんだけどとねと、そんな何ともいえない話を滔々(とうとう)と語る。


「そうして帝国に、『手洗いの水を出すときは知らない人が飲まないよう帽子型の器で出して、招待客にも手洗い用の水だとちゃんと伝えること』というマナーができたと、そういう話だね」


 そんなエフィムの話を聞いて思う。……これ、笑い話になっていないわよね。こんな話が面白いと思えるほど、その政治将校という人たちは嫌われているのかしら、と。


 そんな私の考えが表に出たのか、さらにエフィムが言葉を重ねる。


「実際、貴族たちの中にそこまで細かいマナーを気にする人なんて少ないからね。細かいことを言い始めたって自分たちが堅苦しくなるだけ、それじゃあおいしくないだろう? だから、細かいことを気にする位なら堂々としていた方がいいと、僕は思う。変に卑屈になったりする方が反感を持たれる元になるからね」


 その言葉を聞いて、いかにも彼らしい言葉だと、少し笑う。――堂々としていられるのも反感を持たれないのも、一つの能力だと思う。組織でもそれができる人は上に上がっていくし、それができない人は下っ端のまま。だから皆、必死になって立ち振る舞いを覚える、そう思っていたんだけど、どうも彼の中では違うみたい。……そこはスヴェトラーナも、同じような気配を感じる。


 もしかして帝国貴族というのは、皆そういう考え方をするのかしら、そんなことを、ふと思う。


  ◇


 そうして、雑談を交えながら食べ進めて。食べ終わってからも少しだけ雑談を続けたあと、エフィムが口を開く。


「そうだね、普通なら忙しい中集まってくれてありがとうとかあとはご自由にご歓談くださいとか言うのが正式なんだろうけど、まあ内輪だからね。そういうのは抜きにしよう。……さしあたっての仕事の話はまた明日にでもすることにして、今日はここまでということで」


 そう言って席を立つエフィム。その様子に軽く苦笑しながら、同じように席を立つスヴェトラーナ。


「そうですね、それでは、また明日。……朝の九時に玄関ホールでよろしいかしら。――今日は一日、お疲れ様でした」


 言葉短かにそう伝えるスヴェトラーナ。その言葉に頷いて。そうして、この日の晩餐は、無事に終わりを告げた。


  ◇


 プリィと一緒に部屋に戻ろうとしたところで、ホーミスに呼び止められる。


「こちらが灯りになります」


 そんな言葉と共に、彼女から、ランタンのような意匠の不思議な道具を手渡される。凝った意匠の、よくある形をしたランタン。だけど、蝋燭をいれる硝子の瓶は白い曇り硝子になっていて、その中身は良く見えない。


「その上の部分にあるスイッチを押すと灯りがつきます」


 そのよくわからない説明に、プリィと二人でランタンを眺めて。その「スイッチ」を見つけて押す。……押しただけで本当に光り始めたのを見て、驚きながらも感心する。


「部屋の入口、扉の隣にもスイッチがありますので、そちらで灯りをつけてください。少し暗いと思いますので、そのランタンも一緒に使われることをお勧めします。なお、廊下の灯りは十時に消灯します。それ以降はランタンを持ち歩くようにしてください」


 ホーミスの説明に頷いてから、天井を見上げる。シャンデリアを模したであろう、豪華な光る飾り。周りを見渡す。壁にかけられたランタンの光。手元を見る。今渡されたばかりの、不思議な光り方をするランタン。


――きっとこの屋敷には、このランタンのような灯りがいたるところにあって、簡単に灯りを灯すことができるようになっているのだろう。そのことに、今更のように気付く。


「少ししたらプリラヴォーニャ様の夕食を案内させていただきます。それまではどうされますか」

「そうね。一度部屋に戻ろうと思うわ。私の部屋まで呼びに来てもらってもいいかしら」

「わかりました。ではそのように致します」


 最後にホーミスとそんなやりとりを交わして。そのまま彼女は、プリィにも同じランタンを渡してから一礼して、ドヴォルフの方へと移動する。


「片付け、手伝わなくていいのかな」

「……今はまだ、手伝うのも難しいんじゃないかしら」


 プリィの発言に、思ったことを正直に伝える。あの人たちの統率の取れた動きは、一朝一夕のものではない。そんな人たちの中に入っても手伝えることがあるとはとても思えない。それはプリィもわかっていたのだろう、「そうですね」と言って頷く。……まあ、少し心にひっかかるものがあるのだけれど。それはしょうがない。


 そうして、客間を出て、自分の部屋へと戻る。途中、客間と同じくらいに明るく照らされた玄関ホールと、それよりは少しだけ暗いけど十分に明るい廊下に、これ、手元のランタンはいらないんじゃないかしらと話しながら、自分の部屋の扉を開ける。


「確か、扉の横って言ってたわね」

「はい。……これかな?」


 二人でスイッチを探して、押してみる。ホーミスの言ったように、客間や玄関ホールと比べるとやや弱い、だけど十分すぎるほどの灯りが部屋を照らす。


「……これ、ランタンはいらないと思います」

「……そうね、私もそう思うわ」


 そんなことを言いあいながら、部屋の中で軽くくつろぐ。壁にかけられた時計を見る。


「……七時。夕食に一時間、長いのか短いのか、難しいところね」

「長いです。後ろに控えてる人のことを考えた時間だとは思えません」


 時計を見ての慨嘆に、プリィが頬をふくらませながら即答をして。すぐに二人して笑いあって。プリィの夕食の時間までの僅かな時間、二人でのんびり、肩の力をぬいて過ごした。

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