4.異国文化(4)
エフィムの、芝居っ気たっぷりの小麦への慨嘆も終わって。その時間を測っていたかのように、できたての料理を乗せたワゴンが、執事のドヴォルフの元へと運ばれる。運んできた使用人にテキパキと指示を与えるドヴォルフ。あっという間にテーブルの上の皿は取り除かれる。
「こちらはトナカイと豚の合い挽き肉のカツレツと、茹で野菜のビネグレットサラダになります」
軽く説明をしながら、テーブルの上に料理を並べていくドヴォルフ。やがて、テーブルの上には、白い楕円形の皿に載せられた揚げ物料理と、小さなサラダボウルに盛り付けられた色鮮やかなサラダが、綺麗に並べられる。
主菜は白い皿に盛り付けられた、見慣れない衣で覆われた揚げ物料理。皿の中央よりもやや手前に置かれたその料理には、溶けたチーズと、小さくちぎった香草がぱらぱらとまぶされている。さらにその上がからかけられた、鮮やかな赤色をした半固体状のソースが、白い皿に映える。
そして、すぐ隣に置かれた、見慣れたビネグレットサラダ。ビーツの赤色を中心にさまざまな色の野菜をちりばめた、彩り豊かなサラダ。赤いビーツに、薄赤色に染まったジャガイモ、ところどころに白い、小さく切られたタマネギが顔をのぞかせる。そんな見慣れたありきたりなサラダに、見慣れない黄色や緑色の野菜がちりばめられているのが見える。
……これまでに出てきた料理も、見栄えを大切にしていることは見て取れた。けど、目の前に並んでいる二つの料理は、その中でもとびっきり。皿の空白にすら美しさを感じる。
「こちらの主菜は、トナカイと豚の合い挽き肉を、乾燥させたパンを粉にしたものをまぶしてから揚げた料理です。パン粉と揚げるときの油は帝国製、またソースはトマトをベースにした、帝国では一般的なものを使用しています。トナカイの肉と豚肉は、この街のものを使用しています」
ドヴォルフの説明に、主菜のカツレツを見る。馴染みがないと思っていたけど、わざわざ焼き上げたパンを衣にして、バターを使わずに揚げているのね。そのなじみのない調理法に、興味を引かれるのを自覚する。
「で、こちらが副菜のビネグレットサラダになります。ビーツやジャガイモ、タマネギといったこちらでも取れる野菜を中心に、ニンジンのような帝国産の野菜や、トウモロコシやパプリカといった輸入野菜を彩として加えています」
で、もう一つの料理、副菜のビネグレットサラダを見る。小皿に盛り付けられた、こちらでも良く見る、ビーツを中心にしたサラダ。ところどころに見える、見慣れない黄色や緑色の野菜は帝国製の野菜か。
「どちらも、この街の食材をメインに調理しています。帝国風の味付けですが、街の方にも気に入ってもらえるのではないかと自負しております」
そう言いながら、新しいグラスを並べて、また違う酒を注ぎ始めるドヴォルフ。小さ目のグラスに、多分果実酒であろう赤い液体がそっと波を打つ。
「それでは。私たちが作った『この街らしい食材の味』を、どうぞお楽しみください」
最後にそんな一言を残して。準備を終えたドヴォルフは、再び壁ぎわへと、静かに下がった。
◇
フォークとナイフを手に、まずは主菜の揚げ物料理を小さ目に切って、口に運ぶ。最初にほのかな酸味のする少し甘いソースの味。噛みしめると、衣のさくっとした歯ごたえ。ひき肉が口の中でほどけ、油と肉汁の熱が舌の上で暴れる。
帝国の油の違いだろう、普段よく口にする、バターにラードが混じりあった香りとは違う、さっぱりとした脂の旨みが口の中に広がる。トナカイと豚の合い挽き肉の赤身を中心とした肉の味が、揚げ物の味とからみ合う。
「思ったよりさっぱりしてるわね」
ゆっくりと味わってから飲み込んでから、正直な感想を口にする。もちろん、揚げ物料理だから、軽くはない。けど、バターと混ぜ合わせるように揚げるこちらの揚げ方と比べると、ずっと軽い。副菜のサラダの方へ手を伸ばしながら、そんなことを思う。
「そうですね。トナカイの肉というのは、思ってたよりも淡泊な味なのでしょうね。思っていたよりも食べやすいですわ」
そんな私の感想に答えるような、スヴェトラーナの、私と同じようで、だけど少しだけずれている感想が耳に届く。なるほど、帝国の人はそう感じるのね、軽く意表をつかれる。……その様子を、少し笑いながら見ているエフィム。あれ、私と彼女のズレを見透かしてそう。そんな表情をしている。
「そうそう。組織で出てくる揚げ物、結構味付けが強いよね。揚げ物にバターはどうなんだろうって、いつも思うんだけど」
エフィムの感想に、その予想が当たったことを確信する。
「バターで揚げるのですか?」
「うん。どうも、衣の内側にバターを仕込んでおいて、油で揚げ焼きにする感じらしい。あれはあれでおいしいんだけど、ちょっとくどいと感じる時もあるかな」
スヴェトラーナの意外そうな声に、説明するように答えるエフィム。そんな二人の会話を聞きながら思う。揚げ物を油だけで作るとかなり高くなりそうな気がするのだけど、二人の会話から、そんな様子は感じられないわねと。……もしかして、帝国の油って、安いのかしら。ふとした疑念が頭をよぎる。
「うん、やっぱり野菜はこっちの方がおいしいよね。いつでも新鮮な野菜が食べれるのは大きいよね」
「そうですね。街中が天然の氷室ですからね」
「それどころか、畑に雪を積もらせておいて、必要なときに収穫とかもしてるみたいだからね。畑を見学させてもらった時にはびっくりしたよ。……土が顔を見せてる畑もあったからね。その一帯、精霊の気配も他とは違ったし、何か雪が積もらないような仕掛けがあるはずなんだけど」
二人の会話を聞きながら、雪無しでどうやって食べものを保存しているのだろうかと、そんなことを考えたところで、二人の視線に気付く。……「雪が積もらない仕掛け」に心当たりがないか、そんな気配を感じる。
「……多分、『冬解かし草』じゃないかしら」
思いついた心あたりを、私は農作業には詳しくないけどと前置きしてから、軽く説明する。――香草ゴルディニス、別名冬解かし草。国境の河グラニーツァリカのほとりに生える、氷や雪を溶かしながら育つ、不思議な草。人を襲うグラニーツァリカの氷から街を守ると同時に、香草として主に茶の材料にもされる、街の住民にはなじみの深い香草。
そんな私の説明にエフィムは聞き入って。少し考えたあと、少し声を潜めて質問をする。
「もしかしてその『雪解け草』、精霊由来の何かかな?」
「……さあ? そんなことは、今まで誰も考えたことがないんじゃないかしら」
エフィムの思いがけない質問に、少しだけ考えて。正直にわからないと答える。少なくとも香草ゴルディニスから、私の地精石やエフィムの周りをただよう風の精霊オットトのような気配を感じたことはない。だけど、それが彼の求める答えなのかもわからない。
「後で詳しく教えてもらっても?」
「ええ、私にわかることなら。ここにも持ってきているから、実物を見せることもできるわよ」
私の返事にエフィムは頷いて。今日はもう遅いから明日にでも見せてほしいと言うエフィムに今度は私が頷いて。そうして、一旦話を終えて。手を伸ばしたまま話し込んでしまって食べるタイミングを逃してしまったサラダから、まずはビーツをひとかけら、口の中に入れてかみしめる。口の中に広がるビーツの甘みと酢の酸味が、その前に口に入れたカツレツの肉と油の重さを洗い流す。
「……そうですわね。こんな土地だから畑仕事も工夫しますし、工夫をしているからこんな土地でも色々な作物を育てられる。何の不思議もない、あたり前のことなんでしょうね」
いつの間にか私とエフィムの会話を聞く側にまわっていたスヴェトラーナの、ぽつりとこぼした感想。その感想に、そうよね、きっと色々と工夫して育ててるはずよねと改めて感じる。……そういうことは、ここに住んでる私たちも忘れがちよね、と。
◇
そうして、話もひと段落ついて。やや口数少なに、食事を進める。主菜のカツレツのどっしりとした味を中心に、ソースやサラダ、赤い果実酒の少しずつ違った酸味が、一口ごとに肉と油で重くなった口を洗い、食欲をそそる。……ここまでの料理を振り返ってみると、前菜からここまで、最初に酒で食欲を刺激して少しずつ味を濃くしてと、色々と計算しながら出しているのがよくわかる。
「こういう食事もいいわね。準備は大変そうだけど」
自然と口に出た感想に、スヴェトラーナの後ろに控えていたドヴォルフが軽く一礼をして。まるでその様子が見えるかのように、スヴェトラーナが「ありがとう」と、彼の代わりに答える。
「組織流の、大量の人間が自分の好きな料理を自由に取り分ける、まるで立食パーティ―のような形式も、僕は好きだけどね」
エフィムの言葉に、そういえば組織は、普通の食事もパーティーのように好きな料理を自由に取って食べる形式
組織流の、並べられた料理を自由に取るのとはまた違う良さがあるのを感じる。
そんな、他愛もない話を挟みながら、さらに食事を進める。そうそう。帝国がどうやって食料を保存しているか聞いてみたんだけど、塩漬け、酢漬け、瓶詰め、乾燥、色々な形で保存食を作っていると、そんな答えだった。
裕福な家だと日の当たらない地下に保存庫があるそうだけど、凍るほど冷たくはならないし、保存できる量も限られている。一年中、新鮮な食材を使える家なんてのはごく一部。そういう意味では、この街の人たちは恵まれているように感じると、エフィムとスヴェトラーナは口をそろえて言ったのは少し印象的だった。
そうして、主菜も食べ終わって。ドヴォルフが机の上を片付けて最後のデザートを出す準備を始めたところで。エフィムの後ろに控えていたリジィが、軽い口調で話しかけてくる。
「ミラナさんやプリラヴォーニャさん、どこかで礼儀を覚えてきたですか? なんか俺なんかより、ずっと様になってるんだけど」
「そうだね。これなら教会で精霊と契約さえすれば、普通に晩餐の席に同席できると思う」
リジィの言葉に頷くエフィム。彼らよりは採点の基準が辛いのだろう、やや苦笑してほんの少しだけ肩をすくめて、でも「そうですわね」と一応同意をしてくれるスヴェトラーナと、後ろに控えるホーミス。そんな彼らの態度に、一応及第点は取れたらしいと胸をなでおろしながら、軽く虚勢を交えながら、リジィに返事をする。
「礼儀作法を正式に学んではいないわ。――でも、こういう立ち振る舞いは私の商売道具。おろそかにしないわ」
そんな私の言葉に、感心した様子を見せるリジィ。そんな彼の、等身大の立ち振る舞いに好感と、ほんの少しのうらやましさを覚えながら。ドヴォルフが、最後の一品、デザートのマスカットを机の上に並べるのを、静かに見守った。