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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第四章 帝国[ツァーリ・ナーツァ]
27/85

1.異国文化(1)

 飛び領地邸の、ホーミスが案内してくれた「私の私室」の居間で。「いただきます」と言ってから、テーブルの上に並べた「昼食」を、何のためらいもなく口元へと運ぶプリィ(プリラヴォーニャ)の様子を、そっと眺める。


「異国の味です~」


 もぐもぐとほおばってから飲み込んで。ほんわかと、満足気な声を出すプリィ。この場所にもなれてきたからだろう、その少し脱力する感じに思わず笑みをこぼしながら、その「昼食」へと手を伸ばす。


「これ、帝国でもサンドイッチって言うのかしら」


 きっと、どこの世界にでもあるだろう、パンに具を挟んだ簡素な昼食。そのパンが白くなければ、見なれない野菜や燻製肉が使われてなければ、普通に手にして食べてたであろうその「昼食」に、ようやくここに引っ越してきたという実感がわいてくる。と同時に、言い得て妙だと納得する。――私とプリィが引っ越してきたこの「飛び領地邸」。ここは確かに、グロウ・ゴラッドという街の中にある「帝国の飛び領地」、異国の地だと。


  ◇


 私たちがこの飛び領地邸に到着して、これから私たちが住む場所を案内してもらってから。とりあえず持ってきた荷物を片付けようと、それぞれの部屋へと移動して。……と言っても、元々、最低限必要な物しか持っていないこともあって、その片付けはすぐに終わる。


 で、そのまま、部屋着に着替え始める。どんな服がいいか少し迷って、今朝のスヴェトラーナの服装を思い出す。その結果、部屋着というには見栄えのいい、だけどドレスや軍服のような正装と比べると楽な服装を選ぶ。――デュチリ・ダチャでよく着ていた、他の娼婦(かよいしょうふ)に見劣りしない正装ではないけどちゃんとした、そんな服を。


 最後に、マムの伝手で作ってもらったネックレスを首にかける。あのちょっとずれた交易屋の彼に貰った地精石を肌身はなさず身に着けられるようにと加工してできたネックレス。エフィムたちと会う前、この「地精の遺石」を「地精の宿石やどりいし」にすることができれば商売になるなんて、交易屋の彼(フリーダ)とそんな話をしていた頃がなつかしい。もう、遠い昔のことのように感じる。


 と、ふと気になって、精霊の声に意識をあわせて、耳をすます。少し離れたところから悪戯好きな子供のような気配と、ほんの微かに、ネックレスの地精石から、まどろむ気配を感じとる。――今もずっと聞こえたままの、精霊の声。でも、この子――地精石――と一緒に居たからだろうか、以前は気になっていたその声が、今はありきたりな喧騒のような、そこにあるのが自然なものに変化しているのに気付いたのはいつごろか。


――今にして思えば、この「精霊の声」が始まり。私がエフィムに気付いたのは、彼と一緒にいる悪戯っ子のような精霊の声に気付いたから。彼も、私が精霊の声を聞いたことを知って、私を訪ねてきたのだから。


 この「声」で色々なことが変化して、でも、今までと同じように「見栄えのいい部屋着」に袖を通す。そのことに少しおかしさを感じて頬を緩める。――そんなタイミングで、リーンという涼やかなベルの音が、部屋を通りすぎる。


 控えの間から聞こえてきたその音に、「どうぞ」と返事をする。すぐに扉が開いて、見慣れたデュチリ・ダチャの、カウンターメイドの制服を着たプリィが姿を見せる。


 元々、外国の使用人服を元にした意匠だからだろう、ホーミスの着ていた使用人服と比べて、あまり違和感はない。……むしろ、ホーミスの着ていた使用人服よりもプリィの着ている服の方が落ち着いて見えるくらい。きっと帝国風の、フリルやリボンを使ったかわいらしい意匠の使用人服も悪いとは思わないけど、比較するとあまり使用人服らしくないと思えるのは、デュチリ・ダチャの制服に見慣れているからだろうか。


……ホーミスはプリィの、デュチリ・ダチャの制服を見てどう思うだろう? そんなことを考えて、少し笑う。そんな私に、つられたように笑うプリィ。きっと、彼女も同じことを考えたのだと思う。


――まるで、私たちだけデュチリ・ダチャの人間で。なのに、この恰好でも間違じゃないと、そうとも思えるのが少しおかしい、と。


 そうやって二人で笑いあって。少しして、プリィが壁の時計を見て、話を振ってくる。


「そういえば、いつの間にか時間が経ってましたね」

「そうね」


 プリィの言葉に頷いて、壁にかかった時計を見る。午後一時。いつのまにか「昼中の鐘」が鳴り終えて、「昼下の鐘」まであと一時間。きっとここが街の外れだからだろう、どこにいても聞こえるはずの鐘の音が聞こえなかったと、再び笑いあう。


 やっぱりここはデュチリ・ダチャとは、街とは違う場所。でも、こんなところまで異国風でなくてもいいのに、と。


  ◇


 そうして、しばらくしてから、今度は私室と廊下をつなぐ扉から、チリンとドアベルの音。扉を開けると、昼食を載せたワゴンとホーミスの姿。そのまま昼食を室内に運ぶ彼女に「ありがとう」と声をかける。


「そのお姿は?」

「以前の職場で着ていたものだけど。……おかしいかしら?」

「いえ、よろしいかと思います。――よくお似合いですね」


 きっと私たちの服装でも大丈夫ですよという気遣いもあるだろう、ホーミスと言葉短かに会話をして。「それでは、失礼します」と退出するのを見送ってから、昼食と、一緒に持ってきてくれた(ティー)をテーブルの上に並べて。


 そうして並んだ昼食と茶の香りに、やっぱり異国だと、二人で笑いあった。


  ◇


 手にしたサンドイッチを見て、これまでのことを思いだして、少し笑う。元々、デュチリ・ダチャは、マムの「異国趣味」にあふれた場所。制服、内装、料理、そしてメインの商品まで、ありとあらゆるところに、「街の普通」とは違う雰囲気をかもしだしていた。

 そんな場所で過ごしてきた私たちが、今度はここで、あらゆることに異国を感じ、同時に、どこか共通する何かも感じる。そのことに少しおかしさを感ながら、「異国のサンドイッチ」を口にする。


 薄めに切られたパンは柔らかく、葉野菜は瑞々(みずみず)しくシャキッとして、チーズには癖がない。燻製肉も淡泊で柔らかく、食べやすい。なんというか、全体的に切って挟んだだけに感じるのに悪くないのは、少し新鮮。そう思いつつも、プリィの「異国の味」という感想に、軽く頷く。


――確かにこれは、デュチリ・ダチャや街で食べる料理とは少し違う味だと。


  ◇


 昼食をとり終えて。デュチリ・ダチャから荷物が届いたとホーミスから連絡を受けて、玄関ホールにまで取りに行く。組織の屋敷からエフィムが戻ってきたからだろう、来たときと同じように、忙しそうに使用人たちに指示を出すスヴェトラーナに声をかけて、荷物を受け取る。


「もう少しどっしりと構えていてもよろしいと思いますが」

「そうですね。でも、実は少し、時間を持て余してまして」


 スヴェトラーナの言葉に、意識して、少し軽めの返事をする。確かに、わざわざ取りに来なくてもこの人は手配してくれると思う。けど、この人たちが忙しそうにしているのに私たちが「どっしりと構える」のも違う、そう思う。

 そんな私の考えに気付いたのか、少し苦笑するスヴェトラーナ。そんな彼女に「それでは、失礼します」と声をかけて、荷物を台車に載せて運ぶ。


……それにしても、エフィムが一人戻ってきただけで、こんなにも多くの人が忙しそうにしなくてはいけないものなのかと、そんなことを思いながら。


  ◇


 そうして、デュチリ・ダチャから届いた追加の荷物も部屋に運んで、片付けて。プリィと相談しながら、足りないもの、やらなくてはいけないことを書きだして。異国でない、なじみのある(ハーブティー)でひと息入れて。そうこうしているうちに時間が経って。


――そして、鐘の音が聞こえないままに時間がすぎて。午後六時、夕食の時間がやってくる。


  ◇


「では、こちらにどうぞ」


 ホーミスと同じ使用人服を着た、多分プリィと同じくらいの年の子に案内してもらって。晩餐の会場、この前の話しあいにも利用した玄関ホール横の客間に、後ろを歩くプリィと共に足を踏み入れる。


 部屋の中央には、この前よりも大きな、五、六人でも使えそうな大きな丸いテーブル。白く清潔そうなテーブルクロスが敷かれたテーブルの上には、何種類かの料理が少しずつ盛り付けられた小さな皿と空のグラス、折りたたまれたナプキンにナイフやフォークと言った食感類が、綺麗に並べられている。


 用意された席は三つ。そのうちの二つには、既にエフィムとスヴェトラーナが座っている。


 テーブルクロスの白に、ふと、灯りが点いていることに気付く。きっと光源は、部屋の中央からぶらさげられた、シャンデリアを模して作られた飾りと、壁にかけられたランタン。そのどれもが、蝋燭(ろうそく)よりも明るく揺らぎのない、不思議な灯り。――きっとまた、私たちの見たことのない何かだと、そう思いつつ、空いた最後の席、私の席へと移動する。今までに、そんなのは何度も見てきた。いまさら驚くことじゃない、と。


 最後の、誰も座っていない席に座って。プリィが後ろに控えて、さらにその後ろで、扉の閉じる音を聞く。


「堅苦しくて申し訳ないね。ただ、たまにはこういう『ちゃんとした食事』をしないと作法を忘れると、スヴェトラーナがうるさくてね。僕がここで食事をするときは、いつもこうなんだ」

「私は作法を忘れたりしませんし、そんな心配も不要ですけどね。……覚えておいて損はないと思いますわ」


 気軽に声をかけあうエフィムとスヴェトラーナ。その最後の、私に向けられた言葉に軽く頷く。


「先に紹介しておくよ。僕の後ろにいるのは侍従のリジィ。スヴェトラーナの後ろに控えてるのは彼女の侍女のホーミスで、壁際に控えているのは執事のドヴォルフ。この家のことについて、今のところ最も詳しいのは彼になる。――で、彼女がミラナと、その侍女のプリラヴォーニャだ。……侍女で良かったよね?」


 エフィムの言葉に頷いて。初めて見る人たちに軽く自己紹介をする。


 エフィムの後ろに控えている侍従のリジィは、ちょっと軽い感じの若い人。一見すると細身だけど、しっかりとした筋肉がついているのが服の上からでもわかる。多分、使用人というよりは軍人だと思う。

 これまで何度もお世話になった、スヴェトラーナの後ろに控えるホーミス。壁際に控えている執事のドヴォルフは初老の、温和そうな感じの人。きっとこの人たちは長くスヴェトラーナに仕えてきたのだろう、彼女のすぐ近くに控えているその姿が、とても自然に感じる。


 そうして、全員の紹介が終わったところで。エフィムがさらりと食事の開始を宣言する。


「じゃあ、紹介も終わったことだし、そろそろ食事を始めようか。……正直、僕は堅苦しいのは苦手だからね。純粋に食事を楽しもう」


 そんな、彼らしい力を抜いた言葉で、その日の晩餐が始まった。


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   飛び領地邸の仮面夫婦

   第三章 帝国[ツァーリ・ナーツァ]


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