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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2000字短編

転生したら戚夫人だった件 ~人豚になりたくないので全力で回避します!!~

作者: 百地おもち

 ここは宿城(やどりぎ)高校、部員三名の文芸部。放課後の部室には、頭をかきむしる男子学生、笹掻(ささがき)の姿があった。


「くそう、くそう! PVが一件だと!? どうして俺の力作が読まれない! いつも感想をくれる大天使読者の、もみあゲティアTEN(テン)さんまで無反応だなんて!」


 笹掻の手元には、小説投稿サイトが表示されたスマホがある。

 彼が投稿した異世界転生小説『ベッカライの苦悩 ; 三十年に及ぶヴァイツェンメールとの厳かなる対峙』は一人しか閲覧していなかった。おそらく、そっと引き返した、もみあゲティアTENさんの痕跡だろう。


 苦悶する笹掻へ部員の耳山(みみやま)が声をかけた。


「君には分かってる筈だ。現実から目を背けるな、笹掻君」

「耳山ぁ!」


 反論しかけた笹掻だが、言葉を飲み込み歯を食い縛る。


 笹掻の作品は、異世界の皮を被せたドイツ……否、ダーチェ王国が舞台だ。転生した主人公ハンスがベッカライ(パン屋)へ弟子入りし、ヴァイツェンメール(小麦粉)と取っ組み合い、一流パン職人になる成長物語である。


 チートやハーレムは無く、文明レベルは現代、八割近くがストレス展開。とってつけた転生要素は薄すぎて、作者の笹掻自身が必要性を感じない。


「書いてみて分かったよ。俺に異世界転生ものは無理だってさ」


 先日、文芸部において、ある話題が持ち上がった。小説投稿サイトで、巷で人気の異世界転生を書けば、難なくトップランカーになれるのではないか?と。


『難しいよ』


 そう苦笑したのは耳山である。彼はワーズワースを敬愛し、詩を投稿している少年だ。サイトでは目立たないが、雑誌への掲載経験がある実力派。美しい情景描写に定評があり、英国を旅するのが夢である。


 一方、簡単だと主張したのは部長と笹掻。


 部長は童話ジャンルで活動している。だが、優しい世界を綴った虚偽のあらすじで読者を釣り、争いと鮮血にまみれた暗黒小説を読ませる問題児だ。


 笹掻はというと、純文学で地道に活動してきた。もみあゲティアTENさんのような、作品投稿をせず読む専門の固定読者がついている。また、コメントを送って励まし合う作者仲間にも恵まれていた。


『とにかく題名を長くして、流行りを書けばいいのよ』

『異世界転生なら、ランキングくらい楽勝だぜ!』


 お気楽な二人へ耳山は提案した。


『じゃあ、実際に投稿してランカーになってみなよ。出来るものならね』

『やったらぁ!』


 部長と笹掻は受けて立った。ランキングのトップ十位以内に入ったら、耳山がラーメンを奢る事になった。二人とも圏外なら、耳山が奢ってもらう側になる。結果、笹掻は賭けに惨敗した。


「笑えよ、俺の駄文はゴミクズだってな!」

「馬鹿野郎! 弱音を吐くなら書き直せ! ダーチェ王国をドイツに戻して転生要素を消すんだ! 本当はそれが書きたかったんだろ? そもそも異世界に興味なんて一ミリも無いんだろ? 嫌々書いたら伝わるんだぞ!」

「耳山、ごめん。俺が間違ってた」


 熱い涙で目元を濡らす文学少年たち。そこへ邪悪な高笑いが轟いた。文芸部部長、七癖(ななくせ) 南々女(ななめ)である。


「ほほほほっ! ああ、臭い臭い。肥溜め臭くって鼻がひん曲がりそうね。負け犬どもが居るせいかしらぁ?」

「なんだと、南々女先輩め!」

「その増長っぷりは、まさか!?」


 勝ち誇った南々女が、スマホを取り出した。


「さあ、称えなさい」


 ランキングを見た二人は、画面に向かって目をすがめる。


【 転生したら戚夫人(せきふじん)だった件 ~人豚になりたくないので全力で回避します!! えっ、皇帝陛下に溺愛されて、もう遅いですって!? よろしい、ならばざまぁ一択だ!~ 】


「くっ! 題名だけなのに、目が滑って全く頭に入らねえぜ! 耳山、あとは頼むっ!」

「任せろ! ……これだけバズワードをちりばめても、部長のえぐみは隠せないんだな。ええと……これが七位、だと……?」

「ほほほっ!」


 笹掻が無念そうに拳を握る。


「納得いかねえ。部長のカス小説に、俺のハンスが負けるなんて……」

「あ? 今、なんつった?」

「部長の作品がウケるとは、何かの凶兆かな」

「あぁん?」


 失礼な後輩たちに、南々女はふんと鼻を鳴らした。


「とにかく、私が賭けに勝ったってこと。ほら、行くわよ」


 ラーメン屋を目指して学校を出る。勇んで先頭を歩む南々女、苦笑いする耳山、納得できねえとぼやく笹掻。


 彼らに向かって、歩道に乗り上げたトラックが突っ込んできた。


 □


「まさか、こうなるとはな」


 気づけば笹掻は転生していた。今の彼は、ダーチェ人の少年ハンスである。異世界といっても、実質は現代ドイツだ。安心感が凄かった。


「うわあ、綺麗だ!」


 近世後期頃の英国では、湖水地方の夏の美しさに感動する少年がいた。どういう仕組みか、過去へ転生した耳山であった。


 そして、もう一人。紀元前の中国らしき場所で悲鳴を上げる少女がいた。


「ちょっ、私が戚夫人!? 人豚は嫌ぁ! 全力回避よ!」


 誰かの興味をそそる世界が、生きやすいとは限らない。未来は、戚夫人に転生した南々女の頑張り次第である。


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― 新着の感想 ―
[一言] こうきたか────!!!www 長文題名が全くネタバレしていない!!www キャラクターのやり取りがコミカルで軽快ッ! 普通に学園モノとしても楽しめそうなところにテンプレトラック異世界転生…
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