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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第二章 飛び領地邸[エフィム邸]
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5.契約(1)

 飛び領地邸へと招待された日の朝の、朝の鐘が鳴る少し前。私たちと合流するためにデュチリ・ダチャに来ていたドミートリと共に、飛び領地邸へと出発する。


「はぁ!? 例の客人が、娼館の方にやってきて話をしたぁ!?」


 その道すがら、昨日のことをドミートリに話す。その話に、大げさに驚くドミートリ。……芝居くさい態度だけど、コイツ、案外こういう態度の時は本当に意外に思っている時も多いのよね。マムも同じようなことを思ったのか、ドミートリを見てカラカラと笑う。


「やっぱり、何も聞いていないのかい」

「ああ。ピリヴァヴォーレの叔父貴も何も言わなかったしなぁ。……多分、組織の誰にも言ってねえんだろうなぁ。まあ、確かにいちいち言うことでもねえけどよ」


 ひとしきり笑った後に質問するマムに、少し愚痴っぽい口調でドミートリ。そんなドミートリに改めて、昨日エフィムと話したことを説明する。

 そうして、一通り話を聞いたドミートリは、どこか納得できないような表情を浮かべる。


「まあ、大体は知ってたか、想像できるようなことばかりって所か。何しに行ったんだ、あの客人。……あの客人がミラナにそこまでご執心ってのが、一番の情報じゃねえかな」

「別に、『私に』執心しているわけじゃないと思うけど」


 ドミートリの、首を傾げながらの感想。その後半の微妙な一言にひっかかりを覚えて、うっかり言葉を漏らす。その言葉に含まれた含みに気付いたのだろう、ケラケラと笑うドミートリ。


「変わんねぇよ。そりゃあミラナにとっては大違いなのはわかるけどよ。こっちにしちゃあ、その客人がミラナの『何』にご執心かなんて、一切関係ねぇよ。……そんくらいのこたぁ、わかるだろ」


 余計な事を言ってしまった私を、言葉で軽くつついてくるドミートリ。……なのに、その最後の言葉に、ついうなずいてしまう。


 そうね。組織はそう思うのがあたりまえ。だから面倒なのよねと、そんな言葉を心の中でつぶやいて。


  ◇


 そんな会話をしながら街外れまで、一時間と少し、歩き続けて。歩いてくるには遠かったかしらと思ったところで、ドミートリが「おう、あれだあれだ」と声をあげて、指を指す。


 その指指した先には、かなり高い塀と、それなりに立派な門構えの門。


「……何ていうか、威圧感のある建物ね」

「そりゃあ、住んでるのは帝国人、しかも金持ちだからな。このあたりは組織の目も届かねぇし、警備も厳重にならあさなぁ」


 話に聞いていた飛び領地邸の、どこか拒絶感を感じる佇まい。その様子に、昨日見たエフィムやスヴェトラーナにはあまり似合わないわねと、少し残念な気分になりながら感想を漏らす。

 その感想に至極もっともな言葉を返すドミートリ。そうね、それが現実ねと、そんなことを思う。


「じゃあ、ちょいとそこの門番(にいちゃん)に声をかけてくらあ」


 そう言って、門の方へと小走りで駆けだすドミートリを見送る。――「商売をしに壁の外に来たってのに、その自分たちの住む家を高い壁で囲うってのは、皮肉だねぇ」と小声で呟くマムの声に、しみじみと頷きながら。


  ◇


 程なくして開けられる門。その向こうには、愛想の良さそうな笑顔を浮かべる男性と、一歩下がって静かに佇む女性。なんとなく予想していた二人の姿を見て、多分意識してだろう、マムは少し挑戦的な言葉を投げかける。


「館の主人がわざわざお出迎えとは、大層なことだね」


 昨日の意趣返しであろうその言葉に、多分謝意を表しているのだろう、女性――スヴェトラーナ――はほんの少しだけ目線を下げる。

 そして、マムとは初対面の男性――エフィム――は軽く肩をすくめる。


「正直、屋敷の奥でふんぞり返っているのは苦手でね。――初めまして。僕はエフィム。今日は僕たちの招待を受けてくれてありがとう。……それじゃあ、案内させてもらうよ」


 やや砕けた、人懐っこい雰囲気を出しながら挨拶をするエフィム。そのまま私たちを先導するように、敷地の中の方へと歩き始めた。


  ◇


 門をくぐって最初に目に入ったのは、広い敷地のわりには小ぶりな庭。そしてその奥には2階建ての立派な、でも思ってたよりは小さな屋敷。多分ここがエフィムやスヴェトラーナが住んでいる屋敷だろう。


 左手側にはもっと大きくて味気ない、窓のたくさんついた建物が一棟。とにかく効率を重視して建てられた、沢山の人が住むための住居という感じの建物。……この街でよく見る個人用の住居が立ち並ぶ区画も、効率よく住居を詰め込んでいる感じがするけど、それとは比較にならない位に詰め込んでいる、そんな感じがする。

 で、その反対側の右手側には、何も建てられていない、整地されただけの土地。


……何というか、色々と「建設中」という感じがする、そんな風景だった。


「広さを持て余してるね」


 その風景を見たマムの評に、頷く私たち。その様子を見て、エフィムたちも軽く苦笑を浮かべながら、同意するように頷く。


「まだ僕たちは、何を売るのかも決めていなくてね。ただ、ここを拠点として、自分たちでも商品を作ったり研究したりしたいと考えている。……売るものが決まれば、自然とここの使い方も見えてくるんじゃないかな」


 その説明に、色々と本気なんだと、少しだけ安心をして。多分、帝国の流儀が混じっているのだろう、少し見慣れない感じの庭を抜けて、屋敷の中に入る。


  ◇


 玄関を抜けた先は、吹き抜けの広間。ふんだんに外の光を取り入れているのだろう、明るい広間の正面には、円を描くように二階へと続く階段。右側の開け放たれた扉の奥は、空間をふんだんに使った広い部屋。そして一階の奥、左右それぞれに、その先へと続く廊下が見える。


「こっちが客間……」

「少し、不思議……」


 不思議な間取りねと言いかけて、私たちを客間へと案内しようとしたエフィムと声が重なる。互いに口を閉ざす。しばしの沈黙。少し気まずい。


「……何か不思議かい?」

「……ええ。何となく、こちら側と向こう側の行き来が不便なように見えて」


 その沈黙を破るように、エフィムの質問。少しだけ迷ったあと、思ったことを口にしてみる。……なんて言うのだろう。まるで、右側と左側が玄関ホールで分断されているような造りになっているように思える。

 そんな私の疑問に、何がおかしいのかわからないといった感じで首を傾げるエフィム。その様子を見て、多分私の感じた違和感に思い当るところがあるのだろう、スヴェトラーナが説明をする。


「ええ、それはその通りです。基本的に、あちらとこちらは「違う家の人たち』が住むことを想定していますので」


 スヴェトラーナは言う。帝国貴族の結婚というのは、夫と妻がそれぞれが別々の使用人を使い、別々の業者から調度品を調達し、――そして時に、夫婦が別々の時間を生きる、そういうものらしい。そのために、貴族の屋敷は同じ家の中でありながら別々に生活もできるように、中で区画がわかれているような造りにすると。


……その説明を聞いて、正直に、思ったことをスヴェトラーナに聞いてみる。


「結婚って、何かしら?」


 多分、その質問が面白かったのだろう、スヴェトラーナは表情を崩しかける。そうして、今度は少し悪戯っぽい表情を浮かべながら、私の質問の答えを口にする。


「結婚とは、男と女が結婚したと認め合うことですわ。――結婚という型に男女をあてはめるの、私は嫌いですね。男と女が結婚をしたのなら、どんな形であれそれは結婚、それで良いと思いますわ」


 スヴェトラーナの冗談めかした言葉に、今度はこちらが吹き出しそうになる。そのスヴェトラーナは「まあ、なかなかそうはいきませんけどね」なんて言いながら、肩をすくめる。その様子を見て、思う。


――今はそんな時間はないけど。この人の「結婚」に対する考え方を、一度しっかりと聞いてみたいな、と。


 そうして、予想外の話を終えて。うっすらと疲れた表情を浮かべたエフィムに案内されて、隣の客間へと入っていった。

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