迷宮ショッピング 2
「見えてきましたよ!」
理沙がうきうきとした声で言う。
新宿駅から徒歩15分ほど。緑が少し多くなってきた場所に、その白い箱のような建物はあった。
若干分かりにくい場所にはあったが、人の流れについていけば迷うこともない。箱の周辺にも人だかりができていた。
「さすがバブーンの作品だけあって、見た目がシンプルね」
「遠子さん、バブーンって誰ですか?」
「祥太郎くんもTVとかで見たことない? 有名な亜空間建築家だけどプロフィールは一切謎、関わったプロジェクトは秘密裏に進められるっていう」
「ああー……何となーく知ってるかも」
「バブーンが手掛けてるならジョルジュ・ディーが出店するのも、直前まで全く情報が漏れなかったのも納得だわ。――それよりもこの服、やっぱり地味だし、変じゃない?」
マリーの手には相変わらずカエルのぬいぐるみ。しかし服は白のTシャツにベージュのスカートという組み合わせに変わっていた。
「それは、私のコーディネートが変って言いたいのかしら?」
「そうじゃなくて、わたしには似合わないんじゃないかって言ってるの!」
「マリーちゃんは何着てもすっごくかわいいよ! でも、いつもみたいなドレスだと目立っちゃって、気をつけないとエスエヌエス? にあげられちゃうって才さんが言ってたから。いつもは才さんの予知で上手くそういうの避けられてるけど」
理沙は言って、相変わらず身動きすらしない才を見る。
「それにしても遠子さん、才さんはいつ元に戻るんですか?」
「さぁ……いつかしら」
「遠子さんにも分からないんですか? 遠子さんの魔力って、消えちゃったってわけじゃないんですよね?」
「ええ。それは理沙ちゃんの言うとおりなんだけど……ほんとはね、あのとき才くんをカエルにするつもりだったの。だけど魔力が歪んだのを感じて、これはマズいかしらって思ったら、ぬいぐるみになっちゃって。そのせいか、いつもの方法じゃ上手く行かないのよね。ほっとけばそのうち戻るんじゃないかと思うわ」
「また無責任な……じゃあ、それまでずっとわたしがサイを持ってなきゃならないの?」
マリーが口を尖らせて仲間を見ると、無言で目をそらされる。
「ちょっと、トーコまで目をそらさないでよ! あなたのせいなんだから!」
「でも私には棒人間ちゃんがいるし……」
「ボクはゼンゼンかまわないっピよ! せっかくなら、ししょーとくっついてお買い物を楽しむんだっピ! デュフフ」
甲高い声は、遠子の胸元から発せられた。まるでTシャツに最初から描かれたデザインのように、棒人間が溶け込んでいる。
「ダメでしょ喋っちゃ。今、棒人間ちゃんはTシャツなんだから」
「あ、そうだったっピ。ごめんなさいっピ」
「マジで大丈夫かなこれ」
祥太郎がぼやいた時には、目的の場所がすぐそばに迫っていた。
◇
「わー! おもしろーい!」
「洞窟みたいになってるのね!」
中へと入ると、箱のような外見とは全く違い、岩にしか見えない壁に囲まれたドーム状の空間が広がっていた。
うがたれたいくつもの横穴には店舗が入っていて、呼び込みや接客の声が聞こえる。
「見て見て! マリーちゃん! 二階――三階? 上の方にもお店があるみたい!」
「この階にも奥に行けそうな道がいくつもあるわ……まさにダンジョンって感じなのね」
「どうしたんですか? 遠子さん」
はしゃぐ二人から少し離れた場所で一人、遠子は周囲を眺めていた。
祥太郎が声をかけると振り向き、微笑みを浮かべる。
「人がたくさんいるなって思って」
「まー、新規オープンですしね。でも思ったより混雑してないから、この中、相当広いんでしょうね」
「……私、本当は特別ここに来たかったってわけじゃないの」
「え?」
「でも、新規オープンのお店の方が、みんなも楽しめるかと思って。たまたまチラシを目にして面白そうだなって思ってたし、マリーちゃんのお気に入りのブランドも出店してたから」
「……なるほど」
「新宿の駅も、TVで見たのと雰囲気が違ってたわ。今って、ネットで出来るじゃない? 景色を見られるやつ。やり方を教えてもらって、色んな街を歩いたの。新宿も何度も歩いたことがある。だけど、やっぱり本当に歩いたら、全然違うの。嬉しかった……今も嬉しい」
「それなら、今度は転移じゃなく、電車で来るのも面白いんじゃ?」
「いいわね! 電車にも乗ってみたい。少し遠くに行くのも楽しそうね。温泉とか、海外も」
「遠子さんが昔好きだった場所に行ってみるのは? 教えてくれれば、大体大丈夫だと思うんで」
「そうね……」
「遠子さん! 祥太郎さん!」
その時、大きな声が二人を呼んだ。行きかう人の隙間から、理沙が手を振っているのが見える。
人を避けながらそちらへと向かうと、茶色く変色した紙が目の前を覆った。そこには黒のインクを使ったような文字と、シンプルな絵が描かれている。
「へぇ、アイスのお店? 美味しそう」
「さっき宣伝で配ってたのをもらったんです。それで、マリーちゃんと食べに行きたいねって話になって」
「いいわね! 祥太郎くんもいい?」
「あ、はい」
「じゃあ決まりね! それで、どうやって行けばいいのかしら」
遠子は渡されたチラシを眺める。かすれたインクも、変色した紙も、わざとそういうデザインになっているようだった。
「トーコ、裏を見てみて。地図があるから」
「……あら、ほんと。でもずいぶんと大雑把な地図ね」
「そうなのよ。それを見ると北の方のエリアにあるみたいなのだけれど、実際の方角をそのまま当てはめてしまって良いのかどうか悩んでて。そもそも方角もわからないし」
「そういえば、入口からここまでの道もなんか変だったよなぁ。何回も曲がらされて」
「方向に関しては、大丈夫よ。――上を見て」
皆が指先につられて天井を見上げると、ごつごつとした岩肌の中、少し周囲よりも色が濃くなっている部分がある。
「N、S――ほんとだ! 方角が描いてありますね! 遠子さんすごーい!」
「ふふ、さっき色々眺めてて見つけたの。北のエリアだから、あっちの道ね。さぁ、アイス食べに行きましょうか」
言ってすぐに歩き出す遠子の背中を、三人も追いかける。
――そして歩くこと10分。
「ねぇトーコ、また雲行きが怪しくなってきたんじゃない?」
「この地図って全然に役に立たないのねぇ。雑だし」
一行はまだアイスの店にたどり着けずにいた。
「地図はシンプルなのに、道は複雑ですよね。あっ! お店発見です! ――また激辛ラーメンだ」
「あの店に遭遇するの何回目よ……結局ぐるぐる回ってるってことよね。せめてカフェとかならよかったのに」
「なんか飲み物くらいあるんじゃないか? 適当に注文して水もらうとかさ」
「それもちょっと……わたしたちが目指してるのは美味しいアイスクリームショップなわけだから」
「ダンジョンを名乗ってるのはダテじゃなかったかぁ。もう、ちょちょっと転移しちゃう?」
「ショータローは、あんな曖昧な地図で場所イメージできるの?」
「そこは……アイスの店を強くイメージするとかで何とか」
「なるにしても、やめておいた方がいいわ。能力の使用はご遠慮くださいって書いてあるもの」
マリーが指差した壁には、アイスクリームショップのチラシと同様、古びた加工がされた紙が貼りつけられている。
「そんなに強いものじゃないけれど、分かりやすく結界も張ってある。注意されるだけならまだしも、問答無用でつまみ出されるかもしれないわ」
「せっかくのダンジョンなんだから、頑張ってクリアしましょうよ! あたし、燃えてきました!」
「そうね。理沙ちゃんの言うように楽しまないと。もし難しかったら脱出口から出ればいいんだし」
迷路の各所には、岩肌と同じ色の小さなドアが用意されていた。祥太郎もつられるようにそちらを見ると、小さくため息をつく。
「了解です。……しかしこのコンセプトで店はやってけるのかなぁ」
こうして歩いていても人にほとんど出会わない。入口での混雑が嘘のようだった。
「そこのあたりはちゃんと考えてるんじゃないかしら。ジョルジュ・ディーだって――」
マリーの言葉が途中で止まる。皆同じように押し黙り、聞き耳を立てた。
再び、遠くからそれは聞こえる。――悲鳴だった。




