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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第三章 転居騒動
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6.取引見学(3)

 除雪した雪がところどころに残る静かな駅に、停まる列車。客車の中、窓硝子をはさんだ向こう側は、無数の客席と乗客たち。その様子を、ホームの上から眺めるミラナとエフィム。


――ただいま、時間調整のため、一時停車中です。降りることはできませんので、ご了承願います。


 停車した列車の中から漏れ聞こえてくる声。先頭の機関車輌の熱が周りを暖め、客車の暖かい空気が換気口から漏れ広がる。


 それはさながら、厳冬の辺境の駅に、列車の形をした帝国が停まっているかのよう。その様子を、駅にいる四人は眺める。ミラナは好奇心を満たすように、興味深げに。エフィムとスヴェトラーナは、これまでの苦労が満たされたのか、少しだけ感慨深げに。ピリヴァヴォーレは、努めて冷静であろうと、外見は普段と変わらぬ様子で。


 やがて、駅の建造物、改札口にほど近い客車の扉が開く。その様子を、四人は、それぞれの思いを抱えながら見守っていた。


  ◇


 列車に乗っていた二人の作業員が、台車に乗った荷物を運び出す。最初に、何か穀物の類がはいっていそうな、丈夫そうな麻袋が積まれた台車が四台。続いて、木製の箱が積まれた台車が二台。手際よく列車から運び出される。そうして一旦運び出された荷物を、今度は改札のすぐ近くにまで運んで、代わりに、改札の横に置かれていたゴルディクライヌを、乗せてあった台車ごと、列車の中に運び込む。


「二十キロの小麦を二十袋、あとは街にはない野菜を十箱ほど。代金は50ルナストゥ。ゴルディクライヌの代金と相殺する形になるね」


 作業を眺めるミラナに、エフィムが説明する。これで組織はゴルディクライヌと同じ価値の食料を、僕たちはそのゴルディクライヌを帝国に高く売った分の利益を、それぞれ得ることになる。記念すべき第一回目の取引も無事終了だねと。


 そんな話をしている間に、作業も終わったのだろう。客車の扉が閉められる。そうして、ほんの十分程度で作業は終わり、あとは発車を待つだけとなった。


  ◇


 しばらくして、先頭の機関車から、ピーという、かん高い汽笛の音が響く。先頭の機関車で燃料が燃やされ、煙が排出される。蒸気タービンによって生み出された動力が、ゆっくりと車輪を回し、車体を動かし始める。


 初めはゆっくりと。少しずつ速度を上げて。来た時と同じように、騒々しく音と振動を上げながら、列車は速度を上げて。


――その姿が見えなくなるまで、さほど時間はかからなかった。


  ◇


 そうして、再び静かになった駅のホームで。そろそろ戻ろうかと歩き始めたミラナの隣で、エフィムが口を開く。


「いつか僕は、あの列車いっぱいに商品を載せて、この街と帝国とを行き来させたいんだ」


 その声を聞いて、ミラナは立ち止まる。振り返って、エフィムの方に向きなおる。


「今は隣国との旅客便を使った、個室一個分にすら届かないような交易だ。でも、いつか、貨物車両を満載にして、あの列車に引かせたい。旅客便じゃなくて、貨物便にしたい。帝国とこの街を、毎日のように行き来させたいんだ」


 エフィムは語る。今はたったあれだけの、ささやかな交易。でも、将来は違う。もっと大きな、今朝通ってきたようなあんな道では追いつかないような、そんな大量の物資をやり取りしたいと。


「隣国と帝国との間では、毎日、当たり前のように列車が行き来している。それだけの人が、物が、金が、動いている。それと同じことを、帝国の、壁のあちら側とこちら側でする。たったそれだけのこと、できない訳がない。そう思わないかい」


 そんなエフィムの、突然の演説めいた話を聞きながら、ミラナは少し呆れた表情を浮かべる。少し思春期の子どもっぽいわねと、そんなことを感じながら。


  ◇


「……なあ、おい」

「なんでしょうか」


 改札にほど近い、ホームの入口近くで。壁にもたれながらその話を聞いたピリヴァヴォーレは、すぐ近くのベンチに座るスヴェトラーナに話しかける。


「あの客人……エフィムの言うことってのは、どこまで本気だ?」

「全て本気だと思いますわ」


 ピリヴァヴォーレの、失礼とも言える質問に、スヴェトラーナは肩をすくめながら答える。……まあ、この姉ちゃんにこんなことを聞いたところで、こう返ってくるのがオチか、ピリヴァヴォーレが思ったところで、スヴェトラーナはため息をつく。


「本当に、全て本気なのだと、そう思いますわ。――現に、ここまで話を進めて、実現してしまいましたから」


 その口調に、どこか愚痴っぽさを感じて、思わずスヴェトラーナの方を見るピリヴァヴォーレ。その言葉から、そちらで断ってくれればこんなことにはならなかったのにと、そんな響きを感じたピリヴァヴォーレは、そういえばこの姉ちゃんとはあまりしゃべってねぇなと今更のように思いつつ、スヴェトラーナに話しかける。


「この話、乗らねぇ方が良かったかねぇ」

「そんなことはありません。……ただ、これで後戻りはできないと、そう思っただけですわ」


 ピリヴァヴォーレの質問に、はっきりと答えるスヴェトラーナ。ここまで話を進めたことに後悔がある訳じゃない。エフィムとも古い付き合いだ、彼の考えもなんとなくわかる。……それでも、一歩踏み出して、始めてしまったことには思う所もある。もうこれで立ち止まれない、進むしかないところに来てしまったと。


 そこまで考えて、スヴェトラーナはふと思いついて、隣のピリヴァヴォーレに、その思いつきをぶつけてみる。


「この話、無かった方が良かったですか?」


 少し見上げて、悪戯っぽい表情を浮かべながら、そんなことを聞いてくるスヴェトラーナ。それを見て、その質問を聞いて、ピリヴァヴォーレは苦笑する。


「そんなこたぁねぇな。俺らは危ねぇ橋も渡ってねぇ。利益しかねぇのに後悔なんざ、する訳がねぇ」


 本当はそんな単純な話ではない。帝国の人間と、帝国を動かす形で取引をする。それだけで、色々と面倒な話がワラワラと湧き上がったし、これからも出続けるだろう。欲にまみれた阿呆も出て、いつの間にか自分の仕切りになって。――それでも、乗るしかない話だった。


(他の奴ら(そしき)に持ちかけられてたら、そう思うとゾッとするしな)


 ピリヴァヴォーレは思う。自分たちがコイツらを選んだのではない、コイツらが自分たちを選んだのだ。しかも、そいつは多分、大した理由じゃねぇ。――下手打ってコイツらに見限られたら、俺たちに未来は無ぇ。だから乗った。乗った以上は儲けを出す、たったそれだけだと。そう思いながら、ピリヴァヴォーレは思う。


 ったく、わかってたことだがな。もう立ち止まれねぇ、進むしかねぇってのは、色々とアレだよなぁ、と。そう思いながら、ピリヴァヴォーレはエフィムたちへと視線を戻して。――その視線の先で、ミラナが「えい」と言いながら、エフィムの背中に雪玉を放り込むのを見る。


 少し離れたところから聞こえてくるエフィムの「ひゃう」という声に、ピリヴァヴォーレは、思わずぽかんと口を開ける。そんな彼とは対称的に、思わず吹き出すスヴェトラーナ。よほどおかしさを感じたのか、発作的な笑いを収めた後も、クスクスと笑い続ける。


――そんな、彼女のクスクスという笑い声が、どこか和やかに、静かになった駅のホームに響きわたった。


  ◇


「あまりに現実味のないことを言われると、組織の若い子と話をしている気分になりそうよ。少し頭を冷やした方がいいわ」


 唐突にエフィムの背中に雪玉を放り込んでおきながら、その冷たさに驚き戸惑うエフィムに、そう話しかけるミラナ。そんな彼女と、離れたところでころころと笑うスヴェトラーナを見て、なんとなく怒る気になれなかったのか、エフィムは冗談っぽい口調で「……駄目かなぁ」とこぼす。


「赤の他人ならご自由に。でも、残念だけど、私は貴方にお金を払ってもらわないといけない。そうしてくれないと私が困る。だから、もう少しどっしりとしてほしいわね」


 エフィムのつぶやきに、しれっと答えるミラナ。ちらりとスヴェトラーナの方を見て、ああ、これは味方になってくれそうにないなと、そう感じたエフィムは、少し考えてから、ミラナに聞いてみる。


「……本当に、それだけ?」

「そうね。さっき列車が通過するとき、雪が舞い上がることを知ってて黙ってたわよね。おかげで少し濡れたわ。その仕返しも、少しだけ」


 またも、しれっと答えるミラナ。その悪びれない答えに、冗談なんだろうけど逆らえないなと、妙な圧を感じるエフィムは、降参したかのように両手を上げる。


「少しだけ?」

「ええ、少しだけ」


 そんなことを言い合いながら、改札口の方へと歩き始めるエフィムとミラナ。僕も一緒に濡れたんだけど、そんなのは理由にならないわねと言い合う二人に、仲がいいなぁオイとつぶやくピリヴァヴォーレ。同じようなことを考えていたのだろう、そのつぶやきを隣で聞いたスヴェトラーナは肩をすくめる。


 ったく、やってらんねぇなぁ、ピリヴァヴォーレはそうぼやきたくなって、すぐ気を取り直す。


――でもまあ、あの嬢ちゃんが帝国の客人と、言いなりにならない程度によろしくやってくのなら、それはそれで、まあアリか、と。

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