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AI少女は小説作家に恋をしない  作者: 湯灯し詩葉
7/13

おばさん

 そして私たちは新居になるであろう木造二階建ての玄関先に着いたのだが。


 『welcome、小梢ちゃん!』


 ……なんだこれは。


 玄関先に着いて真っ先に目に入ったのは、私の名前がでかでかと書かれた一枚の板。それは誰がどう見ても、私に対するウェルカムボードだった。


 ここは素直に喜ぶべきなんだろうか。でもこれじゃあ今から私がここに引っ越してくるのバレバレじゃん。何時から飾ってあるのかは知らないけど、恥ずかしいったらありゃしない。


 「ごめんくださーい」


 私が一人であたふたしている間に、おばさんは何の躊躇もなく家の引き戸をガラガラいわせながら開けた。


 なんで鍵かかってないの。この島の人は防犯って言葉知らないの。


ウェルカムボードもそうだが東京でやったら下手すれば命の危険もあるんだけど。ちょっと防犯意識低すぎじゃありませんかね、この家。


 「はーい、ちょっと待ってねー」


 家の奥で返事をする声が聞こえた。


 今は晩御飯の支度をしていたのだろう。玄関扉の隙間からは食欲をそそる美味しそうな匂いが漏れ出していた。ぎゅるりとお腹が小さくうなり声をあげる。


 「かえでー久しぶりー!」


 中から出てきたのはエプロン姿の女性。歳はどうだろう、おばさんよりも少し上くらいか。肩まで伸びてそうな後ろ髪を一つにまとめて胸に垂らしている姿はとても上品で、何か惹き付けるものがある。主に胸に。というか乳でかっ。


 この乳はどうやらおばさんと知り合いらしい。ゆさゆさと揺れながら私たちの目の前まで来ると突然両手を大きく広げて抱きしめる体勢をとった。おばさんと久しぶりの再会に熱い抱擁をかわすつもりなのだろう。良い良い、私は全然待っているから、思う存分やってくれ。


 私は抱擁の邪魔をしないよう、ひらりと身をかわす。だが、彼女の両腕に捕らえられたのは、なんとおばさんではなく私だった。


 「く、苦しい。タスケテ」


 その暴力的なまでの乳圧が私の顔に襲いかかってくる。彼女の抱擁力(物理的)も相まって、思い切り押し当てられた双丘に刃向かう術も胸もなく、私はもう少しで窒息しそうになっていた。


 途切れそうになる意識の中で思う。前の学校で授業中、クラスの男子が集まっては「俺はでっかいおっぱいに挟まれて死にてぇ」などと馬鹿なことを言い合っていたが、実際はそんな甘くはない。吸い付くような胸の柔らかさは息のできる隙間さえ許さず、圧倒的な質量が私の頭すらも呑み込んでしまいそうなほどの圧力でたちまち相手を蹂躙する。 


 その驚異を受けた今なら男子たちに胸を張って言える。大きなおっぱいは凶器であると。


 「めぐみ先輩、どうどう」


 おばさんの一声で彼女の力が緩み、間一髪、意識が飛ぶ寸前になんとかもう一度息をすることができた。


 危ない、乳に殺されるなんてシャレにもなってないよ。いや別に羨ましいとかそんなんじゃなくて、胸は大きさより形って誰かも言ってたし。


 「ごめんねー、ちょうどそこに抱きしめやすそうな子がおったけん、ついね」


 なにそのそこに山があったから理論。そんな理由で毎回羽交い締め喰らってたら堪ったものじゃない。本当に死人がでちゃうよ。


 「めぐみ先輩、ご無沙汰してます。相変わらずみたいで安心しました」


 「私はいつでも変わらんよ。意外と着くん早かったね、もう少しかかると思ってたけお出迎えも出来んでごめんね。それより、まさかかえでに娘がおったなんてね。ほんとびっくりしたよ」


 そう言って彼女は私の方に目を落とす。私はさっとおばさんの後ろに隠れた。別にビビった訳じゃない。これはいわゆる動物の防衛本能というやつだ。


 「違います違います、小梢ちゃんは姉の子供ですよ。私の歳でこんな大きな娘がいたらおかしいじゃないですか」


 そう言いながらも、おばさんは心なしか嬉しそうにしている。ちょっとおばさん、まさか裏で密かに私を自分の娘にする計画でも立てているんじゃないだろうな。危ない危ない、案外それもいいかなって少し思っちゃったよ。


 「へぇ、じゃあ花奈さんの娘さんかぁ」


 そう言って私をまたまじまじと見つめる。顔がすごく近い。


 「確かに目元はあの人とそっくりやね。鼻筋も通っとるし。うん、やっぱり美人さんや」


 無遠慮な視線にさらされ、私は気恥ずかしさに堪らなくなって目をそらす。これなんていう拷問?


 すると彼女はくるっと身をひるがえし二人が見える距離まで下がると、急にかしこまった顔になった。


 「では遅ればせながら自己紹介、私は立花めぐみ。この民宿『柏木』の管理人兼、お隣さんをやらせてもらってます。呼び方は気軽にめぐさんとかもしくはめぐちゃんでも可。これからよろしゅうね、こずえちゃん」


 「こちらこそ、お世話になります」


 なるほど、ここは民宿だったのか。どおりで大きいわけだ。


だが驚いたのはこの民宿の名前、『柏木』だったか。柏木は私の苗字でもある。表札を確認すると字までまんま同じ。こんな偶然はあるのだろうか。


 「まあ管理人や言うても形だけやけん。もう気がついたかも知れんけど、『柏木』のほんまのオーナーはあんたのお母さんや。でもどうせあの人のことやけ、今も海外飛び回ってるんやろ?この民宿のことも半分忘れとるやろうし。やから実質、この民宿はこずえちゃんの物ってことになるな」


 なんということでしょう。私、この年齢にして一軒家を持ってしまいました。驚いておばさんの方を見るが、この事実を知って何も動揺していないところをみるとどうやらすべて把握済みだったらしい。それなら早く言ってくれればよかったのに。というか自分で引っ越しを決めたのに、肝心の引っ越し先のことについて全く知らない私も私だ。少し反省。


 とは言うものの、突然民宿を任されてまともな経営が出来るとも思えない。どうしよう、ここは一旦民宿を止めて別の活用法を探すか、いやでも民宿『柏木』として地域との関わりもあるだろうし急に止めるのはどうかな……。


 その場で考え込んでしまった私に、めぐさんは失笑して、私の肩にぽんと手を置いた。


 「やっぱりこずえちゃんは花奈さんの娘やね!」


 それってどういう……。


 「心配せんでも今まで通り管理人は私がするけ、当分はここでの生活に慣れることだけに専念すればええよ」


 「は、はい……」


 気を遣われてしまった。知ったのが突然のこととはいえ、私の所有物なのだから本来は自分が管理すべきなのに。人に任せっぱなしというのはきまりが悪い。


 私は力無く返事をし、申し訳なさにしゅんとして小さくなる。


 「かえで、どうしよう。可愛いわこの子。うちに貰ってもええかな」


 「なにいいよるんですか、いくらめぐみ先輩でもこずえちゃんは渡しませんよ」


 いや私はどっちのものでも無いから。二人が話している横で鳥肌が立った。どうやら私の身体がまた身の危険を感じとったらしい。


 その後もおばさんとめぐさんは昔話に花を咲かせ、気がつけば日が傾き始め、辺りはうっすらと茜色を帯びてきた。


 「もうこんな時間。それじゃあそろそろ部屋にご案内しようかね。かえでも今日は泊まっていくんやろ?」


 「すみません、明日は仕事入っちゃってて、今日中には帰らんとだめなんです。」


 「えー、忙しないな。久しぶりに晩酌付き合ってもらおう思とったのにー」


 「勘弁してくださいよ、私がお酒飲めないの知ってるでしょ」


 そうか、おばさん帰っちゃうんだ。

 今更な事と知りつつも、まだ実感が湧かない。おばさんといたのは今日1日だけだったが、それ以上の時間を共に過ごした気がする。このまま一緒に住むんじゃないかとさえ思っていた。


 申し訳なさそうに頭を掻くおばさんを見ると、なんだか寂しい気持ちになる。


 私が引っ越しをしたいと最初に打ち明けたのはおばさんだった。いつもは冗談めかしてはぐらかす人なのだが、その時だけは真剣に話を聞いてくれ、引っ越し先から何から全部を手配してくれたのだ。

 そして今もこうして仕事で多忙な中、私の為に時間を縫ってお見送りを勝手出てくれている。


 だから私がこうして新生活を始めることができるのは、尽くおばさんのおかげなのである。

 それだけじゃない、私がつらいと感じた時は外に連れ出してくれた。何もなかった私を絵の世界に飛び込ませてくれた。


 ただの親戚と言うにはあまりによそよそしく、友達というにはあまりにおこがましい。それはまるで母親と接しているかのようだった。


 私はこの人に何かを返せるだろうか。いや、返さなければならない。一人でも立派に生きられると次に会ったときに胸を張って言うんだ。それが本当の親孝行じゃないか。


 「それじゃそろそろ失礼します、めぐみ先輩。こずえちゃんをよろしくお願いします」


 ああ、本当に行ってしまう。まだお別れの言葉も言ってないのに、どうしてもおばさんの顔が見れない。前をむくと涙が溢れそうだ。


 「こずえちゃん」


 おばさんの呼ぶ声。これも今日でしばらくは聞き納めだ。


 昂る気持ちを抑え、おばさんの方を見る。するとおばさんはおもむろに自分のバッグから何かを取り出した。


 「これ、部屋で落ち着いたら開けて」

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