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招かれざる訪問者

 仕事を終えたミラナが「野心家の彼」が帰るのを見送っていた頃まで、時をさかのぼる。

 朝の鐘が鳴り終えたばかりのデュチリ・ダチャ。宿泊客の大半が帰途についた後で、そろそろ正面玄関前も落ち着きを取り戻してきた頃合。そんな閑散とした雰囲気を吹き飛ばすような仰々しい一団が、正面玄関の前に現れる。


 帝国の旗を掲げた大型の馬車が二台と、その馬車を守るように両側を歩く騎兵四騎。決して狭くないはずの道をいっぱいに使いながら進むその一団は、デュチリ・ダチャの前でピタリと止まる。

 前方の馬車の中から続々と降りてくる兵士たち。彼らは、後方の馬車とデュチリ・ダチャとの間に道を作るように、その両側へと並ぶ。


 最後に馬車を降りた、隊長らしい服装の人物が、もう一台の馬車の扉を(うやうや)しく開けると、それと同時に、整列した兵士たちが手にした長銃を掲げる。そんな芝居がかった仰々しさの中、馬車から降りてきた、ひときわ豪奢な軍服を身にまとった女性――スヴェトラーナ――。その様子を、たまたま通りかかった通行人が、興味深げに眺める。


 そんな周りの様子などお構いなしに、その集団は、自分たちの様式を守り続ける。それは、馬車から降りた女性士官とその護衛であろう兵士たちがデュチリ・ダチャの正面玄関をくぐった後も続けられる。


――その一団の、規律の正しい所作が生む美しさがそうさせたのだろうか。明らかに周りから浮いた行動をとったその集団を笑う人は、誰もいなかった。


  ◇


「ここにミラナ・デュチリナという方がいると聞きました。一度お話をしたいと思い立ち、ここまで来たのですが、お取り次ぎをお願いできるかしら?」


 正面玄関から入ってすぐ。ロビーの片隅にあるカウンターで、受付の女性に話しかけるスヴェトラーナ。だが、その受付の女性は、すぐ外の異様な光景も相まって、どう応対すれば良いかわからず、戸惑いを見せる。

 そんな中、奥のラウンジから歩いてきた、初老に差し掛かったと思わしき女性が、スヴェトラーナに声をかける。


「用件にもよるね。屈強な男共をずらずらと引き連れて『話をしたい』なんて、ちょっと穏当じゃない。お取次ぎをお願いされたって、こっちも困っちまうさ」


 屈強な男たちを引き連れながらも、その男たちに負けない存在感を放つスヴェトラーナに初老の女性――マム――は、軽くおどけながらも、きっぱりと苦情を投げかける。


「護衛は申し訳なく思います。ですが、護衛に関しては、私にはどうすることもできないのです。――ミラナ・デュチリナ様はいらっしゃいますか?」


 その声を聞いて、マムの方へと向き直って丁寧な言葉を、その言葉とはうらはらに毅然とした態度で返すスヴェトラーナ。その様子を見てマムは、これはウチにいないタイプだね、惜しいもんだと、そんなことを考える。


「そうかい。そりゃあ難儀なことだね。……悪いけどね、アンタの言うミラナってのは、ウチの大事な娘でね。なんで、そっちの事情はしらないが、アンタを取り次ぐ訳にはいかないね。もう少し、筋を通してから来な」


 相手の要求に対しはっきりと拒絶の意を示しながら、マムは考える。目の前の女性とミラナを並べたらどうなるだろうと。目の前にいる、今もこちらに挑戦的な笑顔を向けてくる表情豊かな金髪の美人と、今はいない、陶器人形のような、どこか冷たい感じのする黒茶色の髪をした美人。この二つが並んだら、ぶつかりあってどちらかが負けるか、それとも互いに映えるのか。


「……わかりました。では、筋とやらを整えてから出直させてもらいますわ。――では、改めて名乗りを。わたくしは帝国軍帝領政務部物資統制官エフィムの副官、レヴィタナ家のスヴェトラーナと申します。以後お見知りおきを」


 マムの言葉に思索をめぐらせた後、そう返事をするスヴェトラーナ。それはまるで、この目の前にいる初老の女性は示威に屈しない、むしろ逆効果になると見切ったかのような行動で……


――目的を達せず撤収するのに、清々しい印象を残して去っていく。そんなスヴェトラーナという女性にマムは、面白さを感じていた。


  ◇


 スヴェトラーナがデュチリ・ダチャを出て、馬車に乗って飛び領地邸への帰路につく途中。デュチリ・ダチャからずっと彼女の背後に控えていた一人の護衛が、彼女に話しかける。


「よろしいので?」

「とりあえず今日は顔見せですわ。私たちがその『ミラナ』という人に大いに興味を持っている。そのことが相手に伝われば十分です」


 相談役も兼ねている腹心の護衛に頷いたあと、そう説明をするスヴェトラーナ。その説明に納得したのだろう、失礼しましたと返事をする護衛をよそに、スヴェトラーナは一人思案をする。


 上官のエフィムから連絡を受けた、精霊の声を聞くことができるというミラナという女性。彼女の所属するデュチリ・ダチャは組織の下にある娼館でありながらも程よく組織から距離を取り、独自の情報網も持っているらしい。

 今の私たちは、組織からもたらされる情報に頼りきっている。そのデュチリ・ダチャというのが独自の情報網を持っているというのが本当なら、たとえ相手が娼館でも、友好的な関係を築くことは決して悪いことではないという考えも、確かにわかる。


 でも、逆に言ってしまえば、私たちにとってデュチリ・ダチャは、情報源としての価値しかないはずだ。


 そもそも、こんな「壁の外」との通商任務なんて、どれだけ成果を上げたところで手柄にならない。普通は壁の内側で「交易屋」なる輩の相手をして、適当に実績を上げて中央に呼び戻されるのを待つ、たったそれだけの役職でしかない。――なのに、その交易屋を伝って壁の外に出て、街を治める「組織」とやらに接触し、客人として招かれる。こんな行動を取る時点で、正直普通ではない。


 あの方は、確かに家を継がれるような立場にはない。でも、中央に戻れば、帝国貴族としてそれに見合った軍の階級と任務、そしてその才能に見合った尊敬を得られるだろう。それの何が不満なのかと。……と、そこまで考えたところで、スヴェトラーナはため息をつく。


 不満なのだ、エフィム様は。家柄に見合った地位、家柄に見合った栄誉というのが。昔からずっとそうだった。――家柄でも、それによって与えられた地位でもない。人は、人に敬意を示す。何度そう言っても、あの人は笑って受け流してしまう。


 スヴェトラーナは思う。確かに「精霊の声を聞くことができる」というのは、時に血筋を上回る価値を見出されることもある希少な才能だ。……でも、そんなことは通商任務にはなんら関係がない。そんなことはエフィム様も承知しているはず。なのに、そのことを連絡してきたエフィム様の、通信機越しの嬉々とした声を思いだす。


 壁の外に飛び出して、組織の客人となって、自身の住む邸宅「飛び領地邸」に治外法権を認めさせるという普通では考えられない行動を取ってきたエフィム様。あの方は、ミラナという精霊の声を聞くことができる女性の存在を知って、次は何をするつもりなのだろうか、と。

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