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愛の十字架

作者: chiki

午後十時。真紀は秀樹の帰りを待っていた。


真紀…十七才

彼女の両親はいない。

孤児院で育てられ、今は街の小さなブティックで働いている。


秀樹…十八才

将来医者になる為に広島から、この東京に出て来ている。

そして二人は結婚しているのだ。


「ただいま!」


「お帰りなさい」


秀樹は昼は大学に、そして夜になると六本木のゴーゴー喫茶で

ドラマーとして働いている。

しかし、この二人の給料を合わせてもいくらにもならない。

ギリギリの生活を営んでいた。

でも、そんなことは愛し合っている二人には苦にはならなかった。


しかし、そんな幸福な二人に不幸の影が忍び寄った。

真紀がブティックで倒れたのだ。

秀樹は知らせを聞いて、すぐに病院に駆けつけた。


病室のドアを開けると、そこには真紀が横たわっていた。


「静かに。今、麻酔で眠らせたばかりです。」


「で、真紀は、真紀は何の病気なんですか?」


医者は、たばこにゆっくりと火をつけながら言った。


「白血病です。」


「えっ⁉︎」


秀樹は自分の耳を疑った。


「白血病…。」


「それも相当進んでいるようです。

もう手術をしても…。

おそらく成功率は10パーセントもない…。」


秀樹も医者を志す青年である。

白血病での恐ろしさはよく知っていた。


「そ、それで寿命はあと…。」


「あと三ヶ月ぐらいでしょう。」


「そ、そんなに…。」


真紀はよく体の調子がおかしいと言っていたが、

疲れたんだろうと軽く考えていた。

秀樹は悔しかった。

医者志望のくせに真紀の、最愛の真紀の身体が

むしばまれていっていたのに

気付かなかったなんて…。


暗い病室で真紀の看病をした。

真紀はやっと気がついた。

麻酔がさめたのだろう。


「あっ、秀樹、ごめんなさい。

こんなことになって…。」


「いいんだよ。

君の身体の異変にも気づかなかった僕が悪いんだよ。」


「でも、入院代も高いんでしょう。」


「君はただ自分の身体を治すことだけ考えればいいんだよ。

すぐに治るよ。盲腸なんてすぐに治るさ。」


真紀にはまだ白血病ということを隠していた。

盲腸ということにしていた。


「違うわっ!私聞いてしまったの。

私、白血病なんでしょう?」


秀樹はギクっとした。


「白血病がなんだよっ!僕がきっときっと治してみせる!」


秀樹は真紀を抱きしめた。


「私、私がんばって治ってみせる!」


秀樹も真紀も泣いていた。

月の光が病室を照らしていた。


秀樹は前にも増して一生懸命勉強をした。


「僕のこの手できっと真紀を治してみせる。」


夜は遅くまで働いた。

ドラムに全ての情熱を叩きつけていた。

ドラムは広島の高校時代に兄達とバンドを作っていた時に覚えたもので、

なかなかのものだった。

このゴーゴー喫茶でもかなりの人気を集めていた。


そんなある日。

人気を妬んだ不良グループが店内になだれ込み暴れた。


「おいっ!ちょっとくらいタイコが叩けるからって

いい気になるんじゃねぇ!」


「僕は何もいい気だなんて。」


「何を!お前のおかげでオレ達のバンドの人気はさっぱりなんだ!

おい!やっちまえ!」


店内の客はただ逃げるばかりで、

止めようとした者はいなかった。

不良はナイフを握ってギターをやっている先輩に襲いかかった。


「グサッ‼︎」


右手の甲を刺され、血が辺りにふき散った。

右手はギターを弾く者にとって命だ。

秀樹は抑えていたものが爆発した。


「チクショーー‼︎」


猛然と不良に襲いかかった。

不良は秀樹を刺そうとした。

秀樹はそれをかわし、ナイフを奪い取って…刺した。

一瞬の出来事であった。


「うう…。」


不良は胸を押さえて倒れた。

運悪くナイフは左胸の心臓を貫いていた。

流れる血を見てハッと秀樹は我に返った。


「僕は…なんて事を…。」


客の通報で警官が駆けつけてきた。


「署まで来てもらおう。」


秀樹の正義の炎がこんな結果をもたらしてしまったのだ。



しかし、幸運にも正当防衛という事で二ヶ月の禁固で済んだ。


「真紀、待ってておくれ。僕が出られるまで頑張るんだぞ。」


秀樹は暗い牢の中で毎晩、ひときわ明るい星に向かって祈った。


真紀は事件を知って絶望した。


「秀樹さんが人を殺した…。」


自分の耳を疑った。

夢であって欲しいと願った。


「二ヶ月、長いわ。長すぎる…。

私の命はあと二ヶ月。

秀樹さんが出られるまで生きておれるかどうか…。

いっそ、この手で私の命を…。」


真紀は自殺さえ考えた。



そんな真紀に刑務所の秀樹から手紙が来た。


「僕は今、人の命を奪った罪の意識と闘っている。

こんなことになってしまい、すまないと思う。

あと二ヶ月は長い。

でも、真紀頑張っておくれ。

やがて来る日の幸せを信じて、

僕も頑張る。

また一緒に元気に暮らそうよ。」


真紀は自分が恥ずかしくなった。

秀樹は頑張っているのに現実に背を向けて

死のうと思うなんて。


真紀の容態は好転し始めた。

しかし、それもつかの間だった。

身体のいたるところからの出血が激しくなった。

拭いても拭いても滲み出す血。

輸血も追いつかない。


「秀樹、もう私だめ…。

あと二日…待てないわ。

もう、これ以上…。」


真紀は痩せ衰えてた。

もう体力も限界まで来ていた。


「秀樹に会えてもこんな醜い姿では…。」


隠し持っていた睡眠薬を飲んだ。

そして、震える手でペンを取り遺書を書いた。


「私がいては足手まといになるだけ。

秀樹ごめんなさい。

でも、これでいいんだわ。

これで…。」


真紀は朦朧とする意識の中で星が流れ落ちるのを見た。

いつか二人で愛を誓い合った星。

涙で滲んでいた…。



そして二日後、秀樹は出所した。


「真紀、どうか元気でいてくれ!」


何も知らない秀樹は、ただそれだけを祈って病室に入った。

そこには真紀の姿はなかった…。

そこには真紀が大好きだった真紅のバラが一輪あるだけだった。


「真紀は、僕の真紀はどうしたんですか!

まさか…。」


「さっき、亡くなりました。

睡眠薬による自殺です。

二日前に自殺を図ったのです。」


秀樹は目の前のものが音を立てて崩れていくのを感じた。


「真紀っ‼︎」


秀樹は冷たい死体安置室に飛び込んだ。

異様な臭い。

まだ、頬に赤みのある真紀の亡骸を見つけた。


「真紀‼︎どうして待ってくれなかったんだよぉ‼︎」


秀樹は真紀の亡骸にすがって泣いた。


「僕があんな事件を起こさなければ

僕が悪かったんだ。

こんなに痩せてしまって。

どうして明日を信じなかったんだ‼︎

残された僕はどうなるんだよぉ‼︎」


秀樹は真紀が握りしめていた遺書を見つけた。


「秀樹…ごめんなさい。迷惑ばかりかけて…。

短かったけどとても幸せでした。

でも、私の身体はもう限界。

待てません。

新しい可愛いお嫁さんをもらって幸せに暮らしてください。真紀」


「真紀…。」


秀樹の涙が真紀の頬に落ちた。

真紀の口に口づけた。

まだ、温かかった…。



秀樹は放心状態で病院を出た。

思い出すのは真紀との幸せの日々。

外はもう暗くなっていた。

ふと見上げると夜空に星が光っていた。

しかし、二人が愛を誓い合った星は見えなかった…。


「真紀ーーー‼︎」


秀樹は夜空に向かって叫んだ。



THE END
















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