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飛び領地邸の仮面夫婦  作者: 市境前12アール
第二章 飛び領地邸[エフィム邸]
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1.出会い(1)

 レヴィタナ家のスヴェトラーナさん? 軍服を着た女性とマムがやり合っているのをカウンターメイドの娘と一緒にラウンジから目撃した後。やれやれと肩をすくめてこちらに戻ってくるマムが、私に気付いて、声をかけてくる。


「おや、戻ってたのかい」

「ええ、途中から見させてもらいました。……すごい人たちでしたね」

「まったく。ウチは娼館だってこと、わかってんのかね? あの連中は」


 そう言って、呆れたように首を振るマム。まあ、確かに女を買いに来たようには見えなかったと、そんなことを思っていたところでマムが、思いのほか真面目な表情で聞いてくる。


「念のため聞くけどね。アンタ、帝国のお偉方に知り合いがいるなんてことは、ないね」


 もちろん。マムの質問に「ええ」と頷く。……そして、少しだけ、昨日のことを思い出す。私は「帝国のお偉方」なんて知らない。だけど、パーティーの途中で私たちに声をかけてきた大物、ビリヴァヴォーレ・アティーツの話があの人たちと無関係とも思えない。


「なんかそっちも色々とありそうだね。ちょうどいい、戻ってきたことだし談話室で少し話でもするかね。――プリラヴォーニャ。二人分の飲み物、任せたよ」


 私の様子を見て、何かあるのだろうと察したのだろう、そう話を進めるマム。マムの命令にカウンターメイドの娘は「はい」と礼儀正しく一礼して、パタパタと駆けていく。なるほど、あの娘はプリラヴォーニャという名前なのねと、頭の片隅で、そんなことを考える。


――さっきの軍服を着た女性が見せた見惚れるような所作もいいけど、これはこれで捨てがたいわね、と。


  ◇


「『飛び領地邸』ねえ。……あの郊外の屋敷、そんな風に呼ばれてるのかい」

「そうみたいですね」


 談話室で、プリラヴォーニャ――カウンターメイドの娘――に準備してもらった茶で軽く喉を潤しながら、昨日から今日にかけて起こったことや知り得たことを、端的に話す。


 帝国人が組織の客人となっていること。郊外の屋敷はその客人の希望で建てられていること。飛び領地邸と呼ばれるその屋敷の敷地内は掟の及ばない場所だと組織が認めたこと。


 それら、諸々の話を聞いてマムは「治外法権とはまた穏やかじゃないね」とうそぶく。


「なるほどね。まあ、あんなのが大手を振って街中を歩くのを放っておくほど組織も平和ボケしちゃいないと思ってたけどね、屋敷の客人ってなら納得だ。……こりゃあ、すぐにでも『筋を通して』もう一回来るかねえ」


 まったく面倒なことだねと嘆息するマム。確かにあれは、正面に立って対応するのはなかなかに骨だろう。――見てる側は結構楽しいけどと、表情に出さないように注意しながら、密かにそんなことを思う。


 あと一応、彼からもらった地精石のこともマムに報告して、本当なら光ったりしないはずらしいけどと言いながら、舞う光をたたえる宝石を見せる。その光景に少し興味をひかれながらも、「儲け話は大歓迎だけどね、今はちょっと慎重に行きたいね」とマムの談。そうね、私もあの帝国の女性の件がどうにかなるまでは、あまり他の事を進めたくないと考えると思う。


「と、報告はこのくらいかしら」

「まあ、ご苦労さんだったね。……で、アンタはどうする?」

「……もう少し、昼食まではここに居ようかしら」


 そうマムに返事をして、暇つぶしの軽い読み物を探しに本棚へと移動する。マムと話をする内にそれなりに時間も経って、もう昼前の鐘も鳴った後。なら、昼中の鐘が鳴るまであと少し、ここで時間をつぶして昼食を取ってから部屋に戻ればいいと、この時は思っていた。


  ◇


 昼中の鐘が鳴ってすぐ、昼食を取ろうと席を立ったところで、マムが今度はドミートリを連れて談話室に入ってくる。


「さっそく来たよ、第二弾。『筋を通した』って奴が。――それも、結構な破壊力の奴がね」

「へい。今日は、ドン・アティーツからの書状を預かってきやした」



―――――――――――――――――――――――


親愛なるデュチリ・ダチャのマムへ。


 我が客人スヴェトラーナより、デュチリ・ダチャ

のミラナを彼の邸宅へと招待したいとの要望を受け

た。前向きに検討願う。


       不逆群狼 ドン・アティーツより


―――――――――――――――――――――――



 マムに手渡されたその「書状」を見て、ちょっと気が遠くなりかける。――確かにこれは、「筋は通した」と言えるかもしれない。でも、私と話をするために、ドン・アティーツ、この街のボスを引っ張り出してくるのは、どうかしているとしか思えない。……マムも同じことを思ったのだろう、最近来たばかりの客人とやらの横車をこの街の支配者が一緒になって押すってのはどういうことさと言外に含ませながら、ドミートリに話しかける。


「驚いたことに、ドン直筆の紹介状だ。こいつをぞんざいに扱える奴なんて、この街にはいないだろうね。……ったく、アンタら、ちょっとどうかしてるんじゃないか?」

「そいつを俺にこぼされてもなあ。……つうか、俺だって訳わかんねぇよ」


 マムに話を振られたドミートリも、呆れたように首を振る。……コイツはいい加減そうに見えるけど、普段は聞けば何がしか答えが返ってくる。それがこんな、本当の意味での使い走りみたいなことを言うのは、余程のことだと思う。


「まあ、何にせよ、明日その飛び領地邸ってところにミラナとあと数人を招きたいって、そういう話なんだね」

「数人っていうか、俺とマムだろうよ。こっちの人間と、そっちの責任者。……っていうか、何で俺だよ。ピリヴァヴォーレの叔父貴でいいじゃねえか」

「そいつはご愁傷様だね。さっき自分で言ったじゃないか。組織の偉いのは遠慮願うと釘を刺されたって」


 ドミートリの嘆きの言葉に、軽く苦笑いしながら慰めるような口調のマム。組織としては客人たちに私たちだけで会わせたくはない。でも向こうから釘はさされた。だから、両方の関係者であるドミートリが組織の人間として行くことになるのはもはや確定、そういう話らしい。


 そうして、詳しい情報もないままに話は進んでいき、私は明日、その飛び領地邸とやらに招かれることとなる。


――その話が終わったのが今日の昼過ぎ、昼下の鐘も鳴り終わってしばらくしてからのことだった。


  ◇


 一日ぶりの娼館の自分の部屋。昨日、今日と、私はいつも通り仕事をしただけのはず。なのにとても疲れた。外着のままベッドに寝転がる。そして鞄の中から地精石を取り出して、舞う光を眺める。


「おまえは笑ったりしないんだ」


 昨日のパーティーの前、屋敷で感じた気配のことを思い出す。どうしてか、でもはっきりと「笑っていた」と感じた何か。――何となく、わかる。あの感覚は私だけじゃない。「笑っていた何か」も私のことを感じていたんだと。


「面倒なこと、しないでよね」


 目の前で舞う光をその「何か」に見立てて話す。この光とあの「何か」は違う。伝わったりしないのも承知の上。それでも話しかけずにはいられない。

 今まで頑張って、ここまできた。マムは悪い人じゃないけど、あの人は経営者。損を被ったりはしない。――それでも、稼げるようになって、認めさせて、稼いだ分の自由を手に入れてきた。


 あと少し。このまま続けてお金を稼げば、自由になれる。その日を夢見て、ここまで来た。


 宝石を、舞う光を眺めながら、時が過ぎるのに身を任せる。お願いだから、私のこれまでを、今を、これからを台無しにしないでと、ここにはいない何かに願いながら。


  ◇


 そうして、ベッドの上に寝転がったまま、また一つ、夕の鐘が鳴り終えるのを聞き流して。ふと、少し覚えのある違和感を感じて顔を上げる。デュチリ・ダチャの外、正面玄関の方の通りから感じる違和感。何かが無邪気に笑っている感覚。――昨日、組織の屋敷で感じたのと同じ感覚。


 少しだけ考えて。着替えてから最低限の荷物と自分の「部屋」の鍵を鞄に入れて、部屋を出る。階段を降りて、ラウンジに出て、ロビーを見る。


 そこには、舞い踊る光を身にまとった、若い男の人。


 その舞い踊る光に向かって、あとは隠れててと話しかける彼。ハイハイ、邪魔者は消えますよーと漏れ伝わってくる何かの意思。ああ、きっとあの舞い踊る光は私にしか見えていない、そんなことを直感する。


 そんな私に、目の前の彼は話しかけてくる。


「はじめまして。僕はエフィム。ストルイミン家のエフィムだ。君は?」

「ミラナ。その言い方で名乗れば、デュチリ・ダチャのミラナね。――でも、もう知っているのではないかしら」


――それが、私とエフィムとの出会いだった。


―――――――――――――――――――――――


   飛び領地邸の仮面夫婦

   第二章 飛び領地邸[エフィム邸]


―――――――――――――――――――――――

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