第2-3話 異世界と悠太が見た夢
薄くかかるモヤ……ここではないどこかの世界。
ふわふわと漂う意識に、ああ俺は夢を見ているんだ……ぼんやりと知覚する。
夢の中で、俺は剣と鎧を装備している……ファンタージーRPGでよく見る形……逆に現代では見ないくらいのクラシックスタイル。
[探検者になろう]はファンタジー系のダンジョン探索ゲームだが、どちらかというと近代寄り……産業革命時代のスチームパンク要素も取り入れており、蒸気銃や、魔導銃・砲と言った火器……遠距離攻撃スキルも充実している。
ドラ○エのような王道ファンタージーは最近プレーしてなかったなぁ……明晰夢特有のぼんやりとした意識の中で俺は思う。
舞台はヨーロッパによくあるような、白亜のお城の玉座の間に切り替わる。
どうやら俺は、王宮付の騎士団長になっているようだ。
[姫様! 申し訳ありません……”奴”には物理攻撃が効きませぬ……精鋭で鳴らすアルフヘイム王国騎士団を持ってしても、如何ともしがたく……口惜しいですが、避難のご準備を]
[いえ……民を残して王家の者が逃げるなど……まだ虎の子の魔法近衛兵団がいるはず……あきらめないで]
騎士団長の報告を受け、”姫様”がゆっくりと振り返る。
室内は暗く、彼女の顔は良く見えないが……小さな背丈……華奢な身体を白銀のドレスが包んでいる。
静かに揺れる長い髪も同じく白銀だ。
声のトーンを聞く限り、年若い……少女と言っても良い年齢の女性のようだ。
[父上も母上もいない今、私が王国の最後の砦なの……騎士団長、近衛兵団へ出撃せよと私の命令を伝えて]
[はっ……承知しました……この私、命に代えても]
騎士団長が玉座の間を退出した後、少女はため息をつき、暗黒に染まった空を見上げる。
[どこの世界のだれでもいい……私たちを助けて]
少女のささやかな祈りは、風に吹かれて消えた。
*** ***
舞台は切り替わり、今度の場所は砦の上。
背後には先ほどの白亜の城がそびえており、城を守る最終防衛線の役割を果たしているようだ。
[姫様はああ言われたが、魔法近衛兵団の総力を結集しても、奴は倒せまい……貴様は数人の魔導士をつれ、辺境にある王家の墓に落ち延びよ]
[あそこには王家に代々伝わる、伝説の魔道具が眠っているらしい……言い伝えでは、異世界から勇者を召喚することも出来たそうだ。 それを使い、再起を果たすのだ]
[騎士団長……承りました。魔法近衛兵団次席魔導士として、微力を尽くします]
[頼んだぞ……我らはいまより全力で”奴”に突貫し、時間を稼ぐ。 たのんだぞ、くれぐれも姫を……]
初老の騎士団長は、年若い次席魔導士に依頼し、姫を逃がすための算段をつけたようだ。
[若者には、生き残ってもらわんとな]
覚悟を決めているのだろう……騎士団長と共に突貫する騎士、魔導士が不敵な笑みを浮かべる。
[皆さん……ご武運を!]
ここで止めても何もならない……次席魔導士も覚悟を決めたのか、その場を走り去る。
[さて、アルフヘイム王国騎士団の意地と誇り、見るがよい! ゆくぞ諸君! ”混沌なる深淵 ニーズヘッグ”よ、ただで通れるとは思わないことだ!]
次の瞬間、砦の上空に漆黒の雷雲が現れたかと思うと、そこからゆっくりと巨大な竜が姿を現した。
でかい! 数百メートルはあるだろうか。
屈強な身体も、大きな翼も全てが暗黒。
その中で、目だけが真っ赤に輝いていた。
……なかなかに凝った夢だ。
大作RPGのムービーを鑑賞する気分で眺める俺。
ん? ”ニーズヘッグ”? [探検者になろう]のレイドボスと同じ名前……無意識に気に掛けている内容が、夢に影響しているんだろうか。
そして、舞台はまた切り替わる。
*** ***
[何てこと……私だけ生き残るなんて]
勇敢な次席魔導士も、私を無理やり城から連れ出した忠臣たちも……私を逃がすために命を散らしてしまった。
そのおかげで私はここ”王家の墓”の最深部にいる。
目の前には大きな魔法陣と、太古の魔法装置と思わしき巨大な石板が淡く光を放っている。
……以前お父様から聞いたことがある。 太古の昔”ニーズヘッグ”が復活した際、異世界から勇者を召喚し、退治して頂いたそうだ。
その勇者の血は王家の一族に加わっており、直系の私なら新たな世界から勇者を召喚できる、とも。
不確かな伝承だが、試してみるしかない。
”ニーズヘッグ”は王都にとどまっており、その他の地域はまだ無事だ。
奴さえ退治すれば、王国再興も可能なはず……!
アルフヘイム王国の王族最後の生き残りである少女は、一つ息を吐くと、魔法陣に魔力を込める。
先ほど読んだ古文書によれば、これが勇者召喚の術式のようだが……。
[報告:対象の世界には適合者が存在しません]
魔導装置が赤く光り、抑揚のない女性の声で無情な事実が告げられる。
まさか! そんな事って……慌てた少女は、何度も術式を繰り返すも、結果はすべて同じ。
”繋がった”世界には、勇者がいないという事!?
繋げる世界の変え方など、私は知らない。
ただ幸いなことに、”王家の墓”には大量の古文書があり、時間を掛ければ調べることは可能だ。
こうして、少女のたった一人の戦いが始まろうとしていた。
[見ていて父上、母上……このエレ……絶対に……]
……最後の方、良く聞こえなかったが、あの姫様……どこかで見覚えがあるような。
*** ***
「はっ!?」
夢から覚めて見えたのはいつもの天井。
窓から差し込むやわらかな朝日。
ちゅんちゅんとスズメが鳴いている。
「はぁ、ヤケにリアルな夢だった……この歳で剣と魔法の世界の夢を見るとは……」
だが何だろう?
普段ならすぐ忘れてしまう夢の内容が、しっかりと頭の中に残ってる気がする。
[探検者になろう]との奇妙な一致……たぶん俺の妄想に過ぎないだろうが、どこかで気に留めておくか。
急に恥ずかしくなってきた俺は、仕事に行く準備をすべく、ベッドから抜け出した。