表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔女と人間

作者: Ahahaha

 

*******

 魔女の館内



 毛布片手に寝室の扉を開けると、向かって正面の一番大きな窓が開けっ放されていた。

 シルクのカーテンがふわふわと揺れている。

 天幕の張られたベッドに、持ってきた毛布を丁寧に置いて、代わりに出しっぱなしの本を手に取った。


 「(これで簡単あなたも魔法使い……ようこそ魔女会へ……か。)」


 どれもこれも、魔法が使える者が書いたとは思えないタイトルばかり。

 鼻で笑った男は、もとの本棚に戻していく。

 長い時間を生きている彼女は、もはや知らないことはない。

 この世の真理を知り尽くしたもの、それが魔女。

 中でも彼女は、随一の知性と魔力を持っている。

 古の龍と互角だと言われるほどに。

 そんな彼女は、更なる知識を求めて人間界隈や魔族界隈の書物や情報をかき集めている。

 

 「(今日もどこかの街まで行ったに違いないが……。)」


 男は悩ましげに頭をかいた。

 男の不安要素は、彼女が毎度持ち帰ってくるものだった。

 彼女は度々出掛けては、拾い物をしてくるのだ。

 ホワイトウルフのような生き物から、どこぞの魔女が使っていた水晶まで。

 とにかく珍しいものは何でも拾ってくる、いわゆる拾い癖。

 この癖のおかけで、この館の地下倉庫はがらくたで溢れ帰っている。

 幸いと言えるのは、同じく拾われもののこの男が、反面教師にして几帳面に育ったことだろう。

 ガチャリと音がして素早く振り返った。

 朝のハーブティー用のスプーンが、窓の方へ飛んでいくのが微かに見えた。

 驚きに眉を寄せながら駆け寄ると、外で棒のようなものを握りしめてくるくる回っている魔女が一人。


 「……何してるんですか?」

 「おぉ、イチ。今しがた街に行ってきたんだけどね。憐れにも不治の病に苦しむ妹を思う子がいてな。手持ちの薬をやったら代わりに貰ったんだよ。」


 良いだろう?とニヤリと笑って、なにやらそれに呪文をかけ始める。

 彼女がよく使う強化魔法は、魔法がからっきしの男でも呪文を覚えていた。

 巷で有名な磁石と言うものを強化して遊んでいるようだ。

 何でも西の人間が発見したものらしく、金属を引き付けるその力から魔力を持つ石だと噂されている。

 その解釈に対して異議を唱えていた魔女だが、実物を見るのは初めてらしい。


 「お戯れが過ぎて、柵や門やらを引き寄せないでくださいね。」

 「細心の注意を払ってるよ。」


 こちらを向かずして放たれるその言葉に、男はため息を吐いた。


 「(ま、拾ってきたのが磁石だけなら可愛いものか。)」


 今だ倉庫に眠るがらくたを思い浮かべながら、一人納得した。

 いつも規格外のものが多い拾い物だが、この程度なら置き場にも支障はない。

 たが、そろそろ本気でやめさせるか、周りの木々を伐採して敷地を増やすか考えなければならないだろう。

 魔女と男以外住んでいないこの館は、男一人の手によって管理されていた。


 「(裏口の柵も取り替えないとな。)」


 普段は魔女の魔法で、外からは許可なく侵入できなくなっている。

 だが、それでも男は不安だった。

 

 「(彼女が誰にも邪魔されることなく暮らせるように……。)」

 

 それがいつしか抱いた彼の唯一の望みだ。

 そんな心配しなくとも、最強の魔女が人間に負けるなんてことありはしないのに……。



*******



 「なんだ、遊びたくなったのか?」

 「冷えてきたので、上着を持ってきました。」


 片手に持った白い羽織を見せると、魔女はつまんないのと臼桃色の唇を尖らせた。

 ひんやりとした肩に軽くのせると、なぁと魔女は口を開いた。


 「この磁石と言うものは、私が思っていたよりも随分優れたものらしい」

 「そうですか」


 聞いてもいないことをウキウキと話す姿に、少し口角をあげながら、タイミングの良いところでそうですかと相づちを打つ。

 聞いていないだろうと、頬を軽く膨らませる魔女を見て、誤魔化すようにその身体を抱き上げた。

 少し驚いたように男の首にしがみついた魔女は、男の頭を撫でくりまわす。


 「いい加減髪でも伸ばしたらどうだ?」

 「切ってくれたのはあなたでしょう。」

 「……いつまでも坊主だから、嫁も貰えんのだ。」

 「俺にそんな資格ありませんよ。」


 まだそんなこと言ってるのかと、耳を疑うような顔をする魔女。

 抱き上げて触れる足の冷たさに眉を寄せて、館に向かって歩きだす。

 下ろせと軽く目で訴える魔女を無視していると、今度は重いから下ろせと、口にしながら覗きこんできた。


 「軽いですよ。」

 「だろうな。こんな太い腕になりやがって、くそぅ。」

 「食べごたえがありすぎますか。」

 「知らん。人なんぞ食べたくもない。どうせ食べるなら牛や豚の方が絶対にうまい。」


 想像したのか、下舐めずりして男にしがみつき直す。

 どうやら今日は肉の口らしい。

 ビーフシチューにして正解だったなと、男は小さく安堵した。


 「だが、この前の熊鍋はうまかったな。」

 「また獲ってきます。」

 「……そんなことばかりしてるから、ムキムキになるんだ。今日街で聞いたぞ。最近は、細い男が好まれてるらしい。」


 抱えあげられたまま、男をまじまじと見つめると魔女はため息をこぼした。

 括れのない太い首に、シャツの上からでもわかる肩の筋肉の隆起、尻もどっしりとしていて大きい。

 細いとは真逆の男である。


 「魔法で細くするか?」

 「やめてください。」

 「即答か。その身体、捨てたもの達への復讐に使うつもりならやめておけよ。」

 「使いません。貴女が人を食べたくなれば別ですが。」

 「だから、人なんて食べないっての!」


 足をバタバタさせて暴れる様子は、うん百才とは思えない。

 健康そうな黄色の肌も、艶やかな髪も、婚期を迎えてすらいない娘のようだ。

 実際はそのなん十倍も歳を食っていて、この容貌は男と出会ってから変わってすらいない。

 

 「そもそも、ただの人を食べてなんになるんだ。」

 「不老不死とか」

 「滅べ迷信!」


 ばちんと手を叩いて、消滅させるように願うポーズをとっている。

 いつの間にか通りすぎた玄関から、いつもの食事をとる部屋についた。

 魔女をゆっくり下ろすと、既に準備してあったビーフシチューに飛び付いた。

 食いしん坊な魔女のことだから、しばらくはシチューに夢中になることだろう。

 男は嬉しそうに笑う魔女を背に、部屋を音もなく出ていった。


 「(さてと……。)」


 魔女は知らない。

 男が逞しく成長するのは、自分を害悪から守っているからだと。

 男は知らない。

 魔女が知らないふりをしていることを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ