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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第二章 飛び領地邸[エフィム邸]
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3.出会い(3)

 つい半日前に仕事を終えて鍵を閉めたばかりの、もう一つの「私の部屋」。その部屋に、たった半日で違う(ひと)を連れてくる。……これ、微妙な記録更新ねと、そんな皮肉めいたことを思い浮かべながら、店の扉を開ける。

 暖房の余熱が残っているのか、まだほんのりとあたたかい店の中。その店の中にエフィムを招きいれる。


「少しだけ待ってて」

「見させてもらっても?」

「ご自由に」


 感心したように店の中を見回すエフィムを残して、部屋の方に移動する。手早くケトルに水を張って、薪ストーブに火を入れてから店に戻る。


「ここが、君の城?」


 ガラス戸のついた棚の前で、並べられた酒を眺めながら聞いてくる彼。その彼に、少し気取った返事をする。


「ええ。デュチリ・ダチャに縛られなくなったときの、自由な私のための城」


 その言葉を聞いて、少し興味深げな表情を浮かべる彼。ああ、きっと彼はデュチリ・ダチャの専属娼婦(おんな)がどういう存在なのかピンときていない。そんな彼に、世間一般に知られているデュチリ・ダチャの専属娼婦(おんな)の生き方――組織に売られ、稼いで、最後には自分の店を持つ、そんな生き方――のことを説明する。


「今は娼婦だけどいつかは自分の店を持つ。いいね、そういうのは好きだ」


 感心したように頷くエフィム。


「今もここは、私の店よ。――ここなら、誰にも聞かれないと保証するわ」


 私の言葉に、別に聞かれて困ることも無いんだけどなと軽く苦笑をするエフィム。……そのエフィムに同意するように「そうそう」と頷く「何か」。これでも隠れているつもりなのだろう、実際、目の前にいるエフィムには感じとれていないみたいだしと、ほんの少しだけ和む。……本当、今目の前にいるこの人も、たまに気配を感じる「何か」も、こういうところはどこか似ている気がする。


――本当、最初に感じた「邪魔者は消えますよー」というのは何だったのかしら。そう思いつつ、どこかしょうがないなんて思えてくる。まるで無邪気な子供、どこか憎めないなあと、そんなことを思う。


  ◇


 一度部屋に戻って、沸かしたお湯で茶を準備、店に戻ってソファの前のテーブルに置く。ありがとうと言って、私の対面に座る彼。ああ、これは色気のある話にはならないと思いつつ、ほのかに湯気と暖かさをたちのぼらせるティーカップを、彼の前に静かに差し出す。


「詳しくは明日話すとして。僕はね、この街の『当たり前』を知っている人を求めている。僕たちと君たち、この街に住む人たちとの間には壁がある。僕たち帝国人は壁の外に住む人間のことを『同じ人間』だと思っていないし、君たちも僕たちのような帝国人を警戒している。……まともに交流できない相手と商売なんて、できないだろう? だから()は、()()()と交流することができる『誰か』を求めている」


 お茶をひと口、味わいながら含ませる彼。そうして話し始めた内容は、十分に予測できる内容だった。……ここに来る前、あそこまで楽しそうに話をすれば気付く。この人が組織の客人として「屋敷」の中に閉じこもっているような人じゃないと。

 ただ一つ、彼と話をするまでは、彼がこの街の人と対話を求めているとは思わなかった。そこは正直、意外。


「精霊の声を聞くことができるというのは、物凄く稀有な才能だ。少なくとも、壁の外の人間だからという理由で軽く見られることはないと思う。――僕がこの街の誰かと話をするのを、僕の部下たちは良しとしない。でも、精霊の声を聞くことができる君が相手なら、部下も納得してくれると思う」


 私に会いに来た理由、「精霊の声を云々」という話も予感していた通り。……こんな予感は当たってほしくなかったけど。


「僕としては、できれば定期的に会って話をしたい。そうして、少しずつ人脈を広げていければいいなと、そう思っている。正式には明日話すけど、考えておいてくれると嬉しい」


 本当、どうしてこんなことになったのかと、そんなことを思う。――この人と付き合いを持つことになったら、きっと、今まで通り娼婦として生きていくことはできない。誰もが「娼婦としての私」より「エフィムの知人である私」を求めるようになる。今の時点でも、きっと組織は「エフィムの知人になれる私」を期待してる。


……本当に、どうしてこうなったんだろう。今もきっといるであろう「何か」にこの感情が伝わらないように注意しながらも、ため息をつきたくなる気分をそっと抑えこんだ。


  ◇


 (つと)めて冷静に、心の中の戸惑いや迷いを外に出さないようにしながら、もう少しくわしく、彼に商売のことを聞く。……具体的な内容は聞けなかったけど、さっき通りかかった食料品店くらいなら何のためらいもなく店ごと買えそうな資金力と、それを毎日のように壁の向こうに運ぶだけの運搬能力がありそうと、そんな感想を抱く。


――本当、この人は一人で交易屋何十人分もの商いをしようと思っているらしいことはよくわかった。組織が黙っていないのも、あっさりドン・アティーツが紹介状を書くのもよくわかる。


 気がつけば、ティーカップからたちのぼる湯気も熱も無くなって。最後にその中の液体を飲み干して、思う。多分、自分たちの存在の大きさを一番理解していないのは当の本人たちではないか、と。


  ◇


「……最後に一つだけ、聞いていいかしら?」

「うん? なんだい? 僕に答えられることなら何でも答えるよ」

「難しいことではないわ。――どうして貴方は、この街で商売をすることにそこまでこだわるのかしら」


 一通り話をして。半ば好奇心で、少し疑問に思っていたことを聞いてみた。……ここまでこのエフィムという人と話をして、強く感じる。この人はきっと、損得を超えた何かがあって、この街で商売することにこだわっていると。


 なんだろう、きっとそれは、彼からずっと感じていた、子供っぽくて微笑ましい何かのような気がして……


「――まあ、それが僕の任務だからね」


――だからこそ、彼の返事を聞いて、落胆する。


 彼の口から吐き出された、それまでの彼から感じていたのとは違う、悪い意味で軽い言葉。隠れたつもりでため息をつく何かと同じように、自分もため息をつきたくなるのを、そっとこらえた。


  ◇


「あとはそうね。――『代価を払う』って言ったけど、それは『私を買う』という意味でいいのかしら?」


 最後に、デュチリ・ダチャで言った彼の言葉を掘り返して、彼にぶつけてみる。一瞬キョトンとするエフィム。すぐに思い出したのか、笑いながら言う。


「いや、あれは『君の時間に見合うだけの対価を支払う』っていう意味だよ」


 笑いながらも、私がそんなこともわからないような人には見えないからだろう、どこか戸惑いを見せるエフィム。――そうね。当然わかっている。わかっていて聞いている。


 もし私を求めてくれたのなら、間違いなく上客。本人の性質も悪くないし、組織の覚えもいい。でも、彼は私を求めなかった。――精霊の声を聞くことができるなんて、知ったことか。そんなのは私じゃない。私を求めていないのに「対価を払う」なんてふざけてる。浮かび上がってくる感情に一瞬、心が冷える。


 そんな感情をなだめて、「そうね、一応聞いてみただけよ」と取りつくろう。――彼に悪気がないのもわかる。これは私の感情で、私の事情だから。


「話としては面白かったわ」

「ならよかった。前向きに考えてくれると嬉しいよ」


 そう言葉を交わして、席を立つ。店と部屋を手早く片付けて、鍵をかける。そうして二人でデュチリ・ダチャにまで歩いて、正面玄関の前でお別れをする。


――そうして彼と別れるその時まで、エフィムに抱いた複雑な印象と感情を拭い去ることはできなかった。

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