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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第三章 転居騒動
22/85

4.取引見学(1)

連絡事項:

今までこの章のタイトルを「転章 転居騒動」としていましたが、思いの他長くなったので、「第三章 転居騒動」に変更しました。それに伴い、「1.とある小料理屋にて(第19部分)」の本文末尾に章タイトルを追加しています。


物語に影響する変更ではありませんので読み返し等は不要ですが、一応ご連絡までに。

 飛び領地邸から街の外へと伸びる道。過去の抗争で廃墟となり崩れ去った、雪で覆い隠された廃墟の残滓の風景。その中を通る、両脇に雪が除けられて硬く踏み固められた一本の道。その雪の道の上を、帝国の旗を掲げた大型の馬車と四騎の騎兵が、ゆっくりとした足取りで歩く。


 二頭の馬に引かれた大型の馬車。貴族用の、空間を贅沢に使った内装。馬車には不釣り合いな、クッションの効いた椅子に、スヴェトラーナ、エフィム、ミラナ、ピリヴァヴォーレの四人が、それぞれの表情を浮かべながら座る。


「飛び領地邸から駅まで十数キロ。埋もれてた道は整備していただきましたが、誰も通らない道を完全な状態で維持するのはあまり現実的では無いとのことでした。なので、できる範囲で夜に降り積もった雪を除けて、あとは馬車を引けるように雪を踏み固めるのにとどめていただいてますわ」


 スヴェトラーナの説明に好奇心が満たされたのだろう、窓の外を見ながら頷くエフィムとミラナ。その様子を見たピリヴァヴォーレは、楽しそうだなぁオイ、遊びに来たのかよと苦笑いをする。


「……と、そんな訳で。この雪道では、馬車もゆっくりと進ませることしかできません。なので今日は、半日かけて、のんびり往復することになりますわね」


 そう説明の言葉を締めくくるスヴェトラーナ。本当に疑問に思ったのか、それとも答えを全員に聞かせるためか、除雪にかかる人手をスヴェトラーナに尋ねるエフィム。その質問の答えをやはり興味深げに聞くミラナの様子を見て、ピリヴァヴォーレは思う。


――こいつはまた、えれぇ場違いな所に来ちまったなぁオイ、と。


  ◇


 帝国によって国境の河グラニーツァリカに打ち捨てられた冬精によって、川辺に降り続ける雪。そのほとんどは、冬精が力を得る夜に降り積もる。毎日のように降り積もる雪は、短期間で人気のない道を雪野原に変える。それを防ぐために、一週間に一度しか使わないような道を、毎日のように雪かきをする。そんな、自分にはわかりきったことを説明するスヴェトラーナの声を聞きながら、ピリヴァヴォーレは思う。――まあ、あの程度の荷物なら、馬車を通れるようにする必要もないんだがな、と。


 一回の取引につきゴルディクライヌの瓶を三百本。せいぜい四百から五百キロ程度の重さなら、そりでも十分運搬はできる。完全に雪に埋もれちまったら馬も使えねぇが、週一回ならなんとでもなる。……が、それじゃあ今後がなぁと、半ば試験的に道を維持しているのが現状だ。


 その結果わかったのは、人一人と馬一頭を毎日働かせれば、今くらいの状態は維持できるという事実。たった十数キロの道に100ルナストゥ強、今の取引の利益の大半を持ってかれるというのは高いのか安いのか。


 まあ、こっちは商品を客人に渡せば終わりだからな、そんなことを思いつつ、エフィムを見る。一週間にゴルディクライヌを三百本、そいつは既に契約を交わしている。その通りに渡せば、俺たちは一週間に50ルナストゥの売り上げが確定だ。その後、そいつを売ることでこいつらがどれだけ稼ごうが損をしようが、俺らには関係ねぇ。そういう契約だ。


――ちぃとばかりビビりすぎちまったかな、今でもピリヴァヴォーレは思う。


 この帝国の客人は、ゴルディクライヌをいくらで売るつもりなのか、包み隠さず明かしてきた。将来はもっと商売を広げたいという夢も、この先嬢ちゃんが見ることになるであろう列車という奴も、本当に何一つ、包み隠さずに見せてきた。


――あれは「美味い話」なんて小ちいせぇモンじゃねぇ。無駄にデケェ現実って奴は人を狂わせる、そうピリヴァヴォーレは思う。


 グレイシュニカ・アティーツ。帝国の客人にあてられて組織を裏切ったあの阿呆。奴が阿呆で間抜けなだけなのは間違いねぇと思いつつ、それでも笑えねぇのは、またあの光景を見せられることになるからか。


 飲まれちゃいけねぇ。そう直感して、そう言い聞かせながら、客人と交渉を続けてきた。今日は、その結果を見届ける日。見届けて、そのまま終わるだけでいい、そんな日だ。……そう思いつつ、ふとピリヴァヴォーレは思う。この嬢ちゃんは、一体どちらに立つんだろうな、と。


 帝国の客人の隣に立つのか、俺らやデュチリ・ダチャのような、街の人間の隣に立つのか、どっちを選択するのか、と。


  ◇


 やがてスヴェトラーナの話も終わり。なんとなく話題が途切れる。ぼんやりと外を見続けるミラナ。その様子を見て、ふと思いついたようにエフィムが話しかける。


「そういえば。僕は明日にでも引っ越す予定だけど。ミラナの方は準備できてるのかな?」

「ええ。私の方はすぐにでも引っ越せるわ」


 エフィムの問いかけに、窓の外から視線を移して、ぱっと答えるミラナ。


「荷物は大きめの鞄が二つ。人が一人増えたけど、聞いてる?」

「ああ。使用人の女性が一人、デュチリ・ダチャから来ると聞いてるよ」

「そう。なら話は早いわ。まだ十代半ばの子で、名前はプリラヴォーニャ。プリィと呼んでるわ。少し騒がしいけど、よく気が付く子よ」


 そう言葉を交わすミラナとエフィム。ミラナはどこかそっけない態度で、エフィムは楽し気な様子を見せる。

 そして、その言葉の節々に軽く反応するスヴェトラーナ。何の準備もなく引っ越せるという言葉にピクリとして、荷物の少なさに目を丸くするのを隠し切れない。そんな彼女の様子に、ありゃあ自分の常識って奴を試されてるんだなとピリヴァヴォーレは気付いて、ニヤリと笑う。


 そのまま、プリラヴォーニャが一緒に寝るのを嫌がってソファーベッドを運んできたとか、そんな話を始めて。「それはそうですわ」だの「女性同士なのに」だの「眠ってる間に抱きしめてるみたい」だのと漏れ聞こえる声を聞いて、クッソ楽しそうだな、遊びかよオイなんてことを、再び思うピリヴァヴォーレ。


――まったく、本気でえれぇ場違いだよなぁオイ、と。


  ◇


 やがて、馬車は駅に到着する。灰色の武骨なコンクリートでできた高架の上に建てられた、外からは様子を窺うことのできない建造物。過去には設置されていた階段は封鎖され、自由に上り下りできなくなった、この地における帝国の残滓。


 その駅の真下にある、高架と地上を結ぶ、窓一つない建造物。その壁にある小さな鍵穴に鍵を差し込むスヴェトラーナ。そうして出てきたコネクタに、馬車から伸ばしたケーブルを差し込む。


 馬車の側に立って、馬車に備え付けられた通信機に向かって話しかけるエフィム。しばらくして、封鎖されていた階段のある建造物の扉が解錠されたのを確認をして、スヴェトラーナは通信を切断する。


「荷物の方はもう運びこまれてますわ」


 本当はその様子も見てもらった方が良かったのかもしれませんがと、そう言葉を続けるスヴェトラーナ。何かあって列車の時間に遅れたらちょっと冗談では済まないことになるので、今回は先に運ばせてもらいましたと、そう説明をしながら、扉を開けて、建造物の中へと入っていく。


 そんな彼女に続いて、エフィム、ミラナ、ピリヴァヴォーレも建造物の中へと足を踏み入れる。最後に、ここまで馬車を走らせていたスヴェトラーナの腹心が馬車を中に入れるのを待ってから、扉を閉める。


――そうして、エフィムを先頭に、階段を上る四人。


 階段を上ったところで、過去の駅員室だろう、兵士が常駐している部屋へと立ち寄り、兵士たちと敬礼を交わすエフィムとスヴェトラーナ。そのまま四人は、使われなくなった改札を抜けて、積み置かれたゴルディクライヌの箱を素通りして、ホームへと出る。


 除雪したのであろう、片隅に雪が残るホーム。そのホームの両側を一直線に走る、合計四本のレール。その両脇に積み重ねられた、線路から取り除かれたであろう雪が、いかにもその場しのぎに除雪されたであろうホームの風景とは対照的で。


――やがて来るであろう列車を待つホームは、静かな佇まいを見せていた。

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