ラブコメ主人公
ひょんなことから異世界へ行くはずだった結城は転生の儀式に失敗してしまい、神の世界にとどまってしまう。神々の誘いに乗った結城は、その中の一人によって別空間に放り込まれていた。
「・・・ったく、いいから入れっていうから入ったけど、椅子一つ無いじゃねえか。」
誰もいないことをいいことに連れてきた神に文句をたれていると、突然頭の中から声が聞こえてきた。
「あーあー、テステス、ワントゥースリーワントゥースリー。あめんぼあおいなあいうえお。」
「ラジオのDJか!ってなんか突っ込んじゃったよ。」
「そっちの声も届いておるし、大丈夫そうじゃな。じゃあ早速、実践といこうか。」
「実践?」
「神としての初仕事じゃよ。」
「ええ!?もう始めるのか?取説のとの字も見聞きしてないんだけど。」
「安心せい。歴代の神々はこうして言の葉で紡いできたんじゃ。」
「なんかすごいかっこいい言葉に聞こえるけど、ようはマニュアル無しってことじゃん。うわー大丈夫かなー、すごい心配になってきた。」
「ほれ、早速最初の転生予定者がやってきた。もっと神らしい威厳のある顔にせい。」
「急に神みたいな威厳出せって言われても・・・」
結城は今できる精一杯の顔で神の雰囲気を演じる。
何もない空間に突然光が輝き出すと、その中から一人の人間が現れた。その人物はスーツ姿の男性だったが、その姿からは仕事ができるような雰囲気は感じることができず、どちらかと言うとどこか頼りなさそうだった。
男性は状況がつかめていない様子で、あたりを2、3度見回し、ようやく神の姿を視界に捉えることに成功する。
「よ、よくぞ来た。私は神である。それと同時に君を別の世界へと誘う案内人である。」
「・・・・・ちょっと意味がわからないのですが、もしあなたが神だと言うのであれば今ここで証明してくれますか?」
「う・・・」
返答に困っていると、ベテランの神から無線が飛んできた。「目の前の相手を見ながら本をイメージするんじゃ。」
言われるがままやってみると、どこからともなく一冊の本が結城の足元に現れた。
「斉藤一の人生・・・?」
「その本にはその男の人生がまるまる記載されておる。彼しか知らないであろう事実を教えてやれば嫌でも信用するじゃろう。」
「そうか!・・・じゃあ、あなたの恋愛遍歴について答えてあげましょう。えーっと恋愛恋愛。」
ペラペラとページをめくって恋愛が記載されている場所を探していく。「あ、あった。どれどれ・・・・!?今まで付き合ってきた人数が251人!?」
「あー、確かそれくらいの人数でしたっけ。」
斉藤はキョトンとした表情で常人では経験し得ない数を肯定する。
「ちょっと待っててもらっていいかな。・・・・おい神、この本って全部事実なんだろ?」
「当たり前じゃ。」
なんとも簡潔な返事か。
しかし結城には目の前の男に3桁の女性を落とす力量があるとは思えず、もう一度斉藤の方を向くと聞いた。
「一体どうやってこんな人数と付き合うことができたんだ?」
この時既に完全に神ではなく結城個人としての質問になっていた。
「正直自分でもよくわかっていないんです。例えば電車の中で痴漢にあっていた人を助けたり、傘を忘れた人に自分の傘を貸してあげたりすると、必ずと言っていいほどその後交際に至っているんです。」
「はぁ。」
「自分で言うのもあれですけど、一番ひどかったときなんかは中学校の時遅刻しそうになったときに、曲がり角で女の子とぶつかったことをきっかけに付き合ったこともありました。」
この瞬間、結城の頭の中である一つの答えが浮かんだ。
『こいつ・・・ラブコメの主人公だ!!!しかも惚れられた相手全員に手を出してるからめちゃくちゃタチが悪い!』
「そ、そうか。とりあえず、見ず知らずの私が君の恋愛人数を答えられた、つまり私が神ということはわかってくれたかな。」
「そうですね。一応信用します。では一度神様にお聞きしたいのですが、私はこのような場所にいるのでしょうか。」
「あなたが今ここにいるのは以前いた世界で死んだから。私が案内するのはあなたの魂なのです。」
「・・・!?私は死んでしまったのですか。よろしければその理由を教えてもらうことはできないでしょうか。」
「少々お待ちを。」
笑顔を仮面のように貼り付けながら言うと結城は小声でベテランに聞く。「こういうのって言っていいのか?」
「相手が希望するのであれば何ら問題無い。」
「問題はないそうです。」
「そうです・・・?」
「あ、いえ・・・問題はないです!ちなみに斎藤さんの死因は・・・あー、どうやら元恋人女性から受けた刺傷を原因とした出血性ショック死だそうです。」
「そんな・・・どうして・・・」
死因を聞いた斉藤はずいぶんとショックを受けていた様子だったが、結城の鉄仮面の裏側で『200人以上の恋愛遍歴があれば碌な恋愛してないだろうし当然だな。』と毒づいた。
ようやく斉藤が落ち着いてくると、結城が転生についての説明を始める。一通りの流れは斉藤の混乱時に聞いていたためスムーズに事が進んだ。
そしていざ儀式を行うため、斉藤を中心に転生用の陣を描く。その後は頭の中で流れてくる声を復唱すると、斉藤の体が来た時のように発光しだし、光とともに消えてしまった。
「ふぅーこれで俺の初仕事も終わったのか。」
「お疲れ様。そうそう、自分の送った人限定で転生後の様子が見られるんじゃが見てみるか?当然何かをして干渉してしまえば世界律によっておぬしが罰せられることになるがな。」
「え、そんな機能があるのか。じゃあ干渉しないように鑑賞してみるよ。」
「・・・・」
「なんか反応しろよ!滑った時の無反応が一番つらいわ。」
「様子を見る時はその人物を頭に思い浮かべるんじゃ。」
「じゃあ・・・・・・・っと、なんか手鏡みたいなものが出てきたんだが。」
結城が手鏡を覗き込むと、大きな部屋の中心で嬉しそうに赤ん坊を抱える夫婦の姿が写っていた。
「これが斉藤さんの転生後の両親か。家も大きいし、生活には苦労しなさそうだな。」
「それにしてもあの斉藤という男、変な願いをして行きおったな。」
「ああ、転生の時に叶えられる願いの件ね。確かに、女性に好かれない特性にしてくれっていう願いは金輪際出てこないんじゃないだろうか。まあ経験人数が多く、女性関係が原因で死んじゃった部分もあるし、こういう願いになるのも仕方ない。」
「ん?なんか手鏡から物々しい音が聞こえてきとらんか?」
「本当だ。何が・・・ええ!家が盗賊に襲われてるじゃんか。」
「なんと、これは転生早々また誰かの神にお世話になるやもしれんな。」
「あ、ちょっと待って。なんか盗賊の様子がおかしい。」
そこには侵入した家の中で暴れまわっていた盗賊たちが、部屋の中心で輪になっている姿が写っていた。
彼らが見つめる先には転生したての斉藤が毛むくじゃらの盗賊に抱えられていた。だが不思議にも盗賊たちの表情はなぜかほころんでいる様子で赤子に危害を加える様子はなかった。
「おいおい、これってもしかして・・・」
「どうしたんじゃ?」
「転生後は女の子だったから今度は男に好かれてるじゃん!!」
「あー、せっかくの願いも無駄だったようじゃな。」
「いやいや、それどころか女性から嫌われる特性があるから今度はラブコメじゃなく昼ドラの主人公だよ!」
「お後がよろしいようで。」
「落語か!!」