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転生失敗

「では、あなたにはこれから神になってもらいます。」

若干二十歳の上地結城かみじゆうきはこのときから神となった。


~1時間前~

 「ジリリリリリリリリリリッ!!」

 極小のハンマーとベルのぶつかり合う音はその小ささから想像もできないほどの爆音で、心地よさそうな顔で眠っていた結城を夢から引きずり下ろした。

 「女だらけのビーチバレー会場はここですか?・・・・あぁ、夢か。」

 未だ現実と夢がハッキリしない中で聞こえてくるけたたましい金属音が結城を不快にさせた。うつろな目をしながら結城は目覚まし時計があると思われるテーブルに体を向けると、そのまま時計を潰してしまいそうなほどの力でボタンを押した。

 「痛っ!」

 目覚ましを止めた拍子にあまりの力に耐えきれなくなったボタンの欠片が結城の手のひらを切り裂く。血が手首を伝ってひじにまで滴り落ち、寝間着に赤いシミができる。しばらく怪我の様子を確かめていた結城だったが、ハッ我に返り時計を手に取る。

 「もうこんな時間かよ。」

 ドタドタと騒がしく階段を降りると、ちょうど出社する様子の父が玄関で靴べらを手にとっていた。だが別段両者が会話することもなく、結城は朝食のあるリビングへ、父は扉を開けて外へ出た。

 「あら、ゆーちゃんおはよう。」

 のんびりとした口調の女性は結城の母。父とは違い社交的で、忙しい朝の時間帯をすぎれば近所のママ友たちとお茶をするのを日課にしている。「今日はちょっと早めに起きたからちょっと多く作ってみたの。」

 食べ盛りの子どもたちを十数年育ててきた母のちょっとは結城の想像とは違っていた。パン2枚とヨーグルト、ベーコンエッグというのがいつものメニューだが、この日は朝というのに重めのカツ丼に、なぜか茶碗蒸しまでついていた。さらに結城の嫌いな焼き魚まである始末。

 「ごめん母さん。今日はちょっと予定があって早めに出かけなくちゃいけないんだ。」

 「ちょっと、そんなこと一言も聞いてないんだけど!」

 急いで結城がリビングに置いていたあるものを手に取って外へ行こうとしたとき、彼の肩をガッチリと掴んで話さないものがいた。

 恐る恐る結城が後ろを見ると、先程まで朗らかな雰囲気をしていた母親が口元はそのままに、目の奥に鬼を宿していた。こうなってしまっては母に逆らうことはできない。

 約束の時間まであと少しだった結城は急いで朝食を済ませると、駆け足で家を出た。

 「ハァハァッ・・・急げー、間に合わなくなるぞ!」

 全力ダッシュで走るものの、普段運動していない身体は脳の命令を遂行することができない。途中信号に捕まったとき、息を吸う度に肺が痛み、ふくらはぎは今にもはちきれそうなほどパンパンに張っていることに気がつく。

 信号が青になったため再び走り出そうとしたとき、足がもつれて横断歩道の真ん中で点灯してしまった。

 「ハァ・・・ハァ・・・・・・・」

 何かがおかしい。結城は自身の体に違和感を感じた。立ち上がろうにも膝が笑って足に力が入らない、それどころかなんだか視界から色がなくなっているように感じた。

 次の瞬間、結城の視界が1色になった。


 「・・・・・ここは?」

 意識を取り戻した結城は体を起こして周囲を見渡すが、一面真っ白な世界に一人だけポツンと座っていた。

 「病院・・・いや、こんなだだっ広いところに俺一人だけってこともありえないし・・・うわぁあああ!!」

 純白の世界だった結城に突如として赤い色が混じりこんだ。「一体何何だこれ・・・」

 結城の身体からは血がとめどなく流れ出しており、なぜか覚えのない腹部からも血が出ていた。

 「フォフォフォフォ・・・」

 「!?」

 突然聞こえてきた声に結城は反射的に反応して、声のする方向を見るが誰もいなかった。生まれてこの方18年間幻聴なんてものに縁がなかったが、タイミングがタイミングなだけあって、結城は無理矢理にでも幻聴として処理しようとした。だが、混乱と恐怖への些細な抵抗も、すぐに意味のないものに変わった。

 「こっちじゃよ。」

 「今度は後ろ!?」

 相手の正体を確認するために、思いっきり振り返った結城の手がなにかに当たり、バチンと音を立てた。

 「いきなり人の顔を叩くとは失礼なやつじゃなー。」

 「!?あ、あんた誰だ!」

 白いアゴ髭をたくわえた老人が顔をさすりながらこちらを見つめていた。その老人と目を合わした結城は、不思議とその人物から圧迫にも畏怖にも似た感情を覚える。

 「ワシか・・・そうじゃな、わかりやすく言うと神、といったところじゃろうか。」

 何を言い出すかと思えば、突然神を自称する老人に結城は思わず顔をひきつらせる。それでも老人の目は澄んだままこちらを見てくる。そこで結城の頭に一つの答えが浮かんだ。

 「そうか、ここは老人ホームなんだ!あ、いや待てよ。それじゃあ俺がここにいる説明がつかないしな。っていうかこの傷についても知りたいし。」

 一人でブツクサ言っていた結城に向けて老人が言った。

 「お前さんがここに来た理由は簡単じゃ。お前さんはここに来る前の世界、つまり現世で死んだんじゃ。」

 ここで一人で考え込んでいた結城が顔を上げるが、その顔は当然納得していない表情であった。

 「ハァ!?いきなり何言い出すんだあんた。自分を神だの俺のことを死人みたいな言い方するだのって、いくら認知能力が落ちてるからってそれはないだろう。」

 「なんじゃ。まだ自分が死人だと気づいてすらおらんかったのか。まあしかしお前さんも中々運が悪い。」

 自称神は結城の腹部を指差し続ける。「よりによって車道で倒れ込んだ上に、その後前方不注意のトラックに跳ねられてしまうんじゃからな。」

 「それマジで言ってんのか?」

 自称神はコクンと一度頷くだけだった。それを見てようやく現実を理解した結城の身体が一気に重くなる。

 「はぁーーーー、なんでこんなに早く死ぬんだろうなー。せっかく彼女ができたっていうのに。それも告白した翌日って・・・」

 結城はおもむろにポケットを弄ると、朝家から持ち出したものを手に取る。手にとっていたのは決して高級品ではないが、結城にとっては安くはなかった女性者のイヤリングだった。イヤリングを見ると、次々に現世での未練が浮かんできた。

 「最後の日だっていうのに父さんとは結局話さずじまいだったな。母さんも滅多に怒らないのに怒らせたし、弟や妹にも悲しい思いさせるだろうな・・・」

 「もう過ぎてしまったことは仕方がない。切り替えて行くしかないじゃろう。」

 少しドライな言い方の神に内心イラッときたが、彼の言うことも事実だった。

 「なにかメッセージを現世に送ったりすることはできないのか?」

 「それは無理な相談じゃ。世界の理を司る我々が無闇に禁忌を犯せば、どんな影響が起こるかわからんからな。たとえそれが伝言一つでも。」

 ダメ元で聞いたものの、不可能であることを聞くのはやはり心に刺さるものがあった。「もうよいか?」

 神は遠まわしにそろそろ時間だと結城に伝える。結城も他になにか思い残すことがないかと考えたものの、結局何も思い浮かぶことはなく、渋々転生の準備に取り掛かった。

 神は転生の準備として自らの白装束から小さな瓶を取り出し、結城の周囲に円を作るように振りまき始めた。そしてすぐに転生のための詠唱を始めた。

 「我世界ノ理ヲ知ル者也、故世界規律ニヨリ異世界転生ヲ執リ行ウ。第一・・・」

 詠唱の時間はかなり長いようで、結城の体感で5分以上が経過していた。

 「世界規律第十七条一項ノ情報共通能力・・・・・・・・・・・」

 これまで絶え間なく続いてきた神の詠唱が止まった。結城は神の顔を見てすぐに理解した、この終了は成功ではなく失敗だと。

 「カ・・・ァカハッ・・・・」

 神は顔面蒼白になって胸のあたりを両手で抑えていた。上体は傾いて、ヨロヨロと足元もおぼつかない様子だ。

 「神様、大丈夫なのか?誰かいないのか!?」

 結城はいないとわかっているにもかかわらず必死になって誰かの助けを求めた。だが、投げかけた声はこだまにすらならず、神が息を引き取るまで誰も現れることはなかった。

 相手が神とはいえただ見届けることしかできなかった結城は、動かなくなった神を見つめながら考えていた。

 「くそ・・・・一体どうなってんだ!突然連れてこられた挙げ句に神まで死ぬなんて。俺は一生このままなのか?餓死で苦しんで死ぬのか?」

 導き手がいなくなった今、結城にはこの先どんなことが待っているのかもわからない。このまま先が見えぬまま死んでしまうという恐怖に押しつぶされそうになったとき、これまで空間だった場所に壁紙を引っ剥がしたかのような黒い長方形が現れた。

 すると、空間から老人が複数人降りてきた。結城は彼らの風貌や服装から先程の神となにか関係があるのではと推測した。

 「キャスターもとうとう逝ってしまったか。」

 まるですべてを見ていたかのような口ぶりをするその男は、結城の方を見るとこう言い放った。

 「君、神になってみたくないか?」

 「神!?俺が?」

 「そうさ、神になれるチャンスなんて滅多にない。それに神になれば今君が負っている傷はすぐに戻せる。」

 「傷を治せる・・・それならどうしてこの神様を直してやらなかったんだ?あんたたちの口ぶりからしてこの状況になるってことはわかっていたんじゃないのか?」

 彼らのように空間をこじ開けて渡ってくるような手段を持っていて、傷を治せるのであれば、わざわざ放置する理由が見当たらない。結城の疑問は当然ものであった。

 しかし、神々は少しほくそ笑むとこう説明し始めた。

 「君は先程キャスターから聞いた説明を理解していなかったようだね。彼は『世界の理を司る我々が無闇に禁忌を犯せば、どんな影響が起こるかわからんからな。たとえそれが伝言一つでも。』と言っていた。」

 「それが・・・?」

 「それは君の転生の儀に関しても同じことだ。転生の儀を邪魔することは世界の理、世界の流れを乱すことと同義。我々の仲間が病気で倒れようともそれを上回る優先事項ではないということだ。」

 結城はキャスターが自分の家族たちへの思いを言ったときに見せたドライさを思い出した。それと同時にキャスター同様に彼らも世界の理とやらのためであればドライになると理解した。

 「もし、もし俺がここで断ればどうなるんだ?」

 仲間を死んでしまう状態で見殺しにできるほど合理的に判断することはできないと思った結城が聞いた。

 「そうか、もし断れば君はずっとこの白い空間で過ごすことになるだろう。ここはキャスターの担当空間、いわば彼専用の転生空間だったからな。君が死ぬまで一人で過ごすことになるだろう。」

 結城の想像通り、ドライな回答が返ってきた。「しかしまあ、今我々が説明したように、神に勧誘するという行為はそうそう訪れるものではない。我々はかなりの年月を生きてきたからな。いつキャスターと同じような目に合うとも限らん。」

 「そこで、一つ君に良いことを教えてあげよう。」

 隣でずっと黙っていた別の神が喋り始めた。彼は目が糸のように細く、醸し出す雰囲気からもどこか神らしさを感じない神だった。

 「いいこと?」

 「そう、キャスターは君の家族との連絡を取ることは不可能だと言っていたな。だが、抜け穴がある。それを君に教えてあげよう。」

 結城は目を大きく開き、身体を前のめりにして話を聞き始める。

 「キャスターの言う通り、我々が世界の理を曲げて伝言することはできない。では逆に考えて、君の言う異世界から現世へと転生するものはどうかな?現世への転生者に伝言を伝えれば、間接的にだが連絡を取ることは可能だ。さあ答えを聞こうか。」

 「連絡は取れるんだよな・・・・・・・・・・・・」

 長い沈黙が結城の頭の中の葛藤を想像させる。「・・・・・・わかった。俺は神になる!」

 「そうか!よくぞ言ってくれた。我々は君を歓迎しよう。」

 細目の神は目を目いっぱいに開いて量を手を広げて抱擁のポーズを取る。

 今度はゲートから出てきて最初に話しかけてきた神が結城に声を掛ける。

 「では、あなたにはこれから神になってもらいます。」

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