第一話 「最強の称号」01
今朝もまた、戦いの始まりを告げる陽光に街が照られる。
複合城塞都市サンドリオから北に突出した城塞グロッセナ。
そこから更に北へと荒野を進んだ森の奥は昨日も、そして昨夜も騒がしかった。
激しく揺れ動く森の木々の位置は時に移動し、そして時には激しく傷付きひしゃげ倒れる。
怪物の叫びがこだまし、耳にした人々は何事かと訝しんだ。
この世界でベヒモスと呼ばれる怪物を一昼夜、一人の若き戦闘的冒険者が追い回していたのだ。
「ちっ!」
その黒い髪、鳶色の瞳の冒険者は、同じチームの仲間から水筒を受け取り一気に水を喉の奥に流し込んでから舌打ちした。
「しぶとい奴だぜ……」
「大丈夫ですか?」
「ああ、あと少しで森の外へ追い落とせる。そうすれば奴も観念するさ」
「御武運を」
「おうっ!」
若き冒険者は威勢よくそう言って、ベヒモスのいる方向へと森の中を疾走する。
追いかける男の名はシュン。
この城塞都市へやって来て、僅か三年でランキングを駆け上がった強者だった。
一人と一体が戦う舞台は森から荒野へと飛び出す。
予想通りベヒモスはお目当ての方向へと向かい、シュンもそれを追う。
「いいぞっ! デス・ベイスンに向かった」
それは城塞都市サンドリオの北の城壁グロッセナから更に北にある、さながら闘技場のような盆地の呼び名だ。
不思議なことに逃げられないと悟ったベヒモスたちは、ここで冒険者に最後の戦いを挑むことが多かった。
もちろん無残に倒れる者も大勢いた。
追いすがり剣の攻撃を仕掛けるシュンを、ベヒモスの大蛇のような長い尾がうねりながら牽制する。
「小賢しいぜっ!」
シュンは走りながらも剣を振るって応戦した。
このベヒモスはフェルテと呼ばれる種の怪物だ。
針のような黒い体毛に全身を覆われ、それは金属の強度を持ち攻撃を阻み凶器にもなる。
蜥蜴の頭部は牙の口を持ち、同じく蜥蜴の前足と蹄を持つ馬の後足で荒野を疾走する。
それはフェルテの中でも特に強いと言われ、体に付いている無数の傷の数だけ冒険者を倒してきた、殺し屋と呼ばれるお尋ね物の個体である。
それだけに賞金も高く、内に秘めているスキルと呼ばれる力もとてつもなく高いと言われていた。
今まで多くの冒険者が挑み、敗れ、この街を去り、中には命を落とした者もいる。
スケラーノは逃げているのではない。決戦の舞台へと移動しているのだった。
「俺が必ず敵をとってやるからなっ!」
シュンが昨日からお尋ね者のベヒモスを追い回しているとの噂を聴きつけた、他の多くの冒険者たちがここデス・ベイスンに集まっていた。
そして、北の城塞から更に北に延びている高架通路の先にある観覧用の出城には、この若き冒険者の戦いぶりを見ようと多くの企業貴族が集まっている。
空中には映像を撮影する為のドローン数機が飛んでいた。
舞台は整った。戦いながらデス・ベイスンになだれ込んできた両者は、どよめきと歓声に包まれる。
「いいぞ、いいぞ! 最高だ!」
シュンは状況を見て踊り出したい気分だった。
金を得るためにはスポンサーにアピールが必要だったからだ。
思い通りの状況に口元が緩む。
観客が興奮する理由は強敵との戦いが見れる、この最上のショー以外にもあった。
シュンがこのベヒモスを倒せば高ポイントを得て、一躍ランキングのトップに躍り出る。
久しぶりに新たな冒険者が最強の称号を手に入れるのだ。