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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TS転生した貴族令嬢~婚約破棄され見せしめに合う~

作者: 名はない

楽しんでいただけたら幸いです。

 パーティ会場は盛り上がりが一変、一瞬で静まり返っていた。


「貴様との婚約など破談だ! 破談!」


 一応婚約者王子が、俺を指さしながらそう激高している。

 なんなんだよ全く、うっぜぇ、なんなんだ? 俺が義理の妹を虐めていた。んなわけあるかい! 糞親父が義妹可愛がりすぎて近寄らせてもくれねぇんだよ。

 前世男だったからか、女に生まれ変わってもどうにも男を好きになれねぇし、って事で王子の事わりと無視してたんだよ。いやぁ、自分をちやほやしてくれる女の子ときゃぴきゃぴするの楽しくない? 俺は楽しかった。

 んで、王子をほったらかしにしていたら、義妹が王子を誑かして……、誑かしたのか? ある事無い事言いふらしてこうなったってわけだ。

 さて、反論するか、と思った瞬間、王宮の警備の人達が入ってきて俺の両手を掴んで退場させていった。

 そして、自宅に返されて糞親父から謹慎処分を言い渡された。

 部屋の前には見張りがいるから、でれねぇし、まぁいいか、王宮のシゴキが無いし、あー楽だ。

 久しぶりの暇な時間を謳歌してゴロゴロして七日間。糞親父と継母が側近とやって来た。


「貴様をもう娘とは思わん! 貴族の娘としての位を剥奪する」


 この国は貴族は男しかなれなくて、女は〇〇夫人とか、〇〇の娘という形なのだけど、その称号を解いたという事か。

 メイドに即効で着替えさせられた。館からポイッかと思ったら違った。

 馬車に入れられ貴族街から平民街まででて、とあるオンボロの長屋の前で止まった。


「降りろ」


 元我が家の騎士に命じられて降りたら長屋の扉の前で土下座している小男がいた。


「王子命令である。この男との結婚を命じる」


 なんか、周りの長屋内からちらちら見ている人達の雰囲気が変わるのがわかった。


「そんなぁ」


 そう言って土下座していた男が顔を上げたが……。うわ、ぶっさいくだなぁ。ああ、これは、王子の私への嫌がらせか。


「良かったな、王都で一番の不細工な男として有名な奴の嫁になれて」


 騎士が帰る時、俺の耳元でそうささやいて帰っていった。ああそうかい、やっぱりか。


 長屋の前でぼーっとしているわけにもいかず、夫となった男の元へ近づいた。


「うわ、すまねぇだ」


 なんか、何も言っていないのに、謝ってきた。


「なぜ、謝るのですか?」


「いや、だって、こんな何もできないブ男の嫁にされるなんて可哀そうだ」


 ああ、こいつ、私の現状を理解して、私に同情しているのか、余計なお世話だ。


「あなたは、私の夫となったのでしょう? 中に入りましょう。そうだ、あなた名前は?」


「へ?」


「名前、夫となるんでしょう? 名前も知らないのは嫌ですわ」


「ぶ、ブイダでございます」


「私はキン、もう平民よ。そんな敬語はいらないわ。ほら、入るわよ」


「え、あ、はい」


 とりあえず、王子の命令だし、もう俺平民だし、命令には逆らえないのだから、まぁ、私に手を出そうとしたらぶん殴るけどな、いいもの食ってるからこんなヒョロヒョロの小男くらいなら倒せるだろう。

 長屋に入ると、中は、家具はほとんど無く持ち物も数冊の本があるだけ。

 これから貧乏暮らしか、大変そうだなぁ。


 一緒に過ごしてみるとブイダは働き者だった。商人の下働きをして、日銭を稼いでいるようだ。

 うーん、前世男だから、女として男とのあれこれはしたくないかったけど、なんか、向こうは遠慮してこない。あの王子だったら初夜から襲ってきただろうし。まぁ、そこはラッキーかな。

 平民のやや貧しい暮らしというのに慣れ始めた頃、一つの変化が起きた。


「すまねぇ、すまねぇ」


 ブイダが泣きながら俺に謝ってきていた。


「どうしたのですか?」


「すまねぇ、その雇ってくださる商人さんが」


 ブイダは泣きながら説明してくれた。なんでも、日雇いの仕事で半分の商人が明日から来なくていいと言ってきたらしい。

 自分の仕事にミスは無かった事を主張し、来なくていいと言ってきた商人は、どうやら、王子や元我が家に近い商家だ。なるほど、私への嫌がらせか。


「気にしないでください。少し貧しくなるのは耐えられますから」


 とりあえず、何とか慣れた生活を少し落とさないといけないのか。

 翌日、自分はとあるお店に行った。


「いらっしゃいませ、どうなされました?」


「カツラ用の髪を売りに来ました」


「どうぞこちらへ」


 いやぁ、そういえば貴族の娘として髪を伸ばされていたの、日々の生活が大変で忘れてたよ。いや、普通に生活に邪魔だとは、常々思ってたけど。久々に水場で髪を洗って綺麗にした。

 家を出る前より痛んでいるけどまぁ、大丈夫だろう。

 カツラ屋で髪をバッサリ切って長屋に戻ると、すでにブイダは家に帰っていた。


「あ、おかえりキン、実は……! あ、あ、あっ!」


 ブイダが俺の頭を見て驚いている。まぁあれだけ長かった髪の毛がバッサリいっているんだから当然か。

 ブイダも手に革袋を持ってる。なにかしら?


「あ、あのキンその、少し生活の足しにしようと本を売ってきたんだ。ほら」


 そう言って革袋を前に出す。本を売ってきたお金か。……ふざけんな!!

 お前があの少ない本達をどれだけ大切にしているか知ってるんだぞ! 毎日毎日、手垢で真っ黒の本を読みなおし暗唱しているのを知ってるんだぞ。何度も読み返してボロボロになっているのを知っているんだぞ。

 それを、こんな、こんな、お前を絶対愛する事の無い女との生活の為に売ってきただと!

 俺は思わずブイダの体を蹴り飛ばした。


「今から、この金で売った本を買いなおしてきなさい」


「そんな、この金は」


「いいから、早くしなさい。髪などまた伸びます。さっさと行きなさい」


 普段はおしとやかなフリをしているが、ここは演技をしない。俺の気迫に驚いたのか、目をぬぐいながら、ブイダは自分の本を買い戻したのだった。




 あー、失敗したかも、ブイダに金を返せとか言ってないからなぁ。

 生活はそのままだけど、最近仕事終わりにブイダがどこかに呑みにいっているみたいだ。

 いや、別にさみしいってわけじゃなくて、金与えたら呑みにいくとか、ふざけてんのか! そう思ってるだけだよ。

 生活の質が落ちてるんだぞまったく。そう思いながらまた髪も伸びてきて、また売りに行くかと思ってた頃、まだ昼だというのにブイダが駆け込んで帰ってきた。


「やったぞ、やったぞキン」


 ものすごく嬉しそうに私の手を掴むブイダにとりあえず微笑み返してやる。


「どうしたのですか?」


「実は、隣国になるんだが、その、下級の官吏として仕官する事が出来たんだ。これで、少しはお前に楽をさせる事が出来る」


 嬉しそうに喜ぶブイダの手を払う。少し泣き顔が気持ち悪い。手を払った言い訳を、言い訳を……。


「何、終わったと思ってるのですか? 仕官は始まりでしょう?」


 その言葉に泣いていたブイダの顔がきりりと引き締まる。


「そうだった。そうだ! ここから引っ越すから準備をしてくれ」


「いえ、持って行くものなんてありませんよ」


 その言葉にブイダはそうだったと苦笑いをするのだった。


 最初の頃はあった私への監視の目は髪を売ったあたりで無くなり。簡単に王都を出る事が出来た。

 途中隣国の外交官と合流して、隣国へと向かう。男女の二人旅なんて危ないものをしなくて済んでよかった。

 隣国に着いたらブイダと俺は最初、外交官の家に居候として住み、家の手配が終わったら小さな家で過ごす事となった。

 段々と仕事の内容が大きくなっているというのを誇らしげに語るブイダを褒める。

 一度、ものすごく大きな仕事を任されて、それに成功してボーナスが出たんだ。だから俺もな、その時の気の迷いだ。一回だけ、一回だけご褒美としてOKしたんだ。それがまさか一発必中とは思わなかった。

 お腹をさすれば中に命を感じる。日に日に大きくなるお腹をブイダは嬉しそうに撫でて、毎日仕事へ向かう。あの嬉しそうな顔を見ると何か言ってやろうという気持ちもなくなる。

 そうやって生まれてきた男の子はブイダそっくりのぶっさいくな子だ。いやぁ、ぶっさいくだなぁ、お腹を痛めて産んだ子じゃなかったら、投げ捨ててたよ。いやぁ、かわいい。

 でも、なんか、ブイダのやる気が数倍上がったけどどうしたんだろう?

 そう思って、仲良くなった我が家の食客が個人で囲ってる愛人に聞いてみると、なんでもブイダは王宮で私の妊娠が不貞の子だとずっと噂されていたそうだ。

 それで、産まれた子供がブイダそっくりのぶっさいくな子でその噂が塵も残さず消え去ったのが嬉しいと。まったくかわいい奴め。


 この国に来てから六年、ブイダは結構な出世をしたみたいだ。

 この国の正規軍の食料や兵士の給料などの管理維持の仕事みたいだ。

 日々、生き生きと仕事をするブイダであったのだが、なぜだか最近元気がない。

 なぜだろうと調べて見ると、どうやら私の元いた国との仲が悪くなっているそうだ。

 あの王子が王の代わりとして仕事をいくつかするようになってから、どうやら仲が一気に冷え込んだようだ。

 そこで問題となっているのが俺。一応俺、曾祖父が昔の王の子供で、我が家に養子として贈られた人物なのだ。

 今から戦争をしようとしている国出身でその血縁者を嫁にしている人物なので、臣下から王への諫言が絶えないという話だ。

 なるほどね。どうしようかな。ブイダと別れてはいけないという命令も後で来たから……。なんで隣国まで来てその命令守ってんだろう?

 いーやいーや、よーし、別れちゃおう。子供も産んであげたし。充分良い思いさせてあげたよね。


「紙と羽を用意して」


 そう言って持ってこさせた紙に、お前の不細工な顔にはもうせいせいした、別れるからと丁寧な言葉を選んで書いて執事に渡して荷物をまとめた。


「母上」


 ブイダそっくりのぶっさいくな息子が寂しそうに俺を見つめている。あー、私がいなくなっても息子がいたら疑われるかなぁ……。最悪殺されるかも……。せっかくお腹を痛めて産んだ子なのに。

 いろいろ考えているうちに体が勝手に動いて息子を支度させ、髪を売り、そのお金と貯めておいたお金を持って、近くの山にある神殿に身を置くことにした。

 神殿での暮らしは質素だけど、これくらいなら十分我慢できる。わがままを言った息子は厳しく育てますか。


 十年の月日を神殿で過ごして息子も十五歳と立派になった。まぁ、顔は夫そっくりだけど。

 さて、神官さんの覚えも良くて、この神殿の見習いとして受け入れられているので将来もそこまで不安もない。

 この質素な暮らしで終わるのもまたいいものだな。


「あの、お客様がお見えです」


 息子の一個下の見習いの子が部屋にやって来たので息子と共に案内された部屋へと向かう。

 そこにいたのはブイダだった。


「やっと、やっと会えたねキン」


 その顔は泣きじゃくってなんというか、恐い。ブイダ……少し歳をとったな。


「もう会えないかと思った。あの別れの手紙の時はまだ二十四、キンだったら、再婚する事だって出来ただろうに」


 え? 嫌だよもう男となんて。

 そう思っているとドンと息子が机に拳を落とした。


「父上、少しお話が、ちょっと母上には聞かせたくないので」


 なんか息子がブイダを連れて出て行った。なんなのだろう?

 そう思ってたら、ブイダと息子が泣きながら戻って来た。親子の会話で何かあったのだろう。男同士のものだ。私は介入しないでおこう。


 驚いた事にあの後、決戦に勝った我が国は軍を進めた若い頃、キャッキャウフフしていた私のお友達のお家の方達がブイダに対して私宛の名目で情報を横流ししていたらしい。

 それによって私の元故郷の国は三年で崩壊して併呑されたようだ。

 んで、故郷に錦をかざるじゃないが、そこ出身のブイダが代官に選ばれたのだ。その後、七年間の代官の仕事が評価された。

 私の疑惑は戦争が終わってすぐに晴れたのだけど、ブイダは見捨てられたと思って仕事で紛らわしていたみたいだ。

 それで、王様から息子と元故郷の姫(義妹とクソ王子の娘)と結婚させてその二人に子供が出来れば、代官の職を子供に引き継がせるという命令が来たので俺を探しに来たと。

 まぁ、そういう事なら神殿を出て元故郷へと息子と向かうのだった。

 いやぁ、妃になれなかったけど、巡り巡ってなんか、この地の支配者の嫁に戻ったよ。人生ってわからんものだな。




~ブイダ~

 ブイダは王都近くの村の土地持ち農家に生まれた。

 ブイダの家は、決して貧しくはなかったが、兄弟は多かった。

 農家は、土地を引き継ぐのは長男のみで、ブイダは醜かった事で親兄弟に疎まれて育ち、家に居場所がなく、奉公という名目で村で読み書きを教えている人物の住む家の豚小屋の隅に住んでいた。

 家の主の食べる用の畑を耕し、豚の世話をして過ごしていた。

 多くの子供が彼の私塾に来て、両親に可愛がられている兄も来ていた。

 ただ、ブイダは腐らなかった。

 畑仕事、豚の世話、どちらもやりながら、漏れ聞こえる先生の言葉を覚え、夜は豚小屋で反復していた。

 偶然、豚小屋の掃除中に、その日、先生の言っていた事の復習を口ずさんでいたところを先生に聞かれた事でブイダの人生は最初の変化が起きた。

 先生の質問にすらすらと答えるブイダに先生は舌を巻いてすぐに推薦状を書き自らの先生へ送ったのだった。

 この逸話は、後の世に『掃除夫の子、習わぬ教義を理解する』という言葉に残るほどだった。

 王都へ行ったブイダは人生の師を得たと感じ、学問所で学問を修めた。

 ブイダの醜さは、ここでも数多のいじめを受けたが、ブイダ自身はただ学問に集中していたのだった。

 だが、ブイダの最初の幸運はここまでだった。

 すでに高齢だった学問所の先生が病に倒れてしまったのだ。

 他の生徒はコネなどで他の学問所に移ったが、そういったモノを作る心理的余裕も金銭的余裕もブイダには無かった。

 師が亡くなる直前に強国論、富国論、強軍論の三冊の本を師から譲り受けただけであった。

 ブイダは故郷に帰っても自分の居場所は無いと思い王都で身を興そうと思い奮闘するが、コネも金も無いブイダには、読み書き計算が出来るなら、という仕事しか出来なかった。

 ブイダは日々の食事や生活を切り詰めに切り詰め、三年で二冊の新たな本を手に入れて学を修めていた。この時代庶民にとって本は一冊でもかなりの贅沢だ。

 仕官の為のコネ作りの為に本をあきらめるか、自らの学と見識を高めるための本を買うかで迷いながら本を買っていたのだ。

 そうして、燻っていたブイダの人生に二つ目の転機がやってきたのだ。


 ブイダの元に冤罪による断罪と愚かな王族の陰謀によってキンという少女が嫁いできた。

 愚かな王子はキンへの見せしめとして、王都でも一番醜いと言われる男と結婚するようにと命じ、それがブイダだった。

 ブイダは最初何がなんだかわからず、ただ頭を下げて終わるのを待った。

 そして、頭をあげて自分に嫁いできた少女を見た。

 ブイダの初恋だった。一目惚れだった。初めて見た輝くような美女と美少女の中間の女性。何もなければ、次期王の妃として嫁ぐはずだった女性。一生自分に縁などないような女性。それが目の前にいる。目の前にいるだけでなく、王命で夫婦となった女性である。

 何も言えずにその場で固まるしか出来なかった。


 ブイダは今までの立身出世の為の生活を削る行為を改めた。

 いままでは自分一人でどうにでもなれという考えも、養う人が出来た。それも、一目惚れした女性だ。

 その少女もただの元貴族の女性ではなく、家の事はしてくれる。内職でいろいろとやってくれる。だから、ブイダも一層仕事に身が入った。

 懇意にしている商家からの仕事も増えて、ここに就職するのもいいかなと思った矢先に事件は起きた。

 商家からもう明日から来ないでくれというお願いだ。

 向こうも申し訳なさそうにブイダに謝っていた。ただ、お得意様の圧力に屈した事をすまないと何度も謝られてブイダは怒れなかった。

 半分もの仕事が消えた事で落ち込んだこれからもっと収入が減ることに恐怖を感じた。

 ブイダは、長屋に帰りキンに洗いざらい話した。どういった罵倒がくるかと思ったブイダだったが、キンはやさしくブイダを慰めてくれて、一切の叱責を言わなかった。

 ブイダは、自分のふがいなさに泣き、一つの決心をした。

 今まで大事にしていた師から贈られた本。何があっても絶対に手離さずに持っていくと決めた本、それを売って生活費の足しにする。師との本は大切だが、今はそれよりも大切なキンがいた。だからブイダは決心出来た。

 決心し、本屋に売りに行き、貴重な本だったが、汚かったので安く買いたたかれた。

 その金を持って長屋に帰るとキンはおらず長屋で待っていると帰って来た。

 ブイダはずっと愛想をつかして出て行ったと落ち込みながら、でも、少しだけ期待しながら待っていた。

 キンを出迎えてブイダはまた固まった。

 長く美しかったキンの髪がバッサリと切られ耳のあたりまでしかなくなっていたのだ。

 ブイダはすぐに気づく。キンが髪の毛を売って来たのだ。そして、ブイダは自分が情けなくてその場で死にたくなった。

 ただ、本を売った事で少しだけお金が出来た。それで何かしっかりと稼げる仕事を見つければ、こんな事させなくて済むと思い本を売ったことをブイダは報告した。

 ブイダはその時、初めてキンの怒った顔を見た。蹴られ座らされ、ブイダがどれだけあの本を大事にしていたのかをキンが指摘したのだ。

 ブイダは気付かれていないと思われた本への想いを指摘されて涙を流した。誰も理解してもらえなかった。地元の先生や師以外認めてくれなかった自分の想いを理解してもらえた。ブイダは涙が止まらなかった。

 ブイダはキンの事をたとえ愛されなくても一生愛そうと誓った。だから、本を買い戻せとお金を渡された時は断ろうとしたが、歴戦の武人を思わせる気迫に負け本を買い戻したのだった。


 本の買い戻しは少し高くなったが、普通に出来た。

 ブイダは、半分に減った仕事を行い、キンの髪を売ったお金で補填し、その残りを名士が開く宴会や歌会に参加する予算へとあてた。

 招待されれば無料。参加したいのなら、それ相応の参加費が必要なものだ。

 ブイダは、これがあればいくらかは生活できるという不安と誘惑に苛まれながら、名士との交流を深めた。

 ブイダの、自ら学び、先鋭化させていた知識の評判は名士達の間で広まったが、それとは逆に妻が問題を起こした人物だという事も知られてしまっていた。

 だが、一人の名士が隣国の外交官にブイダの事を話し、それに興味を持った外交官がブイダと会い、討論を行いブイダの才能を認めたのだ。

 ブイダは客分の官吏として登用され隣国に移る事となる。

 その時のキンはブイダに対し、お祝いの言葉を言わずに、仕官は目的でなく始まりだと諭したとされる。


 その後、ブイダが、隣国に文官として仕官出来た事で生活が安定したのか、ここで、二人の間に子供が生まれた。

 当時のブイダの食客に作らせた詩歌で、顔が自分に似てしまい、母親に似なかった事を大層嘆いたという詩が残っている。

 ブイダはメキメキと頭角を現し、出世し、王の覚えも良くなっていった。

 仕官して六年、故郷の国との戦争の気配が近づいてきた頃、政敵によって妻のキンの出自が問題があると声高に主張されたのだった。

 日に日に旗色が悪くなるのを感じ、ブイダは迷っていた。

 ブイダは迷いに迷い、ついに、職を辞して妻と子と共に別の国に移ろうと決心した。

 だが、決心するのがほんの少しだけ遅かった。

 家に帰ってみると執事から手紙を渡され、そこには丁寧な言葉で自分への罵詈雑言が書かれていて、一方的な別れの言葉が書かれていた。

 ブイダはその日、ただひたすらに泣いた。キンが自分の為に汚れ役を買って出てくれた事。それが、ただひたすらつらかったのだ。

 本当は別れたく無いのは、手紙の端々の水の乾いた跡で、ブイダも簡単に気づく。

 ブイダは、今すぐにキンを追いかけようと思ったが、キンの為に本を売った事を報告したら鬼のように怒った事を思い出した。今すべてを捨てて追いかければまた彼女は怒るだろうとブイダは思い涙をぬぐったのだった。

 そこからブイダは持てるすべての力を使って仕事を行い。自国を勝利に導き故郷への謀略をめぐらして崩壊させ併呑させた。

 その功績から代官として故郷に帰り戦争からの復興と、キンを貶めた元王族や貴族の締め上げを行い、キンの名誉の回復を図るのだった。

 ブイダは、その功績からいくつかの縁談が来ていたが全て断り働いたところで王からとある命令を受ける。

 息子と元王国の姫を結婚させたら、代官から領主となってその地(元王国の全体ではなく王都と一部の村、街)を治めて良いという判断だ。

 ブイダはあえて、考えないでいた息子とキンを探して、かくまわれている神殿へと向かった。

 そこで、キンと息子と再会したブイダは互いに喜びまた家族として過ごすのだった。




~ブイダと息子の会話~

 ブイダは息子に言われ隣の部屋に移動した。息子は黙って机を挟んでブイダの反対側に立っていた。


「話とはなんだ?」


 ブイダが聞くと息子がわなわなと拳を震わせた。


「私は、私は、もしここが神殿の中ではなかったらあなたに殴りかかっていた。でも、母は、母は、敬虔な教徒だから」


 ブイダは息子の言葉で理解した。

 この神殿の教えは、子供は親に逆らってはいけないのだ。


(キンは真面目で熱心な教徒だから、息子が私に意見するのを見たら息子を叱ってただろう。息子もそれをわかっている。だけどそれでも言いたい事があるのだろう)


「母は、母は、毎日あなたが来るのを待っていた。ずっと、ずっと毎日あなたの無事を祈っていた。ずっとあなたが来るのを待っていたんです。来るのが遅れたのは……。何も言いません。だけど、ずっとあなたの事を想っていた母に、なぜ再婚しなかったのかと聞くのは酷です」


 ブイダは息子の言葉に涙が止まらず、過呼吸になりながらも息子に謝り続けたのだった。

 二人は部屋から出て、キンに気づかれないよう何もなかったように振舞うのだった。


 ブイダの食客の中に後に詩聖と呼ばれる男がいた。

 ブイダはその男に、キンが髪を売り、本を買い戻すように叱った話。仕官が叶って浮かれていた自分の心をしっかりと締めなおしてくれた話。自分の為にわざと憎まれるような方法で別れた話。十年間変わらずに想ってくれた話。その時の息子との会話。話し、詩に直して歌うようにさせた。

 その詩歌は後世まで語り継がれキンは才色兼備良妻賢母の象徴として永く語り継がれていくのだった。

誤字、脱字があれば報告おねがいします。

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批判もどんとこいです。

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― 新着の感想 ―
凄く面白かった!見る視点で全然印象が違うストーリーが好き♡ 主人公は自分を冷めた感じで客観視してましたが、全然そんなことないのが可愛かった!
[良い点] 「婚約破棄された令嬢」というとヨーロッパ風の世界を思い浮かべますが、作中人物の名前や固有名詞からすると、なんとなくアジア風世界あたりをイメージできますね。 淡々とした語り口が、キンとプイダ…
[一言] 面白かったです♪(*^^*)/
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