召喚術師と召渾士 8
「カリニはやけに自信漫才ね。記憶戻ったノ?」
「『満々』でしょ。……でもそうよね、向こうに居た時はアーヴァーのことも全く知らないみたいな顔してたのに。一気に思い出したのかしら」
「あっ、思い出した!」
そこで突然祥太郎が大きな声を出し、ポケットをまさぐり始めた。
「ショータロー、何なの一体? 驚くじゃない」
「ごめんごめん、マスターから預かってたものを思い出してさ。――あった、これこれ。こっちに着いたら読んでくれって」
そして、丸まって折り目がついてしまった封筒を取り出す。テープで念入りにされていた封を開けると、中からは一枚の便せんが出てきた。
「えーと。『カリニ君に、「ミュート」を発行した人物のことを覚えているかどうか聞いてください』……だってさ」
「それだけ?」
マリーは手紙を横から覗き込むようにし、本当にそれしか書かれていないことを確認すると、眉をひそめる。
「それで、覚えてるの? カリニは」
「……いや、全く」
直接問われ、カリニは首を横へと振った。
「我の中にあるのは、断片的な記憶だな。気がついた時にはそちらの世界に居て、『アパート』とやらに向かっていた」
「んー、カリニの言うコトはいまいちマイマイでニョッキリしないのネ」
「曖昧ではっきり……記憶を失ってるから仕方ないのだとは思うけど。故郷に戻って来られたんだから、色々思い出せるといいわね」
「あの、あたし思ったんですけど」
それまで黙って様子を見守っていた理沙が、挙手をしながら口を挟む。
「カリニさん、最初とキャラ違いません?」
「え? ……そうかしら?」
戸惑いの視線をマリーに向けられた祥太郎は腕を組み、考えを巡らせた。
「……そういえば、最初はもっと何ていうか、厨ニっぽい感じだったような」
「そう! そうなんです!」
「でもさ、キャラ変することだって普通にあるじゃん。売れないアイドルとか芸人だって、上手く行かなければ変えるわけだし」
「アイドルや芸人と同列に語ってどうするのよ……」
「そういう戦略的なことはよく分からないんですけど、ずっと何か変だなーと思って引っかかってて。それが何の違和感なのか、さっきのカリニさんの言葉でピンと来たんです」
理沙は言って、カリニの方を見る。
「カリニさんは気がついたら日本に居て、あたしたちの『アパート』に向かってたんですよね? 何でしたっけ、内なる衝動に導かれたみたいな感じで。だけど、ちょっと個性的だったかもしれないですけど、ちゃんと面接の受け答えは出来てました。履歴書の話とかも通じましたし」
「確かに……そうだわ。だから誰も、カリニが異世界から来たばかりだなんて思わなかったのよね」
「カリニは、メンセツのキオクはあるノ?」
「いや、曖昧には覚えているのだが……例えるなら、夢の中だったように心もとない」
「じゃあ、決まりネ」
ザラはパチンと指を鳴らし、祥太郎の手の中にある手紙を指差した。
「カリニは、マリオネットだったってことヨ」
「ザラは、誰かに操られてたって言いたいの?」
「そうヨ。アヤツリかセンノウか、そこらへんは知ったこっちゃないケド、こっちの世界にきたら、それがうっかりザックリ解けたのヨ」
「すっきりサッパリ? でも確かにそう考えると、マスターの質問も納得がいくわね」
「デショデショ? だから、アーヴァーに戻ってきたカリニは、本来のカリニってことヨ。ふるさとアーヴァーのこと、すっかり思い出したのよネ?」
自分に向けられたまばゆい笑顔から目をそらし、カリニはぼそりと返す。
「いや、何とも心苦しくはあるのだが……」
「アララ?」
「皆さん、あれ見てください!」
その時突然、ナレージャが声をあげた。
彼女が指差した方向に、黒い煙のようなものが噴き上がっているのが見える。それに大きく反応したのはカリニだった。
「始まったのか……!?」
「何が始まったんだ?」
「それはよく分からないのだが……何が始まったのだろうか」
「いや僕に聞かれても知らねーわ!」
「とにかく、あれを放置しておくと、まずい気がする。一刻も早くあの場所へとたどり着きたいところだが……」
それを聞き、皆の視線は自然と祥太郎に集まる。
「……遠いし、一気には難しいかもしれないけど、あの煙? を目印に転移を繰り返してけばいけるかも」
「じゃ、決まりネ! アーヴァーツアーに、ゴーゴゴーよ!」
――それから30分後。
「……っ」
「うっ……ううっ」
荒野を抜けた先には一転、豊かな緑の地が拡がっていた。
広い草原に臨む木陰では、うめき声をあげる仲間たちの姿。
「みなさん大丈夫ですか!? あと少しですよ! 頑張りましょう!」
「そうヨ! 現金があればなんでもできるのヨ!」
「……『元気』、でしょ……なんでリサとザラは、そんなに元気なのよ……?」
マリーが弱々しくツッコんでから、また地面にへたり込んだ。
「あたしは、ジムでバランスのトレーニングもしてるからかなぁ?」
「ワタシは、イリュージョニストだからカナ?」
二人以外は皆、彼女のようにうずくまっているか、横たわっている。
目的地までの距離感がつかみづらく、不安定な状態での転移を繰り返した結果だった。
「転移って大変なんですね……私、こんなに酔ったのって、馬車でエーリグ山に登ったとき以来――うぷっ」
「ナレージャさん、大丈夫ですか? お水飲みます?」
「なんか煙、思ったよりめっちゃ遠いし……日陰も何にもないから暑いし、もう疲れたよゴールしていいよねSSRサクヤ姫を凸する作業……」
「ちょっとなに言ってるかわからんちんヨ、ショタロ。とにかく、早くしないとスモーク広がっちゃってタイヘンよ!」
ザラが示した方、草原のど真ん中には、目印としてきた黒い煙がある。
それは地面から細く立ち上り、徐々に周囲へと拡大していた。
「カリニさん、あの煙、止めた方がいいんですよね?」
理沙の質問に、カリニはこくこくとうなずく。何かを言いかけたが、片手であわてて口を押さえ、木陰の方へと這っていった。
「ザラさんどうしましょう。まだ何もしてないのに大ピンチですよ!」
「リサは、ヒーリングできないノ?」
「あたしは、そういう繊細な術は得意じゃなくて……師匠ならできると思うんですけど。ザラさんは?」
「んー……そうネー」
ザラは少し考えてから、パンと手を叩いた。
「そうヨ! イリュージョンで、ただのキャンディを酔いどれ薬って思わせればOKじゃない? 強力なプラセボね」
「『酔い止め薬』ですね! それいいかも!」
「そんな周囲に丸聞こえの大きな声で言わなければ、効果あったかもね……」
マリーのげんなりした声により、はしゃいでいた二人は急に静かになる。
「……まー、病気じゃないし、おとなしくしてればそのうち治るのヨ。それより、あのスモークは何なのカナカナ?」
ザラはポーチから折り畳み式の双眼鏡を取り出すと、くすぶり続ける煙を観察した。何かが、草原を焦がしているようにも見える。
「んー、もっと近づいてみないとわかんないネー」
「それに近づいてはならぬ!」
つぶやいた彼女の背後から、鋭い声がかかった。
とっさに横へと跳んだのは、経験がなせるわざだっただろう。
「ヒエェェェェッ!?」
今まで立っていた場所にはべちゃり、と黒いものが落ち、じゅうじゅうと音をさせながら草を溶かし始める。
そこから煙が立ち上る様子を見て、ザラは身震いをした。
『女神の外套!!』
事態の急変を知り、急いで組み立てられたマリーの術が放たれる。光の波はまずザラの周囲を、それからあたりを何度も往復し、仲間たちを保護した。
その表面にべちゃっ、べちゃっと、投げられた泥のように黒い塊が張り付いて落ちる。
「ハイド」
気をとり直したザラも指を軽く鳴らすと、結界は一瞬にして強化され、外からは認識できない状態となった。
「マリー、ありがと。助かったのネ。カリニも」
あの黒い煙の方を再び見やる。今までどおり、静かに空へと立ちのぼっているだけだった。
「なんなのアレ? ただのスモークじゃないのネ? 生きてるノ? ビックラコイタのヨ」
「飛来物を見て、もしかしたらと思って。用意していた結界を使ったんだけど、やっぱり読みは当たってたみたい。――あれって、『魔王』と同じ性質のものだわ」
「『魔王』……」
「カリニさん、何か思い出したんですか?」
理沙の問いには答えずに、さまよわせた視線はナレージャに、そして手にした杖へと向けられる。
「あっ――ちょっと!」
それを奪い、カリニは結界の外へと駆け出した。
「カリニ!? どしたノ? 危ないから戻ってくるのヨ!」
「ショータロー! カリニを連れ戻せる!?」
まだ回復しきっていない祥太郎が顔をこすり、カリニを転移させようとするよりもわずかに早く、それは起こる。
「グロウザの火よ。深淵を覗く目よ。――来たれ、『魔王』」




