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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第三章 転居騒動
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2.ミラナの店での会談(1)

 翌日。ミラナの店へと出向いたピリヴァヴォーレとドミートリ。店の扉に鍵のかかっていることを確認したドミートリは、誰かいないかとドアノッカーを叩いた後、ピリヴァヴォーレに向かって、少しおどけるように肩をすくめる。


「どうやら、先に着いちまったようっすね」


 昨日、ヴィヌイとパトロアの手料理屋から戻ったあと、ドミートリを通してデュチリ・ダチャのマムとミラナに話があると伝えたピリヴァヴォーレ。程なくして戻ってきたドミートリからマムの返事を聞く。

 話し合いの場所はミラナの店にしたいだの、荷物持ちに若い衆を一人借りたいだの勝手なことを言ってきたマムに「ったく、あのクソババアは」なんて言いつつも承諾したピリヴァヴォーレ。


……そうして、約束どおりに早い時間に若い衆を一人行かせて。自分はドミートリに案内をさせて直接店の方にきたピリヴァヴォーレは、先に着いちまったか仕方がねぇと、店の壁にもたれる。


「で、今日はあのババア(マム)例の小娘(ミラナ)と、確かあと一人来るって話だったな」


 そのまま、ドミートリに話しかけるピリヴァヴォーレに、反射的にへぇと答えるドミートリ。彼は本来、ピリヴァヴォーレの手下でもないし、彼と直接話ができるほど偉い訳でもない。だが、「デュチリ・ダチャとのつなぎ役」という役目上、ピリヴァヴォーレのような幹部級の間にも顔は知れ渡っている。だからだろう、言葉遣いこそ軽くへりくだりながらも、特に物おじした様子もないままに、ピリヴァヴォーレと言葉を交わす。


「プリラヴォーニャ。ついこないだマムに引き取られた娘でさぁ。まだ娼婦の教育も始めてないみたいで、今は専ら、一階ラウンジのカウンターに立たせてる、そんな娘でさぁ」


 そんなドミートリの言葉の中に出てきた名前に、ピリヴァヴォーレがピクリと反応する。


「グレイシュニカの娘か?」

「御存じで」

「最近あそこに売る羽目になった娘なんざ、他にいねぇだろ」


 短い言葉でドミートリに確認をして、少し考えこむピリヴァヴォーレ。


――グレイシュニカ・アティーツ。ドン・アティーツと盃を交わした、組織の幹部の一人。今回の帝国の客人の件で先走った挙句に色々と周りを出し抜こうとしたのが明るみにでて、粛清された男。


(あいつも、そんな阿呆じゃなかった筈なんだがなぁ)


 そもそも、粛清されるレベルの阿呆は、ドンと盃を交わしてアティーツを名乗ることなんてできやしねぇ。だが、盃を交わしてアティーツを名乗ったとたんに阿呆になる奴、名乗り続ける内に阿呆になってく奴ってやつがたまに出てくる。……アレか、盃を交わしたことで上り詰めた気になったのか、それともアティーツの名前を何か勘違いしちまうのか。

 グレイシュニカ・アティーツもその一人。何を思ったのかあの野郎、周りに黙って、帝国の客人に自分の息のかかった交易屋と会わせて、交易の利益を袖の下に入れようとしやがった。で、そのことをこれっぽっちも隠すつもりがなかった客人がドンに伝えて、落とし前をつけさせたと、なんとも間抜けな話だ。


 で、一緒に来るであろうプリラヴォーニャって娘は、そいつの一人娘。詳しい経緯は知らねぇが、本来ならデュチリ・ダチャに売るような歳じゃねぇ。だが、何の因果かあのババアの目にとまっちまって、デュチリ・ダチャに引き取られることになったと、そんな話だ。


……あのババア、そんな奴をこの件に関わらせる気かよ。っていうか、こいつ(ドミートリ)も知ってて今まで黙ってやがったな、そう思いながらドミートリを見る。


「あのクソババア、グレイシュニカのことを……」

「当然、知ってるっスね。知らねぇ筈がねぇと思いやすぜ」


 念のため、そのドミートリに質問を投げかけて。しれっと答えやがるのを見て、ったく、コイツはどっち側の人間だと、そんなことをピリヴァヴォーレは思う。……と、そんな話しをしている内に、向こうの方から、こちらに歩いてくる人影をピリヴァヴォーレは確認する。


 そうして、普段着のマムとミラナと、デュチリ・ダチャの制服(メイドふく)を着たプリラヴォーニャ、ピリヴァヴォーレとドミートリ。ここで話し合いをするメンバーは、ミラナの店の中へと入っていった。。


  ◇


 過去に来たことがあるのだろう、勝手知ったふうに、テーブル席の方へと足を進めるマムとドミートリに、ほえぇという声をあげながら立ち止まって周りを見たわすプリラヴォーニャ。私服姿の人間が気ままに動いて使用人服(メイドふく)を着た人間が面食らってるという風景に少し笑ってから、少し歩いて店の中を見て回るピリヴァヴォーレ。まあ、悪くはねぇと、そんなことを思いつつ、棚の方でグラスだ何だと準備していたミラナに声をかける。


「接待するための店かい」

「まあ、そうなるかしら。一人で飲みにきてもいいようにしたつもりだけど」


 ミラナの言葉に、カウンター席へと視線を送って、なるほどなぁと頷くピリヴァヴォーレ。一人でこの店をやるつもりならあのテーブル席はどうなのかと思わねぇでもなかったが、どっちかってぇとこっちのカウンター席の方が本命かと思いながら、棚の中に飾られた酒を見る。……思ったとおり、結構な酒が並んでやがる、と。


「おお、良い酒があるじゃねぇか。こいつをもらおうか」


 その棚の中の酒の一つを指さして、ピリヴァヴォーレは言う。その指し示した酒を見て、少し意外そうな表情を浮かべるミラナ。マムのなじみの交易屋から仕入れた、比較的強い酒精と蜜のような甘さが特徴の、外国製のどろりとした果実酒。

 ミラナは思う。話があると言いつつ酒を飲むのはどうとも思わない、むしろ「らしい」とすら思う。でも、もっと胸を焼くような酒の方が「らしい」わね、こんな甘い酒は「らしくない」わね、と。


「少し待ってて。ストーブに火を入れてくるから。その後ね」


 ミラナの言葉に、鷹揚にうなづくピリヴァヴォーレ。それを見て、ミラナは、隣の私室へと足を向ける。


――まったく、こんなにも頻繁に薪ストーブに火を入れることになるなんて思わなかったわと、そんなことを思いながら。


  ◇


 やがて、ミラナが隣室のストーブに火を入れて。店のテーブル席に人数分のグラスと水差し、酒瓶を二つ置く。先に席に座ったまま、その様子を見ていたピリヴァヴォーレ。やがてミラナが席に座ると、早速ピリヴァヴォーレが本題を切り出す。


「今まで組織の方の屋敷に住んでた、例の客人だがな。来週、最初の取引が終わったら、例の飛び領地邸の方に引っ越すって話になっててな。で、そん時に、組織から連絡役を出して、あの屋敷の敷地内に住まわせるってことで話が付いてるんだがな。――単刀直入に言うとだな、そこの嬢ちゃんも、そいつらと一緒に屋敷に住んでくれねぇかと、そんな話だ」


 開口一番、ストレートに要求を言うピリヴァヴォーレ。その言葉が上手くしみ込まないのだろう、きょとんとした表情を浮かべるミラナ。

 そんな彼女に、ピリヴァヴォーレは言葉を重ねる。


「嬢ちゃんはな、あの客人に『帝国人と話ができる』ってお墨付きをもらったんだろう? なのに、こんな店に引っ込んで距離を置かれたんじゃ、たまんねぇよなぁ。――自分の持ってる能力ってのを、きっちり生かしてくれねぇとなぁ」


 どこか挑発的なピリヴァヴォーレの口調。その言葉から揶揄を感じ取ったのだろう、一瞬だけムッとした表情を浮かべそうになるミラナ。そのミラナの「すぐに表情を隠した顔」を見て、ピリヴァヴォーレは思う。


――やっぱりよぉ、ここで感情を隠すなんて、ちょっと可愛げが足りてねぇよなぁ。ふくれっ面の一つも見せて、それでナンボだろうがよ、と。

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