第1-2話 現実世界とダンジョン探索
[探検者になろう]
1年ほど前にサービス開始し、瞬く間に若者の間でブームとなった大規模VRゲームである。
星の数ほどあった他のゲームと決定的に違い、ブームとなった理由。
それは、”フルダイブ”できるという点だった。
VRゴーグルを買わなくても、特殊な装置が無くても、PCかスマホがあれば、[探検者になろう]の世界にダイブできるのだ。
何故ダイブできるかも不明、どんな技術を使っているのかも不明。 極めつけに、運営者すら不明。
ある日突然SNSに公式アカウントが登場し、アプリの配信が始まった。
最初は怖いもの知らずの動画配信サイトの配信者たちが突撃した。
すぐにその超リアルな”フルダイブ”の様子が配信され、若者たちの間で一気に評判が広まり、今では世界で数千万の若者たちがプレイする。
フルダイブが出来ることを除けば、一般的なダンジョン探索ゲームなのだが、このゲームの最大の特徴は別にある。
”リアルスキル”と呼ばれるスキルを、現実の自分に装備できるのだ!
さきほど凛がゲットしていた”ピーマンサーチ”の様に、とてもささやかなスキルだが、それだけに[探検者になろう]のプレーヤーたちは、気軽にアクセサリー感覚で”リアルスキル”を集めていた。
「ユウにぃのリアルスキルは、”猫寄せ”でしょ? う~ん、それもいいなぁ……今度使って見せてね!」
猫好きな俺は、先日ようやく”猫寄せ”をゲットしたところだ。
SNSの猫クラスターでは垂涎のスキルで、これで俺のフォロワーも大幅増に違いない!
……ちなみに、もう一つ持っているのが”リモコンサーチ”である。
役には立つが、地味すぎる。
「そいじゃ、また放課後、ゲームでねっ!」
凛の学校は私鉄に乗って山方向にあるので、ここで別れる。
俺の会社は市内方向なのでJRだ。
さてさて、つまらない日常を満喫しますか。
*** ***
会社での仕事は取り立てて特筆することは無い。日常のルーチンである。
昼休み、俺は自分のスマホのメッセージアプリに一通の連絡が入っていることに気づく。
クランメンバーのエレンからだ。
エレンは、[探検者になろう]では魔法スキルを駆使して戦う。
スキルレベルは高く、公式コミュニティ上では”ザ・ソーサラー”と呼ばれている、クランのかなめである。
ゲーム上では、12歳くらいの銀髪美少女の姿を取るが、俺も凛もリアルで会ったことは無い。
感情の起伏が少なく、冷静な子だが、時折子供っぽい反応を示すこともあり、俺と凛は彼女をとても可愛がっていた。
エレンちゃん、リアルでは小中学生で、もしかしたら外人さんかもねとは、凛の言葉だ。
なんにしろ、楽しくゲームできているんだ。 エレンがどこの誰であるかはあまり関係ない(さすがにリアルがおっさんとかだったらイヤだが……)。
「なになに? エレンが直接メッセージ入れてくるとか、珍しいな」
【私たちのクランも、もうすぐレベル30です。いよいよ”トールの迷宮”に挑戦しませんか! わくわくしますね】
冷静な彼女にしては、テンションの高いメッセージだ。
クマのスタンプまでついてる。
”トールの迷宮”か……[探検者になろう]では、レベルB以上の中・上級ダンジョンには北欧神話をモチーフにした名前が付いており、エレンのメッセージにあるのはレベル30~100程度の中級クラン向けに調整されたダンジョンだ。
ゲームを始めて半年、ようやく俺たちも中級かと感慨深くなる。
”ザ・ソーサラー”エレンがいれば中級ダンジョンでも大丈夫か。
俺はエレンにメッセージを返信すると、クランメンバーと集まることを楽しみにして、午後の仕事をこなすのだった。
*** ***
その夜、[探検者になろう]にログインした俺達は、ダンジョン選択メニューから、”トールの迷宮”を選択した。
壁や床の装飾は”トール”のイメージである赤色に統一され、ところどころに設置されている柱からは、定期的に稲妻がスパークしている。
アレに当たるとダメージを受けるからな……気を付けなくてはいけない。
先日まで狩場にしていたレベルCダンジョンと違い、さすがに”名前付きの”ダンジョンである。
ゲーム内メニューに表示される敵……魔獣のレベルも、今までとは大違いだ。
「ユウにぃ、早く行こうよ!」
リンが、待ちきれないとばかりに俺とエレンの手を引っ張る。
[探検者になろう]のダンジョン探索の楽しみは、なんといっても敵を倒したときに入る経験値の加算と、レベルアップである。
魔獣の攻撃やトラップにかかっても、リミッターが掛かっているので少しピリッとするくらいだが、経験値が入ったときには脳が刺激されアドレナリンが分泌……表現しがたい充実感が得られる。
レベルアップの快感はその数倍である……誰が呼んだか、SNS界隈では”ナロウ・ハイ”などと呼ばれている。
「気をつけろよ、リン。 いままでの魔獣とは比べ物にならないからな。 戦闘不能になるとレベルダウンのペナルティを食らうぞ」
「ふっふ~ん、今日の部内対抗戦で全勝したし、リンちゃん絶好調だから!」
「ん……大丈夫。 私がカバーする」
やれやれ……と言いながら俺もわくわくして仕方ない!
*** ***
「これで、とどめだっ!」
ズン……
エレンの魔法で深手を負わせたところに、俺のシールドアタックが炸裂する。
その一撃が最後となり、フロアボスである”ブルードラゴン”は床に倒れた。
よしっ! これで、地下3階までクリアだ。
[52,500の経験値を獲得。 クランレベルが30に上がりました]
やはり獲得できる経験値が段違い……俺たちは、気持ちよくレベルアップの興奮に浸っていた。
[新たに獲得できる……ザザッ……]
その瞬間、スキルの獲得を通知するメッセージウィンドウにノイズが走り、フィールド全体が微かに明滅した気がした。
なんだ? なにかの不具合だろうか?
[Narou API Ver1.02……対象のレベル30到達を確認……”バグスキル”を解放します]
通常黄色いメッセージウィンドウが赤色に変化している……”バグスキル”とはなんだ?
チュートリアルやヘルプでも見たことのない用語だが……
「ユウにぃ、なにこれ? 見たことないメッセージだね」
「そうだな……APIとは”アプリケーション・プログラミング・インタフェース”の略……もしかしたら、[探検者になろう]の開発者モード……裏技みたいなモノかもしれない」
「裏技……? チートみたいなもの?」
「そうならいいが……不具合かもしれないぞ。 使ったら最悪アカウント停止もあったりしてな」
「うう、きょーみはあるけど怖いね」
あれやこれやと思案する俺たち。
対照的に、エレンは静かにメッセージウィンドウを見つめている。
さすがにエレンは動揺してないな……もともと感情の起伏を大きく表す子ではないが。
「ユウ……ここ押してみて」
静かに観察していたエレンが、急に俺に指示を出す。
ここ? 確かにメッセージウインドウの端に、小さく”▼”の印が付いている。
「え? 押すの? 垢バンはイヤなんだけど……」
「押すの。 大丈夫」
エレンは身長140センチくらい、腰までの長さがある美しい銀髪を持つ少女。
やや釣り気味の大きな目に琥珀色の瞳。
文句なしに愛らしいが、なまじ整ってるだけにこう無表情で来られると、妙な迫力があるな……
俺はエレンの圧に負け、”▼”印を指先でタップする。
メッセージウィンドウがスライドし、そこに現れたのは……
”バグスキル(リアルで使用可能):瞬間移動”
俺が今まで見たことのないリアルスキルだった。
リアルで”瞬間移動”出来るとか、ありえなくない?